Category Archives: 賃金

賃金40(全日本手をつなぐ育成会事件)

おはようございます。

さて、今日は、証人出頭に伴う不就労と賃金カットに関する裁判例を見てみましょう。

全日本手をつなぐ育成会事件(東京地裁平成23年7月15日・労判105頁)

【事案の概要】

Y社は、知的障害者の援護・育成を目的とする団体との連絡等に携わる社会福祉法人である。

Xは、Y社の正規職員である。

Y社の給与規程には、正規職員が所定時間内に休業した場合には、不就労時間数に応じて基準内給与から控除する旨の規定が置かれている。

Xは、平成21年5月から平成22年9月にかけての時期に、東京都労働委員会から6回にわたり証人として呼出を受け、出頭した。

いずれの呼出とも午後2時からの出頭を求めるものであり、これによりXには各日につき4.25時間の不就労が発生した。

Y社は、Xの不就労を理由に賃金、賞与をそれぞれ控除した。

Xは、本件賃金カット等を理由とする未払賃金及び未払賞与の支払を求めて提訴した。

【裁判所の判断】

未払賃金及び未払賞与の支払いを命じる

【判例のポイント】

1 本件各不就労時間は、労基法7条にいう「公の職務を執行するために必要な時間」に該当するものと解されるところ、同条は、労働者がその労働時間中に公民権の行使等のために必要な時間を請求した場合、使用者はこれを拒んではならないことを規定するにとどまり、公民権の行使等に要した時間に対応する賃金についてはこれを当事者間の取決めに委ねるという趣旨の規定であると解するのが相当である。

2 本件就業規則等の変更は、本件旧就業規則15条によって保障されていた公民権の行使等の有給扱いを取りやめるものであって、Xの重要な労働条件の一部について既得の権利を奪う内容のものである。
・・・就業規則の不利益変更の有無・程度は、単に量的な側面からだけではなく、質的な側面(とりわけ権利の性格等)を併せ考慮して判断すべきものと解され(労契法7条の合理性審査において考慮される労使双方の利益のうち労働者側のそれとしては「特定条件下での就労利益、憲法・法令が保障する権利等も含まれるものとされるが(土田・140頁)、この理は、同法10条の合理性審査における労働者の不利益性の内容についても妥当するものと解される。)、そうだとすると本件就業規則等変更によって不利益に変更されるXの労働条件とは、単なる賃金額の減少にあるのではなく、上記のとおり、より実質的に「有給扱いという待遇の下で公民権の行使等の公的活動に容易に参画し得る地位ないし権利」をいうものと解するのが相当であり、このような観点からいうと、減少する賃金の額が小さいからといって、直ちに本件就業規則等の変更の不利益性が小さいということにはならな
い。

3 本件就業規則等変更は、Y社職員が既得の権利として有していた「有給扱いという待遇の下、公民権の行使等の公的活動に容易に参画し得る地位ないし権利」に対して、かなり大きな負の影響を与えるものということができ、その意味で、本件就業規則等変更は、全体的にみて、重要な労働条件につき実質的な不利益性を有するものというべきである。
・・・以上のとおりであるから、Xは、本件各不就労によっても、その部分に関する賃金請求権を失わず、したがって、本件各賃金カット等は、いずれも違法である。

非常に珍しいケースです。

ただ、内容としては、就業規則の不利益変更の問題です。

公民権行使を重視した判断がされていますね。

今回、Y社が社会福祉法人であることも一考慮要素となっています。

普通の民間企業であったとして、今回の結論は変わったでしょうか?

日頃から顧問弁護士に相談し、適切に労務管理をすることがとても大切ですね。

賃金39(技術翻訳事件)

おはようございます。

さて、今日は、賃金減額の有効性等に関する裁判例を見てみましょう。

技術翻訳事件(東京地裁平成23年5月17日・労判1033号42頁)

【事案の概要】

Y社は、翻訳、印刷及びその企画、制作等を行う会社である。

Xは、昭和56年、Y社に採用され、以来、Y社の制作部において、翻訳物の手配、編集等を行ってきたが、平成21年9月、Y社を退職した。

Y社は、会社の業績悪化を理由に、Y社の役職者全員を対象として、平成21年6月分以降の報酬ないし賃金を20%減額することを代表者会議等において提案し、実際にXの賃金は、同月分以降20%減額支給された。

本件賃金減額に際し、就業規則又は給与規程の改定が行われた事実はない。

【裁判所の判断】

本件賃金減額は無効

本件退職は、自己都合による退職である

【判例のポイント】

1 賃金の額が、雇用契約における最も重要な要素の一つであることは疑いがないところ、使用者に労働条件明示義務(労働基準法15条)及び労働契約の内容の理解促進の責務(労働契約法4条)があることを勘案すれば、いったん成立した労働契約について事後的に個別の合意によって賃金を減額しようとする場合においても、使用者は、労働者に対して、賃金減額の理由等を十分に説明し、対象となる労働者の理解を得るように努めた上、合意された内容をできる限り書面化しておくことが望ましいことは言うまでもない。加えて、就業規則に基づかない賃金の減額に対する労働者の承諾の意思表示は、賃金債権の放棄と同視すべきものであることに照らせば、労働基準法24条1項本文の定める賃金全額払の原則との関係においても慎重な判断が求められるというべきであり、本件のように、賃金減額について労働者の明示的な承諾がない場合において、黙示の承諾の事実を認定するには、書面等による明示的な承諾の事実がなくとも黙示の承諾があったと認め得るだけの積極的な事情として、使用者が労働者に対し書面等による明示的な承諾を求めなかったことについての合理的な理由の存在等が求められるものと解すべきである

2 Y社の退職金規程によると、退職金の支給率は、退職事由によりA、Bの2種類に区分され、会社都合の退職、在職中の死亡、業務上の負傷等による退職、定年退職の場合はA、それ以外の場合はBを適用するものとされているところ、そこでいう「会社の都合で退職したとき」とは、解雇、使用者の退職勧奨による退職等、使用者側の意向ないし発案に基づく退職を意味するものと解するのが相当である
本件退職は、確かにY社による本件雇用条件通告を契機とするものではあるが、最終的には、基本給の減額により退職金額が減額することを避けて、従来の基本給に基づいた比較的高額の退職金を得るという経済的目的に加え、「こういった環境にいたくない」、「一刻も早く辞めたい」というX自身の意思に基づく退職、すなわち自己都合による退職であったと認めるほかないというべきである。

3 Xは、Y社が本件賃金減額に引き続いて、本件雇用条件通告をしたことによりXは退職を余儀なくされたものであってこうしたY社の行為は、Xに対する不法行為に該当する旨を主張する。
そこで検討すると、本件賃金減額及び本件退職に関する経緯を総合すれば、Y社は、業績が近年下降線をたどる中、本件雇用条件通告により人件費を抑制することによって利益率を向上するとの意図を有していたものと見られるが、人件費の抑制を目指した労働条件の切下げ自体は、当事者の合意に基づくなど適法な方法で行われる限りは、許容されるというべきであるし、労働条件の切下げを労働者に提案する行為についても、その方法、態様が適法なものである限り、労働者に対する不法行為に該当しないことは言うまでもない

会社側としては、賃金を減額する際、上記判例のポイント1は参考になると思います。

要するに、そう簡単には賃金減額はできないよ、ということです。

ちゃんと準備をしなければ、裁判で争われた場合、たいてい負けることになりますので、顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金38(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件)

おはようございます。

さて、今日は、料理人の賃金減額と割増賃金に関する裁判例を見てみましょう。

ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件(札幌地裁平成23年5月20日・労判1031号81頁)

【事案の概要】

Y社は、北海道の洞爺湖近くで「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」を経営する会社である。

Xは、平成19年2月、Y社との間で労働契約を締結し、平成21年4月までの間、本件ホテルで料理人又はパティシエとして就労していた。

Y社は、Xの賃金を減額した。

Xは、賃金減額が不当である旨の抗議などはせず、文句を言わないで支払わせる賃金を受領していたところ、平成20年4月になって、Y社から、労働条件確認書に署名押印するよう求められた。

Xは、この書面に署名押印し、会社に提出した。

Y社は、その後、さらに賃金減額の提示をした。

Xは、長時間残業をさせているのに残業代も支払わず、一方的に賃金を切り下げようとするY社の労務管理のあり方に強い反発を覚え、平成21年4月をもってY社を退職した。

【裁判所の判断】

賃金減額は無効

【判例のポイント】

1 賃金減額の説明を受けた労働者が、無下に賃金減額を拒否して経営側に楯突く人物として不評を買ったりしないよう、その場では当たり障りのない返事をしておくことは往々にしてあり得ることである。しかし、実際には、賃金は、労働条件の中でも最重要事項であり、賃金減額は労働者の生活を直撃する重大事であるから、二つ返事で軽々に承諾できることではないのである。そのようなことは、多くの事業経営者がよく知るところであり、したがって、通常は(労務管理に腐心している企業では必ずと言って良いくらい)、賃金減額の合意は書面を取り交わして行われるのである。逆に言えば、口頭での遣り取りから、賃金減額に対する労働者の確定的な同意を認定することについては慎重でなければならないということである。
Xが供述する程度の返事は「会社の説明は良く分かった」という程度の重みのものと考えるべきであり、この程度の返事がされたからといって、年額にして120万円もの賃金減額にXが同意した事実を認定すべきではないと思料する。

2 なお、Y社が、平成19年6月支払分から平成20年4月支払分までの11か月間、甲第11号証に記載の賃金しか支払っておらず、Xがこれに対し明示的な抗議をしていないことも事実であるが、そういう事実があるということから、Xが平成19年4月時点で賃金減額に同意していた事実を推認することもできない。
なぜなら、まず、平成年4月支払分の賃金額をみる限り、Y社には、労働者が同意しようがしまいが、賃金減額を提案した以上、以後、自ら提案した減額後の賃金しか支払わないとの方針で労務管理を行なっている事実がうかがわれる。そうすると、賃金減額に対するXの同意があったからこそ平成19年6月支払分から減額後の賃金が支払われていたのだろうとの推認を働かせることは困難である

3 また、賃金減額に不服がある労働者が減額前の賃金を獲得するためには、職場での軋轢も覚悟の上で、労働組合があれば労働組合に相談し、最終的には裁判手続に訴える必要があるが、そんなことをするくらいなら賃金減額に文句を言わないで済ませるということも往々にしてあることであり、そうだとすれば、文句を言わずに減額後の賃金を11か月間受け取っていたという事実から、経験則により、Xが賃金減額に同意していたのであろうとすることも困難である。

非常に参考になる裁判例ですね。

労働条件と不利益変更の論点における労働者の同意については、裁判所は慎重に判断しますので注意が必要です。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金37(リンク・ワン事件)

おはようございます。

さて、今日は、賞与の支給日在籍要件に関する裁判例を見てみましょう。

リンク・ワン事件(東京地裁平成23年2月23日・労判1031号91頁)

【事案の概要】

Xは、平成18年4月、Y社に正社員として採用され、平成20年4月、自己都合により退職した。

Xの入社当時、Y社の旧給与規程には、給与は年俸制度を採用すること等が定められていた。

Y社は、平成19年6月、旧給与規程を変更し、変更後の新給与規程をY社の社内イントラネット上に掲示した。

Xは、Y社の賞与支給日以前に退職していたため、賞与を支給されなかった。

Xは、Y社に対し、賞与の請求を求めて提訴した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件支給日在籍要件は、Xに対する本件給与改定通知書に記載があるところ、労働者と使用者が合意した場合には、労働条件を変更することができるから(労働契約法8条)、まず、Xが本件支給日在籍要件に同意したといえるかが問題となる。

2 Xは、平成19年6月ころ、Y社から、本件支給日在籍要件が記載された本件給与改定通知書を示された上で説明を受け、同通知書に署名したのであり、Xは、本件支給日在籍要件を含む、本件給与改定通知書に記載された労働条件に同意したと認めるのが相当である。

3 Xは、新給与規程が周知されておらず、意見聴取や届出もなされていないから、新給与規程には拘束されず、旧給与規程の適用を受けることになることを前提に、本件支給日在籍要件は、旧給与規程で定める基準に達しない労働条件を定めるものであるから、無効である旨主張する。
ここで、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とされるところ(労働契約法12条)、このような就業規則の最低基準効を発生させるには、就業規則が周知されていれば足り、従業員代表からの意見聴取や労働基準監督署長への届出がなされていることまでは必要ないというべきである。本件において、新給与規程は、平成19年6月にY社の社内イントラネット上に掲示され、従業員が見ようと思えばいつでも見ることができる状態になっていたのであるから、周知されていたと認められる。そうすると、同日時点において従業員代表からの意見聴取や労働基準監督署長への届出がなされていなかったとしても、上記最低基準効が生じるのは、新給与規程であるというべきである

4 以上によれば、本件支給日在籍要件は、XとY社の合意により有効であり、Xの請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

一般には、賞与は支給日に在籍していないともらえません。

本件では、支給日在籍要件の問題について、給与規程の変更が絡んでいるケースです。

就業規則の最低基準効についての判断は、特に新しいものではありませんが、おさらいとしては参考になります。

それにしても、なんでこの事件、地裁でやっているんだろう・・・?

Xの請求金額は、賞与の30万円ちょっとなのに。

日頃から顧問弁護士に相談することが大切ですね。

賃金36(タマ・ミルキーウェイ事件)

おはようございます。 

さて、今日は、付加金に関する裁判例を見てみましょう。

タマ・ミルキーウェイ事件(東京高裁平成20年3月27日・労判974号90頁)

【事案の概要】

Y社は、一般貨物自動車運送事業等を目的とする会社である。

Xは、Y社の従業員として、平成16年9月まで配送運転手の勤務をしていたが、Y社に対し、未払い時間外、深夜、休日労働に係る賃金等を請求した。

一審判決において、裁判所は、Y社に対し、時間外等賃金として約50万円及び同額の付加金の支払いを命じた。

Xは、控訴した。Y社は、控訴後、Xに対し、時間外等賃金を全額支払った。

【裁判所の判断】

付加金の支払いは命じない。

【判例のポイント】 

1 労基法114条の付加金支払義務は、労働者の請求により裁判所が判決でその支払を命じ、これが確定することによって初めて発生するものであるから、使用者に労基法37条等の違反があっても、既にその支払を完了し、使用者の義務違反の状況が消滅した後においては、使用者に対して付加金の支払を命ずることはできないと解すべきである。
そうすると、原判決後であるとはいえ、本件時間外等賃金を支払ったY社に対し、付加金の支払を命ずることはできないというほかない。 

本件では、付加金に絞ります。

付加金に関するこのような判断は、この裁判例だけがユニークなのではありません。

最高裁こそありませんが、高裁判決でも同様の判断がなされています。

会社側とすれば、すごい金額の付加金が第1審で命じられた場合には、とりあえず控訴し、未払時間外等賃金を支払えば、付加金の支払を免れることができることになります。

当然、このような結論に対し、批判的な見解も多いです。

批判的な見解が多かろうが少なかろうが、現時点では、会社としては、控訴し、未払賃金を支払というのが鉄則ということです。

付加金を支払う前には、必ず顧問弁護士に相談しましょう。

賃金35(コナミデジタルエンタテイメント事件)

こんにちは。

さて、今日は、育休取得・復職後の降格、賃金減額に関する裁判例を見てみましょう。

コナミデジタルエンタテイメント事件(東京地裁平成23年3月17日・労判1027号27頁)

【事案の概要】

Y社は、平成18年3月、コナミ株式会社からその営業部門の事業全てを譲り受けて設立された、電子応用機器関連のソフトウェア、ハードウェア及び電子部品の研究、制作、製造及び販売等を目的とする会社である。

Y社の従業員であるXは、育児休業後に復職したところ、Y社は、Xを降格させ、年俸を120万円減給した。

Xは、Y社の人事措置について、妊娠・出産をして育児休業等を取得した女性に対する差別ないし偏見に基づくものであって、人事権の濫用にあたり、不法行為であると主張し争った。

【裁判所の判断】

降格は人事権の濫用に当たらない。

成果報酬ゼロ査定は、裁量権の濫用に当たる。

差額賃金請求については棄却した。

【判例のポイント】

1 育児・介護休業法22条および同法の指針(平16.12.28厚労省告示460号)の「原則として原職又は原職相当職に復帰させることが多く行われているものであることに配慮すること」は、努力義務を定める規定であって、原職または原職相当職に復帰させなければ直ちに同条違反になるとは解されない。

2 産休・育休からの復職に当たって担務変更をしたことは、業務上の必要性に基づいて、配転にかかる人事上の権限の行使として行われたものであって、育休等の取得を理由としてされたものではなく、担務変更が休業取得を理由とする不利益取扱いには該当しない

3 使用者が有する従業員の配置、異動等の人事権の行使は、雇用契約に根拠を有し、従業員をY社の会社組織の中でどのように活用、統制していくかという使用者に委ねられた経営上の裁量判断に属する事項であり、従業員に周知された就業規則の規定に基づき行われる職種・職位の変更(役割グレード引下措置)につき労働者本人の同意を要するものとは解されない

4 労働の対価たる賃金は、労働条件における最も重要な労働条件であり、その年俸査定期間に産休や育休が含まれる場合には、法がこれらの休業を規定し、休業取得を理由とする不利益取扱いを禁止した趣旨を考慮した成果の査定をするのが相当である。

5 Xの平成21年度の成果報酬について、査定期間のうち9ヶ月間は産休・育休により休業して業務実績はないが、休業前の3ヶ月は一定の内容、程度の業務を引き継いだFマネージャーらはXの実績を利用しまたは踏まえて残りの業務を行ったということができるから、同年度の成果報酬ゼロ査定は、成果報酬の査定にかかる裁量権の濫用に当たり無効である

6 差額賃金請求権は、Y社が前年度成果評価に基づく査定によって具体的な額が決定されるものであるから、本件成果報酬ゼロ査定しかされていないという本件事実関係の下においては、Xはいまだ成果報酬が定まっていないという状態にあり、これについて損害が発生する余地はないというべきである。
以上によると、Xの従前年俸額と新年俸額との差額の支払請求は理由がない

育休後の労働条件に関する争点は、労働者側としては、いろいろと難しい問題があります。

どちらかといえば、やりにくい問題だと思います。

ただ、本件では、成果報酬の査定に関し、裁量権の濫用にあたり無効であるとの判断がされています。

差額賃金請求については、このような判断もやむなしといったところでしょうか。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金34(農林漁業金融公庫事件)

おはようございます。

さて、今日は、高次脳機能障害を負った労働者の退職と賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

農林漁業金融公庫事件(東京地裁平成18年2月6日・労判911号5頁)

【事案の概要】

Y社は、農林漁業金融公庫法に基づき設立された農林水産漁業及び関連産業に対して融資等を行う政策金融機関である。

Xは、平成5年、自宅で心肺が停止し、病院に搬送され蘇生したが、その間の低酸素脳症により、高次脳機能障害の後遺症が残った。

Xは、Y社の勧めにより、病院に通院中の平成6年3月、Y社に退職届を提出した。

Xは、本件退職は無効であると主張し、Y社に対し、退職届提出以後の賃金を請求した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 ・・・高次脳機能障害の特徴的な症状に短期記憶力の低下という症状があることを考え併せれば、ある時点で、通常の判断をしているようにみえる言動をXが取ったからといって、それをもってXの判断能力が常時そのような水準にあるということはできないから、Xが外形的には、通常の能力を有するようにみえる言動を取ったことをもって、Xが本件退職時に意思能力を有していなかったことを否定する根拠とはならない
以上のとおりであるから、Xの本件退職の意思表示は無効である。

2 労働契約は、労働者の労務の提供に対し、その対価として賃金を支払うものであるから、労働者が、使用者、労働者双方の責任によらず、労務の提供をすることができない場合には、使用者は賃金の支払義務を負わない危険負担における債務者主義の原則)。

3 本件退職時にXに就労能力はなく、その状態が大幅に回復することは期待できないのであり、現実に、平成15年10月にXの後見開始決定が確定している。
そうすると、Xが本件で賃金を請求している期間もそれ以降も、XがY社に労務を提供することは不可能であったこととなる。
そして、このような労働能力の喪失は、本件疾病によるものであるから、Xに過失はなく、また、Y社がXの就労能力がないと判断したことは相当であったのだから、Y社がXの労務提供を受けなかったことにも過失はない。
したがって、危険負担の債務者主義の原則により、Xは、本件退職以降の賃金請求権を有しないというべきである

危険負担の債務者主義の原則からすれば、こうなります。

新しい判断ではないので、コメントはとくにありません・・・

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金33(神奈川信用農業協同組合事件)

こんにちは。

さて、今日は、選択定年制による早期退職の不承諾と割増退職金請求の可否に関する最高裁判例を見てみましょう。

神奈川信用農業協同組合事件(最高裁平成19年1月18日・労判931号5頁)

【事案の概要】

Y社は、農業協同組合である。

Y社は、定年年齢を満60歳としていたが、選択定年制実施要項を定めて、定年前に退職する者であっても、本人の希望により定年扱いとし、割増退職金の支払等の措置を講ずることとしていた。

Y社が本件選択定年制を設けた趣旨は、組織の活性化、従業員の転身の支援及び経費の削減にあり、同制度の適用に当たっては、事業上失うことのできない人材の流出防止などを考慮して、Y社の承諾を必要とすることとされていた。

Y社の従業員であったXは、退職することを希望する旨の申し出をした。

他方、Y社は、本件選択定年制を廃止することを決定した。

その後、Y社は、事業の全部をA信用農業協同組合連合会等に譲り渡して解散することを決議し、全従業員を解雇した。

そこで、Xは、本件選択定年制により退職したものと取り扱われるべきであると主張した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件選択定年制による退職は、従業員がする各個の申出に対し、Y社がそれを承認することによって、所定の日限りの雇用契約の終了や割増退職金債権の発生という効果が生ずるものとされており、Y社がその承諾をするかどうかに関し、Y社の就業規則及びこれを受けて定められた本件要項において特段の制限は設けられていないことが明らかである

2 もともと、本件選択定年制による退職に伴う割増退職金は、従業員の申出とY社の承認とを前提に、早期の退職の代償として特別の利益を付与するものであるところ、本件選択定年制による退職の申出に対し承認がされなかったとしても、その申出をした従業員は、上記の特別の利益を付与されることこそないものの、本件選択定年制によらない退職を申し出るなどすることは何ら妨げられていないのであり、その退職の自由を制限されるものではない。したがって、従業員がした本件選択定年制による退職の申出に対してY社が承認をしなければ、割増退職金債権の発生を伴う退職の効果が生ずる余地はない

3 そうすると、本件選択定年制による退職の申出に対する承認がされなかったXについて、上記の退職の効果が生ずるものではないこととなる。

本件事案の高裁判決では、雇用主が承諾をするか否かは裁量に委ねられているとしつつ、裁量権の行使が不合理である場合には申込みどおりに制度適用の効果が生ずると判断し、事実認定の問題として処理しています。

これに対し、最高裁は、高裁判決を破棄し、雇用主の承認がなければ割増退職金債権の発生を伴う退職の効果が生ずる余地はないと判断しました。

「なんだかな~」という気もしますが、これが最高裁の判断です。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金32(医療法人大寿会(割増賃金)事件)

おはようございます。

さて、今日は、看護師、介護職員らの時間外労働と割増賃金に関する裁判例を見てみましょう。

医療法人大寿会(割増賃金)事件(大阪地裁平成22年7月15日・労判1023号70頁)

【事案の概要】

Y社は、病院と老健施設を設置運営する医療法人である。

Xらは、看護師、看護助手、清掃職員、介護職員およびデイケア職員である。

Y社では、病院に勤務する職員用に、病院地下1階のエレベーター脇にタイムレコーダーを設置しており、老健施設に勤務する職員用に老健施設1階の老健食堂入口付近にタイムレコーダーを設置しているが、老健施設に勤務する職員も更衣室で着替えることになっている。

Xらは、Y社に対し、時間外労働の割増賃金を請求した。

【裁判所の判断】

時間外労働の割増賃金を認めた。

付加金の支払いも命じた。

【判例のポイント】

1 (1)Xらはいずれも、出勤後、着替えた後にタイムカードの出勤打刻をし、終業後、着替える前にタイムカードの打刻をしていたものであること、(2)平成19年12月ことまでの間、Y社においては、始業時間や終業時間の合図等があるわけではなく、それぞれの職員が自らの判断で業務に取り掛かり、業務を終了していたこと、(3)Y社が平成18年9月よりも前に作成した業務マニュアルにおいては、所定始業時間よりも前に業務を開始することを前提とする記載があり、同月より後にY社が作成した業務スケジュールについても、所定始業時間よりも前に行うべき業務が記載されていたり、所定勤務時間と符合しないスケジュールが記載されていたものであること、(4)夜勤の看護師及び介護職員は日勤者から引継ぎを受ける必要があり、逆に日勤の看護師及び介護職員は夜勤者から引継ぎを受ける必要があるが、就業規則上、この引継ぎ又はミーティングのための時間が特に設けられていたわけではなく、所定時間外で行う必要があったこと、(5)この引継ぎ又はミーティング以外にも、看護師は患者の尿の処理や検温のため、看護助手は食事の準備のため、介護職員はベッドメイクやゴミ収集等のため、デイケア職員は名札を机に並べる等の作業のため、清掃作業員は入浴の準備のため、それぞれ所定時間よりも前から業務に就くことがあったし、所定勤務時間内に業務が終了せずに所定終業時間を超えて勤務することもあったこと、(6)Xらはいずれも、通勤バスを利用している者ではなく、勤務が終了したにもかかわらずY社のの施設内にとどまっている必要がある者ではないこと、(7)Y社自身、労基署に対する是正報告書において、一定の時間外労働があったことを前提とする残業代の再計算を行う旨を明らかにし、実際に、Xら各自に対して自らの再計算に基づき残業代を支払ったことが認められる。

2 以上の事実を前提とすると、Xらについては、タイムカードの出勤打刻後、退出打刻までの間、休憩時間を除くほかY社の業務に従事していたと認めるのが相当である。したがって、Xらの労働時間は、タイムカードの打刻時刻を基準として認定するのが相当であり、出勤打刻時から所定始業時間までの間及び所定終業時間から退勤打刻時まではそれぞれ時間外労働として割増賃金支払の対象となると解される

3 Y社を既に退職したX1は、Y社に対し、未払の割増賃金に対する退職日の翌日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律6条1項及び同法施行令所定の年14.6%の割合による遅延損害金の支払を求めているところ、Y社は、同条2項に定める事由があると主張して、同条1項の遅延利息の適用を争っている。
しかしながら、同条6条2項において同条1項の遅延利息の適用の例外とされているのは、賃金の支払の遅滞が「天災地変その他のやむを得ない事由で厚生労働省令で定めるものである場合」であるところ、かかる規定の文言及び同法が賃金の支払の確保措置を通じて労働者の生活の安定に資することを目的としていること(同法1条参照)に照らすならば
同法施行規則6条にいう「合理的な理由により、裁判所(中略)で争っていること」とは、単に事業主が裁判所において退職労働者の賃金請求を争っているというのでは足りず、事業主の賃金支払拒絶が天災地変と同視し得るような合理的かつやむを得ない事由に基づくものと認められた場合に限られると解するべきである

4 本件において、Y社のX1に対する賃金支払拒絶に上記のような合理的かつやむを得ない事由があるものとは本件全証拠によっても認めることができない。
したがって、X1は、Y社に対し、年14.6%の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。

5 Y社は、労基署の指導がなされるまで、Xらに対する時間外労働に対する割増賃金の支払を全くしていなかったものであるところ、その後独自の計算に基づく低額の金員の支払はしたものの、本件訴訟が提起された後においても、Xらの時間外労働の事実自体を争い、裁判所の和解勧告にも応じようとせず、未払の時間外割増手当を支払う姿勢が全く見られない。このような本件の事案に照らすと、本件においては、Y社に対し、労基法114条に基づき付加金の支払を命ずることとするのが相当である

上記判例のポイント1のような状況は、
本件の病院に限った話ではないと思います。

これまでのいくつかの病院の労働時間に関する裁判例を見てきましたが、どこも同じような問題を抱えています。

裁判所としては、このような判断をすることになります。

病院が、現実に、法律や裁判例で要求されている厳密な労働時間管理ができるか、考えなければいけません。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金31(芝電化事件)

おはようございます。

さて、今日は、退職事由による減額支給率の適否と退職金規程の不利益変更に関する裁判例を見てみましょう。

芝電化事件(東京地裁平成22年6月25日・労判1016号46頁)

【事案の概要】

Y社は、プラスチック金型等の設計・製作等を営む会社である。

X1は、昭和56年からY社の正社員として勤務してきた。

X2は、平成15年からY社との間で期間の定めのない雇用契約を締結していた者である。

Y社は、平成12年頃より経営状況が悪化し、人員削減を講じる必要が生じた。

Y社は、Xらに対し、退職の協力要請を行い、Xらは、最終的に、本要請に応じた。

Y社は、X1に対し、退職金と貸付金とを相殺することを申し出たが、Y社の示した退職金額が自主退職によるものとして計算されていたことから、Xは納得がいかず、この申し出を断った。

Xは、その後、産別労組を通じて、退職金を支払うよう求めたが、Y社は、退職金規程はすでに廃止されていることを理由に請求を拒絶した。

Y社は、Xらの退職はY社の退職金規程にいう自己都合による場合の退職金支給基準率を適用すべきである、X2は、退職金の支給がない「パートタイマー」であった、退職金規程は、平成12年に減額変更の改訂がなされ、平成19年に廃止されたと主張し、争った。

【裁判所の判断】

会社都合の場合の退職金支給基準率が適用されるべきである。

X2の退職金請求も認容。

退職金規程の改訂は無効

【判例のポイント】

1 Xらの本件退職の申出それ自体は、飽くまでも任意退職の意思表示という形式でもってされており、本件退職金規程2条3号にいう「解雇」には当たらないようにもみえる。
しかし、そもそも本件退職金規程2条3号の趣旨は、従業員の退職理由が専ら会社経営上の必要性(すなわち経営の簡素化、事業の縮小、不況による経営の悪化等による人員削減の必要性)に基因する場合には、これに理解、協力を示した従業員に対し退職金支給基準率の倍増という一種のインセンティブを付与し、その目的の達成(余剰人員の解消等)を容易なものにしようとする点にあるものと解される

2 そうだとすると同条3号にいう「やむを得ない業務上の都合による解雇」とは、一般に上記のような会社経営上の必要性に基づく解雇のことをいうにしても、これに限定されるものではなく、会社経営上の必要性(余剰人員の解消等)から従業員が任意退職を余儀なくされたような場合についても、上記「解雇」に準じ同上3号が適用されるものと解するのが相当である

3 本件退職金規程1条2項ただし書は、本件退職金規程の適用排除という重大な効果をもたらす例外規定である。したがって、同項ただし書にいう「パートタイマー」の意義については、同じく退職金規程の適用が排除される「勤続年数2年未満の者」「日雇その他の臨時職員」との関係も考慮に入れつつ、その意味内容を厳格に解すべきである
そうだとすると、同項ただし書にいう「パートタイマー」とは、単に正規従業員(正社員)と格差のある待遇を受けている従業員一般を指すものではなく、飽くまで当該雇用契約上、当該企業において正規(フルタイム)の所定労働時間(日数)よりも少ない時間(日数)で働くことが予定された、本来的な意味におけるパートタイマー労働者をいうものと解するのが相当である(パートタイマー労働者の本来的な定義につき菅野和夫「労働法」(第9版)195頁参照)。

4 そこで以上の解釈を前提に検討するに、本件全証拠を子細に検討しても、Y社がX2との雇用契約の締結に当たって、上記のような意味におけるパートタイマーとしてX2を雇い入れたと認めるに足る的確な証拠は見当たらない。

5 本件改訂退職金規程については蒲田工場(事業場)の労働者であるXらに対し当該内容を知りうる状態で置かれていたことを認めるに足る的確な証拠は見当たらず、結局、本件改訂退職金規程への改訂変更は、周知性の要件に欠けるものといわざるを得ない。

6 本件改訂退職金規程は、・・・Xら労働者に対して重大な経済的不利益を生じさせるものである上、その変更後の規定は、いささか強引かつ恣意的なものであるばかりか、既発生の退職金の額を大きく減殺させるものであり社会的相当性の点でも疑義があるといわざるを得ない。

7 Y社が廃止されたものと主張する退職金に関する規定は、飽くまで本件改訂退職金規程であって、本件退職金規程ではない。したがって、本件退職金規程の廃止がXらとの関係で全部抗弁となり得るためには、その前提としてXらの退職金請求の根拠である本件退職金規程2条が、本件改訂退職金規程によって有効に改訂変更され、その効力が本件改訂退職金規程に引き継がれていることが必要であると解される。なぜなら本件改訂退職金規程への改訂変更の効力がXらに及ばないのであれば、本件退職金規程の廃止が就業規則の不利益変更として有効であったとしても、その効力は遡って本件退職金規程2条の効力まで失効させるものではないからである。

8 本件改訂退職金規程への改訂変更は、周知性の要件だけでなく合理性の要件も欠いており、その効力はXらに対して及ばないのであるから、本件改訂退職金規程を対象とする本件退職金規程の廃止によって、本件退職金規程の効力が遡って失効するものとは解されない。

本裁判例は、全面的に従業員側が勝訴しています。

実質論と形式論のせめぎ合いがよくわかります。

勉強の題材としてとてもいい判例です。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。