Category Archives: 賃金

賃金14(ノイズ研究所事件)

おはようございます。

さて、今日も引き続き賃金制度改定による賃金・賞与減額に関する裁判例を見てみましょう。

ノイズ研究所事件(東京高裁平成18年6月22日判決・労判920号5頁)

【事案の概要】

Y社は、電子機器の電源雑音を検査する測定器の製作及び販売、コンピュータ利用施設の電磁波の影響調査、測定及びその施設の電磁波防護対策事業等を目的とする会社である。

Xは、Y社の従業員である。

Y社は、就業規則の性質を有する給与規程等の変更を行い、これによりY社の賃金制度はいわゆる職能資格制度に基づき職能給を支給する年功序列型の従前の賃金制度から、職務の等級の格付けを行ってこれに基づき職務給を支給することとし、人事評価次第で昇格も降格もあり得ることとする成果主義に立つ新たな賃金制度に変更された。

その結果、Xは新賃金制度の下において職務等級を降格され賃金を減額されたが、本件給与規程等の変更は無効であり、Xはこれに拘束されない等と主張した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件給与規程等の変更前は就業規則等のうちに従業員に対する制裁規定以外に降格、減給について定めている規定はなかったのであるが、本件給与規程等の変更により、職能給が廃止されて職務給とされ、各職務が分類、格付けされてこれに基づいて各従業員に職務給が支給されるに至ったのであるから、本件給与規程等の変更が合理性がないなどの理由により無効である場合は別として、Xが従事していた職務の格付けに基づいて職務給が決定されたことをもって就業規則に違反するということはできず、就業規則の従業員に対する制裁規定をもって、職務給制度を導入することを禁止する趣旨の規定であるともいいがたい。

2 労使間では、新賃金制度導入および新等級格付けに関する協議において、調整手当の支給高額対象者の調整手当金額相当分を基本給に上乗せするために、その金額に見合う職位に格付けを行うとの案をめぐって対立し、合意に至らなかったのであるから、上記の案の実施についても頓挫したものというほかはなく、結局労使間では、本件給与規程等の変更についての合意が成立しなかった経過に照らすと、Y社がXら組合員との団体交渉を正当な理由なく拒否して本件給与規程等の変更を強行したということはできないし、労働協約の「賃金、労働時間、休暇などの労働条件の改変については、組合との団体交渉によって協議のうえ実施する。」との記載に違反するということもできない。

3 本件給与規程等の変更による本件賃金制度の変更は、旧賃金制度の下で支給されていた賃金額より賃金額が顕著に減少することとなる可能性がある点において不利益性があるが、Y社は、主力商品の競争が激化した経営状況の中で、従業員の労働生産性を高めて競争力を強化する高度の必要性があったのであり、新賃金制度は、従業員に対して支給する賃金原資の配分の仕方をより合理的なものに改めようとするものであって、どの従業員にも自己研鑽による職務遂行能力等の向上により昇格し、昇給することができるという平等な機会を保障しており、人事評価制度についても最低限度必要とされる程度の合理性を肯定し得るものであることからすれば、上記の必要性に見合ったものとして相当であり、Y社があらかじめ従業員に変更内容の概要を通知して周知に努め、一部の従業員の所属する労働組合との団体交渉を通じて、労使間の合意により円滑に賃金制度の変更を行おうと努めていたという労使の交渉の経緯や、それなりの緩和措置としての意義を有する経過措置が採られたことなど諸事情を総合考慮するならば、上記のとおり不利益性があり、現実に採られた経過措置が2年間に限って賃金減額分の一部を補てんするにとどまるものであっていささか性急で柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえない点を考慮しても、なお、上記の不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるといわざるを得ない。

4 新賃金制度下においてY社が行う人事評価は、事柄の性質上使用者であるY社の裁量判断に委ねられているものであるということができるから、Y社が行った人事評価は、これが法令に違反したものであり、またはこれに裁量権の逸脱、濫用があったといえない限り、違法の問題を来さない。

上記判例のポイント3は参考になりますね。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金13(滋賀ウチダ事件)

おはようございます。

さて、今日は、成果主義への変更に関する裁判例について見てみましょう。

滋賀ウチダ事件(大津地裁平成18年10月13日・労判923号89頁)

【事案の概要】

Y社は、事務用教育用機械器具、用具の販売等を目的とする会社である。

Xは、Y社の従業員である。

Y社は、平成14年~平成15年においては、売上げが減少し、約3500万円の赤字が発生した。そこで、Y社では、本件賃金規定の改定を行い、給与体系を変更し、能力給を引き上げる一方、効果係数の変更をするなどした。

また、Y社は、過度に不利益が及ばないように、3年連続で基本給の減額はしない、当該社員が受けた最高の基本給額を基準として、減額の累計がその1割を超える金額とならないこととする制限を設けている。

本件改定は、Y社の合同朝礼において説明され、減額の対象となった社員には個別に説明がされた。しかし、Xは納得しなかった。

Xは、Y社が行った賃金規定の改定は、不利益変更であり、効力が生じないと主張して、改定後の賃金と従前の賃金との差額を請求した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件改定は、・・・Xにおいては、平成14年と15年は考課係数が同じであるのに、1万1700円の減額、翌平成16年は7200円の減額となっている点は、急激な不利益が生じたとみられる。
しかし、企業において大幅な赤字を計上するときに給与規定を改定して対応せざるを得ないのはやむを得ないことと考えられ、本件改定後も減額されたのは数名にとどまっていることからすれば、本件改定が給与を減額する目的のものとはいえず、本件改定は実質的には昇給の抑制に重点があり、さらに昇給を抑制した結果、成果主義を導入して、考課の結果をより直接に昇給に反映させて意欲を刺激しようとしたものとみられるのであって、その目的は不当なものではなく、減額の幅が大きいことも不利益の限度が過度にわたらないように前記のような一定の制限があること及び実際の運用からみて、本件改定それ自体を不合理なものとは評価できない。

2 減額となる対象者が少なく、減額の対象となると減額の幅が大きいことから、不利益を受けたXは、Y社の意に添わない同人を給与減額の対象とするため本件改定がされたと主張する。しかし、減額対象者が少ない前記の考課の結果からみて本件改定後も一定の減額対象者を必ず生じさせなければならないものではなく、Y社の考課方法自体が不当なものということはできないから、Xが実際上相当の不利益を受けることとなっても、それをもって本件改定自体を不合理なものと評価できないし、Y社のXに対する特定の意図、目的を認めるに足りる証拠はない。

3 したがって、本件改定は有効なものであり、Xはその適用を拒むことはできない。そして、他に本件改定後の給与規定の適用を障害する事情は窺えないから、Xの基本給等の差額の請求は理由がないことになる。

本件では、成果主義への変更を有効と判断しています。

上記判例のポイント2は、総論としての考え方として参考になります。

急激な賃金の低下が起こる場合に、いかなる措置を講じておくかと、裁判所が有効と判断しやすいか、という視点も大切です。

詳しくは、顧問弁護士や顧問社労士に相談してみてください。

賃金12(協愛事件)

おはようございます。

さて、今日は、規定変更による退職金不支給に関する裁判例を見てみましょう。

協愛事件(大阪高裁平成22年3月18日・労判1015号83頁)

【事案の概要】

Y社は、タレントのマネージメント、ラジオ及びテレビ番組に関する企画制作等を目的とする会社である。

Xは、Y社に雇用され、以後正社員として就労し、退職した者である。

Y社における自己都合退職の場合の退職金額は、平成6年の会社規程により、「勤続15年以上の者」に対し、「算定基礎月額に勤続年数を乗じて算定」した額を支給するとされていたが、平成7年の補則事項によって、平成6年の会社規程と比較して3分の2の額とされ、平成10年の就業規則によって、「勤続20年以上の者」に対し「退職前月の基本給月額に勤続年数を乗じて算定した額の50%」を支給するとされ、平成15年の就業規則によって、退職金が不支給とされた。

なお、平成7年の補則事項は、平成6年の会社規程の就業規則等の定めに続けて同じ頁に追加した形式で記載され、平成6年の会社規程の表紙(その裏側部分に就業規則が記載されている裏表紙と一体)には、Xを含むY社の従業員による押印がされていた。

平成10年の就業規則は、その文中に「前記の就業規則・・・を閲覧し、同意致します。」と手書きで記載され、社員代表2名の署名押印がされていた。

Xは、従前の就業規則の退職金の規定(平成6年の会社規程)に基づく額の退職金(1473万円)の支払いを求めた。

これに対し、Y社は、全従業員の同意を得て、仮にそうでないとしても就業規則の不利益変更の要件を充足したうえで、その後数次にわたって就業規則を改定し、Xが退職するまでに就業記憶の退職金の規定が廃止されたとして、Xの請求を争った。

【裁判所の判断】

第1回変更後の退職金規定に基づき、退職金として900万円の支払いを命じた。

【判例のポイント】

1 労働契約法は、労働条件設定・変更における合意原則を定めるとともに、就業規則の内容が合理的なものであれば労働契約の内容となるものとし(同法7条)、就業規則の不利益変更であっても、合理性があれば反対する労働者も拘束するものと定めた(同法10条)。これは、一般に、就業規則の不利益変更を巡る裁判所が形成した判例法理を立法化したものであると説明されている。同法9条は、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」と定める。これは合意原則を就業規則の変更による労働条件の変更との関係で規定するものである。同条からは、その反対解釈として、労働者が個別にでも労働条件の変更について定めた就業規則に同意することによって、労働条件変更が可能となることが導かれる。そして同条9条と10条をあわせると、就業規則の不利益変更は、それに同意した労働者には同条9条によって拘束力が及び、反対した労働者には同条10条によって拘束力が及ぶものとすることを同法は想定し、そして上記の趣旨からして、同法9条の合意があった場合、合理性や周知性は就業規則の変更の要件とはならないと解されるもっともこのような合意の認定は慎重であるべきであって、単に、労働者が就業規則の変更を掲示されて異議を述べなかったといったことだけで認定すべきものではないと解するのが相当である。就業規則の不利益変更について労働者の同意がある場合に合理性が要件として求められないのは前記のとおりであるが、合理性を欠く就業規則については、労働者の同意を軽々に認定することはできない

2 1回目の就業規則改定については当時のY社の全従業員が同意したものということになるが、これは退職金の規定を変更し退職金額を従前の3分の2に減額するものであるから、全従業員の同意が真に自由な意思表示によってされたものかを検討する必要があるところ、平成7年の補則事項については、その内容の合理性、周知性を検討するまでもなく、全従業員の同意を得て定められた(改定された)ものと認めるのが相当である

3 2回目の就業規則改定による退職金の減額幅は極めて大きく、さらにY社によって恣意的運用がされるおそれがあることからすると、Y社としては従業員に最悪退職金を支給しないことを定める就業規則であることやその内容を具体的かつ明確に説明しなければならないというべきであるが、本件においてはこの点が従業員に対し具体的かつ明確に説明されたと認めることはできない

4 3回目の就業規則改定当時にY社の経営が窮境にあり、従業員もそのことを理解したうえで同意の意思表示をしたのであれば、それは真の同意であったものと推認することができるが、Y社は退職金の不支給をも導入する就業規則の改定に当たり、雇用者側として従業員に対し適切かつ十分な説明をしたものと認めることはできない。 

なかなか興味深い裁判例です。

上記判例のポイント1は、一般論として、おさえておきましょう。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金11(SFコーポレーション事件)

おはようございます。

さて、今日は、割増賃金に関する裁判例を見てみましょう。

SFコーポレーション事件(東京地裁平成21年3月27日・労判985号94頁)

【事案の概要】

Y社の元従業員であるXが、Y社に対し、未払いの時間外・深夜労働割増賃金手当等の請求をした。

Xには、毎月約32~82時間前後の時間外労働があった。

Xには、管理手当が支給されていた。

Y社給与規定には、「管理手当は、月単位の固定的な時間外手当(給与規程16条による時間外労働割増賃金および深夜労働割増賃金)の内払いとして各人ごとに決定する」「給与規定16条に基づく計算金額と管理手当の間で差額が発生した場合、不足分についてはこれを支給し、超過分について会社はこれを次月以降に繰り越すことができる」との規定がある。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、管理手当は外勤・内勤にかかわらず一律支給されているなどとし、管理手当は割増賃金の性質をもたず、違法であると主張する。
しかしながら、X主張の事実を斟酌しても、管理手当が残業代の内払たる性格を否定することはできないのであって、給与規定の記載等に照らせば、Xの前記主張は採用することができない

2 給与規定17条2項は、計算上算定される残業代と管理手当との間で差額が発生した場合には、不足分についてはこれを支給するとしつつ、超過分についてはY社がこれを次月以降に繰り越すことができるとしているのであり、別紙「割増賃金計算表」記載のとおり、未払の時間外・深夜労働割増賃金は存しないものと認められる。

会社としては、大変参考になる裁判例です。

書店で売っている就業規則関連の本には、ほとんど掲載されており、既に取り入れている会社も多いと思いますが、念のため。

まず、残業代の内払いとする場合には、基本給と明確に区別できるような形で規定しましょう。

次に、超過分は、次月以降に繰り越すことができるという規定を入れておきましょう。

当然のことながら、不足分が出た場合には、きちんと残業手当を支払いましょう。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金10(社会福祉法人賛育会事件)

おはようございます。

さて、今日は、賃金制度の変更に伴う賃金減額に関する裁判例です。

社会福祉法人賛育会事件(東京高裁平成22年10月19日・労判1014号5頁)

【事案の概要】

Y社は、各種社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人である。

Xは、介護職としてY社が経営する病院に勤務していた。

Y社は、職員の担当する職務遂行能力や成績の考課を通して、職員の能力開発・育成を促進し、昇進・昇格・異動配置・賃金・賞与等の処遇を公平妥当に行うための考課システムを作成するとともに、職能資格制度を導入した。

さらに、Y社は、賃金制度の変更についても検討し、新人事制度導入等に伴う就業規則等の見直し等を検討するため、職員就業規則等研究委員会を全6回開催し、その後、就業規則や賃金規程等を改正した。

Xは、主位的に、本件賃金規程等の変更は無効であるとして、変更前の賃金規程等に基づいて得られるべき賃金とすでに支給された賃金との差額等の支払いを求めるとともに、予備的に、Y社が上記差額を是正しないまま放置していることが公序良俗に反する不法行為に該当すると主張して、損害賠償等の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

差額の賃金の支払いを命じた。

損害賠償請求は棄却。

【判例のポイント】

1 本件就業規則等の変更は、賃金という労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼすものである。

2 そして、賃金などの労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきであり、この合理性の有無は、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである

3 本件就業規則等変更、人件費削減を目的とするものではないにもかかわらず、Xを含め従業員の賃金減額をもたらし、代償措置もその不利益を解消するに十分なものとはいえないのであって、新賃金制度の導入目的に照らして賃金減額をもたらす内容への変更に合理性を見出すことは困難であり、そのような基本的な労働条件を変更するには、特に十分な説明と検証が必要であるといえるが、Xを含め従業員ないし労組に対する説明は十分にされたとはいえず、新賃金制度の内容にも問題点があり、導入に当たり内容の検証が十分にされたとはいいがたく、従業員への説明や内容の検証を上記の程度にとどめてまで新賃金制度を導入しなければならないほどの緊急の必要性があったとも認められない。

4 賃金規程の変更に同意しないXに対し、これを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできず、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、Xにその効力を及ぼさず、Xは、新賃金制度による給与額が旧賃金制度における支給されたであろう額を下回る場合には、その差額の賃金を請求することができる。

本件は、年功序列型から従業員の能力や成果をより強く反映させる賃金制度への変更に関する就業規則の不利益変更が問題となった事案です。

一般論として、前記判例のポイント2のとおり、みちのく銀行事件(最高裁平成12年9月7日・労判787号6頁)を引用し、個々の要素を検討しています。

結果的に、本件賃金制度の変更に合理性は認められませんでした。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金9(ハクスイテック事件)

おはようございます。

さて、今日は、昨日に引き続き、年功序列型から能力・成果主義型への変更に関する裁判例を見てみましょう。

ハクスイテック事件(大阪高裁平成13年8月30日・労判816号23頁)

【事案の概要】

Y社は、化学製品製造・販売とする会社である。

Xは、Y社の従業員として、Y社の研究所に勤務していた。

Xは、年功序列型体系から能力・成果主義型賃金体系への変更を目指した給与規定の変更につき、新たに導入された給与規定の無効確認を求めた。

【裁判所の判例】

年功序列型から能力・成果主義型への給与規定変更は、合理性を有する。

【判例のポイント】

1 Y社が給与の低下分について調整給や1~10年間分の減額分補償措置を設けていることに加え、B評価以上になれば賃金が減額することはなく、最低のFランクに位置づけられても月額賃金は38万5000円を下らない。

2 Y社の経営状態がいわゆる赤字経営となっている時代には、賃金の増額を期待することはできないというべきであるし、普通以下の仕事ができない者についても、高額の賃金を補償することはむしろ公平を害するものであり、合理性がない

3 現に8割程度の従業員は新給与規定で賃金が増額しているのであって不利益は小さい。

4 近時我が国の企業についても、国際的な競争力が要求される時代となっており、一般的に、労働生産性と直接結びつかない形の年功型賃金体系は合理性を失いつつあり、労働生産性を重視し、能力・成果主義に基づく賃金制度を導入することが求められていたといえる。そして、Y社においては、営業部門のほか、Xの所属する研究部門においてもインセンティブ(成果還元)の制度を導入したが、これを支えるためにも、能力・成果主義に基づく賃金制度を導入する必要があったもので、これらのことからすると、Y社には、賃金制度改定の高度の必要性があったということができる。

本件裁判例の請求は、「就業規則無効確認」です。

このような請求のしかたもあるんですね。

本件は、上記判例のポイント3が大きいですね。

会社側としては、一般論も、大変参考になりますね。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金8(医療法人大生会事件)

こんにちは。

さて、今日は、賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

医療法人大生会事件(大阪地裁平成22年7月15日・労判1014号35頁)

【事案の概要】

Y社は、病院の経営を業とする医療法人である。

Xは、Y社と期間の定めのない雇用契約を締結し、総務事務部門で勤務していた(月額基本給18万円)。

Xは、上司から総務管理への配置換えを命じられ、同時に基本給を15万円とすることを通知された。

平成21年3月9日午後9時頃、Xが退勤したところ、上司から午後10時ないし11時頃に電話があり、すぐ戻るよう指示を受けた。しかしXは「帰りの電車がないので行けません」と述べて指示を拒んだところ、翌日Xのタイムカードが撤去され、15日まで打刻できない状態にされたうえ、同月14日に、4月14日をもって解雇する旨通告された。

Xは、Y社に対し、未払基本給の一部や時間外割増賃金、解雇等に対する慰謝料等を請求した。

【裁判所の判断】

未払基本給に年14.6%の利率を付した支払を命じた。

慰謝料として合計40万円の支払いを命じた。

【判例のポイント】

1 一方的に減額された賃金をXが受領したことをもって賃金減額に合意したとは認められず、訴状において減額後の基本給を基礎とする請求を行ったとしても、一部請求をしたにすぎず、減額に合意した自白が成立するわけではない。

2 タイムカードに打刻された出勤時刻から退勤時刻までのうち、休憩時間を除いた時間すべてについてY社の指揮命令下にあった時間と認めるのが相当でありXは自己の意思で残ったにすぎないとのY社の主張について、所定終業時刻以降も行うべき業務は恒常的に存在しており、Xがそのような業務に従事せずに済んだとは考えられず、根拠がない。

3 未払基本給及び割増賃金について、「賃金の支払の確保等に関する法律」に基づく年14.6%の利率を付した支払いが命じられた。

4 Y社が時間外・深夜・休日の割増賃金の支払いを全くしておらず、訴訟提起後も時間外、深夜労働の事実自体を争って未払割増賃金を支払う姿勢を全く見せない事案に照らすと、未払額と同額の付加金支払を命じることが相当である

5 Y社が、客観的に合理性のある解雇理由がなく解雇理由も説明せずにXを解雇し、その後も業務命令違反と称して基本給を一方的に減額する等の嫌がらせを行った態様に照らすと、解雇はXの雇用契約上の権利を不当に奪い、精神的苦痛を与えたものとして、不法行為法上も違法性を有するとして、慰謝料30万円の支払いを命じた。

6 使用者は、労基法の規制を受ける労働契約の付随義務として、信義則上、労働者にタイムカード等の打刻を適正に行わせる義務を負っているだけでなく、労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には、その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情がないかぎり、保存しているタイムカード等を開示すべき義務を負うとして、正当な理由なく労働者にタイムカード等の打刻をさせなかったり、特段の事情なくタイムカード等の開示を拒絶したりする行為は、違法性を有し不法行為を構成するとして、Y社に慰謝料10万円の支払いを命じた。

本件裁判例は、会社、従業員ともにとても参考になりますね。

特に、上記判例のポイント6は、参考になります。

時間外労働等に対する賃金請求では実労働時間の立証に困難を伴うことが多いですが、使用者が記録を有している場合に、特段の事情がないかぎり開示しないことが不法行為となるとすれば、タイムカード記録の閲覧を間接的に強制することになります。

その他、上記判例のポイント2では、Y社が「残業は、Xの自由意思」との主張を認めませんでした。

会社としては、従業員の労働時間の管理を徹底しなければいけません。

普段、なあなあでやっていると、いざ争いとなった場合に、どうしようもありません。

改善方法等については、顧問弁護士又は顧問社労士に確認してください。

賃金7(片山組事件)

こんにちは。

さて、今日は、私傷病と労務受領拒否に関する最高裁判例を見てみましょう。

片山組事件(最高裁平成10年4月9日・労判736号15頁)

【事案の概要】

Y社は、土木建築会社である。

Xは、Y社の従業員として、建築工事現場における現場監督業務に従事していた。

Xは、バセドウ病と診断され、通院治療しながら、業務に従事していた。

Xは、バセドウ病に罹患していることを理由に現場監督業務のうち現場作業はできない旨を申し出て、現場の管理者はこの要望を容れてXを現場事務所における事務作業に従事させた。

その後、提出された主治医の診断書とXの病状説明・要望書をもとに、Y社は産業医に相談するまでもなく自宅治療が妥当であるとの結論に達し、Xに対し、当分の間、自宅で治療に専念する旨を命じた。

本件自宅治療命令は、Y社がXの病状は現場作業も可能な状態であると判断して現場勤務命令を発するまでの間続いた。

この間、Xは就労の意思を表明するために工事現場に赴くものの、Y社はXの就労を拒否し、本件自宅治療期間中欠勤扱いとして月例賃金を支給せず、冬季一時金を減額支給した。

これに対し、Xは、本件自宅治療命令は無効であるとして、同期間中の月例賃金と一時金減額分の支払いを求めて提訴した。

【裁判所の判断】

破棄差戻し→賃金請求を認めた(差戻審・東京高裁平成11年4月27日・労判759号15頁)

【判例のポイント】

1 労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。

2 そのように解さないと、同一の企業における同様の労働契約を締結した労働者の提供し得る労務の範囲を同様の身体的原因による制約が生じた場合に、その能力、経験、地位等にかかわりなく、現に就業を命じられている業務によって、労務の提供が債務の本旨に従ったものになるか否か、また、その結果、賃金請求権を取得するか否かが左右されることになり、不合理である。

3 Xは、Y社に雇用されて以来21年以上にわたり建築工事現場における現場監督業務に従事してきたものであるが、労働契約上その職種や業務内容が現場監督業務に限定されていたとは認定されておらず、また、本件自宅治療命令を受けた当時、事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、その提供を申し出ていたというべきである
そうすると、右事実から直ちにXが債務の本旨に従った労務の提供をしなかったものと断定することはできず、Xが配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうかを検討すべきである。

この分野の裁判所の判断は、本件最高裁判例をベースとしています。

本件判例の判断枠組みに従って、差戻審判決は、労働契約上Xの職種や業務内容の限定はなく、Y社には事務作業業務にXを配置する現実的可能性があり、Y社の業務全体の中でXを配置できる部署の有無を検討して配置可能な業務をXに提供する必要があるとして、Xの労務提供は債務の本旨に従ったものであると判定し、Xの労務提供は債務の本旨に従ったものであると判定し、Y社の受領拒否による労務提供不能であるとして、Xの賃金請求権を認容しました(民法536条2項)。

これまで、私傷病と解雇との関係を多く検討してきましたが、本件判例のように、賃金請求という形でも争いとなるわけです。

やはり、会社としては、このあたりの判断は、顧問弁護士や顧問社労士と相談しながら行ったほうが無難ですね。

 

賃金6(リンガラマ・エグゼティブ・ラングェージ・サービス事件)

おはようございます。

さて、今日は、割増賃金に関する裁判例について見ていきましょう。

リンガラマ・エグゼクティブ・ラングェージ・サービス事件(東京地裁平成11年7月13日・労判770号120頁)

【事案の概要】

Y社は、語学研修等を業とする会社である。

Xは、Y社の従業員である。

Xは、全国一般労組を通じてY社に対し残業代を請求した。

Y社は、Xに残業を命じたわけではないとして、割増賃金の支払義務を負わないと主張し争った。

【判例のポイント】

残業代の請求は棄却。

【判例のポイント】

1 使用者が労働者に対し労働時間を延長して労働することを明示的に指示していないが、使用者が労働者に行わせている業務の内容からすると、所定の勤務時間内では当該業務を完遂することはできず、当該業務の納期などに照らせば、所定の勤務時間外の時間を利用して当該業務を完遂せざるを得ないという場合には、使用者は当該業務を指示した際に労働者に対し労働時間を延長して労働することを黙示に指示したものというべきであって、したがって、当該労働者が当該業務を完遂するために所定の勤務時間外にした労働については割増賃金の支払を受けることができるというべきである。

2 Xが行っていた業務の内容からすると、Xの所定の勤務時間内では当該業務を完遂することはできず、当該業務の納期などに照らせば、所定の勤務時間外の時間を利用して当該業務を完遂せざるを得ないということは困難であり、仮に所定の勤務時間外の時間を利用して当該業務を完遂せざるを得なかったと認め得るとしても、Xが果たしてXの主張するとおりの時間数だけ残業したことあるいは少なくともXが確実に残業をしていたといえる残業時間数を認めることはできないというべきである
そうすると、その余の点について判断するまでもなく、Xの残業代の請求は理由がない。

この裁判例は、いろんな点で参考になります。

まずは、時間外労働を「黙示」に指示したと判断される場合があり得るという点。

この点は、従業員としては、認識しておくメリットが高いですね。

問題は、訴訟になった場合の立証方法です。

実際には、「黙示」の指示なんてものは存在しないわけですから、裁判所に認定してもらう必要があるわけです。

今回のケースでも、一般論としては、裁判所は、「黙示」の指示という解釈があり得ると判断しましたが、本件に関しては、「黙示」の指示の存在を否定しています。

そんなに簡単ではないということです。

少なくともざっくりとした立証では、「黙示」の指示は認定してもらえないということですね。

この点は、従業員、会社双方にとって重要なポイントです。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金5(日本セキュリティシステム事件)

おはようございます。

さて、今日は、割増賃金に関する裁判例について見ていきましょう。

日本セキュリティシステム事件(長野地裁佐久支部平成11年7月14日・労判770号98頁)

【判例のポイント】

1 Y社の賃金規定は、時間外手当および深夜手当について、基本給のみを基準とする旨の規定があるが、労基法37条に照らし、基準賃金に基本給のほか、職能給、物価手当(夜勤手当)、安全手当、常駐手当、食事手当を含めて算定すべきである

2 時間外手当及び深夜手当は、賃金台帳、タイムカード、現実の勤務を記載した警備勤務表に基づいて、就業規則に基づく賃金規定に定められた複雑な計算方法により算定すべきものであるところ、これらの書類はY社において所持し、XらはY社から交付された各月の給料明細書を所持しているに過ぎないから、Xらにおいて容易に算定することができないことは明らかである。このような場合、消滅時効中断の催告としては、具体的な金額及びその内訳について明示することまで要求するのは酷に過ぎ
請求者を明示し、債権の種類と支払期を特定して請求すれば時効中断のための催告として十分である

3 Xらは、組合結成後、数回の団体交渉、労働委員会での斡旋手続、催告の手続を行い、最終的に本件訴訟の提起に至ったものであり、必ずしも、権利の上に眠っていたというものではない。また、労働組合結成後いきなり訴えを提起せず、右の各手続を履行したことは、労使対等の原則に基づく労使間の自主的な紛争解決を期待する憲法、労働組合法の基本理念に合致するものである。
その上、Xらには、給与明細書のほかは時間外手当、深夜手当を算出すべき資料がなく、時間外手当、深夜手当の計算に相当程度の準備期間を要することはY社においても十分に了知していたはずである。
このような経過のなかで、Y社が、提訴後2年4か月を経て時効を援用することは信義にもとり権利濫用として許されないものというべきである

このケースでは、裁判所は、Xらの請求を全面的に認容し、Y社に総額約3000万円の支払いを命じました。

参考になる点は、消滅時効中断の催告に関する点と消滅時効を援用することを権利濫用とした点です。

この裁判では、Xらは、在職当時の平成2年11月支払分から平成5年4月支払分までの間の時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金を請求しています。

とても参考になる裁判例ですね。

不法行為という主張と時効援用は権利濫用であるという主張は、従業員にとっては大きな武器になります。

会社にとっては、予め防御しておかなければいけない重要なポイントです。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。