Category Archives: 賃金

賃金54(リーマン・ブラザーズ証券事件)

おはようございます。

さて、今日は、解雇された社員からの株式褒賞相当額の金員等請求に関する裁判例を見てみましょう。

リーマン・ブラザーズ証券事件(東京地裁平成24年4月10日・労判1055号8頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、Y社を解雇された後、雇用契約に基づき、Y社に対し、2007年度の株式褒賞相当額の1億9593万9834円および2008年度の賞与1億8322万7200円の合計3億7916万7034円のうち、1億円(内訳は2007年度株式褒賞相当額が5200万円、2008年度賞与が4800万円)および遅延損害金の支払いを請求した事案である。

株式褒賞とは、Y社を含むリーマン・ブラザーズ・グループの構成員に対し、5年後にLBHIの普通株式を取得できる権利を付与するもので、「株式褒賞プログラム」には、その制度趣旨として、このような権利を付与することで各構成員に会社の所有者のように考え行動するインセンティブを与えることとされ、2007年度株式褒賞は報酬の一部として与えられると記載され、5年間は売却等ができないこととされていた。

本件の主な争点は、(1)本件株式褒賞は労基法上の賃金に該当するか、(2)Y社は、Xに対し、2007年度の本件株式褒賞相当額について現金をもって支払う義務があるか、(3)Xは、2008年度現金賞与に関する具体的請求権を有するか、(4)2008年度賞与について支給日在籍要件規定の適用があるか、である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、4800万円およびこれに対する平成21年2月1日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え

【判例のポイント】

1 労基法上の「賃金」とは、名称のいかんを問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいい、いわゆる任意的・恩恵的給付、福利厚生給付及び企業設備・業務費はこれから除外されると解される。
・・・本件株式褒賞において付与される株式の算定基準が株式褒賞プログラムに定められ、同プログラムの中には本件株式褒賞が2007年度の報酬の一部として与えられる旨の記載があることや、本件雇用契約(第1レター及び第2レター)において、本件株式褒賞が賞与の一部に含まれるものとして明確に定められていること、本件給与明細において現金賞与と株式褒賞の数額が区別されてXに通知されていることに照らすと、本件株式褒賞は、Y社が主張するような任意的・恩恵的給付ではなく、本件雇用契約の一内容として、賃金としての実質を有するものであると認めるのが相当である。

2 賃金全額払の原則に関する最高裁判例として、同原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものというべきであるが、使用者が労働者の同意を得て相殺により賃金を控除することは、当該同意が労働者の自由意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が存在するときには、同原則に反するものではなく、有効であるとしたもの(最高裁平成2年11月26日判決)が存するところ、賃金通貨払の原則に関しても、基本的に同様の趣旨が妥当するというべきである。

3 そもそも、賞与は、支給対象期間における労働者の対償として、賃金としての性質を有しつつも、同時に、功労報奨的な性質や将来の勤務への期待、奨励という側面をも併せ持つもので、会社の業績や各従業員との勤務実績とを考慮して決せられるものである。このように、賞与が、月例の給与債権とはその性質を異にすることからすれば、賞与については、通常の月例賃金とは異なる取扱いを行うことが正当化されるところ、支給日在籍要件は、その受給資格者を明確な基準で定める必要性に基づくものである。また、労働者が任意に退職する場合は、その退職時期を自己の意思により選択することができるし、定年退職の場合などにも給与規程等でその支給時期を予測できることからすれば、このような規定により労働者に予測の損害を与えるともいえない。このような点からすれば、支給日在籍要件それ自体は、合理性があるもので、原則的には有効ということができる
しかしながら、本件のようないわゆる整理解雇は、労働者自身に帰責事由がないにもかかわらず使用者側の事情により解雇されるものである上、定年退職等のケースと異なりその退職時期を予測できるものでもない以上、このような場合にまで一律に支給日在籍要件の適用を及ぼすことには、合理的な理由を見出すことができない。しかも、Xの本件各請求権は、使用者側の査定によって具体化される一般的な賞与請求権とは異なり、当初から、第1レター及び第2レターにより本件雇用契約の内容として固定化、具体化されているものであって、この点からも、支給日に在籍しないというだけでその具体的権利を喪失させるのは、Xに酷な面がある。したがって、支給日在籍要件は、本件のような整理解雇事案に関してはその適用が排除されるべきであって、その限度で、民法90条により無効となると解するのが相当である。

いくつかの論点が含まれていますが、上記判例のポイント3は知っておくといいと思います。

ただ、ややマニアックな論点ですので、事前に顧問弁護士に相談すれば足ります。

賃金53(京都市・京都市教委(酒気帯び運転)事件)

おはようございます。

さて、今日は、懲戒免職でなされた退職金不支給処分に関する裁判例を見てみましょう。

京都市・京都市教委(酒気帯び運転)事件(東京地裁平成24年2月23日判決・労判1054号66頁)

【事案の概要】

本件は、京都市教育委員会が、京都市立中学校教頭であったXに対し、Xが酒気帯び運転をしたこと等を理由として、懲戒免職処分及び一般の退職手当の全部を支給しないことを内容とする退職手当支給制限処分を行った。

Xは、懲戒免職処分はやむを得ないとしながらも、本件処分については、裁量権の濫用である等と主張し、本件処分の取消しを求めた。

【裁判所の判断】

退職手当不支給処分を取り消す

【判例のポイント】

1  退職手当の法的性格は、一義的に明確とはいえず、退職手当制度の仕組み及び内容によってその性格付けに差異が生じ得るが、一般的に、沿革としての勤続報償としての性格に加えて、労働の対償であるとの労働者及び使用者の認識に裏付けられた賃金の後払いとしての性格や、現実の機能としての退職後の生活保障としての性格が結合した複合的な性格を有していると考えられる。そして、本件における退職手当も、算定基礎賃金に勤続年数別の支給率を乗じて算定されていること、支給率がおおむね勤続年数に応じて逓増していること、自己都合退職の場合の支給率を減額していることなどに照らすと、これらの3つの性格が結合したものと解するのが相当である。

2 本件条例13条は、退職手当管理機関が退職手当等の全部又は一部を支給しない処分をするに当たっては、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者の勤務の状況、当該退職をした者が行った非違の内容及び程度、当該非違に至った経緯、当該非違後における当該退職をした者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響を勘案すべきであると定めており、このような広範な事情について総合的な検討を要する以上、退職手当支給制限処分をするか否か、するとしていかなる程度の制限をすべきかは、平素から内部事情に通じ職員の指揮監督に当たる退職手当管理機関の裁量に委ねられていると解すべきである。
そのため、退職手当管理機関が上記裁量権を行使して行った退職手当支給制限処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。
したがって、裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って当該処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、退職手当管理機関の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁昭和52年12月20日参照)。

3 そもそも懲戒免職処分は、非違行為をした者に職員としての身分を引き続き保有させるのが相当かという観点から判断されるのに対し、退職手当は、通常であれば退職時に支払われる一時金を支払うのが相当かという観点から判断されるものであって、懲戒免職処分と退職手当の不支給は論理必然的に結びつくものではない(この観点からすると、両者を結び付けていた平成20年法律第95号による改正前の退職手当法の規定は相当性を欠いていたということができる。)。そして、退職手当が同時に賃金の後払いとしての性格を有することに照らすと、懲戒免職処分を受けて退職したからといって直ちにその全額の支給制限まで当然に正当化されるものではないことは明らかであり、その全額の支給制限が認められるのは、当該処分の原因となった非違行為が、退職者の永年の勤続の功をすべて抹消してしまうほどの重大な背信行為である場合に限られると解するのが相当である

4 Xの飲酒量が多く、本件非違行為が極めて危険かつ悪質であること、夫婦関係の不和という動機に酌量の余地は皆無であること、Xは中学校教諭でかつ管理職の立場にあって、本件非違行為が職務に与える悪影響は大きいことから、退職手当が相応に減額されることはやむを得ないが、他方、Xは27年間教員として勤務して学校教育に多大な貢献をし、本件によって懲戒免職処分を受けるまで処分歴はないこと、本件非違行為は酒酔い運転ではなく酒気帯び運転にとどまり、職務行為とは直接には関係のない私生活上のものであること、本件事故の結果も幸い物損にとどまっているうえ、被害者と示談をして被害弁償を行っていること、これらの事情に照らすと、本件非違行為がXの永年の勤続の功績をすべて抹消するほどの重大な背信行為であるとまでは到底いえず、本件退職手当全部支給制限処分は社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められるので、違法であり、取り消されるべきである

退職金の不支給もしくは減額については、いつも相当性の判断が悩ましいです。

事前に必ず顧問弁護士に相談の上、対応することをお勧めいたします。

賃金52(株式会社乙山事件)

おはようございます。

さて、今日は、タクシー会社を退職した社員からの割増賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

株式会社乙山事件(東京地裁平成24年3月23日・労判1054号47頁)

【事案の概要】

Y社は、タクシー事業等を営む会社である。

Xは、Y社の従業員であった者である。

Xは、Y社を退職後、未払割増賃金を請求した。

【裁判所の判断】

約1200万円の未払割増賃金請求に対して、約105万円の支払いを命じた

付加金として50万円の支払いを命じた

【判例のポイント】

1 労基法上の労働時間とは、労働者に実際に労働させる実労働時間、すなわち「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいうものと解されるところ、その判断は、(1)当該業務の提供行為の有無、(2)労働契約上の義務付けの有無、(3)義務付けに伴う場所的・時間的拘束性(労務の提供が一定の場所で行うことを余儀なくされ、かつ時間を自由に利用できない状態)の有無・程度を総合考慮した上、社会通念に照らし、客観的にみて、当該労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かという観点から行われるべきものである。

2 Xの勤務パターンは明確にされていなかったが、Xは毎日午前5時頃出社して帰庫管理等に着手しており、Y社もこれを黙認せざるを得ない状況にあったことから、始業時は午前5時であるといわざるを得ない。

3 Xは、事業場に毎日午後5時くらいまで居残っていたものの、Y社において内勤制度が発足し確立していた本件請求期間内においてはXが居残る必要性は消滅しており、加えてY社の代表者はXに会う度毎に「早く帰ったらどうか」と退社を促していたことからすれば、Xが午後5時頃までY社の指揮命令下に置かれていたものとはいいがたく、この時間をXの実労働時間の終了時とすることはできない

4 Y社の運行管理業務はそもそも繁忙状態を生じさせるようなものではなく、残業手当(1ヶ月5万円)に相当する1か月約15時間に相当する残業時間があれば十分にこなしうる程度のものであったと認められ、1日8時間を超えて労務の提供を余儀なくされるような業務が存在していたのかは大いに疑問であるといわざるを得ない
以上の点に加え、Xは、元々明確な所定労働時間に縛られた勤務体制下で業務に従事していたわけではなく、内勤に転じた後も、運行管理業務だけではなく、Y社に乗務員を紹介するという重要な役割を担っていたことなどを併せ考慮すると、上記要素(1)ないし(3)のいずれの観点からみても、Xの行っている上記運行管理業務が上記午後1時すなわち「8時間」を超えてY社の指揮命令下に置かれていたとはいい難く、したがって、Xの上記運行管理業務による実労働時間が上記「8時間」を超えていたものと評価することはできない。

5 Y社では、週休2日制を採用していたものであるが、Xの休日は週休1日が実態であって、法定外休日の土曜日も平日と同様に出社してY社の指揮命令下において運行管理業務を行っていたと認められる。

6 法定休日である日曜日も業務に従事していたとするXの主張につき、班長制度によりXの業務量等は減少していたもので、早めの退社を促していたY社代表者は、法定休日にXに労働させる意思を有していなかったものとみるのが自然であるから、休日割増賃金にかかる請求は認められない

7 Y社は、使用者としてXについてもタイムカードないしは出勤簿等により出退勤管理を行うべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ってきた経緯が認められ、かかるY社の対応は労基法37条等の趣旨・目的に照らすと軽々に許されるものではない。そうだとすると当裁判所としては、Y社に対して時間外労働等に関する労基法の諸規定の遵守を励行させるべく、制裁金たる付加金の支払を命ずるよりほかない。
もっとも、その一方で、・・・Y社が本件給与の一部である残業手当のほかに、Xに対して割増賃金を支払う必要がないものと誤信したことには、それなりにやむを得ない事情が介在していたものということができる。
以上のとおりであるから、これらの事情を併せ考慮するならば、本件訴訟において認容すべき付加金の額は50万円が相当である。

非常に参考になる裁判例です。

上記判例のポイント1のとおり、労基法上の労働時間の判断のしかたは、是非、おさえておきたいところです。

その上で、この裁判例は、残業の必要性を否定しました。

労働時間を、実質的に判断している点を、使用者側のみなさんは是非、参考にしてください。

請求金額と認容金額を比較すると、ほぼ使用者側の勝利なんでしょうね。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金51(X社事件)

おはようございます。

さて、今日は、強制わいせつ致傷罪で有罪判決を受けた元社員に対する退職金支払いに関する裁判例を見てみましょう。

X社事件(東京地裁平成24年3月30日・労経速2145号7頁)

【事案の概要】

Y社は、地域電気通信業務およびこれに附帯する業務等を行う会社である。

Xは、Y社の正社員であった。

Xは、女子高校生に対して強制わいせつ致傷罪に該当する行為を行い、逮捕され、懲役3年保護観察付き執行猶予5年の有罪判決を受けた。

本件非違行為については、逮捕時に、少なくとも4紙で報じられ、テレビニュースとして放送もされ、これらの中には「Y社社員」として報じたものもあった。

Y社は、逮捕翌日、報道機関に対し、遺憾の意を表明するとともに、お詫びのコメントを出した。

Xは、逮捕後、退職届を提出して受理され、合意退職したが、Y社就業規則には、退職手当について、支給前に在職中の非違行為が発覚し、退職日までに懲戒処分が確定されない場合であって、かつ、懲戒解雇又は諭旨解雇にあたると思料される場合は、退職後も審査し、懲戒解雇相当の場合は不支給(諭旨解雇相当の場合は8割支給)とする旨の定めがあり、Y社は、懲戒解雇相当として、退職手当不支給とした。

これに対し、Xは、Y社に対し、退職手当1375万1750円等の支払いを求めた。

【裁判所の判断】

Y社に対して600万円強の退職金の支払いを命じた

【判例のポイント】

1 Y社における退職手当は賃金後払いとしての性格を有している一方で、本件退職金規定122条において退職金が不支給あるいは減額となる、あるいは、支給が制限される旨定めており、功労報償としての性質も併有する。そして、Y社における退職手当が両者の性格を併有することからすると、本件不支給規定によって、退職金を不支給ないし制限することができるのは、労働者のそれまでの勤続の功労を抹消ないし減殺してしまうほどの信義に反する行為があったことを要するものと解される

2 ・・・本件非違行為の報道において、Xの肩書きは概ね「会社員」ないし「元会社員」として報道されており、Y社の社員ないし元社員であることを明示する報道においても、当該事実はXの社会的地位ないし身上を示す意味で報道されたに過ぎず、Y社が報道機関から求められてコメントをするなどの報道対応を余儀なくされたことが認められるものの、あくまでも私生活上の非行としての報道であって、それ以上にY社社員であったXが本件非違行為を行ったことによって、Y社自身が社会的な非難の対象となったものとは認めがたく、前記のような報道がなされたこと自体をよって、Y社の業務に具体的な支障が生じたり、Y社の株価が下落するなど、Y社の社会的な評価ないし信用が具体的に低下ないし毀損されたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、本件非違行為によってY社に生じた業務上の支障、社会的評価・信用の低下も、間接的なものにとどまり、その程度も前記認定の程度にとどまる

3 本件非違行為は、法定刑が無期又は3年以上の懲役となる強制わいせつ致傷罪(刑法181条1項)に該当し、XがY社の社員ないし元社員である旨の報道もなされたことを踏まえると、本件非違行為は、社員就業規則76条第1号(法令又は会社の業務上の規定に違反したとき)、同条第11号(社員としての品位を傷つけ、又は信用を失うような非行があったとき)に該当し、その重大性等にかんがみれば、懲戒解雇も選択肢として検討されうる事案であることは否定しがたいものの、Y社が現に合意退職に応じていることからすると、それが不可避の事案であるとはいえず、諭旨解雇とするなどそれ以外の選択の余地がない事案であったものとはいえない。また、本件非違行為が私生活上の非行であること、本件非違行為によって直接被害を被った被害者との間の法律的あるいは道義的な問題が示談によって解決していること、本件非違行為によって生じた業務上の支障、社会的評価・信用の低下も、間接的なものにとどまり、その程度も前記認定の程度にとどまっていることなど諸般の事情にかんがみれば、本件非違行為がそれまでの勤続の功労を抹消するものとは言い難く、著しく減殺するにとどまるものであって、減殺の程度は5割5分を上回るものとは認められない

4 本件不支給には一部理由がなく、本件非違行為の内容及び事案の明白性等諸般の事情にかんがみれば、遅くとも本件不支給決定時には、退職金の支給は可能であったものと認められ、本件不支給決定の翌日から履行遅滞に陥るものと認めるのが相当である。

私生活上の非行を理由に退職金を支給しなかったり、減額する際の考え方として、参考になります。

強制わいせつ致傷罪ですから、犯罪としては、相当重いものですが、それでも、諸般の事情を考慮して、退職金減額は55%が相当とされています。

55%という結論を導くにあたり、裁判所が考慮した点については、上記判例のポイント3のとおりです。

判断が悩ましいところですが、顧問弁護士に相談の上、慎重に対応しましょう。

賃金50(日本機電事件)

おはようございます。

さて、今日は、退職した営業社員からの退職慰労金および割増賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

日本機電事件(大阪地裁平成24年3月9日・労判1051号70頁)

【事案の概要】

Y社は、建設現場仮設資材の製造、販売、リースを主たる業務としている会社である。

Xは平成7年にY社に入社し、Y社グラフィック事業部に配属され、その後は、Y社を退職する20年までの間、営業に従事してきた。

Xは、退職後、Y社に対して、退職慰労金、時間外労働割増賃金および付加金の請求をした。

【裁判所の判断】

退職慰労金規定の廃止は無効

退職慰労金の支払いを命じた

未払残業代約680万円の支払いを命じた

【判例のポイント】

1 本件退職慰労金規定4条には、「支給しない場合もある」旨規定されているところ、本件退職慰労金が、賃金の後払い的性質を有していることにかんがみると、当該従業員に懲戒解雇事由若しくはそれと同等の背信行為が存在したというような特段の事情が認められない限り、Y社が恣意的な理由に基づいて退職慰労金を支給しないということは許されないと解するのが相当である。他方、当該従業員としても、懲戒解雇事由若しくはそれと同等の背信行為をしたにもかかわらず、退職慰労金を請求することは信義則に反することになると解するのが相当である。

2 ・・・確かに、XがY社の競業他社に就職していることは、上記就業規則に反するものではある。しかし、(1)同条項は、1年間という制限はあるものの、一般的抽象的にY社の競業・競合会社(同概念も抽象的一般的であると評価できる。)への入社を禁止しており、Y社を退職した従業員に対して過大な制約を強いるものであるといわざるを得ないこと、(2)Y社においては、同制約に見合う代替措置(退職慰労金の支払等)が設けられていたとは認められないこと(ただし、Y社は、退職年金制度を廃止するに当たって、解約返戻金を支払っているが、同支払をもって、1年間の制約を正当化できるとは言い難い。)、(3)Y社がXの同競業行為によって個別具体的にいかなる損害(損害額等)を被ったか明確であるとはいえないこと、(4)取引先との信頼関係等種々の理由があったとはいえ(Y社代表者)、結果的に、Y社は、Xの同競業行為について、これを禁止する法的な手段(仮処分申立手続)を執らなかったこと、以上の点が認められ、これらの点からすると、Xの上記行為は、形式的には競業行為に該当し、就業規則49条に反するものとはいうものの、同行為をもって、退職慰労金を不支給とするに相応しい背信行為に該当するのは相当とはいえない

3 本件においては、タイムカード等Xの労働時間を直接証する資料が作成されておらず、Xの正確な退勤時刻を認定することは困難であるが、上記したXの業務内容、XのY社における売上実績、上記した時間外労働に関するY社の指導内容等にかんがみれば、Xは、少なくとも、営業活動後の残務整理等のために、午後8時までは業務に従事していたと推認するのが相当である

4 Y社は、Xを労基法上の管理監督者に該当するとして、他の従業員に比して高額な賃金(役職手当20万円を含む60万円)を支給していたこと、Y社は、Xに対し、幹部会議への出席などを要請し、Xは、同会議に出席するなど、形式的には幹部社員として待遇されていたこと、労基法上の管理監督者に該当するか否かは種々の事情を考慮した法的判断を要求されるものであること等諸般の事情を総合的に勘案すると、本件に関しては、Y社がXに対して時間外割増賃金を支払わなかったことをもって、付加金の支払義務を負わせることは相当とはいえない

いろいろと考えさせられる裁判例です。

やはり、どの裁判例を見ても、残業代の不支給を管理監督者該当性を根拠とするのは、もはや無理があると言わざるを得ません。

裁判所の基準では、まず管理監督者には該当しないということを、そろそろ会社は自覚すべきです。

本件では、付加金こそ課せられてはいませんが、管理監督者に該当するとして、月額60万円もの高額な賃金を支給していたため、算出される未払残業代がえらいことになってしまいます。

もう1つ。

退職金の不支給については、多くの裁判例が出ていますが、今回も金額こそ多額ではありませんが、競業行為を理由とする退職金の不支給は認められませんでした。

退職後の競業避止義務については、職業選択の自由との関係からも制限的に解釈されますので、ご注意ください。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金49(日本郵便輸送(給与規程変更)事件)

おはようございます。

さて、今日は、無事故・運行手当の割増賃金算定基礎にかかる規定の効力に関する裁判例を見てみましょう。

日本郵便輸送(給与規程変更)事件(大阪高裁平成24年4月12日・労判1050号5頁)

【事案の概要】

Xらは、大阪郵便輸送株式会社との間で労働契約を締結し、郵便輸送業務に従事していた者である。

大阪郵便は、平成21年1月、日本郵便逓送株式会社に吸収合併された。

日本郵便逓送は、同年2月、Y社に吸収合併され、Xらは、現在、Y社との間で労働契約を締結し、引き続き郵便輸送業務に従事している。

日本郵便逓送は、本件第1合併の際、同社の給与規程を基本として作成した給与規程(本件給与規程1)において、無事故手当および運行手当を基準外給与とした。

第2合併の際には、給与規程は変更されず、Y社は本件給与規程1を承継した。

Y社は、平成21年4月、Xらの同意を得ないまま給与規程67条を新設し、日本郵便逓送の従来運用を給与規程上明確化するためとして、新たな給与規程(本件給与規程2)を示した。

【裁判所の判断】

無事故手当および運行手当は、割増賃金の算定基礎とすべきである

付加金は課さないのが相当である

【判例のポイント】

1 本件給与規程変更2は、本件給与規程変更1の際に、予め予定されていたものではなく、本件給与規程1の文言上も規定されていなかった日本郵便逓送の従来運用について、本件組合から抗議され、また、労働基準監督署からも問題点を指摘されたことから、急遽検討され実施されたものである。しかも、日本郵便逓送の従来運用については、本件給与規程1からこれを読み込むことは不可能である上、本件組合やXら従業員に対して説明されないまま、したがって、協議も経ないまま、同規定の下でもその運用がなされ、その運用に合わせる形で本件給与規程変更2がなされたものである。
Y者や日本郵便逓送にとっては、本件給与規程2の内容は自明のことであったとしても、本件給与規程1から日本郵便逓送の従来運用の内容を読み込むこともできず、また、その説明も受けていない本件組合やXら従業員にとっては、本件給与規程変更2を、本件給与規程変更1の段階で予測することは不可能であるから、Y社が各変更の一体性を主張することは、労働者にとって著しく不利益であり、また信義にも反するというべきである。

2 本件給与規程1では、無事故手当及び運行手当を割増賃金算定の基礎から除外している。
しかし、上記両手当は、通勤手当や住居手当等とは異なり、労働の内容や量とは無関係な労働者の個人的事情により、支給の有無や額が決まるというものではなく、労働基準法37条5項、同法施行規則21条にいう除外賃金に該当しないことは明らかである。したがって、上記割増賃金算定の基礎に係る規程は無効であり(労働基準法92条1項)、上記両手当も割増賃金の算定基礎とされるべきことになる

3 労働契約の内容である労働条件を変更するには、労働者と使用者との合意によることが原則であり(労働契約法8条)、就業規則の変更によっても労働者に不利益に労働条件を変更することは、原則としてできない(同法9条)が、労働条件の統一的・画一的処理の必要性も考慮する必要があることから、同法10条は、「使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。」と規定している。
・・・しかし、本件給与規程1の割増賃金の算定基礎に関する定めのうち、無事故手当及び運行手当の全額を割増賃金の算定基礎としない定めは無効であり、この無効な定めとは異なる日本郵便逓送の従来運用をY社においても採用していたとしても、労働基準法37条5項、同法施行規則21条によれば、正しくは上記両手当の全額を割増賃金の算定基礎とすべきものであったといえるから、同運用に合わせる形で労働条件を統一するについては、本件給与規程変更2により労働者の受ける不利益が小さいとはいえないこと及び元々日本郵便逓送の従来運用については、同社と日本郵政公社労働組合間の合意もなされていたことを考慮すると、変更後の本件給与規程2の内容の労働者への周知や本件組合への説明、協議をある程度時間をかけて丁寧に行う必要があったというべきである
ところが、日本郵便逓送及びY社は、・・・従業員や本件組合に対する周知・説明及び協議を、時間をかけて丁寧に行ったと評価することはできない。むしろ、日本郵便逓送の従来運用を絶対視し、本件給与規程1の是正を急ぐあまり、従業員や本件組合に対する対応を蔑ろにしたと評価されてもやむをえないものである。
・・・以上によれば、本件給与規程変更2は無効であると認められる。

上記判例のポイント2は基本的なことですが、見落としがちです。

基礎賃金該当性については是非、顧問弁護士に相談しておきましょう。

賃金48(スリー・エイト警備事件)

おはようございます。

さて、今日は、解雇された従業員からの未払残業代等請求に関する裁判例を見てみましょう。

スリー・エイト警備事件(大阪地裁平成24年1月27日・労判1050号92頁)

【事案の概要】

Y社は、警備業務等を主たる業務とする会社である。

Xは、平成19年4月から平成21年2月まで、Y社の営業部門で勤務した。

XとY社との間では、雇用契約書は作成されず、労働条件通知書等の書面も作成されなかった。

Y社では、出退勤時刻をタイムカードで管理していた。

本件は、Y社に解雇されたと主張するXが、残業代および解雇予告手当が未払いであるとして、Y社に対し、それらの支払いおよび付加金の支払いを求めた事案である。

Y社は、Xとの間の雇用契約は名目上のものであり、時間外労働の事実も解雇の事実もないなどと主張し争った。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 XとY社との間で、所定労働時間や休憩時間の合意がなくとも、Xは通常、朝礼に間に合うように出社し、9時頃から外回りに出ており、かつ外回りから帰社する時刻は、帰社後に管制業務に従事する場合は午後3時頃、それ以外の場合は午後5時ないし5時30分であり、また適宜休憩を取っていたことから、XはY社の指揮命令の下、営業等の業務に従事し、その対価として賃金の支払いを受けていたと認められ、XとY社との間には雇用契約が成立していたことは明らかである

2 Xが、Y社の従業員として営業等の業務に従事していたことは認められるものの、その労働時間を客観的に裏付ける証拠は存在しない(Xの週間予定表は提出されているが、これにも時刻の記載はなく、実際にどの程度の営業活動がなされていたのかは判然としない。)。かえって、XとY社との間では、所定労働時間に関する合意も、休憩時間に関する合意もなく、Xは外回りに出た際には、適宜休憩を取っていたというのであるから、Xが法定労働時間を超えて労務を提供したか否かは、結局のところ不明であるといわざるを得ない
この点、Aは、同人が午後7時以降まで残業をした際は、Xは必ず在社していたと証言するが、仮にXがY社の事務所に在社していたとしても、そのことから直ちに、実際に労務を提供していたと認められるものではない。Y社は、XがY社の事務所にいる際、仕事をせずに携帯ゲームで遊ぶなどしていたと主張し、Bは、Xが携帯ゲームをしているのを何度か見た旨、これに沿う証言をしている。Bは、Y社申請に係る証人ではあるが、すでにY社を退職しており、また、Xに有利な証言もしていることに照らすと、その証言には一定の信用性が認められるから、Xが、Y社の事務所に在社していた際、実際にどの程度労務を提供していたのかは、必ずしも明らかでないといわざるを得ない。

3 ・・・仮にXのタイムカードが残存していたとしても、タイムカードは、あくまでXの出退勤時刻を示すものにすぎないところ、本件では、前記のとおり、Xの営業のために外出し、適宜休憩を取っていたこと、事務所に在社している時間のうち、実際に労務を提供した時間がどの程度であったのかが不明であることからすると、タイムカードの記載から直ちにXの労働時間を認定することはできない。
以上によれば、XのY社に対する未払残業代請求については、Xによる時間外労働の事実が立証されていないといわざるを得ないから、認めることができない

判例のポイント3のように判断してもらえて、会社側としてはラッキーでした。

毎度毎度、どの裁判官も、タイムカードについてこのように判断してくれるとは限りません。

ですから、あまり先例として鵜呑みにしないほうがよろしいかと思います。

会社側とすれば、タイムカードの記載からそのまま労働時間を認定されないようにしなければなりません。

そのための準備をする必要があるわけですね。 詳しくは顧問弁護士に聞いてみて下さい。

賃金47(NEXX事件)

おはようございます。

さて、今日は、賃金減額、欠勤控除、普通解雇に関する裁判例を見てみましょう。

NEXX事件(東京地裁平成24年2月27日・労判1048号72頁)

【事案の概要】

Y社は、電子機器、システム開発及び販売等を業とする会社である。

Xは、当初、Y社のアルバイトとして稼動していたが、平成17年1月以降は正社員として、給与は月60万3500円とする契約を締結した。

Y社は、当初、Xに対し、月額60万円を基準として支給していたが、平成18年6月分の給与につき、これまでの額面から20%分(12万円)減額した48万円として、以後、同額を基準として給与を支払うようになった。

Xは、平成21年6月、Y社に対し、要求書により、従前の契約どおり月額60万円の給与の支払いを求めるまで、約3年間にわたって減額後の給与を受領し続けていた。

Y社は、業務命令の無視、反抗の継続、職務遂行能力の欠如等を理由に、平成21年7月、Xを普通解雇した。

【裁判所の判断】

賃金減額は無効
→減額分約324万円の支払を命じた

解雇は有効

【判例のポイント】

1 労働契約の内容である労働条件の変更については、労使間の合意によって行うことができるところ(労働契約法8条)、一般に、この場合の合意は、明示であると黙示であるとを問わないものとされている。しかし、労働契約において、賃金は最も基本的な要素であるから、賃金額引下げという契約要素の変更申入れに対し、労使間で黙示の合意が成立したということができるためには、使用者が提示した賃金額引下げの申入れに対して、ただ労働者が異議を述べなかったというだけでは十分ではなく、このような不利益変更を真意に基づき受け入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるというべきであり、この意味で、Y社側の一方的な意思表示により賃金を改訂することができるものとする本件改訂条項は、労働契約法8条に反し無効というべきである。

2 (1)本件給与減額については、その適用対象者が社長の妻である管理部長以外の正社員2名(X及びA)のみであり、反対の声を上げることが困難な状況にあったこと、(2)減額幅が20%減と非常に大幅なものであるにもかかわらず、激変緩和措置や代替的な労働条件の改善策は盛り込まれていないこと、(3)平成18年4月に実施した本件説明会において、Y社が、売上げ・粗利益ともに振るわない現状にあることから、業績変動時の給与支給水準を設けたい旨を抽象的に説明したことは認められるものの財務諸表等の客観的な資料を示すなどして、Xら適用対象者に対し、このような大幅減給に対する理解を求めるための具体的な説明を行ったわけではないことが認められる。以上によれば、たとえ、約3年間にわたって本件給与減額後の給与をY社から受領し続けていたとしても、Xが、本件給与減額による不利益変更を、その真意に基づき受け入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできない。よって、本件給与減額につき、Xとの間で黙示の合意が成立していたということはできない。

賃金減額における同意についてはよく問題となりますが、裁判所は同意の認定に非常に慎重です。

労働者の同意の取り方については、事前に顧問弁護士に相談することをおすすめいたします。

賃金46(中央タクシー(未払賃金)事件)

おはようございます。

さて、今日は、タクシー運転手の客待ち待機時間の労働時間性に関する裁判例を見てみましょう。

中央タクシー(未払賃金)事件(大分地裁平成23年11月30日・労判1043号54頁)

【事案の概要】

Y社は、大分市に本社を置く、タクシー会社である。

Xらは、Y社の従業員であり、タクシー乗務員として勤務していた。

Y社では、30分を超える客待ち待機時間を労働時間から除外していた。

Xらは、Y社に対し、除外された客待ち時間分も労基法上の労働時間に該当するとして、当該時間分の賃金を請求した。

【裁判所の判断】

客待ち待機時間も労基法上の労働時間に該当する

【判例のポイント】

1 労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間をいうというべきである。
Xらがタクシーに乗車して客待ち待機をしている時間は、これが30分を超えるものであっても、その時間は客待ち待機をしている時間であることに変わりはなく、Y社の具体的指揮命令があれば、直ちにXらはその命令に従わなければならず、また、Xらは労働の提供ができる状況にあったのであるから、30分を超える客待ち待機をしている時間が、Y社の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間であることは明らかといわざるを得ない

2 もちろん、Xらが被告の30分を超えるY社の指定場所以外での客待ち待機をしてはならないとの命令に従わないことを原因として、Xらが、適正な手続を経て懲戒処分を受けることがあるとしても、この命令に従わないことから、直ちに30分を超える客待ち待機時間が、労働基準法上の労働時間に該当しないということはできない。Xらが、30分を超えて客待ち待機をしたとしても、その時間は、争議行為中でもサボタージュでもなく、喫茶店等に入ってサボっている時間でもなく、労働提供が可能な状態である時間であるのであるから、Y社の明示又は黙示の指揮命令ないし指揮監督の下におかれている時間と認められる

3 ある時間が労働基準法上の労働時間に該当するか否かは当事者の約定にかかわらず客観的に判断すべきであるから、労働協約の規定があったとしても、Y社の指定する場所以外の場所での30分を超える客待ち待機時間が労働基準法上の労働時間に該当しなくなるわけではない

4 Y社は、ノーワーク・ノーペイの原則からしても、30分を超える客待ち待機時間は、労働時間に該当しないと主張するが、Y社の指定する場所以外の場所での30分を超える客待ち待機を、ノーワークということはできない。

タクシー運転手の客待ち待機時間も労基法上の労働時間か、と言われれば、やはり、裁判所の判断のようになるんでしょうね。

会社から具体的な指揮命令があれば、運転手としては、直ちに命令に従わないといけない状況にある以上、会社の指揮命令下にあるということになります。

・・・とはいえ、駅構内等の長蛇の列の中で待機しているときは、車の中で、好きな本を読んでいてもいいでしょうし、車から降りて、他の運転手と雑談することもありますよね。

そのため、会社としては、30分を超える待機時間を労働時間から除外したわけですね。

気持ちはよくわかります。 しかし、裁判になれば、このような結論になってしまうわけです。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金45(アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件)

おはようございます。

さて、今日は、競業避止条項による退職金不払いに関する裁判例を見てみましょう。

アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件(東京地裁平成24年1月13日・労判1041号82頁)

【事案の概要】

Y社は、外資系生命保険会社である。

Xは、Y社の日本支店において元執行役員として勤務していた。

Xは、Y社を退社後、競合他社へ転職したところ、本件競業避止条項により退職金を支給されなかった。

そこで、XはY社に対し、退職金の支払いを請求した。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、3037万余円を支払え

【判例のポイント】

1 一般に、労働者には職業選択の自由が保障され(憲法22条1項)ことから、使用者と労働者の間に、労働者の退職後の競業についてこれを避止すべき義務を定める合意があったとしても、使用者の正当な利益の保護を目的とすること、労働者の退職前の地位、競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、使用者による代替措置の有無等の諸事情を考慮し、その合意が合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものであると判断される場合には、公序良俗に反するものとして無効となると解される。
そして、上記競業避止義務を定める合意が無効であれば、同義務を前提とする本件不支給条項も無効となる。

2 Y社は、優秀な人材が競合他社へ流出することを防ぐため、本件競業避止条項を置いたものであり、その背景には、Y社のノウハウや顧客情報等の流出を避ける意図があるものと認められる。
ところで、Y社の主張によれば、ここでいうノウハウとは、不正競争防止法上の営業秘密に限らず、XがY社業務を遂行する過程において得た人脈、交渉術、業務上の視点、手続等であるとされているところ、これらは、Xがその能力と努力によって獲得したものであり、一般的に、労働者が転職する場合には、多かれ少なかれ転職先でも使用されるノウハウであって、かかる程度のノウハウの流出を禁止しようとすることは、正当な目的であるとはいえない。また、不正競争防止法上の営業秘密の存在については、Y社は特に具体的な主張をせず、これを認めるに足りる証拠もない
また、顧客情報の流出防止を、競合他社への転職自体を禁止することで達成しようとすることは、目的に対して、手段が過大であるというべきである
証人Bの証言によると、むしろ本件においては、競合他社への人材流出自体を防ぐことを目的とする趣旨も窺われるところではあるが、かかる目的であるとすれば単に労働者の転職制限を目的とするものであるから、当然正当ではない
結局、本件競業避止条項を定めた使用者の目的は、正当な利益の保護を図るものとはいえない。

3 ・・・以上から、Xの退職前の地位は相当高度ではあったが、Xの長期にわたる機密性を要するほどの情報に触れる立場であるとはいえず、また、本件競業避止条項を定めたY社の目的はそもそも正当な利益を保護するものとはいえず、競業が禁止される業務の範囲、期間、地域は広きに失するし、代償措置も十分ではないのであり、その他の事情を考慮しても、本件における競業避止義務を定める合意は合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものであると判断されるから、公序良俗に反するものとして無効であるというべきである
そして、上記競業避止義務を定める合意が無効である以上、同義務を前提とする本件不支給条項も無効であるというべきである。

Y社は、控訴していますが、おそらく控訴審でも結論は変わらないと思います。

顧客情報の流出防止を、競合他社への転職自体を禁止することで達成しようとすることは、目的に対して、手段が過大であるというべきである」という点は、会社側としては参考にすべきです。

職業選択の自由という憲法上の権利を制限することから、あまり過度な制限は、無効になってしまいます。

兎にも角にも事前に顧問弁護士に相談する仕組みを作っておくことがリスクヘッジにつながります。