Category Archives: 賃金

賃金229 賃金減額合意の有無と未払賃金等支払請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金減額合意の有無と未払賃金等支払請求について見ていきましょう。

ハピネスファクトリー事件(東京地裁令和4年1月5日・労判ジャーナル123号30頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社に対し、令和2年4月及び同年5月分の賃金の一部が支払われていないとして、未払賃金等の支払を求め、また、未払割増賃金及び付加金の支払を求め、さらに、Y社がXを長時間労働に従事させたことが安全配慮義務違反に当たるとして、債務不履行に基づき、慰謝料50万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払賃金等支払請求認容

未払割増賃金及び付加金等請求一部認容

【判例のポイント】

1 本件手当は割増賃金として支払われたものかについて、XとY社との労働契約の内容を明らかにした契約書や就業規則は提出されておらず、Y社は、Xと労働契約を締結するに当たり、月額27万円ないし30万円の給与に残業代が含まれる旨を説明しなかったこと、Xの採用当時の求人情報には残業代について何ら記載されていなかったことが認められること等から、XとY社間の労働契約において、本件手当を割増賃金として支払うものとされていたとは認められず、本件手当をもって割増賃金の支払とみることはできない。

2 賃金減額合意の成否について、本件減額合意は、賃金を2割減額する内容であり、Xにもたらされる不利益の程度は大きく、また、Xは、Y社代表者との一対一の面談において、Y社代表者から、店の営業時間を短縮したことに伴い、人員削減をすること及び給料を2割削減することを通告され、本件同意書に署名押印するよう求められたため、やむなく本件同意書に署名押印したこと、Xは、上記面談までの間に、賃金を減額すべき経営上の必要性等について、何ら説明を受けていなかったことが認められ、そして、賃金を減額すべき経営上の必要性があったことを裏付ける客観的な証拠は何ら提出されていないから、本件減額合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められないから、本件賃金減額合意が成立したとは認められず、Xは、Y社に対し、令和2年4月分及び同年5月分の未払賃金として合計9万6774円の支払を求めることができる。

上記判例のポイント1も2も、これでは勝てるものも勝てません。

両方とも、労務管理上の基本的な論点ですのでしっかり押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金228 退任慰労金減額分相当額等の支払請求が認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、退任慰労金減額分相当額等の支払請求が認められた事案を見てみましょう。

テレビ宮崎事件(宮崎地裁令和3年11月10日・労判ジャーナル122号52頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の代表取締役社長を退任したXが、Y社の株主総会においてY社の内規に基づいて取締役会が決議した退任慰労金をXに支払うことを委任する旨決議されたのに、Y社の代表取締役であるY2が故意又は過失によってこの委任の範囲又は内規の解釈・適用を誤ったため、Y社の取締役会においてこの委任の範囲を1億8500万円超える減額を行う旨の決議がなされ、弁護士に委任して訴訟を提起することを余儀なくされたとして、選択的に後記(1)又は(2)を求めた事案である。
(1) 選択的請求その1(退任慰労金請求等)
ア Y社に対し、会社法361条1項に基づき、退任慰労金1億8500万円+遅延損害金の支払
イ Y2に対し、会社法429条1項又は不法行為に基づき、損害賠償金1850万円+遅延損害金の支払
(2) 選択的請求その2(退任慰労金不支給に係る損害賠償請求)
Y社に対しては、会社法350条又は不法行為に基づき、Y2に対しては、会社法429条1項又は不法行為に基づき、損害賠償金2億0350万円(退任慰労金減額分1億8500万円、弁護士費用1850万円)+遅延損害金の連帯支払

【裁判所の判断】

被告らは、Xに対し、連帯して、2億0350万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 本件取締役会決議は、Xに支給する退任慰労金につき、本件調査委員会の最終報告書に示された減額可能額の90%を基準額から減額した5700万円を支給することが妥当であるとの被告Y2の報告を前提として審議が行われ、Xに5700万円の退任慰労金を支給する旨決議したものである。
Y会社の取締役会は、この決議に至る過程で、本件内規による基準額から特別減額の額を控除して算定するという、本件調査委員会の採った手法を前提として採用し、審議を行っているが、このような過程は、退任慰労金の額を最終的に決定するまでの過程に過ぎず、本件内規による基準額及び特別減額の額が個別に決議されたものではない
そうすると、本件取締役会決議は、本件内規に基づく基準額のとおりの退任慰労金を支給することを決議した上、特別減額を決議したものであるとは認められない。

2 Y2は、被告会社の取締役会の議長として、Xの退任慰労金の支給についての審議を行い、本件取締役会決議を成立させているが、本件取締役会決議は、本件内規の解釈適用を誤り、CSR費用等の支出についてまで特別減額をしたものであり、本件株主総会決議の委任の範囲を誤り、与えられた裁量を逸脱ないし濫用したものである
本件取締役会決議は、Xと利害関係のない弁護士等で構成された本件調査委員会が相応の期間を費やしてXからの聴き取りを含む調査を実施し、取りまとめた詳細な最終報告書を踏まえたものである)が、この最終報告書が本件内規の解釈適用を誤ったものでないかについては、Y社の取締役会が独自に判断すべきものである
そうすると、Y2は、Y社の職務を執行するに当たり、故意ないし重大な過失があったとまでは認められないものの、本件株主総会決議の委任の範囲又は本件内規の解釈適用を誤った過失があったと認められる。

上記判例のポイント2は注意が必要です。

取締役会において、内規の解釈適用が誤ったものでないかについて、適切に判断すべきであるという点はしっかり押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

 

賃金227 訴訟提起前に締結された雇用契約の確認書による、割増賃金の未払い部分の放棄が否定された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、訴訟提起前に締結された雇用契約の確認書による、割増賃金の未払い部分の放棄が否定された事案を見ていきましょう。

メイホーアティーボ事件(東京地裁令和4年1月21日・労経速2479号33頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で雇用契約を締結してY社の業務に従事し、令和2年4月30日に退職したXが、Y社から時間外労働に対する労働基準法及び雇用契約所定の割増賃金の一部が支払われていないと主張して、Y社に対し、以下の各支払を請求する事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、300万6089円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、付加金225万7901円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、本件確認書の内容で、確定効を有する和解契約が締結されたと主張する。
しかし、本件におけるY社の主張の内容のほか、本件各雇用契約の契約期間を通じて、Y社がXに対して賃金の全額を支払っていなかったことからすれば、仮に、本件確認書の作成に先立って、Y社がXに対してタイムカードないし業務月報を提示していたとしても、Y社から、Xに対し、本件確認書を作成した際、Xが現に未払の賃金請求権を有していることを説明したとは認められず、Xにおいても、未払の賃金請求権を有しているとの認識はなかったと認められる。
そうすると、本件確認書に表示された原告の意思を合理的に解釈すれば、割増賃金の未払部分を放棄するものとは解されず、また、その当時、XとY社との間に紛争が存したとも認められないから、本件確認書により、Y社が主張する内容の和解が成立したとは認められない。

このような書面の取り交わしはよく見かけますが、多くの場合、奏功しません。

奇を衒わず、労働時間を管理し、支払うべき残業代をしっかり支払うということが、最も間違いのない王道のやり方です。

策士、策に溺れないようにしましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金226 事実上の離婚状態にある場合に中退共の退職金や遺族給付金等の支給を受けるべき「配偶者」に該当しないとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、事実上の離婚状態にある場合に中退共の退職金や遺族給付金等の支給を受けるべき「配偶者」に該当しないとされた事案を見ていきましょう。

独立行政法人勤労者退職金共済機構ほか事件(東京地裁令和4年1月26日・労経速2479号33頁)

【事案の概要】

本件は、a社の従業員であった亡D(平成26年10月15日死亡)の配偶者であるXが、①亡Dが被共済者であるY1機構に対し、中小企業退職金共済法に基づく退職金928万2803円及+遅延損害金の支払を求め、②亡Dが加入していたY2基金に対し、Y2基金規約に基づく遺族給付金として503万0300円+遅延損害金の支払を求め、③亡Dが加入していたY3基金に対し、Y3基金規約に基づく遺族一時金として243万3000円+遅延損害金の支払を求める事案である

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 中小企業退職金共済法は、中小企業の従業員の福祉の増進等を目的とするところ(1条)、退職が死亡によるものである場合の退職金について、その支給を受ける遺族の範囲と順位の定めを置いており、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む配偶者を最先順位の遺族とした上で(14条1項1号、2項)、主として被共済者の収入によって生計を維持していたという事情のあった親族及びそのような事情のなかった親族の一部を順次後順位の遺族としている(同条1項2号から4号まで、2項)。
このように、上記遺族の範囲及び順位の定めは、被共済者の収入に依拠していた遺族の生活保障を主な目的として、民法上の相続とは別の立場で受給権者を定めたものと解される。
このような目的に照らせば、上記退職金は、共済契約に基づいて支給されるものであるが、その受給権者である遺族の範囲は、社会保障的性格を有する公的給付の場合と同様に、家族関係の実態に即し、現実的な観点から理解すべきであって、上記遺族である配偶者については、死亡した者との関係において、互いに協力して社会通念上夫婦としての共同生活を現実に営んでいた者をいうものと解するのが相当である(最高裁昭和58年4月14日第一小法廷判決参照)。
そうすると、民法上の配偶者は、その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない場合、すなわち、事実上の離婚状態にある場合には、中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらないものというべきである(最高裁判所令和3年3月25日第一小法廷判決参照)。

ということです。

少しマニアックではありますが、弁護士、社労士としては知っておく必要があります。

退職金や遺族給付金等については顧問弁護士に相談をしましょう。

賃金225 賃金減額の合意の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、賃金減額の合意の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

メイト事件(東京地裁令和3年9月7日・労判ジャーナル120号59頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されているXが、平成30年4月分以降の基本給を従前の月額40万円から月額34万円に減額されたことの無効を主張して、Y社に対し、当該雇用契約に基づき、①同月分から令和3年5月分までの賃金の差額分(月額6万円)等の支払を求めるとともに、②XがY社に対し減額前の基本給月額40万円の支払をうける雇用契約上の地位にあることの確認を求めた事案である。

【裁判所の判断】

地位確認請求却下

差額賃金等支払請求認容

【判例のポイント】

1 本件賃金減額に係る合意の有無について、Y社は、Xに理由を説明した上で、本件賃金減額をしたところ、本件訴訟の提起に至るまでX又はX代理人から何の異議も述べられなかったなどとして、Xが本件賃金減額について黙示に合意した旨を主張するが、労働者が賃金の減額について長期間異議を述べずにいたことをもって直ちに当該賃金減額について黙示に合意したといえるものではなく、そして、Xが本件賃金減額を了承したことを窺わせる積極的言動に及んだ事実を認めるに足りる証拠はなく、むしろ、Y社がXに減額後の賃金を明記した契約書への署名押印を求めたところ、Xがこれに応じず、Y社から交付された「質問状」と題する書面に「雇用契約は、従前締結したものがあるので、再契約は必要ないと思います」、「賃金については従前どおりでお願いします」などと記載してY社に提出した事実が認められるから、Xが本件賃金減額について黙示に合意したということはできない

労働条件の中でも賃金に関する不利益変更をするのは、本当に難しいです。

労働者の同意の効力について、裁判所はとても厳しく解釈しますので注意しましょう。

「給料は一度上げたら最後。下げることはできない。」と認識しておくくらいがちょうどいいです。

賃金の減額をする場合には、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。

賃金224 基本給減額の合意が無効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、基本給減額の合意が無効とされた事案を見ていきましょう。

グローバルサイエンス事件(大阪地裁令和3年9月9日・労判ジャーナル118号30頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で期間の定めのない雇用契約を締結していた元従業員Xが、Y社に対し、未払賃金等の支払を求め、XがY社から解雇されたことについて、本件解雇が違法無効である旨主張し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づく未払賃金等の支払を求め、民法702条1項所定の事務管理に基づく費用償還請求として、Y社の事務に係る立替金約7万円の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

解雇無効

未払賃金等請求一部認容

立替金等支払請求認容

【判例のポイント】

1 賃金減額合意について、Y社は、令和2年1月23日にXに対して退職勧奨をしたところ、Xはこれを拒否し、「給与は18万円でよいので、どうか働かせてください、営業成績は必ず改善します」と懇願し、Y社はこれを了承したと主張するが、そうすると、Xの賃金減額の申出は、29万円から18万円という大幅な減額であってXに対して大きな不利益を与えるものであるところ、Y社による退職勧奨の影響を受けてされた申出であるから、その不利益の大きさ及び減額に至る経緯に照らしてXの自由な意思に基づいてされたものとはいえないから、Xの基本給を29万円から18万円に減額する旨の合意があったとは認められない。

仮にXから懇願されたという事情があったとしても、判例のポイント記載のような事情があると、裁判所としては、自由な意思に基づいた合意とは認めてくれません。

会社としては対応方法が悩ましいところです。

賃金の減額をする場合には、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。

賃金223 未払賃金の時効援用を受けて、法的根拠を変更した不法行為に基づく損害賠償請求が否定された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、未払賃金の時効援用を受けて、法的根拠を変更した不法行為に基づく損害賠償請求が否定された事案を見ていきましょう。

フルキャストアドバンス事件(東京地裁令和3年8月20日・労経速2471号35頁)

【事案の概要】

本件はかつてY社から雇用されていたXらが、①Y社から、給与明細に休憩時間の項目を設けないようにするなどして休憩時間があったかのように装って欺罔され、休憩時間の給与相当分の金員が支払われず、②Xらの就業先が都内であり、東京都内の最低賃金が適用されるにもかかわらず、Y社から、実際には最低賃金法に違反して最低賃金より低い額で給与を算定され、Xらが損害を受けたなどと主張して、Y社に対し、不法行為に基づく損害賠償金として、X1については787万8575円、X2については810万0585円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社は、Xらの労働時間を把握するために勤務実績表、「管制」への電話連絡及び勤務予定表といった手段を整えていた。もっとも、勤務実績表及び勤務予定表には休憩時間が記載されず、Xらからの「管制」への電話連絡でも仮眠や休憩の時間は報告されていなかった。そうであるにもかかわらず、Xらの平成30年2月分以前の給与明細上は、日によって異なる休憩時間が存在した前提で労働時間が算定されている。したがって、Y社は、Xらの日々の休憩時間を厳密には把握しないまま、休憩時間が取られた前提で給与計算をしていたと認められる。
また、勤務実態としても、Xらは、休憩時間・仮眠時間とされた時間において、平成30年10月に1病院当たり2名体制に変更になるまでは、救急の患者が来た時には医師や看護師に連絡するなど即座の対応をする必要があったのであり、休憩時間・仮眠時間とされていた時間も、いわゆる手待ち時間であるともいえるものではあった。

2 しかしながら、Xらは、Y社の社内(事業場内)ではなく、外部にある病院内で警備業務を行っていたところ、平成30年3月までは休憩時間を取得できなかったなどという申告や報告を被告にしていなかった。また、Y社と本件各病院との間の警備業務請負契約においても、警備を担当する労働者の休憩時間・仮眠時間が設けられ、これに沿ってXらの勤務シフトが作成されていた。実際にも、Xらは、本件各病院における警備業務において休憩や仮眠をしていたし、客観的に休憩や仮眠ができないような勤務シフトではなかった。そのため、Xらにおいて休憩時間が取得できない時間帯があったとしても、Xらの申告や報告があるまでは、かかる状況を被告が把握することは困難であったと認められる。
 
3 以上のとおり、Y社は、Xらの日々の休憩時間を厳密には把握せず、勤務予定表で休憩・仮眠とされた時間が実質的には手待ち時間であったにもかかわらず、休憩時間が取られた前提で給与計算をしていたのであり、原告らの労働時間管理が不十分であったことは否めないものの、Y社において、Xらからの申告や報告があるまでは、かかる状況を把握することは困難であったと認められる上、Y社は、Xらの申告を受けた後は速やかに過去2年分について休憩時間分を全て労働時間に算入して再計算した賃金を追加支払するとともに、更なるXらからの申告を受けて警備員を1名体制から2名体制へと変更している。
これらに加え、Y社がXらの労働時間を把握するために勤務実績表、「管制」への電話連絡及び勤務予定表といった手段を整えていたことからすれば、Y社が休憩時間として控除した分の賃金の支払義務を認識しながら、労働者による賃金請求が行われるための制度を全く整えなかったと評価することはできない。

賃金不払いがあったとしても、それをもって当然に不法行為に該当するわけではありません。

今回の事案では、消滅時効の問題があったため、やむなく不法行為構成に変更しましたが、上記判例のポイント2のような事情が認められたため、裁判所は、賃金不払いの違法性を認めませんでした。

いずれにせよ、日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金222 元代表取締役に対する未払割増賃金相当額の損害賠償請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、元代表取締役に対する未払割増賃金相当額の損害賠償請求に関する裁判例を見てみましょう。

エイシントラスト元代表取締役事件(宇都宮地裁令和2年6月5日・労判1253号138頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、Aは、Y社の代表取締役として、同社をしてその従業員であったXに対し割増賃金を支払わせる義務があるのに、これを怠った等と主張して、Aに対し、会社法429条1項又は民法709条に基づき、未払割増賃金に相当する損害賠償金1023万0677円+遅延損害金の支払を求めている事案である。

【裁判所の判断】

AはXに対し、1023万0677円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 会社の従業員に対する賃金の支払義務は、一時的には当該会社自身が負うべきことは当然であるが、会社は基本的に従業員を労働させることによって利益をあげており、従業員は会社の重大な存立基盤である上、従業員の側からみても、会社から適法に賃金の支払がされることは、その生活を維持するために最も重要な事項であって、違法な賃金の不払には罰則が定められていること(労働基準法119条等)も踏まえれば、会社によって賃金支払義務が履行されず、その不履行が役員の悪意又は重大な過失によるものであって、かつ、従業員が会社に対する賃金支払請求権を有するとしても、なお従業員に損害が生じているものと認められる場合には、当該会社の役員は、会社をして従業員に対し適法な賃金の支払をさせる任務を怠ったものとして、会社法429条1項に基づき、従業員に生じた損害を賠償する責任を負うものと解すべきである。

2 Y社のようなトラックによる運送事業を営む会社において、その運転手の労務管理は経営上重要度の高い事項であり、かつ、必ずしも容易なものではないと考えられるところ、Bらは同業のC社の従業員であったとはいえ、運送会社の経営や労務管理を行った経験があったとは認められないのであるから、Aには、Bらに対して運転手の労務管理についてC社のノウハウを具体的に伝えて指導する等し、また、Y社の業務開始後少なくとも当面の間は、自ら行うか又は専門家に依頼するなどして、給与規程の内容、従業員の稼働状況及び給与の支払状況を確認し、従業員に対し適法な賃金の支払がなされているかどうかを確かめる義務があったというべきである

3 ところが、Y社は、Y社の給与規程の内容や、いわゆる36協定の有無について把握しておらず、法令の遵守について、口頭で法令を守るようにBらに指示することはあったが、具体的な就業規則、給与規程の作成を指示することはせず、従業員の稼働状況や給与の支払い状況について確かめておらず、Xから未払賃金の請求を受けた後も、A代理人弁護士を通じて、Y社の代表取締役を辞任した旨の通知を送った後は、Xの稼働状況等を調査し未払賃金の有無を確認することもしなかったのであって、これは、上記の義務を怠ったものと評価せざるをえず、少なくとも重大な過失により自らの代表取締役としての任務を怠り、BらがY社をしてXに対し労働基準法に定められた割増賃金を支払わせる義務を怠るのを看過したものであって、会社法429条1項に基づき、これによりXに生じた損害を賠償すべき責任を負うと解するのが相当である。

労使ともに今回の裁判例をしっかり押さえておきましょう。

会社法429条1項により役員の責任追及の形で会社と不真正連帯債務を負うことになる可能性があります。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金221 タイムカードの代行打刻と降格・懲戒解雇の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、タイムカードの代行打刻と降格・懲戒解雇の有効性に関する裁判例を見ていきましょう。

ディーエイチシー事件(東京地裁令和3年6月23日・労判ジャーナル117号52頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、Y社に対し、①平成30年5月1日付けでされた降格の懲戒処分及びその後にされた減給、並びに、同年7月2日付けでされた懲戒解雇がいずれも無効であるとして、雇用契約に基づき、本件減給前の賃金月額124万円で計算した同年7月支給分の未払賃金残額3万4571円、同月額で計算した同年8月支給分からXがY社を定年退職となる令和元年11月20日までの未払賃金合計1984万円(124万円×16か月=1984万円)、平成30年12月及び令和元年6月に208万円ずつ支給されるはずであった未払賞与合計416万円、及び、上記各元本に対する各支払期日の翌日から同年11月25日までの遅延損害金合計93万8546円(計算については別紙1のとおり。)の合計2497万3117円+遅延損害金の支払、②雇用契約に基づき、退職金156万円+遅延損害金の支払、③本件懲戒解雇が違法であるとして、不法行為に基づき、損害賠償金110万円(慰謝料100万円と弁護士費用10万円の合計)+遅延損害金の支払、④Xが株式会社aの取締役に就任した平成30年9月25日をもってXY社間の雇用契約が終了したと解されて第1項の一部が棄却された場合の予備的請求として、本件懲戒解雇が違法であるとして、不法行為に基づき、損害賠償金1498万2000円(同日からXがY社を定年退職となる令和元年11月までに支払を受けられたはずの給与及び賞与の合計額2131万3333円から、定年退職日となる同月20日までにa社から支払われた報酬合計873万3333円を差し引いた残額1258万円、平成30年9月25日時点での退職金の額と定年退職時の退職金額との差額104万円及び弁護士費用136万2000円の合計)+遅延損害金の支払を、各求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、1255万9315円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、156万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、部下にタイムカードの代行打刻を行わせていたことを理由として、Xを本件事業部の部長から次長に降格する懲戒処分(本件降格)を行っているところ、Y社では、就業規則(就業規則、賃金規程等は、本件事業部の従業員らに実質的に周知されていたと認めるのが相当である。)には、出退社の際は本人自ら所定の方法により出退社の事実を明示する旨規定されていたのであるから、Xの上記取扱いはY社の上記就業規則の規定に違反し、Y社による従業員の労働時間管理を妨げるものとして、Y社の業務に支障を生じさせ得るものであったというべきである。そして、本来、部下らに規則を守らせるべき本件事業部長であるX自らが部下に上記代行打刻を行わせていたこと、本件事業部の他の従業員らにも同様の代行打刻がみられ、Y社として本件事業部内の規律を正す必要があったことも考慮すれば、後に判示するXの不利益に鑑みても、Y社が本件降格を行ったことは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとはいえず、本件降格が懲戒権の濫用として無効となるものとは認められない。
よって、本件降格は有効である。

2 次に、本件降格が有効であるとしても、本件減給については別途労働契約上の根拠が必要であるところ、役付手当については、賃金規程において、部長は月額20万円、次長は月額15万円と明確に定められているから、本件降格に伴い、賃金規程の上記規定に従って役付手当を減額したことは、有効である。
他方、基本給については、XY社間の雇用契約書にはその減額の根拠とすべき規定はなく、賃金規程にも、第3条に雇入れの際の初任給の決定に関する規定があるのみで、雇用継続中の基本給の減額を基礎づける規定は見当たらない。そうすると、本件減給のうち基本給の減額については、労働契約上の根拠なくされたものといわざるを得ず、これに対するXの同意も得られていない以上、無効といわざるを得ない。
以上によれば、本件降格及び本件減給のうち役付手当の減額については有効であるが、本件減給のうち基本給の減額については、労働契約上の根拠を欠き無効である。

上記判例のポイント2は注意が必要です。

仮に降格が有効であったとしても、基本給の減額に関する根拠規定が存在しない場合には、当然には減額はできません。

手続きを進める際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をし、慎重に対応しましょう。

賃金220 正社員としての退職金規程に基づく未払退職金請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、正社員としての退職金規程に基づく未払退職金請求に関する裁判例を見てみましょう。

いづみや岡本鉄工所事件(大阪地裁令和3年7月16日・労判ジャーナル116号26頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、定年後も正社員として勤務していたとして、雇用契約に基づく退職金等の支払を求めるとともに、会社代表者から、Xが正社員ではなく嘱託社員である、嘱託社員には有給休暇がないと虚偽の事実を告げられたことで失望し、有給休暇を取得することなく退職することとなったため、有給休暇を取得する機会を奪われたとして、会社法350条に基づく損害賠償等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、平成23年●月●日に60歳の誕生日を迎えているところ、同日時点において効力を有する就業規則は旧就業規則であり、そして、旧就業規則によれば、60歳の誕生日が定年退職日であるが、労働者が希望し、会社が必要と認めた場合には、嘱託社員として5年を限度に再雇用する旨定められており、また、Xが令和2年3月24日に退職金を受領していることに照らせば、Xが一旦退職し、その後、再雇用するという扱いがとられていることがうかがわれ、さらに、賃金が減額になっていることは雇用形態が正社員から嘱託社員に変動になったことをうかがわせる事情であるといえ、加えて、Y社では従業員はタイムカードで出退勤が管理されていたところ、平成24年以降は1日の勤務時間が8時間に満たない日が散見されるが、Y社における所定労働時間は1日8時間とされているから、かかる勤務状況は、正社員としての勤務とは整合しないことになり、以上からすれば、XのY社における60歳以降の雇用形態は、正社員ではなく、嘱託社員であったと認められ、そして、Y社の退職金規程においては、嘱託として雇用された者には退職金規程が適用されないこととされていることからすれば、Xが、Y社に対し、退職金規程に基づき、退職金の支払を請求することはできない。

Xの主張は、定年後も嘱託社員ではなく、正社員として勤務していたというものですが、上記の状況証拠からしますと、結果としては嘱託社員と判断されることは異論がないと思います。

とはいえ、トラブルを回避するためには、書面で明確にしておくに越したことはありません。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。