Category Archives: 賃金

賃金10(社会福祉法人賛育会事件)

おはようございます。

さて、今日は、賃金制度の変更に伴う賃金減額に関する裁判例です。

社会福祉法人賛育会事件(東京高裁平成22年10月19日・労判1014号5頁)

【事案の概要】

Y社は、各種社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人である。

Xは、介護職としてY社が経営する病院に勤務していた。

Y社は、職員の担当する職務遂行能力や成績の考課を通して、職員の能力開発・育成を促進し、昇進・昇格・異動配置・賃金・賞与等の処遇を公平妥当に行うための考課システムを作成するとともに、職能資格制度を導入した。

さらに、Y社は、賃金制度の変更についても検討し、新人事制度導入等に伴う就業規則等の見直し等を検討するため、職員就業規則等研究委員会を全6回開催し、その後、就業規則や賃金規程等を改正した。

Xは、主位的に、本件賃金規程等の変更は無効であるとして、変更前の賃金規程等に基づいて得られるべき賃金とすでに支給された賃金との差額等の支払いを求めるとともに、予備的に、Y社が上記差額を是正しないまま放置していることが公序良俗に反する不法行為に該当すると主張して、損害賠償等の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

差額の賃金の支払いを命じた。

損害賠償請求は棄却。

【判例のポイント】

1 本件就業規則等の変更は、賃金という労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼすものである。

2 そして、賃金などの労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきであり、この合理性の有無は、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである

3 本件就業規則等変更、人件費削減を目的とするものではないにもかかわらず、Xを含め従業員の賃金減額をもたらし、代償措置もその不利益を解消するに十分なものとはいえないのであって、新賃金制度の導入目的に照らして賃金減額をもたらす内容への変更に合理性を見出すことは困難であり、そのような基本的な労働条件を変更するには、特に十分な説明と検証が必要であるといえるが、Xを含め従業員ないし労組に対する説明は十分にされたとはいえず、新賃金制度の内容にも問題点があり、導入に当たり内容の検証が十分にされたとはいいがたく、従業員への説明や内容の検証を上記の程度にとどめてまで新賃金制度を導入しなければならないほどの緊急の必要性があったとも認められない。

4 賃金規程の変更に同意しないXに対し、これを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできず、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、Xにその効力を及ぼさず、Xは、新賃金制度による給与額が旧賃金制度における支給されたであろう額を下回る場合には、その差額の賃金を請求することができる。

本件は、年功序列型から従業員の能力や成果をより強く反映させる賃金制度への変更に関する就業規則の不利益変更が問題となった事案です。

一般論として、前記判例のポイント2のとおり、みちのく銀行事件(最高裁平成12年9月7日・労判787号6頁)を引用し、個々の要素を検討しています。

結果的に、本件賃金制度の変更に合理性は認められませんでした。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金9(ハクスイテック事件)

おはようございます。

さて、今日は、昨日に引き続き、年功序列型から能力・成果主義型への変更に関する裁判例を見てみましょう。

ハクスイテック事件(大阪高裁平成13年8月30日・労判816号23頁)

【事案の概要】

Y社は、化学製品製造・販売とする会社である。

Xは、Y社の従業員として、Y社の研究所に勤務していた。

Xは、年功序列型体系から能力・成果主義型賃金体系への変更を目指した給与規定の変更につき、新たに導入された給与規定の無効確認を求めた。

【裁判所の判例】

年功序列型から能力・成果主義型への給与規定変更は、合理性を有する。

【判例のポイント】

1 Y社が給与の低下分について調整給や1~10年間分の減額分補償措置を設けていることに加え、B評価以上になれば賃金が減額することはなく、最低のFランクに位置づけられても月額賃金は38万5000円を下らない。

2 Y社の経営状態がいわゆる赤字経営となっている時代には、賃金の増額を期待することはできないというべきであるし、普通以下の仕事ができない者についても、高額の賃金を補償することはむしろ公平を害するものであり、合理性がない

3 現に8割程度の従業員は新給与規定で賃金が増額しているのであって不利益は小さい。

4 近時我が国の企業についても、国際的な競争力が要求される時代となっており、一般的に、労働生産性と直接結びつかない形の年功型賃金体系は合理性を失いつつあり、労働生産性を重視し、能力・成果主義に基づく賃金制度を導入することが求められていたといえる。そして、Y社においては、営業部門のほか、Xの所属する研究部門においてもインセンティブ(成果還元)の制度を導入したが、これを支えるためにも、能力・成果主義に基づく賃金制度を導入する必要があったもので、これらのことからすると、Y社には、賃金制度改定の高度の必要性があったということができる。

本件裁判例の請求は、「就業規則無効確認」です。

このような請求のしかたもあるんですね。

本件は、上記判例のポイント3が大きいですね。

会社側としては、一般論も、大変参考になりますね。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金8(医療法人大生会事件)

こんにちは。

さて、今日は、賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

医療法人大生会事件(大阪地裁平成22年7月15日・労判1014号35頁)

【事案の概要】

Y社は、病院の経営を業とする医療法人である。

Xは、Y社と期間の定めのない雇用契約を締結し、総務事務部門で勤務していた(月額基本給18万円)。

Xは、上司から総務管理への配置換えを命じられ、同時に基本給を15万円とすることを通知された。

平成21年3月9日午後9時頃、Xが退勤したところ、上司から午後10時ないし11時頃に電話があり、すぐ戻るよう指示を受けた。しかしXは「帰りの電車がないので行けません」と述べて指示を拒んだところ、翌日Xのタイムカードが撤去され、15日まで打刻できない状態にされたうえ、同月14日に、4月14日をもって解雇する旨通告された。

Xは、Y社に対し、未払基本給の一部や時間外割増賃金、解雇等に対する慰謝料等を請求した。

【裁判所の判断】

未払基本給に年14.6%の利率を付した支払を命じた。

慰謝料として合計40万円の支払いを命じた。

【判例のポイント】

1 一方的に減額された賃金をXが受領したことをもって賃金減額に合意したとは認められず、訴状において減額後の基本給を基礎とする請求を行ったとしても、一部請求をしたにすぎず、減額に合意した自白が成立するわけではない。

2 タイムカードに打刻された出勤時刻から退勤時刻までのうち、休憩時間を除いた時間すべてについてY社の指揮命令下にあった時間と認めるのが相当でありXは自己の意思で残ったにすぎないとのY社の主張について、所定終業時刻以降も行うべき業務は恒常的に存在しており、Xがそのような業務に従事せずに済んだとは考えられず、根拠がない。

3 未払基本給及び割増賃金について、「賃金の支払の確保等に関する法律」に基づく年14.6%の利率を付した支払いが命じられた。

4 Y社が時間外・深夜・休日の割増賃金の支払いを全くしておらず、訴訟提起後も時間外、深夜労働の事実自体を争って未払割増賃金を支払う姿勢を全く見せない事案に照らすと、未払額と同額の付加金支払を命じることが相当である

5 Y社が、客観的に合理性のある解雇理由がなく解雇理由も説明せずにXを解雇し、その後も業務命令違反と称して基本給を一方的に減額する等の嫌がらせを行った態様に照らすと、解雇はXの雇用契約上の権利を不当に奪い、精神的苦痛を与えたものとして、不法行為法上も違法性を有するとして、慰謝料30万円の支払いを命じた。

6 使用者は、労基法の規制を受ける労働契約の付随義務として、信義則上、労働者にタイムカード等の打刻を適正に行わせる義務を負っているだけでなく、労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には、その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情がないかぎり、保存しているタイムカード等を開示すべき義務を負うとして、正当な理由なく労働者にタイムカード等の打刻をさせなかったり、特段の事情なくタイムカード等の開示を拒絶したりする行為は、違法性を有し不法行為を構成するとして、Y社に慰謝料10万円の支払いを命じた。

本件裁判例は、会社、従業員ともにとても参考になりますね。

特に、上記判例のポイント6は、参考になります。

時間外労働等に対する賃金請求では実労働時間の立証に困難を伴うことが多いですが、使用者が記録を有している場合に、特段の事情がないかぎり開示しないことが不法行為となるとすれば、タイムカード記録の閲覧を間接的に強制することになります。

その他、上記判例のポイント2では、Y社が「残業は、Xの自由意思」との主張を認めませんでした。

会社としては、従業員の労働時間の管理を徹底しなければいけません。

普段、なあなあでやっていると、いざ争いとなった場合に、どうしようもありません。

改善方法等については、顧問弁護士又は顧問社労士に確認してください。

賃金7(片山組事件)

こんにちは。

さて、今日は、私傷病と労務受領拒否に関する最高裁判例を見てみましょう。

片山組事件(最高裁平成10年4月9日・労判736号15頁)

【事案の概要】

Y社は、土木建築会社である。

Xは、Y社の従業員として、建築工事現場における現場監督業務に従事していた。

Xは、バセドウ病と診断され、通院治療しながら、業務に従事していた。

Xは、バセドウ病に罹患していることを理由に現場監督業務のうち現場作業はできない旨を申し出て、現場の管理者はこの要望を容れてXを現場事務所における事務作業に従事させた。

その後、提出された主治医の診断書とXの病状説明・要望書をもとに、Y社は産業医に相談するまでもなく自宅治療が妥当であるとの結論に達し、Xに対し、当分の間、自宅で治療に専念する旨を命じた。

本件自宅治療命令は、Y社がXの病状は現場作業も可能な状態であると判断して現場勤務命令を発するまでの間続いた。

この間、Xは就労の意思を表明するために工事現場に赴くものの、Y社はXの就労を拒否し、本件自宅治療期間中欠勤扱いとして月例賃金を支給せず、冬季一時金を減額支給した。

これに対し、Xは、本件自宅治療命令は無効であるとして、同期間中の月例賃金と一時金減額分の支払いを求めて提訴した。

【裁判所の判断】

破棄差戻し→賃金請求を認めた(差戻審・東京高裁平成11年4月27日・労判759号15頁)

【判例のポイント】

1 労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。

2 そのように解さないと、同一の企業における同様の労働契約を締結した労働者の提供し得る労務の範囲を同様の身体的原因による制約が生じた場合に、その能力、経験、地位等にかかわりなく、現に就業を命じられている業務によって、労務の提供が債務の本旨に従ったものになるか否か、また、その結果、賃金請求権を取得するか否かが左右されることになり、不合理である。

3 Xは、Y社に雇用されて以来21年以上にわたり建築工事現場における現場監督業務に従事してきたものであるが、労働契約上その職種や業務内容が現場監督業務に限定されていたとは認定されておらず、また、本件自宅治療命令を受けた当時、事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、その提供を申し出ていたというべきである
そうすると、右事実から直ちにXが債務の本旨に従った労務の提供をしなかったものと断定することはできず、Xが配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべきである。

この分野の裁判所の判断は、本件最高裁判例をベースとしています。

本件判例の判断枠組みに従って、差戻審判決は、労働契約上Xの職種や業務内容の限定はなく、Y社には事務作業業務にXを配置する現実的可能性があり、Y社の業務全体の中でXを配置できる部署の有無を検討して配置可能な業務をXに提供する必要があるとして、Xの労務提供は債務の本旨に従ったものであると判定し、Xの労務提供は債務の本旨に従ったものであると判定し、Y社の受領拒否による労務提供不能であるとして、Xの賃金請求権を認容しました(民法536条2項)。

これまで、私傷病と解雇との関係を多く検討してきましたが、本件判例のように、賃金請求という形でも争いとなるわけです。

やはり、会社としては、このあたりの判断は、顧問弁護士や顧問社労士と相談しながら行ったほうが無難ですね。

 

賃金6(リンガラマ・エグゼティブ・ラングェージ・サービス事件)

おはようございます。

さて、今日は、割増賃金に関する裁判例について見ていきましょう。

リンガラマ・エグゼクティブ・ラングェージ・サービス事件(東京地裁平成11年7月13日・労判770号120頁)

【事案の概要】

Y社は、語学研修等を業とする会社である。

Xは、Y社の従業員である。

Xは、全国一般労組を通じてY社に対し残業代を請求した。

Y社は、Xに残業を命じたわけではないとして、割増賃金の支払義務を負わないと主張し争った。

【判例のポイント】

残業代の請求は棄却。

【判例のポイント】

1 使用者が労働者に対し労働時間を延長して労働することを明示的に指示していないが、使用者が労働者に行わせている業務の内容からすると、所定の勤務時間内では当該業務を完遂することはできず、当該業務の納期などに照らせば、所定の勤務時間外の時間を利用して当該業務を完遂せざるを得ないという場合には、使用者は当該業務を指示した際に労働者に対し労働時間を延長して労働することを黙示に指示したものというべきであって、したがって、当該労働者が当該業務を完遂するために所定の勤務時間外にした労働については割増賃金の支払を受けることができるというべきである。

2 Xが行っていた業務の内容からすると、Xの所定の勤務時間内では当該業務を完遂することはできず、当該業務の納期などに照らせば、所定の勤務時間外の時間を利用して当該業務を完遂せざるを得ないということは困難であり、仮に所定の勤務時間外の時間を利用して当該業務を完遂せざるを得なかったと認め得るとしても、Xが果たしてXの主張するとおりの時間数だけ残業したことあるいは少なくともXが確実に残業をしていたといえる残業時間数を認めることはできないというべきである
そうすると、その余の点について判断するまでもなく、Xの残業代の請求は理由がない。

この裁判例は、いろんな点で参考になります。

まずは、時間外労働を「黙示」に指示したと判断される場合があり得るという点。

この点は、従業員としては、認識しておくメリットが高いですね。

問題は、訴訟になった場合の立証方法です。

実際には、「黙示」の指示なんてものは存在しないわけですから、裁判所に認定してもらう必要があるわけです。

今回のケースでも、一般論としては、裁判所は、「黙示」の指示という解釈があり得ると判断しましたが、本件に関しては、「黙示」の指示の存在を否定しています。

そんなに簡単ではないということです。

少なくともざっくりとした立証では、「黙示」の指示は認定してもらえないということですね。

この点は、従業員、会社双方にとって重要なポイントです。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金5(日本セキュリティシステム事件)

おはようございます。

さて、今日は、割増賃金に関する裁判例について見ていきましょう。

日本セキュリティシステム事件(長野地裁佐久支部平成11年7月14日・労判770号98頁)

【判例のポイント】

1 Y社の賃金規定は、時間外手当および深夜手当について、基本給のみを基準とする旨の規定があるが、労基法37条に照らし、基準賃金に基本給のほか、職能給、物価手当(夜勤手当)、安全手当、常駐手当、食事手当を含めて算定すべきである

2 時間外手当及び深夜手当は、賃金台帳、タイムカード、現実の勤務を記載した警備勤務表に基づいて、就業規則に基づく賃金規定に定められた複雑な計算方法により算定すべきものであるところ、これらの書類はY社において所持し、XらはY社から交付された各月の給料明細書を所持しているに過ぎないから、Xらにおいて容易に算定することができないことは明らかである。このような場合、消滅時効中断の催告としては、具体的な金額及びその内訳について明示することまで要求するのは酷に過ぎ
請求者を明示し、債権の種類と支払期を特定して請求すれば時効中断のための催告として十分である

3 Xらは、組合結成後、数回の団体交渉、労働委員会での斡旋手続、催告の手続を行い、最終的に本件訴訟の提起に至ったものであり、必ずしも、権利の上に眠っていたというものではない。また、労働組合結成後いきなり訴えを提起せず、右の各手続を履行したことは、労使対等の原則に基づく労使間の自主的な紛争解決を期待する憲法、労働組合法の基本理念に合致するものである。
その上、Xらには、給与明細書のほかは時間外手当、深夜手当を算出すべき資料がなく、時間外手当、深夜手当の計算に相当程度の準備期間を要することはY社においても十分に了知していたはずである。
このような経過のなかで、Y社が、提訴後2年4か月を経て時効を援用することは信義にもとり権利濫用として許されないものというべきである

このケースでは、裁判所は、Xらの請求を全面的に認容し、Y社に総額約3000万円の支払いを命じました。

参考になる点は、消滅時効中断の催告に関する点と消滅時効を援用することを権利濫用とした点です。

この裁判では、Xらは、在職当時の平成2年11月支払分から平成5年4月支払分までの間の時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金を請求しています。

とても参考になる裁判例ですね。

不法行為という主張と時効援用は権利濫用であるという主張は、従業員にとっては大きな武器になります。

会社にとっては、予め防御しておかなければいけない重要なポイントです。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金4(ディバイスリレーション事件)

おはようございます。

さて、今日も引き続き割増賃金に関する裁判例を見ていきます。

ディバイスリレーションズ事件(京都地裁平成21年9月17日・労判994号89頁)

【判例のポイント】

1 時間外・深夜労働の手当を支払わないことについて、使用者に不法行為が成立し得るのは、使用者がその手当(賃金)の支払義務を認識しながら、労働者による賃金請求が行われるための制度を全く整えなかったり、賃金債権発生後にその権利行使をことさら妨害したなどの特段の事情が認められる場合に限られる

2 もっとも、Xらは、消滅時効が成立しない期間の未払時間外・深夜労働の手当については、労働契約に基づきY社に賃金請求権に基づいて請求できるのであるから、未払時間外・深夜労働の手当相当額の損害が発生したとはいえず、不法行為が成立する余地はない

3 消滅時効の援用が権利濫用となり得るのは、債務者がその態度・言動により債務の弁済が確実になされるであろうとの信頼を惹起させ、債権者に時効中断の措置を採ることを怠らせるなどした後、時効期間が経過するや態度を変えて時効を援用するなど、例外的な事情が認められる場合に限られると解される。
→Y社にこのような事情は認められない。

4 付加金の請求について、Y社は、Xらの実労働時間を少なく算定したり、Xらの就業月報を改ざんするなど、Xらの実労働時間を短くする悪意うな行為をしており、Xらに支払うべき賃金を不当に少なくしようという姿勢が顕著である。そして、Y社は、現在に至るまでXらに対し、時間外・深夜労働に対する賃金を支払っていない。
もっとも、証拠によれば、Y社は、Xら代理人からの請求に応じ、本来支払われるべき額よりも低い額ではあるが、一定程度の金額を支払おうとする意思もあったことは認められる

以上の諸事情を考慮し、Y社に対し、未払賃金の8割に相当する付加金の支払いを命じるのが相当である

この裁判例は、参考になる点がたくさんあります。

割増賃金を支払わないことが不法行為に該当するかについて判断しており、参考になります。

杉本商事事件と比較すると、不法行為が成立する範囲は狭いです。

このケースでは、結果的には、不法行為の成立を認めませんでした。

・Y社は、時間外・深夜労働に対する手当の支払義務を認識していた。
・Y社は、実労働時間や休憩時間がXらに不利に算定していた。
・Y社は、Xらの就業月報を改ざんし、Xらの未払時間外・深夜割増手当の請求を妨害した。

このような事情があったにもかかわらず、裁判所は不法行為の成立を認めませんでした。

付加金も全額ではなく、8割のみ認められています。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金3(ゴムノイナキ事件)

おはようございます。

さて、今日は、昨日に引き続き割増賃金に関する裁判例を見ていきます。

ゴムノナイキ事件(大阪高裁平成17年12月1日・労判933号69頁)

【判例のポイント】

1 労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間であると解すべきところ(最高裁判所平成12年3月9日判決参照)、Xの超過勤務自体、明示の職務命令に基づくものではなく、その日に行わなければならない業務が終業時刻までに終了しないためやむなく終業時刻以降も残業せざるを得ないという性質のものであるため、Xの作業のやり方等によって、残業の有無や時間が大きく左右されることからすれば、退社時刻から直ちに超過勤務時間が算出できるものではない

 しかし、他方、タイムカード等による出退勤管理をしていなかったのは、専らY社の責任によるもので、これをもってXに不利益に扱うべきではないし、Y社自身、休日出勤・残業許可願を提出せずに残業している従業員の存在を把握しながら、これを放置していたことがうかがわれることなどからすると、時間外労働の立証が全くされていないとして扱うのは相当ではない

3 以上によれば、本件で提出された全証拠から総合判断して、ある程度概括的に時間外労働時間を推認するほかない
Xが主張する午後7時30分以降の業務は毎日発生するものではないこと、X自身、繁忙期以外の時期には、やろうと思えば午後10時には退社できたことを自認していること、Xの上司である営業所所長作成の文書では、Xは、午後9~12時頃には退社していた旨の記載があること等から、Xは、平成13年5月以降平成14年6月までの間、平均して午後9時までは就労しており、同就労については、超過勤務手当の対象となるとされ、概ね午後7時30分までの超過勤務を認定した一審判決が変更された。

4 Xは、休日に出勤していたとしても、休日に超過勤務手当の対象となる労基法上の労働がされたとまでは認めがたい。

5 Y社自身、タイムカードを導入しないなど自ら出退勤について手当が支給されずに放置されていたこと、現に、労働基準監督署からその旨の是正勧告も受けていることなどの事情を考慮すると、Y社が主張する事由を考慮しても、付加金の支払いを命ずる

タイムカード等により労働時間の管理が正確になされていない場合には、日記やメモにより始業時間と終業時間を残しておきましょう。

従業員のみなさんは、この裁判例を大いに参考にするべきです。

労働時間の管理をしっかりしていない社長は、対策を講じましょう。

多くの裁判例を見ていると、いろんなヒントが出てきます。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金2(杉本商事事件)

おはようございます。

さて、今日は、割増賃金についての裁判例を見てみましょう。

杉本商事事件(広島高裁平成19年9月4日・労判952号33頁)

【判例のポイント】

1 Y社の広島営業所においては、平成16年11月21日までは出勤簿に出退勤時刻が全く記載されておらず、管理者において従業員の時間外勤務時間を把握する方法はなかったが、時間外勤務は事実としては存在し、Xの時間外勤務時間は1日当たり平均約3時間30分に及ぶものであった。
同営業所の管理者は、Xを含む部下職員の勤務時間を把握し、時間外勤務については労働基準法所定の割増賃金請求手続を行わせるべき義務に違反したと認められる。
Y社代表者においても、広島営業所に所属する従業員の出退勤時刻を把握する手段を整備して時間外勤務の有無を現場管理者が確認できるようにするとともに、時間外勤務がある場合には、その請求が円滑に行われるような制度を整えるべき義務を怠ったと評することができる。
Xは、不法行為を理由として平成15年7月15日から平成16年7月14日までの間における未払時間外勤務手当相当分をY社に請求することができるというべきである

2 付加金支払義務は、裁判所の命令が確定することによって発生するものである。そして、裁判所が付加金の支払を命ずるには、過去のある時点において不払事実が存在することが必要であると解するのが相当である(最高裁第二小法廷昭和35年3月11日判決、同第二小法廷昭和51年7月9日判決参照)。なぜなら、付加金制度は、労働基準法違反に対する制裁という面とともに、手当の支払確保という目的を有するものであるから、同法違反があっても、義務違反状態が消滅した後においては、裁判所は付加金支払を命ずることはできないと解するのが相当であるからである。
本件において、原判決後、Y社が未払時間外勤務手当の全額を支払ったことは先に述べたとおりである。 
よって、Xの付加金請求は理由がない

この裁判例のポイントは2つです。
1 時間外手当請求権が労基法115条によって時効消滅した後においても、使用者側の不法行為を理由として未払時間外勤務手当相当損害金の請求が認められた
2 使用者が口頭弁論終結時点までに未払時間外勤務手当全額を支払った場合には、裁判所は、労基法114条の付加金の支払を命ずることができない。 

特に1が大きいですね。

割増賃金の請求権の時効は2年です。

不法行為の時効は3年です。1年分多く請求できるわけです。

裁判においても、時効を考慮して2年分を請求する例が多いので、非常に大きな意義があります。

従業員としては、この裁判例を大いに参考にすべきです。

すべての割増賃金未払い事件で、会社の不法行為責任が認められるわけではありませんが、本件で、不法行為と判断される特段の事情があったかというと、それほど特殊な事情はありません。

よくあるケースだと思いますが・・・。

それゆえに会社としては、嫌な裁判例です。気をつけましょう。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金1(遅刻者が残業したら・・・)

遅刻した従業員が、その日、残業した場合に、残業時間に対する割増賃金を支払う必要があるか?

例えば、午前8時~午後5時(途中1時間休憩)の勤務で、従業員が午前9時に出勤し、午後6時まで勤務した場合、午後5時から6時までの勤務は、割増賃金の対象となるでしょうか?

割増賃金は支払う必要がありません。

割増賃金を支払うのは、法定労働時間(8時間)を超える労働をした場合です。
午前9時から午後6時までの勤務(途中1時間休憩あり)では、法定労働時間の8時間を超えていません。
よって、割増賃金は支払う必要はないわけです。