Category Archives: 賃金

賃金34(農林漁業金融公庫事件)

おはようございます。

さて、今日は、高次脳機能障害を負った労働者の退職と賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

農林漁業金融公庫事件(東京地裁平成18年2月6日・労判911号5頁)

【事案の概要】

Y社は、農林漁業金融公庫法に基づき設立された農林水産漁業及び関連産業に対して融資等を行う政策金融機関である。

Xは、平成5年、自宅で心肺が停止し、病院に搬送され蘇生したが、その間の低酸素脳症により、高次脳機能障害の後遺症が残った。

Xは、Y社の勧めにより、病院に通院中の平成6年3月、Y社に退職届を提出した。

Xは、本件退職は無効であると主張し、Y社に対し、退職届提出以後の賃金を請求した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 ・・・高次脳機能障害の特徴的な症状に短期記憶力の低下という症状があることを考え併せれば、ある時点で、通常の判断をしているようにみえる言動をXが取ったからといって、それをもってXの判断能力が常時そのような水準にあるということはできないから、Xが外形的には、通常の能力を有するようにみえる言動を取ったことをもって、Xが本件退職時に意思能力を有していなかったことを否定する根拠とはならない
以上のとおりであるから、Xの本件退職の意思表示は無効である。

2 労働契約は、労働者の労務の提供に対し、その対価として賃金を支払うものであるから、労働者が、使用者、労働者双方の責任によらず、労務の提供をすることができない場合には、使用者は賃金の支払義務を負わない危険負担における債務者主義の原則)。

3 本件退職時にXに就労能力はなく、その状態が大幅に回復することは期待できないのであり、現実に、平成15年10月にXの後見開始決定が確定している。
そうすると、Xが本件で賃金を請求している期間もそれ以降も、XがY社に労務を提供することは不可能であったこととなる。
そして、このような労働能力の喪失は、本件疾病によるものであるから、Xに過失はなく、また、Y社がXの就労能力がないと判断したことは相当であったのだから、Y社がXの労務提供を受けなかったことにも過失はない。
したがって、危険負担の債務者主義の原則により、Xは、本件退職以降の賃金請求権を有しないというべきである

危険負担の債務者主義の原則からすれば、こうなります。

新しい判断ではないので、コメントはとくにありません・・・

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金33(神奈川信用農業協同組合事件)

こんにちは。

さて、今日は、選択定年制による早期退職の不承諾と割増退職金請求の可否に関する最高裁判例を見てみましょう。

神奈川信用農業協同組合事件(最高裁平成19年1月18日・労判931号5頁)

【事案の概要】

Y社は、農業協同組合である。

Y社は、定年年齢を満60歳としていたが、選択定年制実施要項を定めて、定年前に退職する者であっても、本人の希望により定年扱いとし、割増退職金の支払等の措置を講ずることとしていた。

Y社が本件選択定年制を設けた趣旨は、組織の活性化、従業員の転身の支援及び経費の削減にあり、同制度の適用に当たっては、事業上失うことのできない人材の流出防止などを考慮して、Y社の承諾を必要とすることとされていた。

Y社の従業員であったXは、退職することを希望する旨の申し出をした。

他方、Y社は、本件選択定年制を廃止することを決定した。

その後、Y社は、事業の全部をA信用農業協同組合連合会等に譲り渡して解散することを決議し、全従業員を解雇した。

そこで、Xは、本件選択定年制により退職したものと取り扱われるべきであると主張した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件選択定年制による退職は、従業員がする各個の申出に対し、Y社がそれを承認することによって、所定の日限りの雇用契約の終了や割増退職金債権の発生という効果が生ずるものとされており、Y社がその承諾をするかどうかに関し、Y社の就業規則及びこれを受けて定められた本件要項において特段の制限は設けられていないことが明らかである

2 もともと、本件選択定年制による退職に伴う割増退職金は、従業員の申出とY社の承認とを前提に、早期の退職の代償として特別の利益を付与するものであるところ、本件選択定年制による退職の申出に対し承認がされなかったとしても、その申出をした従業員は、上記の特別の利益を付与されることこそないものの、本件選択定年制によらない退職を申し出るなどすることは何ら妨げられていないのであり、その退職の自由を制限されるものではない。したがって、従業員がした本件選択定年制による退職の申出に対してY社が承認をしなければ、割増退職金債権の発生を伴う退職の効果が生ずる余地はない

3 そうすると、本件選択定年制による退職の申出に対する承認がされなかったXについて、上記の退職の効果が生ずるものではないこととなる。

本件事案の高裁判決では、雇用主が承諾をするか否かは裁量に委ねられているとしつつ、裁量権の行使が不合理である場合には申込みどおりに制度適用の効果が生ずると判断し、事実認定の問題として処理しています。

これに対し、最高裁は、高裁判決を破棄し、雇用主の承認がなければ割増退職金債権の発生を伴う退職の効果が生ずる余地はないと判断しました。

「なんだかな~」という気もしますが、これが最高裁の判断です。

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賃金32(医療法人大寿会(割増賃金)事件)

おはようございます。

さて、今日は、看護師、介護職員らの時間外労働と割増賃金に関する裁判例を見てみましょう。

医療法人大寿会(割増賃金)事件(大阪地裁平成22年7月15日・労判1023号70頁)

【事案の概要】

Y社は、病院と老健施設を設置運営する医療法人である。

Xらは、看護師、看護助手、清掃職員、介護職員およびデイケア職員である。

Y社では、病院に勤務する職員用に、病院地下1階のエレベーター脇にタイムレコーダーを設置しており、老健施設に勤務する職員用に老健施設1階の老健食堂入口付近にタイムレコーダーを設置しているが、老健施設に勤務する職員も更衣室で着替えることになっている。

Xらは、Y社に対し、時間外労働の割増賃金を請求した。

【裁判所の判断】

時間外労働の割増賃金を認めた。

付加金の支払いも命じた。

【判例のポイント】

1 (1)Xらはいずれも、出勤後、着替えた後にタイムカードの出勤打刻をし、終業後、着替える前にタイムカードの打刻をしていたものであること、(2)平成19年12月ことまでの間、Y社においては、始業時間や終業時間の合図等があるわけではなく、それぞれの職員が自らの判断で業務に取り掛かり、業務を終了していたこと、(3)Y社が平成18年9月よりも前に作成した業務マニュアルにおいては、所定始業時間よりも前に業務を開始することを前提とする記載があり、同月より後にY社が作成した業務スケジュールについても、所定始業時間よりも前に行うべき業務が記載されていたり、所定勤務時間と符合しないスケジュールが記載されていたものであること、(4)夜勤の看護師及び介護職員は日勤者から引継ぎを受ける必要があり、逆に日勤の看護師及び介護職員は夜勤者から引継ぎを受ける必要があるが、就業規則上、この引継ぎ又はミーティングのための時間が特に設けられていたわけではなく、所定時間外で行う必要があったこと、(5)この引継ぎ又はミーティング以外にも、看護師は患者の尿の処理や検温のため、看護助手は食事の準備のため、介護職員はベッドメイクやゴミ収集等のため、デイケア職員は名札を机に並べる等の作業のため、清掃作業員は入浴の準備のため、それぞれ所定時間よりも前から業務に就くことがあったし、所定勤務時間内に業務が終了せずに所定終業時間を超えて勤務することもあったこと、(6)Xらはいずれも、通勤バスを利用している者ではなく、勤務が終了したにもかかわらずY社のの施設内にとどまっている必要がある者ではないこと、(7)Y社自身、労基署に対する是正報告書において、一定の時間外労働があったことを前提とする残業代の再計算を行う旨を明らかにし、実際に、Xら各自に対して自らの再計算に基づき残業代を支払ったことが認められる。

2 以上の事実を前提とすると、Xらについては、タイムカードの出勤打刻後、退出打刻までの間、休憩時間を除くほかY社の業務に従事していたと認めるのが相当である。したがって、Xらの労働時間は、タイムカードの打刻時刻を基準として認定するのが相当であり、出勤打刻時から所定始業時間までの間及び所定終業時間から退勤打刻時まではそれぞれ時間外労働として割増賃金支払の対象となると解される

3 Y社を既に退職したX1は、Y社に対し、未払の割増賃金に対する退職日の翌日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律6条1項及び同法施行令所定の年14.6%の割合による遅延損害金の支払を求めているところ、Y社は、同条2項に定める事由があると主張して、同条1項の遅延利息の適用を争っている。
しかしながら、同条6条2項において同条1項の遅延利息の適用の例外とされているのは、賃金の支払の遅滞が「天災地変その他のやむを得ない事由で厚生労働省令で定めるものである場合」であるところ、かかる規定の文言及び同法が賃金の支払の確保措置を通じて労働者の生活の安定に資することを目的としていること(同法1条参照)に照らすならば
同法施行規則6条にいう「合理的な理由により、裁判所(中略)で争っていること」とは、単に事業主が裁判所において退職労働者の賃金請求を争っているというのでは足りず、事業主の賃金支払拒絶が天災地変と同視し得るような合理的かつやむを得ない事由に基づくものと認められた場合に限られると解するべきである

4 本件において、Y社のX1に対する賃金支払拒絶に上記のような合理的かつやむを得ない事由があるものとは本件全証拠によっても認めることができない。
したがって、X1は、Y社に対し、年14.6%の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。

5 Y社は、労基署の指導がなされるまで、Xらに対する時間外労働に対する割増賃金の支払を全くしていなかったものであるところ、その後独自の計算に基づく低額の金員の支払はしたものの、本件訴訟が提起された後においても、Xらの時間外労働の事実自体を争い、裁判所の和解勧告にも応じようとせず、未払の時間外割増手当を支払う姿勢が全く見られない。このような本件の事案に照らすと、本件においては、Y社に対し、労基法114条に基づき付加金の支払を命ずることとするのが相当である

上記判例のポイント1のような状況は、
本件の病院に限った話ではないと思います。

これまでのいくつかの病院の労働時間に関する裁判例を見てきましたが、どこも同じような問題を抱えています。

裁判所としては、このような判断をすることになります。

病院が、現実に、法律や裁判例で要求されている厳密な労働時間管理ができるか、考えなければいけません。

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賃金31(芝電化事件)

おはようございます。

さて、今日は、退職事由による減額支給率の適否と退職金規程の不利益変更に関する裁判例を見てみましょう。

芝電化事件(東京地裁平成22年6月25日・労判1016号46頁)

【事案の概要】

Y社は、プラスチック金型等の設計・製作等を営む会社である。

X1は、昭和56年からY社の正社員として勤務してきた。

X2は、平成15年からY社との間で期間の定めのない雇用契約を締結していた者である。

Y社は、平成12年頃より経営状況が悪化し、人員削減を講じる必要が生じた。

Y社は、Xらに対し、退職の協力要請を行い、Xらは、最終的に、本要請に応じた。

Y社は、X1に対し、退職金と貸付金とを相殺することを申し出たが、Y社の示した退職金額が自主退職によるものとして計算されていたことから、Xは納得がいかず、この申し出を断った。

Xは、その後、産別労組を通じて、退職金を支払うよう求めたが、Y社は、退職金規程はすでに廃止されていることを理由に請求を拒絶した。

Y社は、Xらの退職はY社の退職金規程にいう自己都合による場合の退職金支給基準率を適用すべきである、X2は、退職金の支給がない「パートタイマー」であった、退職金規程は、平成12年に減額変更の改訂がなされ、平成19年に廃止されたと主張し、争った。

【裁判所の判断】

会社都合の場合の退職金支給基準率が適用されるべきである。

X2の退職金請求も認容。

退職金規程の改訂は無効

【判例のポイント】

1 Xらの本件退職の申出それ自体は、飽くまでも任意退職の意思表示という形式でもってされており、本件退職金規程2条3号にいう「解雇」には当たらないようにもみえる。
しかし、そもそも本件退職金規程2条3号の趣旨は、従業員の退職理由が専ら会社経営上の必要性(すなわち経営の簡素化、事業の縮小、不況による経営の悪化等による人員削減の必要性)に基因する場合には、これに理解、協力を示した従業員に対し退職金支給基準率の倍増という一種のインセンティブを付与し、その目的の達成(余剰人員の解消等)を容易なものにしようとする点にあるものと解される

2 そうだとすると同条3号にいう「やむを得ない業務上の都合による解雇」とは、一般に上記のような会社経営上の必要性に基づく解雇のことをいうにしても、これに限定されるものではなく、会社経営上の必要性(余剰人員の解消等)から従業員が任意退職を余儀なくされたような場合についても、上記「解雇」に準じ同上3号が適用されるものと解するのが相当である

3 本件退職金規程1条2項ただし書は、本件退職金規程の適用排除という重大な効果をもたらす例外規定である。したがって、同項ただし書にいう「パートタイマー」の意義については、同じく退職金規程の適用が排除される「勤続年数2年未満の者」「日雇その他の臨時職員」との関係も考慮に入れつつ、その意味内容を厳格に解すべきである
そうだとすると、同項ただし書にいう「パートタイマー」とは、単に正規従業員(正社員)と格差のある待遇を受けている従業員一般を指すものではなく、飽くまで当該雇用契約上、当該企業において正規(フルタイム)の所定労働時間(日数)よりも少ない時間(日数)で働くことが予定された、本来的な意味におけるパートタイマー労働者をいうものと解するのが相当である(パートタイマー労働者の本来的な定義につき菅野和夫「労働法」(第9版)195頁参照)。

4 そこで以上の解釈を前提に検討するに、本件全証拠を子細に検討しても、Y社がX2との雇用契約の締結に当たって、上記のような意味におけるパートタイマーとしてX2を雇い入れたと認めるに足る的確な証拠は見当たらない。

5 本件改訂退職金規程については蒲田工場(事業場)の労働者であるXらに対し当該内容を知りうる状態で置かれていたことを認めるに足る的確な証拠は見当たらず、結局、本件改訂退職金規程への改訂変更は、周知性の要件に欠けるものといわざるを得ない。

6 本件改訂退職金規程は、・・・Xら労働者に対して重大な経済的不利益を生じさせるものである上、その変更後の規定は、いささか強引かつ恣意的なものであるばかりか、既発生の退職金の額を大きく減殺させるものであり社会的相当性の点でも疑義があるといわざるを得ない。

7 Y社が廃止されたものと主張する退職金に関する規定は、飽くまで本件改訂退職金規程であって、本件退職金規程ではない。したがって、本件退職金規程の廃止がXらとの関係で全部抗弁となり得るためには、その前提としてXらの退職金請求の根拠である本件退職金規程2条が、本件改訂退職金規程によって有効に改訂変更され、その効力が本件改訂退職金規程に引き継がれていることが必要であると解される。なぜなら本件改訂退職金規程への改訂変更の効力がXらに及ばないのであれば、本件退職金規程の廃止が就業規則の不利益変更として有効であったとしても、その効力は遡って本件退職金規程2条の効力まで失効させるものではないからである。

8 本件改訂退職金規程への改訂変更は、周知性の要件だけでなく合理性の要件も欠いており、その効力はXらに対して及ばないのであるから、本件改訂退職金規程を対象とする本件退職金規程の廃止によって、本件退職金規程の効力が遡って失効するものとは解されない。

本裁判例は、全面的に従業員側が勝訴しています。

実質論と形式論のせめぎ合いがよくわかります。

勉強の題材としてとてもいい判例です。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金30(中谷倉庫事件)

おはようございます。

さて、今日は、取引先の倒産に伴う退職金減額に関する裁判例を見てみましょう。

中谷倉庫事件(大阪地裁平成19年4月19日・労判948号50頁)

【事案の概要】

Y社は、貨物自動車運送業や倉庫業を営む会社である。

Y社は、平成14年5月、年間売上げの3分の2を占める取引先2社が倒産したことから、連鎖倒産を回避するため、企業年金の解約、賃貸倉庫の閉鎖、土地の売却、取締役らの報酬減額、人件費削減の措置を講ずることとした。

Y社は、人件費削減の一環として、平成16年10月、退職金規程を改定し、退職金額をほぼ半額とすることとした。

これに対し、平成17年8月にY社を定年退職したXは、本件退職金規程の改定は無効であると主張し、旧規程と新規程との差額にあたる退職金を支払うように求めた。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。

2 そして、上記合理性の有無は、使用者側の就業規則変更の必要性の内容・程度、就業規則の変更により労働者が被る不利益の程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯等を総合考慮して判断すべきである。

3 Y社は、必ずしも経営状態が良好とはいえなかったところ、平成14年5月、売上高の3分の2を占める大口取引先が倒産し、売上が激減することとなった結果、経営規模を大幅に縮小し、生き残りをかけ、倒産回避のための措置を講じた。

4 退職金が給与の後払い的性格を有することを考えると、その減額の程度は大きい。しかし、Y社としては、今後、安定した経常利益を計上できる状態にあるとはいいがたく、本件改定を認めなかった場合の上記負担はY社の経営を圧迫することが予想され、倒産の危険も存し、本件改定はやむを得ないと言わざるを得ない

5 Y社は、労働者の過半数で組織する企業内組合の同意を得た。また、Xが所属する上記企業内組合とは別の労働組合に対し、何度も交渉を申し入れたが、同組合はこれに応じようとしなかった。

ここまでしっかりやれば、退職金規程の不利益変更も有効と判断されます。

会社として倒産回避のために必要な措置をとったが、それでもなお、従業員の賃金や退職金を減額しなければならない状況であったということがよくわかります。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金29(ドラール事件)

おはようございます。

さて、今日は、退職金支給の有無や支給額を従業員ごとに決定できるかについて判断した裁判例を見てみましょう。

ドラール事件(札幌地裁平成14年2月15日・労判837号66頁)

【事案の概要】

Y社は、建築材料の卸販売並びにタイル工事の設計及び請負等を目的とする会社である。

Xは、平成12年3月までY社の従業員であったが、依願退職した。

Y社では、会社業績の悪化に伴い、退職金について、取締役会で個別の従業員について、退職金を支給するか否か、支給するとしていくら支給するかを決めることができるように就業規則を改定した。

これに基づき、退職金が支給されなかったXは、本件就業規則の不利益変更は無効であるから、それに基づく取締役会決議も無効であると主張し、改定前の就業規則に基づく退職金の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

請求認容

【判例のポイント】

1 賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。

2 そして、上記合理性の有無は、使用者側の就業規則変更の必要性の内容・程度、就業規則の変更により労働者が被る不利益の程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯等を総合考慮して判断すべきである。

3 Y社は、就業規則変更当時、営業収益は約60億円から48億円に減少、営業利益は、約1億4000万円を確保していたものが約4000万円に激減し、経常利益も約2億円あったものが約8000万円に半減し、また、税引後当期純利益も約1億円あったものが約4291万円に半減した。
しかしながら、この改定にあたって、今後の退職者数及び退職金支給額の見込みや、収益改善のために他のどのような対策があり、退職金支給額の圧縮が避けられないものか否かについて具体的な検討がされたのか明らかでない。

4 本件改定にあたり代償措置やこれを緩和する措置を設けたり、関連する他の労働条件を改善したと認めるに足りる証拠はない

5 本件改定にあたり、従業員の過半数で組織する労働組合又は従業員の過半数を代表する者の意見を聴取したと認めるに足りる証拠はない

あてはめのしかたを学ぶにはとてもよい事案です。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金28(月島サマリア病院事件)

おはようございます。

さて、今日は、倒産の危機に瀕していたとまではいえない場合の退職金の減額に関する裁判例を見てみましょう。

月島サマリア病院事件(東京地裁平成13年7月17日・労判816号63頁)

【事案の概要】

Y社は、個人経営の病院である。

Xは、Y社を平成11年に自己都合退職した看護師である。

Y社は、生命保険会社との契約による企業年金と就業規則上の退職金制度を有し、後者から前者を控除した金額を支給することになっていた。

ところが、Y社は、経営状況悪化のため、退職金の算定基礎を基本給の100%から80%に引き下げ、勤続年数ごとの支給比率も削減する就業規則の変更を行った。

これにより、Xの退職金額は、674万円から359万円と47%削減された。

Xは、Y社に対し、変更前の算定方法に基づく退職金額の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

請求認容

【判例のポイント】

1 就業規則の変更に関し、変更部分の規定文言そのものを従業員に個別に周知しない限り変更の効力が生じないとするのは、労働条件の統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質に照らし相当ではなく、掲示板への掲示程度の周知であっても、変更の効力が生じたものとみることが相当である。

2 一般に、就業規則の作成及び変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に関することは、原則として許されないと解されるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないというべきである。

3 ここでいう当該条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金という労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。

4 この合理性の判断要素として本件においてあらわれている事情としては、本件就業規則の変更による不利益性の程度のほか、Y社の経営状態等、代償措置の有無、従業員の側の対応が挙げられる

5 本件就業規則の変更については、その不利益性は相当程度大きいところ、Y社がこれに対する代償措置を講じた事実が認められず、かつ、従業員の対応等によって変更の合理性が基礎付けられるものではないと解される下で、本件就業規則の変更当時のY社の経営状態が、必ずしも芳しくなかったとはいえ、倒産の危機に瀕しているとまではいえないのであって、他に本件就業規則の変更の効力がXに及ぶことを根拠付ける主張、立証のない本件においては、この変更が合理的なものであると解することはできないものといわざるを得ない。

本裁判例は、とても参考になりますね。

上記判例のポイント4の判断要素のうち、代償措置と従業員側の対応について、Y社がもう少し工夫すれば、結果が変わった可能性があります。

「周知」するだけではなく、「協議」する機会を与えるべきでした。

また、Y社としては、慰労金・功労金付加の規定、10年後見直し措置を講じましたが、裁判所は、代償措置として不十分であると判断しました。

ここは、従業員の不利益の程度とのバランスが求められるところなので、本件のように、不利益が大きい場合には、相応の代償措置が求められるわけです。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金27(名古屋学院事件)

おはようございます。

さて、今日は、独自の年金制度を廃止する就業規則の変更に関する裁判例を見てみましょう。

名古屋学院事件(名古屋高裁平成7年7月19日・労判700号95頁)

【事案の概要】

Y社は、中学校と高等学校を併設する学校法人である。

Y社は、昭和34年5月、独自の年金制度を採用し、就業規則上の制度として位置付け、職員Xらは昭和42年3月以降、年金拠出金を積み立てていた。

しかし、Y社理事会は、昭和53年7月、独自の年金制度の廃止を内容とする就業規則等の変更を決議し、Xらに対し、独自の年金制度を昭和52年3月に遡って廃止する旨を通告した。

これに対し、Xらは、年金を受給しうる地位にあることの確認等を求めた。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 一般に新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないところであるが、労働条件の集合的処理、特に統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からして、当該就業規則の作成又は変更に合理性が認められる場合には、個々の労働者に等しく適用されるものであって、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を排除することはできないものと解される。

2 そして、退職年金が、賃金や退職一時金と並んで、労働者にとって重要な権利であることは論を待つまでもなく明らかであり、しかも本件年金規程に基づく年金受給権の原資には、職員の拠出分が含まれているものである上、その支給条件は明確化されていて、功労報償的性格よりも、むしろ権利性の色彩の強いものであるといえるから、これを剥奪する結果となる就業規則等の改廃については、そのような不利益を労働者に受忍させることが許容されるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容であることが必要であるというべきである

3 Y社が、昭和50年度の時点で行った本件年金制度の将来予測によれば、本件年金制度を本件年金規程のまま存続させると、Y社の経常会計から本件年金基金に毎年補填しなければならなくなることが明らかになり、しかもY社は昭和48年に学校敷地の約3分の1を売却して約20億円の債務を弁済して間もなくの時期であり、財政的な基盤が十分とはいえなかったうえ、経常会計においては消費支出超過状態が続いていたのであるから、本件年金制度につき抜本的な改革を要する状態にあったものであることを認めることができる

4 そして、本件年金制度を維持しつつ基金の健全化を図る有力な方法として、適格年金制度に準ずる制度の導入が考えられるが、・・・一時的な延命策に過ぎず、いずれは同様の問題が発生することが予測されたことが認められる。

5 右の必要性との関係から見ると、・・・本件就業規則等の改廃の内容は、Xらに不利益を与えるものであるが、他方、代償措置として退職金制度の改正、非常勤講師としての再雇用制度の新設等考慮すると、他に私学共済年金制度が存在することと相まって、Xらが定年後において、相当程度の生活を維持しうる水準の収入を得ることが可能となっていることが認められるので、その内容も相当性があるものということができる

6 Xらは、・・・いずれも20年以上の勤続となり、拠出金の拠出義務を果たしているから、本件年金規程による年金受給資格を取得したものであり、Y社は、就業規則の変更によって、この既得の権利を侵害することはできない旨主張するが、Xらが具体的に本件年金規程による年金受給権を取得したものではなく、受給資格を満たしたものに過ぎないのであるから、具体的な年金受給権の取得を前提とする右主張は採用できない。

本裁判例も、他の裁判例同様、「高度の必要性」を要求しています。

「高度の必要性」に基づいた合理的な内容であるか否かについては、(1)必要性、(2)相当性、(3)適正手続という観点から判断されています。

また、参考になるのが、上記判例のポイント6です。

拠出金の拠出義務を果たし、年金受給資格をみたした従業員であっても、具体的な年金受給権を取得したとはいえず、それゆえ、年金制度を廃止しても、具体的な権利侵害とはいえない、と判断しています。

そういうもんですかね・・・。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金26(空港環境整備協会事件)

おはようございます。

さて、今日は、退職手当支給規程の変更に関する裁判例を見てみましょう。

空港環境整備協会事件(東京地裁平成6年3月31日・労判656号44頁)

【事案の概要】

Y社は、航空公害の現状調査とその対策の研究、航空公害防止のための施設、環境の整備等を事業とする財団法人である。

Xは、昭和50年、Y社に採用され、Y社の運営する航空公害研究センターの研究員として稼働し、平成2年9月に退職した。

Y社は、給与制度改正の一環として、就業規則の退職金規程を改定した。

旧規程では、月額給与にその勤続月額を乗じ、さらにその者の勤続年数に応じた割合(5%~21%)を乗じて退職金手当を算定していたが、新規程では、勤続期間を区分して、区分ごとに、当該区分に応じた割合(100%~120%)と当該区分における勤続年数及び退職時の月額給与を乗じて金額を算定し、その合計額を退職金手当額とする内容に変更した(ただし、実際には、退職加算金等も支給された)。

これに対し、Xは、旧規則の支給率に基づく退職金の支払い(支給済み退職金との差額)を求めた。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、その不利益の程度を考慮しても、なおそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。

2 Y社職員の給与については、その職務の性格からみて、公務員並みの水準に改善されることが望まれていたところ、Y社の給与制度には、退職手当の支給限度がなく、かつ支給倍率が公務員に比べて遙かに高く、その結果、給与が低いのに比べ退職手当が高く、制度としてバランスを欠き不合理であるという問題があったため、その改正が迫られていた状況にあり、このような不合理を招来する旧退職規程を改正しないまま給与改善と定年延長を併せて実施するならば、給与に一定の支給割合を乗じて算出される退職手当がますます多額になるため、その不合理性は一層助長され、本件給与制度改正の趣旨を没却する結果になることは明らかであったものということができ、本件退職規程変更は、給与制度改正の一環として、給与、諸手当等の改正と一体をなすものとして実施されたものと認めることができる

3 本件退職規程変更と給与規程改正とは不可分一体の関係にあることは前記のとおりであるから、本件退職規程変更によってY社職員の受ける不利益の程度については本件退職規程変更だけを独立に取り上げて判断するのは妥当でなく、給与制度改正の全体の中で検討すべき筋合である。

4 本件退職規程変更によりY社職員が退職時に受領する退職手当の支給倍率は低減されたとはいえ、これと一体となった給与規程改正により給与自体が従前の昇給相当分を大幅に越えて増額されたため、退職時の給与に所定の支給割合を乗じて算出される退職手当は見かけほど低下したことにはなっておらず、その一方で、賞与を含む給与の増額改善、さらには退職手当として後払いされるべき部分を給与として事前に受け取っているものと評価することができる金利相当分の利益をも合わせ考慮するならば、金額的に確定することはできないものの、本件給与制度改正によりY社職員が被る実質的な不利益は、Y社と同一歩調をとってきた財団法人航空振興財団の俸給表ないし公務員のベースアップ率を基準とする限り、僅かなものであると認めることができる。

5 改正前の給与制度には不合理な点があり、給与、退職手当を含めて勤労意欲を向上せしめるようなバランスのよい給与制度とする必要性があったこと、退職手当の算定方式については、その支給割合が極めて高水準で、しかも、支給限度がなく、公務員の退職手当より相当有利なものであったため、算定方式を従来のままにして、社会的な趨勢ともなっている定年を延長し、かつ給与も増額するとするなら、旧退職規程の不当性はさらに拡大することになるのであって、本件退職規程変更が給与改善及び定年延長の前提として必要不可欠であったことに鑑みると、本件給与制度改正の必要性が認められ、かつ、その改正された給与制度の内容自体、公務員に極力準じたものになっており、相応の社会的妥当性が存すると認められる

上記判例のポイント5は参考になりますね。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。

賃金25(松下電器産業(年金減額)事件)

こんにちは。

さて、今日は、退職年金の減額に関する裁判例を見てみましょう。

松下電器産業(年金減額)事件(大阪高裁平成18年11月28日労判930号13頁)

【事案の概要】

Y社は、1966年4月、私的な福祉年金制度を創設した。

本件年金制度は、基本年金と終身年金とを支給する。

Y社は預かり原資を他の社内資金と区別した管理・運用はせず、利息相当分と終身年金はY社自身の事業資金から支給される。

本件年金制度の根拠である年金規程には、「将来、経済情勢もしくは社会保障制度に大幅な変動があった場合、あるいは法制面での規制措置により必要が生じた場合は、この規程の全般的な改定または廃止を行う」との定めがある。

Xは、退職時に本件年金の受給をY社に申し込み、本件年金規程の定めに従い、年金額、支給期間(20年間)、預かり原資、給付利率(8.5%~9.5%)、支給日等を定めた年金契約を締結した。

Y社は2002年4月、本件年金制度を現役従業員について廃止し、市場金利変動型の「キャッシュバランスプラン」を導入した。

本件改定を不服とするXらは、その違法・無効を主張し、本件改訂前の年金額と新年金額との差額分の支払等を求めて訴えを提起した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 年金規程の加入者との間の福祉年金契約の内容となるという機能との関係では、具体的な権利義務がすでに発生しているから、その不利益変更は、本来信義則に反することであり、加入者の利益を代表する組織があるわけでもない。そうであれば、年金規程を改定して加入者の権利を変更する要件としての「経済情勢・・・の変動」は、改定の必要性を実質的に基礎付ける程度に達している必要があり、改定の程度についても、変更の必要性に見合った最低限度のものであること(相当性)が求められるというべきである

2 年金規程23条1項の「経済情勢」には費用負担者であるY社の状況を含むと解すべきところ、1996年4月の本件協定締結以降の諸事情によれば、本件改定当時、Y社の業績は本件改定当時の予測を著しく下回って悪化しており、本件年金制度の従前通りの維持は困難と推認されること、2002年4月1日以後の退職者に対する本件年金制度の廃止によって、世代を異にする従業員間の公平の維持という本件年金制度の前提が失われたこと、本件年金制度を含む高いコストを製品価格に転嫁しているとの批判があったことに照らすと、Y社の総資産がなお大きいことなどを考慮しても、おおむね平成8年以降の経済状況からみて、本件改定当時、規程23条1項にいう「経済情勢に大幅な変動があった場合」との要件に該当すると解することができ、本件年金制度の給付利率を一律2%引き下げる必要性があったとも認められる

3 本件改定後の給付利率は、原資である退職金を他の方法で運用するよりもかなり有利な水準であること、年金額の減額幅の大きさを考慮してもXらの生活が本件改定によってきわめて深刻な影響を受けるとまではいい難いこと、Y社が周知や経過措置の追加を行ったことにより、加入者総数に対する本件改定についての賛成者の割合は最終的には約95%になったことを総合的に考慮すれば、本件改定は、Xらの退職後の生活の安定を図るという本件年金制度の目的を害する程度のものとまではいえず、Y社は、本件改定の実施に先立ち、不利益を受けることになる加入者に対し、予め、給付利率の引下げの趣旨やその内容等を説明し、意見を聴取する等して相当な手続を経ているから、本件改定については、相当性もあったと認められる

本件裁判例は、年金制度の不利益変更について、必要性と内容の相当性を考慮して、変更の合理性を判断しています。

変更の必要性の判断で、裁判例が考慮するのは、企業の経営状況、企業年金の財政負担と将来見通し、企業の経営改善策、経営改善策に伴う従業員・取引先・株主の負担、退職金・企業年金制度の見通し状況等です。

このほか、本裁判例では、現役従業員との不公平にも着目しています。

変更内容の相当性については、制度目的や受給者の期待度との関係で減額の程度、受給者の生活への影響の程度、改定後の給付利率の水準、受給者の大多数の同意などを考慮しています。

不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。