Category Archives: 賃金

賃金233 労働条件の切下げに対する同意の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、労働条件の切下げに対する同意の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

医療法人社団新拓会事件(東京地裁令和3年12月21日・労判ジャーナル123号38頁)

【事案の概要】

本件は、Y社とアルバイトの雇用契約を締結していた医師Xが、Y社から一方的に勤務日及び勤務時間を削減されるという労働条件の切り下げを受けた後に違法に解雇されたと主張して、賃金支払請求権に基づき差額賃金等の支払を求め、解雇予告手当支払請求権に基づき解雇予告手当等の支払を求め、付加金支払請求権に基づき付加金等の支払を求め、また、上記労働条件の切下げ及び上記解雇が違法であるとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき損害賠償等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

1 Y社は、Xに対し、189万9833円+遅延損害金を支払え。

 Y社は、Xに対し、30万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、Xが、令和元年5月16日、被告に対し、「了解しました。よろしくお願いいたします。」というLINE上のメッセージを送り、勤務日及び勤務時間の削減に同意したと主張する。
しかし、Xは、勤務日及び勤務時間の削減について同意していない旨をLINE上で明確に伝え、本件雇用契約書への押印を拒否しているのであり、Cとの交渉の過程で発せられた上記メッセージを取り出してこれをもって原告が勤務日及び勤務時間の削減に同意したものと認めることはできない
また、Y社は、Xが、令和元年5月15日、被告に対し、「勤務につきましては週に3~4日程度定期的に入れれば幸いです。」というLINE上のメッセージを送ったことにより、週3日の勤務とすることに合意した旨主張する。
しかし,上記メッセージは、XがY社と交渉する経緯の中での妥協案として提案したものと認められるところ、Y社は、結局、この提案を受け容れたものとは認められないことに照らせば、上記メッセージをもってXとY社が週3日の勤務日とする合意をしたものと認めることはできない
したがって、Y社の前記主張を採用することはできない。

2 Y社は、Xの勤務日及び勤務時間の削減はやむを得ないものであり、Y社には「責めに帰すべき事由」はない旨主張する。
しかし、Y社は、Xとの間で、本件雇用契約において、固定した勤務日及び勤務時間について合意していたものであるから、Xに割り当てる固定した勤務日及び勤務時間を除いてシフトを組めばよいのであって、Xの勤務日及び勤務時間の削減がやむを得ないとはいえない
そもそもY社は、平成30年12月の時点で登録していた医師が約50名にすぎず、b社の担当者の「はい。大歓迎でございます!」というメッセージからもうかがわれるようにシフトを埋めることに努力を要する状況にあったことが推認されるところ、令和元年6月の時点で登録する医師が約200名に増加したため、Xの固定する勤務日及び勤務時間が逆に業務の支障になったものであり、Y社の都合で、それまで大幅にシフトを埋めていた原告の勤務日及び勤務時間を一方的に切り下げたものと認められる。

LINEやメールのやりとりの中で、労働者の同意の存在をうかがわせる内容があったとしても、それだけをもって裁判所が労働者の同意を求めてくれるとは限りません。

特に労働条件の不利益変更に関する労働者の同意については慎重に判断されますので注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金232 旅費交通費の取扱いと割増賃金の算定基礎(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、旅費交通費の取扱いと割増賃金の算定基礎に関する裁判例を見ていきましょう。

オークラ事件(大阪地裁令和4年1月18日・労判ジャーナル124号50頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、Y社に対し、労働契約に基づく未払賃金請求権に基づき、以下の割増賃金等の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、178万0697円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、運転手はサービスエリアやパーキングエリアで睡眠を取り、宿泊施設を利用しないのがほとんどであること、大型自動車の運転手が出庫してから帰庫までに日を跨ぐ場合、実際に宿泊施設を利用したか否かに関わらず、1泊につき所定の金額の旅費交通費を支給していることを認めているのであり、これらの事情によれば、旅費交通費が実費精算の趣旨で支払われているものと認めることは困難である。
むしろ、上記の支給実態に照らすと、旅費交通費は、大型運転手が、日を跨いで運転業務に従事する場合に、その負担が大きいこと等を踏まえ、賃金を加算する趣旨で支給されているものと推認されるから、通常の労働時間の賃金に当たるというべきである。
なお、国内出張旅費規程には、乗務員のうち大型運転手の出張者の旅費として、2暦日以上にまたがる出張の場合に、宿泊費補助として1運行につき5000円、食事代補助として1運行につき1000円が支払われるとの定めがあることが認められるが、弁論の全趣旨によれば、同規程は、就業規則ではないものと認められ、ほかに同規程の定めが本件雇用契約の内容になっているものと認めるに足りる証拠はないから、同規程の上記定めの存在をもって、原告に支払われた旅費交通費が実費精算の趣旨に基づくものと認めることはできないし、旅費交通費の一部が、食事代の補助として支払われているものと認めることもできない。
また、被告主張の旅費交通費の税務等における取扱い等の事情も、旅費交通費が実費精算の趣旨で支払われていることを裏付けるに足りない。
したがって、旅費交通費は、割増賃金の算定の基礎となる賃金単価の算定の基礎となる賃金に当たるというべきである。

このパターンはとても多いです。

細かい議論なので、経営者がここまでの内容を完全に理解するのはなかなか難しいところです。

だからこそ日頃から顧問弁護士に相談をすることが、いざという時に身を助けることになります。

賃金231 留学研修費用の返還請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も一週間がんばりましょう。

今日は、留学研修費用の返還請求に関する裁判例を見てみましょう。

独立行政法人製品評価技術基盤機構事件(東京地裁令和3年12月2日・労判ジャーナル123号42頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、Xを長期派遣研修制度により米国に派遣した際に研修費用を支出したことにつき、Xとの間で、Xが研修終了後一定期間経過前にY社を自己都合退職した場合にはXにおいて上記の研修費用等の全部又は一部をY社に返還する旨の条件付き金銭消費貸借契約を締結していたところ、Xが上記の所定期間の経過前にY社を自己都合で辞職したと主張し、Xに対し、金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求として、研修費用の一部である約285万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件研修は、派遣先や研修内容の決定についてY社側の意向が相当程度反映されており、本件研修を通じて得られた知見や人脈は本件研修終了後のY社における業務に生かし得るものであった一方で、Y社や関係省庁以外の職場での有用性は限定的なものであったといえ、一般的な留学とは性質を異にする部分が少なくなかったものと認められ、他方、所長ほかのY社の職員及び経産省ほかの所管省庁の職員らは、Xに対し、頻繁な調査依頼を行うなどし、Xも、これに対応していたが、これらの調査は、Y社及び経産省ほかの所管省庁にとってみれば、その本来業務にほかならないというべきであり、本件研修は、主としてY社の業務として実施されたものと評価するのが相当であるから、本件研修費用も本来的に使用者であるY社において負担すべきものとなるところ、本件消費貸借契約は、本件研修の終了後5年以内にXがY社を自己都合退職した場合に本来Y社において負担すべき本件研修費用の全部又は一部の返還債務をXに負わせることでXに一定期間のY社への勤務継続を約束させるという実質を有するものであり、労働者であるXの自由な退職意思を不当に拘束して労働関係の継続を強要するものといわざるを得ないから、労基法16条に違反し無効と解するのが相当である。

業務性が強い留学については費用の返還が認められにくいです。

留学研修費用の返還が認められた事案と比較するとよくわかりますね。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金230 訴訟上の和解による退職日の変更と未払賃金立替払制度の利用の可否(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、訴訟上の和解による退職日の変更と未払賃金立替払制度の利用の可否を見ていきましょう。

大田労基署長事件(令和4年3月1日裁決・労判1264号105頁)

【事案の概要】

Xは、民事訴訟手続で解雇無効を争い、XとY社との間で、Y社が行った解雇を撤回し、令和2年5月31日にXが退職したことを確認するなどを内容とする訴訟上の和解が成立した。しかし、Y社は、この訴訟上の和解に定められた債務の弁済を行っていない。

Xは、処分庁に対し、未払賃金の立替払いの認定申請を行った。

処分庁は、Xに対し、認定申請が、申請者の退職の日の翌日から起算して6月以内に行われていないことを理由に不認定処分をした。

Xは、本件不認定処分を不服として、審査庁(厚生労働大臣)に対し審査請求を行った。

【審査庁の判断】

本件審査請求に係る処分を取り消す。

【裁決のポイント】

1 本件では、解雇が無効であるとの裁判所の判断がされたものではないが、訴訟手続において、解雇が撤回され、令和2年5月21日に退職したとする訴訟上の和解が成立しているのであるから、先の解雇の通知は撤回されてその効力はなくなったというほかない。したがって、解雇によって退職したと認定することはできず、令和2年5月21日まで労働契約関係は継続していたとするほかない。

2 認定申請の6か月以上前に退職して労働契約関係が消滅したことが明らかであるのに、未払賃金立替払制度の利用を企て、使用者と元労働者の合意によって退職日を後日に変更するのは、未払賃金立替払制度の趣旨に反するというべきである。
しかし、本件では、審査請求人は解雇を告げられたものの、解雇無効を主張して民事訴訟手続で争い、訴訟上の和解において解雇は撤回され、令和2年5月21日に退職したとして争訟が解決していること、労働審判手続を申し立てるより前にも日本労働組合総連合会東京都連合会から本件会社に対して審査請求人の解雇理由等についての問合せがなされており、審査請求人は解雇を告げられた当初から解雇に不服を持っていたことがうかがわれること等の事情が認められる。
そうすると、認定申請の6か月以上前に退職したことが明らかである者が、使用者と意思を通じて退職日を後日に変更し、存在する余地のなかった賃金請求権を作出して立替払いの対象としたというような事案とまで断ずることは困難である

非常に珍しい事案ですが、実態に即して判断されています。

通常、当事者間の和解をベースにすると、両者の意思によって事情変更ができてしまうため、判決を求めて手続きをするほうが間違いはないと思います。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

 

賃金229 賃金減額合意の有無と未払賃金等支払請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金減額合意の有無と未払賃金等支払請求について見ていきましょう。

ハピネスファクトリー事件(東京地裁令和4年1月5日・労判ジャーナル123号30頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社に対し、令和2年4月及び同年5月分の賃金の一部が支払われていないとして、未払賃金等の支払を求め、また、未払割増賃金及び付加金の支払を求め、さらに、Y社がXを長時間労働に従事させたことが安全配慮義務違反に当たるとして、債務不履行に基づき、慰謝料50万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払賃金等支払請求認容

未払割増賃金及び付加金等請求一部認容

【判例のポイント】

1 本件手当は割増賃金として支払われたものかについて、XとY社との労働契約の内容を明らかにした契約書や就業規則は提出されておらず、Y社は、Xと労働契約を締結するに当たり、月額27万円ないし30万円の給与に残業代が含まれる旨を説明しなかったこと、Xの採用当時の求人情報には残業代について何ら記載されていなかったことが認められること等から、XとY社間の労働契約において、本件手当を割増賃金として支払うものとされていたとは認められず、本件手当をもって割増賃金の支払とみることはできない。

2 賃金減額合意の成否について、本件減額合意は、賃金を2割減額する内容であり、Xにもたらされる不利益の程度は大きく、また、Xは、Y社代表者との一対一の面談において、Y社代表者から、店の営業時間を短縮したことに伴い、人員削減をすること及び給料を2割削減することを通告され、本件同意書に署名押印するよう求められたため、やむなく本件同意書に署名押印したこと、Xは、上記面談までの間に、賃金を減額すべき経営上の必要性等について、何ら説明を受けていなかったことが認められ、そして、賃金を減額すべき経営上の必要性があったことを裏付ける客観的な証拠は何ら提出されていないから、本件減額合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められないから、本件賃金減額合意が成立したとは認められず、Xは、Y社に対し、令和2年4月分及び同年5月分の未払賃金として合計9万6774円の支払を求めることができる。

上記判例のポイント1も2も、これでは勝てるものも勝てません。

両方とも、労務管理上の基本的な論点ですのでしっかり押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金228 退任慰労金減額分相当額等の支払請求が認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、退任慰労金減額分相当額等の支払請求が認められた事案を見てみましょう。

テレビ宮崎事件(宮崎地裁令和3年11月10日・労判ジャーナル122号52頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の代表取締役社長を退任したXが、Y社の株主総会においてY社の内規に基づいて取締役会が決議した退任慰労金をXに支払うことを委任する旨決議されたのに、Y社の代表取締役であるY2が故意又は過失によってこの委任の範囲又は内規の解釈・適用を誤ったため、Y社の取締役会においてこの委任の範囲を1億8500万円超える減額を行う旨の決議がなされ、弁護士に委任して訴訟を提起することを余儀なくされたとして、選択的に後記(1)又は(2)を求めた事案である。
(1) 選択的請求その1(退任慰労金請求等)
ア Y社に対し、会社法361条1項に基づき、退任慰労金1億8500万円+遅延損害金の支払
イ Y2に対し、会社法429条1項又は不法行為に基づき、損害賠償金1850万円+遅延損害金の支払
(2) 選択的請求その2(退任慰労金不支給に係る損害賠償請求)
Y社に対しては、会社法350条又は不法行為に基づき、Y2に対しては、会社法429条1項又は不法行為に基づき、損害賠償金2億0350万円(退任慰労金減額分1億8500万円、弁護士費用1850万円)+遅延損害金の連帯支払

【裁判所の判断】

被告らは、Xに対し、連帯して、2億0350万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 本件取締役会決議は、Xに支給する退任慰労金につき、本件調査委員会の最終報告書に示された減額可能額の90%を基準額から減額した5700万円を支給することが妥当であるとの被告Y2の報告を前提として審議が行われ、Xに5700万円の退任慰労金を支給する旨決議したものである。
Y会社の取締役会は、この決議に至る過程で、本件内規による基準額から特別減額の額を控除して算定するという、本件調査委員会の採った手法を前提として採用し、審議を行っているが、このような過程は、退任慰労金の額を最終的に決定するまでの過程に過ぎず、本件内規による基準額及び特別減額の額が個別に決議されたものではない
そうすると、本件取締役会決議は、本件内規に基づく基準額のとおりの退任慰労金を支給することを決議した上、特別減額を決議したものであるとは認められない。

2 Y2は、被告会社の取締役会の議長として、Xの退任慰労金の支給についての審議を行い、本件取締役会決議を成立させているが、本件取締役会決議は、本件内規の解釈適用を誤り、CSR費用等の支出についてまで特別減額をしたものであり、本件株主総会決議の委任の範囲を誤り、与えられた裁量を逸脱ないし濫用したものである
本件取締役会決議は、Xと利害関係のない弁護士等で構成された本件調査委員会が相応の期間を費やしてXからの聴き取りを含む調査を実施し、取りまとめた詳細な最終報告書を踏まえたものである)が、この最終報告書が本件内規の解釈適用を誤ったものでないかについては、Y社の取締役会が独自に判断すべきものである
そうすると、Y2は、Y社の職務を執行するに当たり、故意ないし重大な過失があったとまでは認められないものの、本件株主総会決議の委任の範囲又は本件内規の解釈適用を誤った過失があったと認められる。

上記判例のポイント2は注意が必要です。

取締役会において、内規の解釈適用が誤ったものでないかについて、適切に判断すべきであるという点はしっかり押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

 

賃金227 訴訟提起前に締結された雇用契約の確認書による、割増賃金の未払い部分の放棄が否定された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、訴訟提起前に締結された雇用契約の確認書による、割増賃金の未払い部分の放棄が否定された事案を見ていきましょう。

メイホーアティーボ事件(東京地裁令和4年1月21日・労経速2479号33頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で雇用契約を締結してY社の業務に従事し、令和2年4月30日に退職したXが、Y社から時間外労働に対する労働基準法及び雇用契約所定の割増賃金の一部が支払われていないと主張して、Y社に対し、以下の各支払を請求する事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、300万6089円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、付加金225万7901円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、本件確認書の内容で、確定効を有する和解契約が締結されたと主張する。
しかし、本件におけるY社の主張の内容のほか、本件各雇用契約の契約期間を通じて、Y社がXに対して賃金の全額を支払っていなかったことからすれば、仮に、本件確認書の作成に先立って、Y社がXに対してタイムカードないし業務月報を提示していたとしても、Y社から、Xに対し、本件確認書を作成した際、Xが現に未払の賃金請求権を有していることを説明したとは認められず、Xにおいても、未払の賃金請求権を有しているとの認識はなかったと認められる。
そうすると、本件確認書に表示された原告の意思を合理的に解釈すれば、割増賃金の未払部分を放棄するものとは解されず、また、その当時、XとY社との間に紛争が存したとも認められないから、本件確認書により、Y社が主張する内容の和解が成立したとは認められない。

このような書面の取り交わしはよく見かけますが、多くの場合、奏功しません。

奇を衒わず、労働時間を管理し、支払うべき残業代をしっかり支払うということが、最も間違いのない王道のやり方です。

策士、策に溺れないようにしましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金226 事実上の離婚状態にある場合に中退共の退職金や遺族給付金等の支給を受けるべき「配偶者」に該当しないとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、事実上の離婚状態にある場合に中退共の退職金や遺族給付金等の支給を受けるべき「配偶者」に該当しないとされた事案を見ていきましょう。

独立行政法人勤労者退職金共済機構ほか事件(東京地裁令和4年1月26日・労経速2479号33頁)

【事案の概要】

本件は、a社の従業員であった亡D(平成26年10月15日死亡)の配偶者であるXが、①亡Dが被共済者であるY1機構に対し、中小企業退職金共済法に基づく退職金928万2803円及+遅延損害金の支払を求め、②亡Dが加入していたY2基金に対し、Y2基金規約に基づく遺族給付金として503万0300円+遅延損害金の支払を求め、③亡Dが加入していたY3基金に対し、Y3基金規約に基づく遺族一時金として243万3000円+遅延損害金の支払を求める事案である

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 中小企業退職金共済法は、中小企業の従業員の福祉の増進等を目的とするところ(1条)、退職が死亡によるものである場合の退職金について、その支給を受ける遺族の範囲と順位の定めを置いており、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む配偶者を最先順位の遺族とした上で(14条1項1号、2項)、主として被共済者の収入によって生計を維持していたという事情のあった親族及びそのような事情のなかった親族の一部を順次後順位の遺族としている(同条1項2号から4号まで、2項)。
このように、上記遺族の範囲及び順位の定めは、被共済者の収入に依拠していた遺族の生活保障を主な目的として、民法上の相続とは別の立場で受給権者を定めたものと解される。
このような目的に照らせば、上記退職金は、共済契約に基づいて支給されるものであるが、その受給権者である遺族の範囲は、社会保障的性格を有する公的給付の場合と同様に、家族関係の実態に即し、現実的な観点から理解すべきであって、上記遺族である配偶者については、死亡した者との関係において、互いに協力して社会通念上夫婦としての共同生活を現実に営んでいた者をいうものと解するのが相当である(最高裁昭和58年4月14日第一小法廷判決参照)。
そうすると、民法上の配偶者は、その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない場合、すなわち、事実上の離婚状態にある場合には、中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらないものというべきである(最高裁判所令和3年3月25日第一小法廷判決参照)。

ということです。

少しマニアックではありますが、弁護士、社労士としては知っておく必要があります。

退職金や遺族給付金等については顧問弁護士に相談をしましょう。

賃金225 賃金減額の合意の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、賃金減額の合意の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

メイト事件(東京地裁令和3年9月7日・労判ジャーナル120号59頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されているXが、平成30年4月分以降の基本給を従前の月額40万円から月額34万円に減額されたことの無効を主張して、Y社に対し、当該雇用契約に基づき、①同月分から令和3年5月分までの賃金の差額分(月額6万円)等の支払を求めるとともに、②XがY社に対し減額前の基本給月額40万円の支払をうける雇用契約上の地位にあることの確認を求めた事案である。

【裁判所の判断】

地位確認請求却下

差額賃金等支払請求認容

【判例のポイント】

1 本件賃金減額に係る合意の有無について、Y社は、Xに理由を説明した上で、本件賃金減額をしたところ、本件訴訟の提起に至るまでX又はX代理人から何の異議も述べられなかったなどとして、Xが本件賃金減額について黙示に合意した旨を主張するが、労働者が賃金の減額について長期間異議を述べずにいたことをもって直ちに当該賃金減額について黙示に合意したといえるものではなく、そして、Xが本件賃金減額を了承したことを窺わせる積極的言動に及んだ事実を認めるに足りる証拠はなく、むしろ、Y社がXに減額後の賃金を明記した契約書への署名押印を求めたところ、Xがこれに応じず、Y社から交付された「質問状」と題する書面に「雇用契約は、従前締結したものがあるので、再契約は必要ないと思います」、「賃金については従前どおりでお願いします」などと記載してY社に提出した事実が認められるから、Xが本件賃金減額について黙示に合意したということはできない

労働条件の中でも賃金に関する不利益変更をするのは、本当に難しいです。

労働者の同意の効力について、裁判所はとても厳しく解釈しますので注意しましょう。

「給料は一度上げたら最後。下げることはできない。」と認識しておくくらいがちょうどいいです。

賃金の減額をする場合には、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。

賃金224 基本給減額の合意が無効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、基本給減額の合意が無効とされた事案を見ていきましょう。

グローバルサイエンス事件(大阪地裁令和3年9月9日・労判ジャーナル118号30頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で期間の定めのない雇用契約を締結していた元従業員Xが、Y社に対し、未払賃金等の支払を求め、XがY社から解雇されたことについて、本件解雇が違法無効である旨主張し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づく未払賃金等の支払を求め、民法702条1項所定の事務管理に基づく費用償還請求として、Y社の事務に係る立替金約7万円の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

解雇無効

未払賃金等請求一部認容

立替金等支払請求認容

【判例のポイント】

1 賃金減額合意について、Y社は、令和2年1月23日にXに対して退職勧奨をしたところ、Xはこれを拒否し、「給与は18万円でよいので、どうか働かせてください、営業成績は必ず改善します」と懇願し、Y社はこれを了承したと主張するが、そうすると、Xの賃金減額の申出は、29万円から18万円という大幅な減額であってXに対して大きな不利益を与えるものであるところ、Y社による退職勧奨の影響を受けてされた申出であるから、その不利益の大きさ及び減額に至る経緯に照らしてXの自由な意思に基づいてされたものとはいえないから、Xの基本給を29万円から18万円に減額する旨の合意があったとは認められない。

仮にXから懇願されたという事情があったとしても、判例のポイント記載のような事情があると、裁判所としては、自由な意思に基づいた合意とは認めてくれません。

会社としては対応方法が悩ましいところです。

賃金の減額をする場合には、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。