Category Archives: 賃金

賃金263 就業規則のない会社における賃金減額・配転命令の成否等(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、就業規則のない会社における賃金減額・配転命令の成否等に関する裁判例を見ていきましょう。

Ciel Bleuほか事件(東京地裁令和4年4月22日・労判1286号26頁)

【事案の概要】

本訴は、Y社との間で雇用契約を締結していたXが、①Y社からの賃金が一部未払であると主張して、Y社に対し、雇用契約に基づく賃金請求として、令和元年7月分から同年9月分までの未払賃金等合計73万9591円+遅延損害金の支払、及び、同年10月分の未払賃金30万4333円+遅延損害金の支払を求めるとともに、②Y社の経営者一族の身内であるA及びY社の執行役であるBから、一方的に減額をされる、横領疑惑をかけられる、理由のない配転命令をされるという違法行為を受けたと主張して、Aらに対し、共同不法行為に基づき、損害金220万円+遅延損害金の連帯支払いを求める事案である。

反訴は、Y社が、Xに対し、Xが真実はY社の経費として費消したのではないにもかかわらず、経費であると申告してY社を欺罔し、経費名下に金員を騙取したとして、不法行為に基づき、損害金675万5958円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

1 Y社は、Xに対し、73万9591円+遅延損害金を支払え

2 Y社は、Xに対し、30万4333円+遅延損害金を支払え

3 A及びBは、Xに対し、連帯して55万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Y社らは、Y社においては、営業職の給与は、各人の売上の多寡といった成果に応じて不定期に昇給ないし降給がされる制度となっていたこと、Xの売上が平成26年から急激に降下し、その後も長期にわたって売上が低迷して改善の兆しがみられなかったことから、上記制度の中で本件減給措置を実施するに至ったのであって、本件減給措置はY社の裁量の範囲内である旨を主張する。
しかしながら、Y社においては、本件減給措置が実施されるまで、従業員の売上が低下したことを理由に降格・減給措置が実施されることはなかった。Y社の営業職の売上の増加に応じて営業職の給与が上昇することはあったにせよ、Y社において、営業職の給与が、各人の売上の多寡といった成果に応じて不定期に昇給ないし降給がされる制度が存在したことを認めるに足りる証拠はない。したがって、Y社らの上記主張は、Y社らの主張する制度の存在が認められない以上失当である。

言うまでもありませんが、営業マンの売上が減少したことを理由に当然に減給することはできません。

歩合給を採用するのであれば、その旨を契約書や就業規則、賃金規程等に予め規定しておく必要があります。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金262 貸付金の退職金との相殺の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、貸付金の退職金との相殺の有効性に関する裁判例を見ていきましょう。

リアルデザイン事件(東京地裁令和4年12月9日・労判ジャーナル135号56頁)

【事案の概要】

本件は、本訴において、Y社の元従業員Xが、Y社に対し、(1)退職金の未払があると主張して、雇用契約に基づく退職金支払請求権の一部の支払を求め、(2)XがY社に対して退職金の源泉徴収額に相当額を支払ったことにつき法律上の原因がないと主張して、不当利得返還請求権として上記金員等の支払を求め、反訴において、Y社が、Xに対し、XのY社に対する本訴提起が、Y社の取締役に対する嫌がらせのみを目的とする違法な訴訟提起であると主張して、不法行為に基づく損害賠償として500万円等の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 貸付金と退職金との相殺合意は、Xにとっては、より少ない賃金(退職金を含む)で貸付を完済することができ、Y社にとっては、より少ない出捐でXに対する貸付を処理することができるという点で双方に経済的利益がある方法であるということができ、さらに、そもそも本件退職金規程は、本件各金銭交付に係る貸付を処理するために、本件相殺合意をする際に新たに創設されたものであるから、本件相殺合意の時点において、Xが退職金を現実に受給することができるという期待を有していたとは認められず、そして、Y社が、本件相殺合意に基づき本件精算処理を行った際にも、Cは、Xが源泉徴収相当額を負担したとしても退職金と相殺することに経済的な利点がある旨説明しておりXが本件精算処理について異議を述べたことを認めるに足りる証拠はなく、また、Xが、Y社に対し、退職金の請求を初めて行ったのは、退職から約4年もの期間が経過した時点であるから、本件相殺合意及びこれに基づく本件精算処理は、Xの同意を得てなされたものであり、その同意は、Xの自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたものというべきであり、労基法24条1項に違反しない。

上記事情からすれば、結論の異論はほとんどないところだと思います。

なお、基本的知識として、労基法24条の「賃金」に退職金も含まれることは押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金261 背信行為と退職金減殺部分等支払請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、背信行為と退職金減殺部分等支払請求に関する裁判例を見ていきましょう。

エスプリ事件(東京地裁令和4年12月2日・労判ジャーナル135号66頁)

【事案の概要】

本件は、Y社から解雇されたXが、Y社に対し、未払退職金等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、Y社がXの給与を増額できるような状態ではなかったことを認識していたはずであるのに、経理担当者であることからこそ知り得たY社の経理情報に基づき、別口預金等に係る経理上の不正の存在をほのめかして金銭(給与の増額)を要求し、Xから脅迫されたと受け取った現社長との間の信頼関係を大きく毀損し、そして、Xは、この件により本件配転命令を受けると、長年にわたり役員に近い水準の高額な給与の支払を受けていた幹部職員でありながら、合理的な理由なく、本件配転命令に強く抵抗し、業務命令に違反して経理業務の引継ぎを拒否し、長期間にわたりY社及びY社の従業員の業務に支障を生じさせ、そして、その結果、Y社の経営上大きな問題を生じさせるとともに、Y社との間の信頼関係だけでなく、Xから引継ぎを受けるために奔走したY社の従業員との間の信頼関係も失わせるに至らせたものであり、このようなXの行為は悪質であり、その背信性の程度は著しいものといわざるを得ないから、Xの行為によりY社に生じた業務上の支障を一定程度限定する事情が認められること、さらに、Xが、19年(アルバイトとして勤務した期間を含めると28年)にわたり、Y社の経理業務を担当してきたものであって、Y社に対する一定の貢献が認められることを斟酌したとしても、Xの行為は、XのY社における勤続の功を大きく減殺するものであって、その減殺の程度を3分の2としたY社の判断は相当なものである。

内容的には、退職金不支給と判断される会社もあろうかと思いますが、行為の悪質性とのバランスを欠いているという理由から一部無効と判断される可能性がありますので、匙加減には注意をしましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金260 インセンティブ給与合意に基づく賃金残金等支払請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、インセンティブ給与合意に基づく賃金残金等支払請求に関する裁判例を見ていきましょう。

Oriental Kingdom Group事件(東京地裁令和4年12月6日・労判ジャーナル135号64頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で労働契約を締結して就労していたXが、Y社との間で、月例賃金25万円に加えて不動産売買業務に関する売上額の50%に相当する額をインセンティブ給与として支払う旨の合意をしたなどと主張して、労働契約に基づき、Y社に対し、賃金残金等の支払を求めるとともに、Y社が本件合意に係る合意書の会社作成部分が偽造されたものであるとして警視庁大崎警察署に被害申告をしたことがXの名誉及び信用を毀損するものであるなどと主張して、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料30万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件合意書のY社作成部分の成立の真正について、本件合意書のY社の印影は、Y社の印章から顕出されたものと認められるから、当該印影は、特段の事情がない限り、Y社の意思に基づいて顕出されたものと推定され、この推定がされる結果として、本件合意書のY社作成部分は、民訴法228条4項にいう「本人又はその代理人の(中略)押印があるとき」の要件を充たし、その全体が真正に成立したものと推定されることとなるが、本件合意書に記載されたインセンティブ給与の売上額に対する割合は著しく高く、Xにとって極めて有利な内容となっている反面、Y社にとっては、そのような内容の合意をする経済的合理性に乏しいものであったことや本件労働契約締結後のXとY社代表者との間のやりとりに係る事実経過等を総合的に考慮すると、Xが、本件印章保管ロッカーの鍵の部分を破壊して、これを開け、その中に保管されていた本件印章を冒用するなどして、本件合意書のY社作成部分を偽造した疑いが濃いといわざるを得ないこと等から、本件合意書のY社の印影がY社の意思に基づいて顕出されたものとはいえず、本件合意書のY社作成部分が真正に成立したものであることについての推定は及ばないというべきである。

二段の推定が覆った事案です。

裁判所がどのような点に着目をしているかをしっかりと確認しておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。

賃金259 体調不良を理由とする自宅待機期間中の賃金請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、体調不良を理由とする自宅待機期間中の賃金請求に関する裁判例を見ていきましょう。

ゼリクス事件(東京地裁令和4年8月19日・労判ジャーナル134号44頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、体調不良のため、令和2年8月20日、仕事を休み、同月21日、38度以上の発熱があったため、Y社に報告したところ、Y社から、2週間自宅で待機するように命じられたため、この間の賃金の支払を請求した事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 少なくとも同月20日及び同月21日については、Y社の責に帰すべき事由ではなく、また、同月22日から同月末日までの期間については、この間のXの体調は明らかではなく、Y社による自宅待機命令により就労することができなかったというべきであるが、この頃、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が生じていたこと(公知の事実)からすれば、感染が広がる危険を避けるため、発熱した労働者に2週間程度の自宅待機を命ずることには合理的な理由があったというべきであり、また、本件現場では、令和2年9月、クライアントの予算不足のため体制を縮小したことにより、Y社の人員に余剰が生じていたものであるから、令和2年8月及び同年9月分の賃金請求につき、Xの本件雇用契約に基づく就労義務の不履行については、労働基準法26条における債権者の責に帰すべき事由があったということはできないから、Xの同月分の賃金の支払請求には理由がない。

自宅待機命令の理由が本件のように不可抗力等を含め使用者側の故意・過失によらない場合には、賃金が発生しません。

もっとも、その判断は慎重に行う必要がありますのでご注意ください。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に有給休暇に関する運用を行うことが肝要です。

 

賃金258 賃金相当額の損害賠償請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金相当額の損害賠償請求に関する裁判例を見ていきましょう。

グラインドハウス事件(東京地裁令和4年12月21日・労判ジャーナル134号22頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結したと主張するXが、雇用契約に基づく賃金請求並びに会社法423条1項及び会社法429条1項に基づき、Y社及び取締役であるBに対して、連帯して約143万円等の支払を求め、これに対し、Y社は、第1回口頭弁論期日において、消滅時効の抗弁の主張をしたところ、Xは、上記金員のうち10万円については、既に前件訴訟において、確定判決を得ていることから取下げ、その余の約133万円については、消滅時効の主張を踏まえて、Y社及びBに対し連帯して、民法415条及び会社法429条1項に基づく損害賠償請求として支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、Y社は、従業員を社会保険にも加入させず、雇用契約書も存在していなく、タイムカード等従業員の勤務状況を裏付けるものを設置しておらず、就労時間もXが事前に聞いていたものとは大幅に異なっていたと主張するが、Y社がY社に勤務していたCに対し、支払った給与からは、雇用保険料及び所得税のみが控除されており、健康保険料や厚生年金保険等は控除されていなかったこと、Y社にタイムカードが設置されていなかったこと、Y社とCとの間及びY社とAとの間で雇用契約書が作成されていなかったことが認められるところ、上記事実は、法律等に違反する行為であり、その法律違反について、法律に規定されている罰則等が適用される可能性はあるが、上記の法律違反があることによって、Xに対し、賃金相当の損害金が発生するものではないから、Xの主張は採用することはできない。

2 Xは、Y社及びBは、未払給与に対する請求や相談に一切応じず、令和元年に出された前件判決にも従わないため、回収不能となったことから就労環境に対する安全配慮義務に違反していると主張するが、前件判決について確定後も支払われていないことが認められるが、判決確定後については、執行手続が法律上予定されているのであるから、前件判決について支払を怠っていることをもって安全配慮義務違反があるとは認められないし、前件判決の支払を怠ったことによって、新たに賃金相当の損害金が発生するとは認められないから、Xの主張は採用することができない。

法律構成に若干無理がありますね。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に有給休暇に関する運用を行うことが肝要です。

賃金257 留学費用返還請求が認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、留学費用返還請求が認められた事案を見ていきましょう。

双日事件(東京地裁令和4年8月30日・労判ジャーナル134号38頁)

【事案の概要】

本件は、本訴において、Y社が、Y社の元従業員Xにおいて、Y社の研修留学制度を利用して留学した際、Y社との間で、留学終了後5年以内に自己都合退職する場合には留学に要する費用として借り入れた金員を退職日までに全額返還する旨を合意したにもかかわらず、留学終了から2か月後に自己都合退職したとして、Xに対し、当該合意に基づき、貸金合計約2850万円等の支払を求め、反訴において、Xが、上記留学中、Y社の人事担当者においてXに著作権違反行為を慫慂した行為が不法行為に当たると主張して、Y社に対し、使用者責任(民法715条)に基づき、当該不法行為に係る慰謝料30万円等の支払を求めるとともに、Y社を退職後、X個人の商行為として、Y社から依頼された4件の業務を遂行したと主張して、Y社に対し、商法512条に基づき、報酬各50万円(合計200万円)等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

留学費用返還等支払請求一部認容

損害賠償等請求棄却

【判例のポイント】

1 本件各留学に関し、Y社がXに対し送金をして、Xが当該金員から費用を支出したこと、Y社又はその関連会社が引越費用77万2705円及び海外旅行傷害保険料19万1320円を立替払いしたこと、本件留学2に先立ち、Y社とXが本件誓約書2により本件合意をしたこと、Xが本件留学2の終了日から2か月後である令和元年7月31日限りY社を退職したことについては、当事者間に争いがないものと認められるところ、本件各留学がY社の指示命令に基づく業務としてなされたものと認めることはできず、労働基準法16条は、労働契約の不履行について違約金や損害賠償の予定を禁止するものである以上、労働契約に基づかない行為(使用者の業務外の行為)について同条を適用(類推適用)することは困難であり、もとより、労働者の退職意思を制約する法律行為について、公序良俗に反するものとしてその効力を否定し、あるいは信義則によりその行使を制限すべき場合はあり得るが、一般論として、使用者が労働者に対し業務外の事項に関して金銭を貸し付けるに当たり、5年程度の勤続を条件に債務を免除し、その前に退職する場合においては返還を求める合意をすることが当該労働者の退職の自由を不当に制約するということは困難であり、Xが本件各留学の終了後2か月で退職に至っていることに照らすと、信義則上本件合意に基づく請求を制限すべきとはいえないこと等から、本訴請求は2847万8742円等の支払を求める限度で理由がある。

留学から帰国して2か月後に退職するという感覚が私には理解できないのですが、それはさておき、留学費用に限らず類似の裁判例をいくつかありますので、是非、参考にしてください。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に有給休暇に関する運用を行うことが肝要です。

賃金256 公立学校教員の時間外労働手当請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、公立学校教員の時間外労働手当請求に関する最高裁判例を見ていきましょう。

埼玉県公立小学校教員(時間外労働手当)事件(最高裁令和5年3月8日・労判ジャーナル134号2頁)

【事案の概要】

本件は、埼玉県公立小学校の県費負担教員が、平成29年9月から平成30年7月までの間に時間外労働を行ったとして、主位的に、労基法37条による時間外割増賃金請求権に基づき、予備的に、本件請求期間に埼玉県を同法32条の定める労働時間を超えて労働させたことが国家賠償法上違法であると主張して、県に対し、時間外割増賃金又はその相当額の損害金242万2725円などを請求した事案である。

1審はこの請求を棄却し、原審も控訴を棄却した。

【裁判所の判断】

上告棄却、上告受理申立て不受理

【判例のポイント】(原審判決)

1 給特法が、教員が教育的見地等から自主的で自律的な業務を行う結果、その勤務が正規の勤務時間外に及ぶことがあり得ることを踏まえ、その対価として、正規の勤務時間の内外を問わずその勤務の全体を包括的に一体的に評価した結果、教職調整額を支給する趣旨であることは既に説示したとおりである。このように、教職調整額は、教員の勤務時間外での職務を包括的に評価した結果として支給されるものであり、超勤4項目のみならず、それ以外の業務を含めた時間外勤務に対する超過勤務手当に代わるものとして支給されるものであるから、給特法が、超勤4項目以外の業務に係る時間外勤務について、教職調整額のほかに、労基法37条に基づく時間外割増賃金の発生を予定していると解することはできない

もう教師になる人、いなくなっちゃいませんかね・・・。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に有給休暇に関する運用を行うことが肝要です。

賃金255 退職手当不当受領に基づく損害賠償請求権と消滅時効(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、退職手当不当受領に基づく損害賠償請求権と消滅時効に関する裁判例を見ていきましょう。

神戸市事件(大阪高裁令和4年12月20日・労判ジャーナル133号28頁)

【事案の概要】

本件は、K市が、Xらに対し、次の①のとおり主張して、次の②の請求をする事案である。
①K市は、地方公共団体であり、Xらは、K市の元職員又はその法定相続人である。当該元職員らは、労働組合の業務に専従し、あるいは専従期間に関する法令の適用を回避するために特定法人へ退職派遣されていた期間があり、K市は、Xらに対して退職手当を支払うに当たり、当該退職手当の額を算定するについては、前記専従期間及び退職派遣の期間を法令(又はその趣旨)に従って在籍期間から除算すべきであるのに、労働組合との間で法令の定める専従期間の上限を超過した者について当該除算すべき期間を限定する違法な取決めをした上、当該取決めに基づき本来除算すべき期間を除算せず高額な退職手当を支払った。本件退職手当受給者らが、当該退職手当を受領するに当たり除算期間の誤りを正すことなく退職手当を受領した不法行為により、K市に損害が生じた。
②不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、当該退職手当の過払額相当額の損害賠償金+遅延損害金の支払を求める。

原審は、当事者双方の不法行為の成否をめぐる主張のやり取りが続く中、第6回口頭弁論期日において、消滅時効の成否について判断するとして弁論を終結した。
原審は、K市の主張する損害賠償請求権は時効により消滅したとして、K市の請求をいずれも棄却し、K市は本件控訴を提起した。

【裁判所の判断】

原判決を取り消す。
本件を神戸地方裁判所に差し戻す。

【判例のポイント】

1 不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が損害及び加害者を知った時から起算される(民法724条)。そして、「損害及び加害者を知った時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味し(最高裁昭和48年11月16日判決参照)、被害者が法人である場合には、通常、法人の代表者又は不法行為に関係する事柄について代表者から委任を受けるなど、特定の事項につき法人を代表する権限を有する者が「損害及び加害者」を知った時から時効期間が進行すると解される。
もっとも、代表者等も他の加害者とともに当該不法行為に加担するなどし、代表者等と他の加害者との共同不法行為が成立するような場合には、加害代表者等が損害賠償請求権を行使することを現実的に期待することは困難であるから、このような場合には単に加害代表者等が損害及び加害者を知るのみでは時効期間は進行せず、法人の利益を正当に保全する権限のある加害代表者等以外の代表者等において、損害賠償請求権を行使することが可能な程度に「損害及び加害者」を知った時から、時効期間が進行すると解するのが相当である。

2 これを本件についてみると、本件退職手当の受給が違法であるかについて当事者間に争いがあるものの、仮に本件退職手当の支給が給与条例主義の趣旨に反するものであり違法であるとして、その受給行為が不法行為に該当する場合には、給与課長が本件取決めに基づき、違法な退職手当支給決裁を行うのは、K市に対する背信行為であるといわざるを得ない。給与課長による支給決裁と本件退職手当受給者らによる受給行為は、K市に対する共同不法行為に当たるというべきである。
そして、弁論の全趣旨によれば、K市においては、給与課長が違法に支給された退職手当の返還請求を行う権限を有すると認められる。ところが、給与課長であっても、違法な退職手当支給決裁を行った場合には、自らが加担した共同不法行為に関し、自らこれを是正し、又はK市代表者を通じてK市が損害賠償請求権を行使するための役割を果たすことは期待できない。当該給与課長自身の認識のみを基準に、消滅時効の時効期間が進行するということはできない
そうすると、本件退職手当受給者らのうち、最終の本件退職手当を受給したY1の退職手当支給決裁を行った給与課長には、自らが加担した共同不法行為に関し、自らこれを是正し、又はK市代表者を通じて控訴人神戸市が損害賠償請求権を行使するための役割を果たすことは期待できなかったといえるから、給与課長の認識を基準に、消滅時効の時効期間が進行するとはいえない

上記判例のポイント1の消滅時効の起算日についての考え方は、是非、しっかりと押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に有給休暇に関する運用を行うことが肝要です。

賃金254 年次有給休暇の時季変更権行使が適法とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、年次有給休暇の時季変更権行使が適法とされた事案を見ていきましょう。

阪神電気鉄道事件(大阪地裁令和4年12月15日・労経速2512号22頁)

【事案の概要】

鉄道事業を営むY社に雇用されて車掌として勤務していたXは、平成30年9月19日につき年次有給休暇の時季指定をしたところ、Y社により時季変更権を行使されたが出勤せず、翌20日に欠勤を理由とする注意指導を受け、1日分の賃金9714円を減給された。
本件は、Xが、上記時季変更が違法であると主張して、Y社に対し、①雇用契約に基づき、減給された賃金9714円+遅延損害金、②労働基準法114条に基づき、上記賃金と同額の付加金+遅延損害金、③不法行為に基づき、違法な時季変更権の行使を前提とする注意指導による慰謝料50万円+遅延損害金の各支払を請求する事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 時季変更権の行使の要件である「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するか否かの判断において、代替勤務者確保の難易は、その判断の一要素であって、特に、勤務割による勤務体制がとられている事業場の場合には、重要な判断要素であるというべきである。このような勤務体制がとられている事業場において、勤務割における勤務予定日につき年次休暇の時季指定がされた場合に、使用者としての通常の配慮をすれば、代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にあると認められるにもかかわらず、使用者がそのための配慮をしなかった結果、代替勤務者が配置されなかったときは、必要配置人員を欠くことをもって事業の正常な運営を妨げる場合に当たるということができないと解するのが相当である(最高裁昭和62年7月10日判決、最高裁昭和62年9月29日判決)。
そして、勤務割における勤務予定日につき年次休暇の時季指定がされた場合に、使用者としての通常の配慮をすれば代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にあったか否かについては、当該事業場において、年次休暇の時季指定に伴う勤務割の変更が、どのような方法により、どの程度行われていたか、年次休暇の時季指定に対し使用者が従前どのような対応の仕方をしてきたか、当該労働者の作業の内容、性質、欠勤補充要員の作業の繁閑などからみて、他の者による代替勤務が可能であったか、また、当該年次休暇の時季指定が、使用者が代替勤務者を確保しうるだけの時間的余裕のある時期にされたものであるか、更には、当該事業場において週休制がどのように運用されてきたかなどの諸点を考慮して判断されるべきである。上記の諸点に照らし、使用者が通常の配慮をしたとしても代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況になかったと判断しうる場合には、使用者において代替勤務者を確保するための配慮をしたとみうる何らかの具体的行為をしなかったとしても、そのことにより、使用者がした時季変更権の行使が違法となることはないと解するのが相当である(最高裁平成元年7月4日判決)。

2 Y社は、勤務割の中に予備循環を設けたり、W勤務を命じたりするなどして代替勤務者を確保していたところ、9月19日については、Xに先行して年休申請した車掌や社内行事のために勤務できない車掌がおり、Xに対して同日の年休を付与すると、確保していた代替勤務者を超える補充要員が必要となり、勤務割で確保された公休日の出勤回避やW勤務の上限の遵守といったQ1列車所において労使合意により実施されてきた取扱いに反しなければ、補充人員を確保できない状況にあったものということができる。これらの事情に照らすと、本件時季指定が1か月前にされたものであり、その間に使用者が通常の配慮をしたとしても、同日は、Xの代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にはなかったというべきである。

使用者の時季変更権の行使は上記判例のポイント1のとおり、決して簡単には認められません。

まずは最高裁の規範を押さえた上で、慎重に対応する必要があります。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に有給休暇に関する運用を行うことが肝要です。