Category Archives: 賃金

賃金239 賃金規程変更の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金規程変更の有効性に関する裁判例を見ていきましょう。

インターメディア事件(東京地裁令和4年3月2日・労判ジャーナル127号44頁)

【事案の概要】

本件は、y社の元従業員Xが、Y社に対し、労働契約に基づき、未払割増賃金等の支払、付加金等の支払、会社従業員及び代表者のパワーハラスメントによって精神的及び身体的苦痛を受け、退職を余儀なくされたことにより、賃金6か月分の額に相当する損害が生じたなどとして、民法709条、715条1項及び会社法350条に基づき、損害賠償金180万円等の支払を求め、これに加え、労働契約に基づき、未払の退職一時金約52万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払割増賃金請求、損害賠償請求は一部認容

退職一時金請求は棄却

【判例のポイント】

1 本件規定を導入する賃金規程の変更の効力に関して、本件変更について、労働者の自由な意思に基づいて合意がされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできないから、これによりXの労働条件が変更されたと認めることはできず、また、労働契約法10条本文に基づく変更の効力について、本件変更は、労働者にとって重要な労働条件である賃金に関する変更であるところ、これにより労働者の受ける不利益の変更の程度は、重大であり、他方で、変更の必要性については、Y社において、以前から会社内においてみなし残業代という考え方があったなどと主張するのみであって、上記のような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性があるものとは認められず、また、変更の内容についても、56時間ないし42時間もの長時間の時間外労働につき法の定める割増賃金を請求することができなくなるという、必ずしも合理的とはいい難いものであり、上記不利益に対する代償措置も、月額2万円程度の手取り給与の増額のみであって、十分とはいい難く、さらに、本件変更について労働者との間で十分な交渉がされた形跡は認められないから、本件変更は、合理的であるとは認められず、X・Y社間の労働契約の内容を変更する効力は認められない。

賃金に関する不利益変更を行う場合には、減額幅にもよりますが、かなり有効要件が厳しいため、安易に変更すると多くの場合、無効と判断されます。

手続を行う場合には、必ず顧問弁護士に相談の上、慎重に進めましょう。

賃金238 賃金債権を放棄する内容の和解契約の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金債権を放棄する内容の和解契約の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

吉永自動車工業事件(大阪地裁令和4年4月28日・労経速126号27頁)

【事案の概要】

本件は、平成16年3月にY社と期限の定めのない労働契約を締結していたXが、Y社に対し、日給7000円と合意したにもかかわらず日給6000円しか支払われず、これが最低賃金法4条2項所定の最低賃金額に達しない賃金となった後も日給6000円しか支払わなかったなどと主張して、労働契約に基づく賃金請求権又は不当利得返還請求権に基づき、同月分から退職した令和2年3月分までの差額賃金合計342万4000円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、33万9373円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 本件和解契約は、XがY社に対して有する賃金があればこれについても放棄する内容であるところ、賃金債権を放棄する旨の意思表示の効力を肯定するには、その意思表示が労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在していることを要すると解するのが相当である(最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決)。

2 Bは本件合意書を示し、Xはその内容を確認して署名押印をしたことが認められる。
しかし、平成21年9月30日以降の本件労働契約の賃金額は大阪府の最低賃金額となっているところ、証人Bの証言によれば、Y社において、本件合意書の作成時には、最低賃金額と日給6000円との差額の未払賃金が生じていたことを知っていた者はいなかったことが認められるほか、本件合意書の作成時に、上記差額をXが認識していたことをうかがわせる事情は見当たらない
そうすると、Xは、上記差額の金額はもとより、その存在すら認識せずに本件合意書に署名押印したのであって、このような署名押印に至る経緯に照らせば、労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在しているとはいえない
したがって、本件和解契約の成立は認められない。

労働事件では、このような発想で合意書の有効性を否定することがよくあります。

とりあえず署名をもらっておけばいいという発想ではうまくいきませんので注意しましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金237 未収金の回収と退職金の支払合意(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、未収金の回収と退職金の支払合意に関する事案を見ていきましょう。

千田事件(大阪地裁令和4年5月20日・労判ジャーナル126号16頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社を定年退職したとして、雇用契約に基づき、退職金等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求認容

【判例のポイント】

1 XとY社との間で、Xが未収金の回収を行い、未収金の回収が完了しなければ退職金を支払わない旨の合意が成立したかについて、仮にY社が主張するような未収金が生じていたとしても、それは基本的にはY社が組織として取引相手から回収を図るべきものであって、従業員が個人的に負担すべきものではないから、Xが、未収金の回収が完了しなければ退職金が支払われないことに同意するというような事態はやはり容易に想定し難いというべきであり、仮に、Y社が主張するような合意が存するとしても、そのような合意は、Xの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは到底いうことができず、無効というほかない。

労使間においては、仮に労働者の同意が存在したとしても、当該同意の対象に合理性が認められない場合には、自由な意思に基づかないものとして無効と判断されることがあります。

同意書にサインさえもらえば勝ち、みたいな発想は通用しませんのでご注意を。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金236 就業規則に明記のない固定残業代の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、就業規則に明記のない固定残業代の有効性について見ていきましょう。

株式会社浜田事件(大阪地裁堺支部令和3年12月27日・労判1267号60頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、Y社に対し、時間外割増賃金+遅延損害金、付加金+遅延損害金を請求した事案である。

【裁判所の判断】

一部認容

【判例のポイント】

1 雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである(最判平成30年7月19日同旨)。

2 Y社において就業規則はあるが賃金規程は存在せず、雇用契約に係る契約書等も存在しない
しかしながら、Y社は、入社面接の際、Xに対し、月給には36時間分のみなし残業手当が含まれることなどを説明したこと、XがY社に入社した後、年に2回、定期的面接が行われ、モニターに映し出された図表には、「※外勤手当について ・外回り営業マン及び施工者に対し、36時間分の残業代相当の外勤手当を支給 ・残業単価は、基本給与(外勤手当、調整手当を除く基準内給与)/160時間(月間基準労働時間)×1.25で算定」と記載されていたこと、Xが見たY社の求人募集に「※月給額には36時間分のみなし残業手当が含まれています。残業時間がそれより少なくても減額することはありません。」と記載されていたことが認められることから、Y社はXに対し、外勤手当は36時間分のみなし残業手当であることを説明し、Xもこれを理解していたと認められる
そして、Y社はXに対し、外勤手当と他の手当を区別して賃金を支給していたのであるから、固定残業代の有効要件を満たしているといえる。

3 Xは、固定残業代を有効とする要件として対価性や清算合意が必要であると主張するが、これらは別途固定残業代を有効とする要件とすべき法的根拠はないから、採用することはできない。

4 以上により、Y社における固定残業代は有効であり、Xに対して支給された外勤手当は月36時間分のみなし残業手当であったと認められる。

にわかには信じがたいですが、地裁の裁判例とはいえ、上記判例のポイント2の事情で固定残業制度が有効と判断されています。

控訴審判決を読んでみたいところです。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金235 民法536条2項に基づく未払賃金請求と労基法26条に基づく休業手当請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、民法536条2項に基づく未払賃金請求と労基法26条に基づく休業手当請求を見ていきましょう。

バイボックス・ジャパン事件(東京地裁令和3年12月23日・労判ジャーナル124号56頁)

【事案の概要】

本件は、Y社において勤務していたXが、Y社に対し、労働契約又は民法536条2項に基づく平成31年2月分及び同年3月分の未払賃金の支払、労働基準法26条に基づく平成31年4月分ないし令和元年6月分の休業手当、民法536条2項に基づく同期間の未払賃金(休業手当を控除した金額)の支払、労働基準法114条に基づく上記休業手当相当額の付加金等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、383万8510円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 労働基準法26条の休業手当は、労働者の最低生活を保障する趣旨で定められた規定であり、同条所定の使用者の帰責事由は、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である。
Y社は、平成31年3月25日、事業を停止し、原告を含む全従業員に対して休業を命じたこと、同休業の事由は、Y社が親会社であるa社から資金の供給を停止されたことによるものと認められる。
したがって、上記休業は、Y社の経営上の障害によるものというべきであり、労働基準法26条所定の使用者の帰責事由が認められる

2 使用者による休業の命令が、民法536条2項所定の債権者の責めに帰すべき事由に該当するか否かは、休業に合理性があるか否かにより判断すべきであり、その合理性の有無は、使用者側の休業の実施の必要性の内容・程度、休業により労働者が被る不利益の内容・程度、他の労働者との均衡、事前・事後の説明・交渉の有無・内容等を総合的に考慮して判断することが相当である。
Xは、事前の予告なしに事業を停止する旨を告げられ、賃金の支払を停止されたこと、平成31年2月分及び3月分の賃金についても支払を受けていないことが認められ、加えて、Xが62歳を超える高齢であり、就職先を見つけることが容易ではないと考えられることも考慮すると、Xが休業を命じられることにより被る不利益は小さくないということができるから、Y社が事業を停止したことが合理的であるとは認められず、Y社がXに対して休業を命じたことについて、民法536条2項所定の債権者の帰責事由が認められるから、Y社は、Xに対し、休業手当の支払に加え、未払賃金(休業手当を控除した金額)の支払義務を負う。

労基法26条と民法536条2項の適用場面と裁判所の判断過程がよくわかりますね。

判例のポイント1と2を比較すると、両者の考慮要素が明らかに異なることがわかります。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金234 新規程による成績手当の運用が有効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、新規程による成績手当の運用が有効とされた事案について見ていきましょう。

RKコンサルティング事件(東京地裁令和3年12月15日)を見ていきましょう。

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員であるXが、Y社に対し、①雇用契約に基づき、平成29年4月分から平成31年3月分までの未払賃金(未払の地域別基本保障給)368万0880円+遅延利息、②不法行為に基づき、損害賠償金149万2080円(平成28年7月分から平成29年3月分までの前記同内容の未払賃金相当額134万2080円と弁護士費用15万円との合計額)+遅延損害金、③平成30年10月分の欠勤控除相当額の外交員報酬(雇用契約に基づき、事業所得となるべき報酬を請求する趣旨と解される。)15万7600円+遅延損害金の支払を、各求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社の新規程では、賃金は、最低賃金を上回る毎月定額の保障給及び成績手当とされ、成績手当は、従業員が募集した保険契約について会社が受け取った代理店手数料から所定の算式で算出した金額のうち、保障給相当額を差し引いた金額とし、その金額がマイナスとなった場合は0円として、マイナス分を繰り越して翌月分以降の成績手当から控除するものとされている。
旧規程にも、以上に述べたところと同様の規定がある。
そして、以下の検討も踏まえれば、かかる賃金体系は、私的自治の原則に照らして許容され得ないものとはいえず、これを違法無効ということはできない

2 Xは、本件保障給控除により、結果として保障給相当額が全く支払われないことになるから、賃金全額払い原則等に反し、違法無効である旨主張する。
しかし、本件保障給控除は、あくまで成績手当の算定方法として賃金規程において規定されているものであること、前月の代理店手数料から所定の算式で算出した金額より地域別基本保障給相当額を差し引いた金額がマイナスとなった場合にも、保障給は満額支給されることに照らせば、その内容が、賃金全額払い原則や最低賃金法に反し、又はその潜脱として許されないということはできない
また、前記のようなY社の賃金体系は、営業職の従業員らにおいて、毎月の給与において、保障給を確保しつつ、各自の営業成績に応じて相応の成績手当の支給を受けるという一定の合理性を有しているというべきであり、これが就業規則の定める労働条件として不合理(労契法7条本文)ということはできない。

保険の営業マン等によく見られる賃金体系です。

最低賃金だけは保障し、あとは歩合給となるため、売れっ子営業マンは超高額な給与となる一方、そうでないとかなり厳しい状況になります。

本件裁判例は、このような賃金体系も適法であると判断しました。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金233 労働条件の切下げに対する同意の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、労働条件の切下げに対する同意の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

医療法人社団新拓会事件(東京地裁令和3年12月21日・労判ジャーナル123号38頁)

【事案の概要】

本件は、Y社とアルバイトの雇用契約を締結していた医師Xが、Y社から一方的に勤務日及び勤務時間を削減されるという労働条件の切り下げを受けた後に違法に解雇されたと主張して、賃金支払請求権に基づき差額賃金等の支払を求め、解雇予告手当支払請求権に基づき解雇予告手当等の支払を求め、付加金支払請求権に基づき付加金等の支払を求め、また、上記労働条件の切下げ及び上記解雇が違法であるとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき損害賠償等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

1 Y社は、Xに対し、189万9833円+遅延損害金を支払え。

 Y社は、Xに対し、30万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、Xが、令和元年5月16日、被告に対し、「了解しました。よろしくお願いいたします。」というLINE上のメッセージを送り、勤務日及び勤務時間の削減に同意したと主張する。
しかし、Xは、勤務日及び勤務時間の削減について同意していない旨をLINE上で明確に伝え、本件雇用契約書への押印を拒否しているのであり、Cとの交渉の過程で発せられた上記メッセージを取り出してこれをもって原告が勤務日及び勤務時間の削減に同意したものと認めることはできない
また、Y社は、Xが、令和元年5月15日、被告に対し、「勤務につきましては週に3~4日程度定期的に入れれば幸いです。」というLINE上のメッセージを送ったことにより、週3日の勤務とすることに合意した旨主張する。
しかし,上記メッセージは、XがY社と交渉する経緯の中での妥協案として提案したものと認められるところ、Y社は、結局、この提案を受け容れたものとは認められないことに照らせば、上記メッセージをもってXとY社が週3日の勤務日とする合意をしたものと認めることはできない
したがって、Y社の前記主張を採用することはできない。

2 Y社は、Xの勤務日及び勤務時間の削減はやむを得ないものであり、Y社には「責めに帰すべき事由」はない旨主張する。
しかし、Y社は、Xとの間で、本件雇用契約において、固定した勤務日及び勤務時間について合意していたものであるから、Xに割り当てる固定した勤務日及び勤務時間を除いてシフトを組めばよいのであって、Xの勤務日及び勤務時間の削減がやむを得ないとはいえない
そもそもY社は、平成30年12月の時点で登録していた医師が約50名にすぎず、b社の担当者の「はい。大歓迎でございます!」というメッセージからもうかがわれるようにシフトを埋めることに努力を要する状況にあったことが推認されるところ、令和元年6月の時点で登録する医師が約200名に増加したため、Xの固定する勤務日及び勤務時間が逆に業務の支障になったものであり、Y社の都合で、それまで大幅にシフトを埋めていた原告の勤務日及び勤務時間を一方的に切り下げたものと認められる。

LINEやメールのやりとりの中で、労働者の同意の存在をうかがわせる内容があったとしても、それだけをもって裁判所が労働者の同意を求めてくれるとは限りません。

特に労働条件の不利益変更に関する労働者の同意については慎重に判断されますので注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金232 旅費交通費の取扱いと割増賃金の算定基礎(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、旅費交通費の取扱いと割増賃金の算定基礎に関する裁判例を見ていきましょう。

オークラ事件(大阪地裁令和4年1月18日・労判ジャーナル124号50頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、Y社に対し、労働契約に基づく未払賃金請求権に基づき、以下の割増賃金等の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、178万0697円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、運転手はサービスエリアやパーキングエリアで睡眠を取り、宿泊施設を利用しないのがほとんどであること、大型自動車の運転手が出庫してから帰庫までに日を跨ぐ場合、実際に宿泊施設を利用したか否かに関わらず、1泊につき所定の金額の旅費交通費を支給していることを認めているのであり、これらの事情によれば、旅費交通費が実費精算の趣旨で支払われているものと認めることは困難である。
むしろ、上記の支給実態に照らすと、旅費交通費は、大型運転手が、日を跨いで運転業務に従事する場合に、その負担が大きいこと等を踏まえ、賃金を加算する趣旨で支給されているものと推認されるから、通常の労働時間の賃金に当たるというべきである。
なお、国内出張旅費規程には、乗務員のうち大型運転手の出張者の旅費として、2暦日以上にまたがる出張の場合に、宿泊費補助として1運行につき5000円、食事代補助として1運行につき1000円が支払われるとの定めがあることが認められるが、弁論の全趣旨によれば、同規程は、就業規則ではないものと認められ、ほかに同規程の定めが本件雇用契約の内容になっているものと認めるに足りる証拠はないから、同規程の上記定めの存在をもって、原告に支払われた旅費交通費が実費精算の趣旨に基づくものと認めることはできないし、旅費交通費の一部が、食事代の補助として支払われているものと認めることもできない。
また、被告主張の旅費交通費の税務等における取扱い等の事情も、旅費交通費が実費精算の趣旨で支払われていることを裏付けるに足りない。
したがって、旅費交通費は、割増賃金の算定の基礎となる賃金単価の算定の基礎となる賃金に当たるというべきである。

このパターンはとても多いです。

細かい議論なので、経営者がここまでの内容を完全に理解するのはなかなか難しいところです。

だからこそ日頃から顧問弁護士に相談をすることが、いざという時に身を助けることになります。

賃金231 留学研修費用の返還請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も一週間がんばりましょう。

今日は、留学研修費用の返還請求に関する裁判例を見てみましょう。

独立行政法人製品評価技術基盤機構事件(東京地裁令和3年12月2日・労判ジャーナル123号42頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、Xを長期派遣研修制度により米国に派遣した際に研修費用を支出したことにつき、Xとの間で、Xが研修終了後一定期間経過前にY社を自己都合退職した場合にはXにおいて上記の研修費用等の全部又は一部をY社に返還する旨の条件付き金銭消費貸借契約を締結していたところ、Xが上記の所定期間の経過前にY社を自己都合で辞職したと主張し、Xに対し、金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求として、研修費用の一部である約285万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件研修は、派遣先や研修内容の決定についてY社側の意向が相当程度反映されており、本件研修を通じて得られた知見や人脈は本件研修終了後のY社における業務に生かし得るものであった一方で、Y社や関係省庁以外の職場での有用性は限定的なものであったといえ、一般的な留学とは性質を異にする部分が少なくなかったものと認められ、他方、所長ほかのY社の職員及び経産省ほかの所管省庁の職員らは、Xに対し、頻繁な調査依頼を行うなどし、Xも、これに対応していたが、これらの調査は、Y社及び経産省ほかの所管省庁にとってみれば、その本来業務にほかならないというべきであり、本件研修は、主としてY社の業務として実施されたものと評価するのが相当であるから、本件研修費用も本来的に使用者であるY社において負担すべきものとなるところ、本件消費貸借契約は、本件研修の終了後5年以内にXがY社を自己都合退職した場合に本来Y社において負担すべき本件研修費用の全部又は一部の返還債務をXに負わせることでXに一定期間のY社への勤務継続を約束させるという実質を有するものであり、労働者であるXの自由な退職意思を不当に拘束して労働関係の継続を強要するものといわざるを得ないから、労基法16条に違反し無効と解するのが相当である。

業務性が強い留学については費用の返還が認められにくいです。

留学研修費用の返還が認められた事案と比較するとよくわかりますね。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金230 訴訟上の和解による退職日の変更と未払賃金立替払制度の利用の可否(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、訴訟上の和解による退職日の変更と未払賃金立替払制度の利用の可否を見ていきましょう。

大田労基署長事件(令和4年3月1日裁決・労判1264号105頁)

【事案の概要】

Xは、民事訴訟手続で解雇無効を争い、XとY社との間で、Y社が行った解雇を撤回し、令和2年5月31日にXが退職したことを確認するなどを内容とする訴訟上の和解が成立した。しかし、Y社は、この訴訟上の和解に定められた債務の弁済を行っていない。

Xは、処分庁に対し、未払賃金の立替払いの認定申請を行った。

処分庁は、Xに対し、認定申請が、申請者の退職の日の翌日から起算して6月以内に行われていないことを理由に不認定処分をした。

Xは、本件不認定処分を不服として、審査庁(厚生労働大臣)に対し審査請求を行った。

【審査庁の判断】

本件審査請求に係る処分を取り消す。

【裁決のポイント】

1 本件では、解雇が無効であるとの裁判所の判断がされたものではないが、訴訟手続において、解雇が撤回され、令和2年5月21日に退職したとする訴訟上の和解が成立しているのであるから、先の解雇の通知は撤回されてその効力はなくなったというほかない。したがって、解雇によって退職したと認定することはできず、令和2年5月21日まで労働契約関係は継続していたとするほかない。

2 認定申請の6か月以上前に退職して労働契約関係が消滅したことが明らかであるのに、未払賃金立替払制度の利用を企て、使用者と元労働者の合意によって退職日を後日に変更するのは、未払賃金立替払制度の趣旨に反するというべきである。
しかし、本件では、審査請求人は解雇を告げられたものの、解雇無効を主張して民事訴訟手続で争い、訴訟上の和解において解雇は撤回され、令和2年5月21日に退職したとして争訟が解決していること、労働審判手続を申し立てるより前にも日本労働組合総連合会東京都連合会から本件会社に対して審査請求人の解雇理由等についての問合せがなされており、審査請求人は解雇を告げられた当初から解雇に不服を持っていたことがうかがわれること等の事情が認められる。
そうすると、認定申請の6か月以上前に退職したことが明らかである者が、使用者と意思を通じて退職日を後日に変更し、存在する余地のなかった賃金請求権を作出して立替払いの対象としたというような事案とまで断ずることは困難である

非常に珍しい事案ですが、実態に即して判断されています。

通常、当事者間の和解をベースにすると、両者の意思によって事情変更ができてしまうため、判決を求めて手続きをするほうが間違いはないと思います。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。