Category Archives: 賃金

賃金100(サンテレホン事件)

おはようございます。

今日は、東京本社で勤務していた者の賃金不払等の事件につき、大阪地裁から東京地裁への移送が認められた事件について見てみましょう。

サンテレホン事件(大阪地裁平成27年3月25日・労経速2249号3頁)

【事案の概要】

本件は、XがY社に対し、Y社の事業所で働いていた間の時間外労働に対する未払賃金及び賃金不払等を内容とする債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として基本事件の提起に要した弁護士費用相当額の損害金の支払いを求める事案である。

Y社は、民事訴訟法16条1項又は17条により基本事件を東京地方裁判所に移送すべきである旨主張している。

【裁判所の判断】

東京地方裁判所へ移送する。

【判例のポイント】

1 基本事件においては、本件未払賃金の存否に関し、XにおけるY社の就労実態が主たる争点となることが予想されるところ、Xは、本件雇用契約の期間を通じ、東京本社において就労していたのであるから、Xの就労実態を知る者やXの就労実態に関する検証物で移動が困難なものは、Xが就労していた東京本社ないし東京地方裁判所の管轄区域内に所在すると考えられる一方、一件記録上、大阪地方裁判所の管轄区域内には、Y社を除き、Xの就労実態を知る者や上記のような検証物があることはうかがわれない

2 ・・・加えて、Y社の就業規則には、賃金の支払方法につき、「給与は全額を、原則、通貨にて直接本人に支払うが、本人が希望する場合には、本人が指定する銀行その他金融機関の本人名義預貯金口座へ振り込むことにより、支払うことができる」(給与規程4条1項)とあるほかに特段の定めはなく、相手方の賃金はその指定する銀行口座への振込みにより支払われていたこと、相手方は、大阪地方裁判所の管轄区域内に事務所を有する弁護士を代理人として選任し、基本事件の提起遂行を委任しているが、争点及び証拠の整理は電話会議システムを使用して行うことも可能であることをも併せ考慮すれば、Xの指摘する、Xが一給与所得者にすぎないことやY社の事業規模といった事情を考慮してもなお、基本事件を東京地方裁判所に移送する必要があると認められる。

実務上、管轄裁判所の問題はとても重要ですが、本件のような場合には、やはり東京地裁への移送が認めるのが相当です。

是非、参考にしてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金99(国際自動車事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、賃金規定の有効性と未払賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

国際自動車事件(東京地裁平成27年1月28日・労判1114号35頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されていたXらが、歩合級の計算に当たり残業手当等に相当する額を控除する旨を定めるY社の賃金規則上の規定は無効であり、Y社は、控除された残業手当等相当額の賃金支払義務を負うと主張して、Y社に対し、雇用契約に基づき、未払賃金及び遅延損害金の支払いを求めるとともに、付加金及び遅延損害金の支払いを求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社に対し、X1~X14の未払賃金合計約1500万円の支払いを命じる

付加金の支払は命じない

【判例のポイント】

1 被告賃金規則は、所定労働日と休日のそれぞれについて、揚高から一定の控除額を差し引いたものに歩合率を乗じ、これらを足しあわせたものを対象額Aとした上で、時間外等の労働に対し、これを基準として計算した額の割増金を支払うものとし、Y社は、Xらを含むそのタクシー乗務員に対し、かかる計算に則って算出された割増金を支給した。ところが、他方において、本件規定は、歩合給の計算に当たり、対象額Aから「割増金」及び「交通費」を差し引くものとし、上記支払うものと定められている割増金及び交通費に見合う額を控除するものとしている。

2 これらによれば、割増金と交通費の合計額が対象額Aを上回る場合を別として、揚高が同じである限り、時間外等の労働をしていた場合もしていなかった場合も乗務員に支払われる賃金は全く同じになるのであるから、本件規定は、法37条は、強行法規であると解され、これに反する合意は当然に無効となる上、同条の規定に違反した者には、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金という刑事罰が科せられる(同法119条1号)ことからすれば、本件規定のうち、歩合級の計算に当たり対象額Aから割増金に見合う額を控除している部分は、法37条の趣旨に反し、ひいては公序良俗に反するものとして、民法90条により無効であるというべきである
なお、本件規定が対象額Aから控除するものとしている「割増金」の中には、法定外休日労働に係る公出手当が含まれており、また、所定労働時間を超過するものの、法所定の労働時間の制限を超過しない、いわゆる法内残業に係る残業手当が含まれている可能性もあるが、本件規定は、これらを他と区別せず一律に控除の対象としているから、これらを含めた割増金に見合う額の控除を規定する「割増金」の控除部分全体が無効になるものと解するのが相当である。

3 本件は、Y社において長年にわたり採用され、多数派組合との労使協定においても維持され、その後も長く問題視されることのなかった賃金計算の仕組みについて、その有効性が争点となった事案であるということができる。また、本件規定は公序良俗に反するというべきものではあるが、本件規定が公序良俗に反する無効なものであることが一見して明白であるとまでいうことはできない。そうすると、Y社において、本件規定が有効であると主張してXらの請求を争うことにも相応の合理性があったというべきである。
したがって、Y社は、賃金の存否に係る事項について、合理的な理由により裁判所において争っているものと認めるのが相当であるから、Y社を退職したXらとの関係においても、賃確法6条1項は適用されず、未払賃金に対する遅延損害金の利率は、商事法定利率である年6分になるというべきである。

非常に重要な判断が複数含まれている裁判例です。

タクシー業界に与える影響は少なくないと思います。

是非、全文読まれることをおすすめします。

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賃金98(甲商事事件)

おはようございます。

今日は、年休・夏季休日の取得妨害、法内時間外労働の賃金未払を理由とする損害賠償請求に関する裁判例を見てみましょう。

甲商事事件(東京地裁平成27年2月28日・労経速2245号3頁)

【事案の概要】

本件は、XらがY社に対し、不当に年次有給休暇や夏季休日の取得を妨害されたとして債務不履行に基づく損害賠償を求めるとともに、就業規則上、所定労働時間は7時間30分とされているにもかかわらず、実際には8時間労働しており、1日当たり30分の法内時間外労働について賃金が未払であったとして債務不履行に基づく損害賠償の支払いを求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、X1に対し、80万5871円+遅延損害金を支払え。

Y社は、X2に対し、76万7568円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 労基法の規定に基づいて労働者に年次有給休暇を取得する権利が発生した場合には、使用者は、労働者が同権利を行使することを妨害してはならない義務を労働契約上も負っているということができる。
本件のように、Y社が、平成15年7月を堺に給与明細書の有給残日数を勝手に0日に変更したり、通達を発して取得できる年次有給休暇日数を勝手に6日間に限定したり、しかもその取得理由を冠婚葬祭や病気休暇に限るとしたことは、Xらに対して、労基法上認められている年次有給休暇を取得することを萎縮させるものであり、労働契約上の債務不履行にあたる

2 Xらは、Y社の妨害により取得することができなかった年次有給休暇の日数分に相当する賃金額をY社の債務不履行に基づく損害として主張する。しかし、Xらは、Y社に対して、実際に取得した日数以上に、年次有給休暇の取得申請行為を行っていないのであるから、Xらが取得することを妨害されたと主張している年次有給休暇(予定日)についても、Xらの就労義務は消滅しておらず、同日就労したことをもって、就労義務がないのに就労したとXらに賃金相当額の損害が発生していると評価することはできない
もっとも、Y社がXらの年次有給休暇の取得申請を妨害した行為自体は認めることができるため、かかる妨害行為により、Xらが被ったであろう精神的苦痛等を慰謝するのに必要な限度で損害を認めることができる。
これを本件についてみるに、・・・Xらについて、各50万円ずつの損害の発生を認めるのが相当である。

3 就業規則の変更により労働条件を変更する必要性や変更後の就業規則の内容の相当性についてみるに、もともとの就業規則が当時、従業員の間でも1日の所定労働時間は8時間であることが共通認識であったところ、Y社の誤りで7時間30分とされていたものを訂正したものにすぎず、就業規則を変更することにより労働条件を変更する必要性は高いといえ、変更後の就業規則の内容についても不相当なものとは認め難い。
本件では、就業規則の変更にあたって、労働基準監督署への届出がなされ、外形上、労働者代表者の意見聴取もなされているところであるが、Xらは就業規則の変更に伴う労働者の過半数代表者の意見聴取手続が行われていないと主張しており、従業員代表を選ぶための投票等の手続がとられた事実も証拠上認めることはできない。
もっとも、就業規則の変更にあたっては、従業員代表の意見聴取、労働基準監督署への届出がなされていることが望ましい(労契法11条、労基法90条)ものの、就業規則の変更の有効性を認めるための絶対的な条件であるとはいえず、これらの事情は、労契法10条における「その他の就業規則の変更に係る事情」として、合理性判断において考慮される要素と解される
そうすると、本件においては、就業規則の変更は労働基準監督署に届け出られているものの、本件訴訟に至るまでにXらに対し、実質的な周知がなされていたと認めることはできず、就業規則の不利益変更の要件を満たしているということはできない

年次有給休暇の取得妨害についての判断です。

賃金相当額についての損害は認められませんが、そのかわりに慰謝料で認定されています。

また、就業規則の周知要件についての判断も参考にしてください。

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賃金97(全駐留軍労働組合事件)

おはようございます。

今日は、ストライキ支援のための年休取得と未払賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

全駐留軍労働組合事件(那覇地裁平成26年5月21日・労判1113号90頁)

【事案の概要】

本件は、沖縄県内のアメリカ合衆国軍隊基地に勤務するXらが、年次有給休暇の時季指定権を行使したにもかかわらず、年次休暇時間分の賃金の支払いを受けていないとして、雇用者であるY国に対し、各自、未払賃金及び遅延損害金、付加金の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y国はXらに対し、各自、別紙未払賃金一覧表の各未払賃金額欄記載の金員及び遅延損害金を支払え。

Y国はXらに対し、同額の付加金+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 本件年休申請は、Xらの有する有給休暇の範囲内でされたものであり、その有給休暇の取得に違法はない。そして、Y国は、何ら時季変更権の行使等の主張をしないから、帰するところ、Xらに対し、未払となっている本件各未払賃金を支払う義務を負うものというべきである
したがって、Xらの請求のうち、Y社に対して本件各未払賃金及びその遅延損害金の支払いを求める部分は理由がある。

2 Y国は、全駐労による交渉や申入れ等を受け、本件年休申請につき在日米軍が適法な時季変更権を行使しないことへの懸念を有していたものであるところ、本件各未払賃金が現実化した後もその支払をせず、本件訴訟において、一旦は時季変更権の主張をしたもののこれを撤回し、その後に至っても未だ各未払賃金を支払っていないのであるから、このようなY社による本件各未払賃金の不払の状況や、これによるXらの不利益は軽視することはできない
そうであれば、Y社に対し、本件各未払賃金と同額の付加金の支払を命ずるのが相当である。

3 付加金の支払による制裁の対象は、当該労働者の雇用主であると解されるところ、Y社と在日米軍は、いわば雇用主の権利義務を分掌しているものと見ることができるから、両者を併せて制裁の対象ととらえることができる。しかるに、付加金の支払を命ずることによって、Y国がその制裁を受けることはいうまでもないが、在日米軍についても、Y国は、命ぜられた付加金の支払をした後に、在日米軍に対してその求償をすることができるのであるから、その意味において、在日米軍も制裁を受けるということができるのである(仮に、在日米軍がその償還を拒んだとしても、制裁が無意味であるとまでいうことはできないし、いずれにしても、本件と同様の事態を招かないという意味において、制裁の効用を認めることできると考えられる。)。

国の方はあまり強く争う気持ちが見られませんね。

付加金のことを考えると控訴をして有給分を支払って終わりにしたいところです。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金96(ハンナシステム事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、元従業員による割増賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

ハンナシステム事件(大阪地裁平成26年10月16日・労判1112号76頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、Y社に対し、①平成22年5月21日から24年2月16日までの間の労働契約に基づく未払いの時間外割増賃金、休日割増賃金および深夜割増賃金の合計613万2756円ならびに遅延損害金を求めるとともに、②22年11月21日から24年2月16日までの間の割増賃金等に対する付加金及び遅延損害金の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、合計568万8723円+遅延損害金、付加金352万657円の支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、原告との間で、基本給には月20時間分の割増賃金等が含まれる旨の合意があり、割増賃金等として月額4万2000円は支払済みであると主張する。しかし、Xは、Y社在職中にこのような説明を受けたことやこのような合意をしたことは一切ないと供述し、他にY社主張の合意を認めるに足りる証拠もない。そして、基本給に割増賃金等が含まれる合意については、割増賃金等に当たる部分とそれ以外の部分とを明確に区分することができる場合に限り、その有効性を認めることができると解されるところ(最高裁昭和63年7月14日判決)、Y社がXに交付していた給与支給明細書には、支給項目として基本給と交通費としか記載がなく、そのような明確な区分がされているものとは認められず、その計算方法をY社がXに周知していたことを認めるに足りる証拠もないことからすれば、仮に、Y社主張のような合意があったとしても、有効な合意とは認められない。よって、Y社の主張はいずれにしても理由がない

2 Y社の就業規則及び賃金規程では、法定外休日についても割増率1.35とし、労働基準法37条を超える定めをしているから、この部分に対応する付加金の請求をすることはできないというべきである。

3 Y社は、平成22年以降、多額の欠損金が生じ、給与の遅配等が生じており、平成24年6月には一度、手形の不渡りを出していること、Y社では、X以外の従業員に対しても割増賃金等が支払われていないことが認められるが、付加金は、労働基準法114条所定の同法違反行為に対する制裁としての性質を有するものであることを考慮すれば、付加金の支払を命じることの可否及びその額を検討するに当たり、これを減免の事情として斟酌することはできず、この点に関するY社の主張は理由がない。

固定残業制度を中途半端に導入するとこうなります。

会社の経営状況は付加金の減免理由にならないので注意しましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金95(ワークスアプリケーションズ事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、うつ病による休職期間満了後の退職扱いの有効性と未払賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

ワークスアプリケーションズ事件(東京地裁平成26年8月20日・労判1111号84頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と労働契約を締結した労働者で、平成24年12月7日をもって休職期間満了により退職とされたXが、使用者であるY社に対し、休職前である24年5月1日から同年10月10日までの時間外労働手当およびこれに対する遅延損害金の支払い、その付加金および遅延損害金の支払い、休職期間満了日までにXは就労が可能となり復職要件を満たしていたのにY社から就労を拒絶されたため就労できなかったとして、同日からの賃金およびこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案である。

Xは、上記の請求と合わせて、労働契約上の権利を有する地位の確認も求めていたところ、同請求については、Y社がこれを認諾して終局した。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し102万9670円+遅延損害金、同額の付加金+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、179万4877円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、平成25年4月から同年9月まで39万2858円、同年10月限り、28万5715円、平成25年6月限り39万2858円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 労働時間を算定しがたいか否かは、その業務の性質、内容等、及び、使用者と労働者との間の当該業務に関する指示及び報告の方法等から、当該業務について使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったといえるかどうかによって判断すべきである。労務管理を行うべき者が多忙であるため労働時間を算定しがたいことは、労働者の業務の性質、内容等や、使用者と労働者との間の業務に関する指示及び報告の方法等による制約とはいえないから、当該業務について使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったといえないというべきであり、Y社の主張は採用できない

2 営業手当が50時間分の時間外労働手当の支払といえるには、時間外労働手当に当たる部分とそれ以外の部分が明確に区分されて合意がされていることを前提として、少なくとも、営業手当の額が、労基法所定の計算方法によって計算した50時間分の時間外労働手当の額を下回らないことが必要である。なぜならば、時間外労働手当に当たる部分とそれ以外の部分が明確に区分されていなければ、労基法所定の計算方法による時間外労働手当の額を計算することができないし、計算した結果、労基法所定の計算方法による時間外労働手当の額を下回っているようでは、時間外労働手当によって時間外労働を抑制しようとした労基法の趣旨を没却するのみならず、労基法に定める基準に達しない労働条件を定めたこととなり、無効となるからである

3 労働者が債務の本旨にしたがった履行の提供をしているにもかかわらず、使用者の復職可能との判断や、使用者の指定した医師による通常勤務に耐えられる旨の診断書が得られないことによって、労働者が、就労を拒絶されたり、退職とされたりするいわれはないから、「傷病が治癒し且つ通常勤務に耐えられる旨の会社が指定した医師の作成した証明書の提出を求め、復職できると会社が認めたとき」とは、傷病についての医師の診断書等によって労働者が債務の本旨にしたがった履行の提供ができると認められる場合をいい、Y社の復職可能との判断やY社指定の医師の復職可能との診断書等は要しないというべきである

4 ・・・他方、労働契約においては、当事者は、信義に従い誠実に権利を行使し、義務を履行しなければならないのであるから(労働契約法3条4項)、使用者の労務の受領拒絶により就労が不能となった後、使用者が受領拒絶をやめ、就労を命じた場合においては、労働者も自己の就労が再び可能となるよう努力すべき信義則上の義務があるというべきである。したがって、Y社が10月16日付け復職通知により、Xのために東京都内の住居を用意し、住居費用及び通勤費用の立替払を申し出て、Xが就労するために必要な準備を行う姿勢を示したことに対し、Xは、Y社が用意した前記住居に居住する義務はないものの、信義則上、Xの就労を可能とするためにY社との協議に応じる義務があったというべきである。しかし、Xは、10月16日付け復職通知を受けた後、何らY社と協議をすることなく相当期間である同月23日が経過した。そうすると、翌24日以降においては、もはや「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったとき」(民法536条2項)とはいえないと認められるから、平成25年10月24日からの賃金請求は理由がないというべきである

5 Xは、Y社には本件退職扱い後の未払賃金の支払を履行する必要があり、その履行義務を争いつつ、本件退職扱いを撤回しても無効である旨主張するが、過去の賃金支払義務と現在の就労義務は別の法律関係であり、前者を争いつつ、後者の履行を求めることができないとする理由はないから、Xの主張は採用できない。

6 Xは、「受領拒絶の解消には、債権者が先に拒絶した履行の提供において、遅滞中の一切の効果を承認して、受領拒絶を解消して改めて受領すべき意思を表示することが必要と解されているところ、受領拒絶の効果として生じた過去の賃金の発生を認めてその履行をしなければ、受領拒絶を解消したとはいえない。」旨主張する。しかし、労働者が就労しないのに賃金請求権を失わないのは、いわゆる受領拒絶の効果ではなく、民法536条2項の効果による。したがって、就労がないとき賃金請求権が発生するかは同項の要件を満たすか否かにより決すべきであり、受領拒絶の効果を解消することは、必ずしも必要ではないというべきである(なお、受領拒絶の効果を解消するため、どのような行動が必要かは当該事案の具体的事情によるというべきであり、一義的に決められるものではない。)

超重要な裁判例です。

複数の重要論点に関する判断が含まれています。

是非、参考にしてください。

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賃金94(甲総合研究所取締役事件)

おはようございます。

今日は、解雇、残業代不払いが不法行為を構成するとされた裁判例を見てみましょう。

甲総合研究所取締役事件(東京地裁平成27年2月27日・労経速2240号13頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、同社の代表取締役であったB2及び同社の事実上の取締役とするB1に対し、B1らが、Xを違法に解雇し、同社をしてXに対し時間外手当を支払わせず、さらには、Xが得た同社に対する地位確認等請求事件判決の責任回避を目的として同社を計画倒産させたなどと主張して、民法709条ないし会社法429条1項に基づき、損害金及び遅延損害金を求めた事案である。

【裁判所の判断】

B1らは、Xに対し、連帯して、401万4566円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 時間外労働を行ったことについては、時間外手当の支払を求める労働者側が主張立証責任を負うものではあるが、労働基準法は、労働時間、休日、深夜業について厳格な規定を設けていることから、使用者は、労働時間を適正に把握するなど、労働時間を適切に管理する義務を負うものであることは明らかである。そして、労働基準法は、使用者の賃金台帳調整義務を定めて、「賃金台帳を調整し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を賃金支払の都度遅滞なく記入しなければならない。」(同法108条1項)と規定し、また、同法施行規則54条1項は、上記法律の規定によって賃金台帳に記入しなければならない事項として、労働日数、労働時間数、労働時間延長時間数、休日労働時間数、深夜労働時間数などを規定している。さらに、厚生労働省労働基準局長が平成13年4月6日発出した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」(基発第339号通知)においても、・・・とされているところである。

2 Xは時間外労働に従事したことが認められるところ、B1はXが時間外労働に従事していることを認識し、また、B2についても、就業規則と異なる状況が発生していることを認識していたにもかかわらず、B1らは、労働基準法に違反してXに時間外手当を支払っていないところ、この不払は、B1らが、Y社の代表取締役などとして、従業員の出退勤時刻を把握して時間外勤務の有無を確認できるとともに、時間外勤務があるときは、その時間外手当の支払が円滑に行われるような制度を当然整えるべき義務があるのに、これを怠ったことによるものと評価できるのであるから、従業員4名という小規模な会社であったY社において代表取締役などの地位にあったB1らが、上記当然の義務を懈怠してXに対し時間外手当の支払をしなかった行為は、不法行為を構成するものと認められる。

3 Xには、本件解雇より事実上失職した結果、得られなかった賃金相当の損害が生じたものの、本件解雇と相当因果関係を肯定できる逸失利益の範囲については、通常、再就職に必要と考えられる期間の賃金相当額に限られるものと解すべきである。そして、Xの職歴及びY社における就業期間その他の事情を総合考慮すると、Xが再就職に必要と考えられる期間としては、本件解雇発効後3か月と認めるのが相当であるから、137万4000円をもって、本件解雇によって生じた賃金相当の逸失利益と認めるのが相当である。

4 本件において、Xは、多大な精神的損害を被ったと主張するものの、その原因は、突然解雇によって雇用の機会を奪われ、継続して賃金を得られない状態が生じたことにあるものであって、財産的利益に関するものであると解されることからすると、Xには、上記逸失利益の填補によっても回復困難な精神的損害が生じたものと認めることはできないから、慰謝料請求は認められない

珍しいケースですね。

不法行為構成で訴訟をすると、解決金額のあまり高くないため、どうしても、地位確認の構成をとることが多いですが、今回の事案でも、わずか3か月分しか認められていません。

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賃金93(マーケティングインフォメーションコミュニティ事件)

おはようございます。

今日は、定額残業代としての営業手当の有効性と割増賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

マーケティングインフォメーションコミュニティ事件(東京高裁平成26年11月26日・労判1110号46頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で雇用契約を締結していたXが、Y社に対し、平成23年3月分から平成25年2月分までの時間外労働に対する割増賃金618万2500円+遅延損害金、付加金+遅延損害金を請求する事案である。

なお、一審判決は、営業手当を時間外労働の対価として認め、Xの請求から営業手当の金額を除いた1万4342円+同額の付加金のみの支払いを命じた

Xは、一審判決を不服とし、控訴した。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、651万4074円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xの1月の平均所定労働時間が173時間前後で、これに対する基本給が月額24~25万円であるところ、これを前提に、月17万5000円~18万5000円の営業手当全額が時間外勤務との対価関係にあるものと仮定して、月当たりの時間外労働時間を算出すると、・・・上記営業手当はおおむね100時間の時間外労働に対する割増賃金の額に相当することとなる

2 労基法32条は、労働者の労働時間の制限を定め、同法36条は、36協定が締結されている場合に例外的にその協定に従った労働時間の延長等をすることができることを定め、36協定における労働時間の上限は、平成10年12月28日労働省告示第154号(36協定の延長限度時間に関する基準)において月45時間と定められている。100時間という長時間の時間外労働を恒常的に行わせることが上記法令の趣旨に反するものであることは明らかであるから、法令の趣旨に反する恒常的な長時間労働を是認する趣旨で、X・Y社間の労働契約において本件営業手当の支払が合意されたとの事実を認めることは困難である。したがって、本件営業手当の全額が割増賃金の対価としての性格を有するとの解釈は、この点において既に採用し難い

3 本件営業手当の支払は割増賃金に対する支払とは認められず、また、本件営業手当は、労基法施行規則21条に列挙されている割増賃金算定の基礎賃金から除外される手当等のいずれにも該当しないことは明らかである。したがって、営業手当は、基本給とともに、割増賃金算定の基礎賃金となる。

4 本件訴訟に表れた一切の事情を考慮すると、Y社に対しては付加金の支払は命じないことが相当である。

原告の逆転勝訴です。

長時間の残業を前提とした固定残業代が支払われている場合には、労働者側としては、上記判例のポイント2の論理を主張することになります。

使用者側としては、固定残業制度には、このようなリスクがあることを十分に理解しておく必要があります。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金92(スロー・ライフ事件)

おはようございます。

今日は、飲食店元従業員による時間外労働手当・最低賃金額との差額請求に関する裁判例を見てみましょう。

スロー・ライフ事件(金沢地裁平成26年9月30日・労判1107号79頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、雇用主であったY社に対し、①在職中の時間外労働手当99万0393円、深夜労働手当7万9723円および法定内労働に関する最低賃金額との差額5万1224円の合計112万1340円ならびに遅延損害金、②付加金および遅延損害金の各支払いを求めた事案である。

これに対し、反訴は、Y社が、従業員であったXに対し、労働契約の債務不履行に基づき、損害金83万0869円および遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、時間外労働等手当として、合計102万1863円を支払え

Y社はXに対し、最低賃金額との差額合計5万1224円を支払え

Y社はXに対し、付加金として102万1863円を支払え

反訴請求は棄却

【判例のポイント】

1 Y社は、本件ノート(Xが記録したノート)の記載内容が信用できないと主張するが、Xは、その都度、出勤時刻、退勤時刻、休憩開始時刻及び休憩終了時刻やその日の出来事等を本件ノートに記載していたと供述しており、その記載状況や記載内容の詳細さなどに照らすと、本件ノートの記載内容は信用できるというべきである。

2 証拠及び弁論の全趣旨によれば、Y社代表者は、本件店舗の運営のほとんどをA料理長に任せており、Xの仕事の内容や方法につき明確な指示を与えていなかったこと、Xは、A料理長の指示に従って作業をしていたこと、Y社代表者及びA料理長はXの仕事ぶりを認識しながら、これに異議を唱えていたわけではなかったことが認められ、XがY社の意に反して各作業をしていたとまでは認められない
そうすると、Xの前記作業は、Y社の明示又は黙示の指示に基づくものというべきである。

3 使用者には、労働者の労働時間を適正に把握する義務が課されていると解されることからすれば、使用者がタイムカードによって労働時間を管理していた場合には、これと異なる認定をすべき特段の事情が認められない限り、タイムカードに打刻された時刻に従って、労働者の労働時間を認定するのが相当である
これを本件についてみると、Y社は、Xに対して出退勤時にタイムカードの打刻をさせており、実際にXのタイムカードが継続して打刻されていたこと、タイムカードレコーダーのインクの交換はされていなかったものの、打刻された時刻を読み取ることは可能であり、Y社はXのタイムカードの打刻状況を確認していたこと、Y社がタイムカード以外にXの労働時間を適正に把握する方策をとっていなかったことが認められる。
これらの事実に照らすと、Y社は、タイムカードによって、Xの出退勤の事実を確認するだけではなく、Xの出勤の労働時間を管理していたものと認められるから、原則として、タイムカードに打刻された時刻に従って、Xの労働時間を認定すべきである

4 Xがボトルワインの代金を誤って請求した事実は、当事者間に争いがない。
ボトルワインの代金を誤って請求したXの行為は、過失に基づくものではあるものの、Xは同様のミスを繰り返していたわけではないこと、Y社はXの本件店舗の業務に従事させ、その労働により収益を上げているにもかかわらず、その中で生じる損害をすべてXに転嫁するのは不当であることY社において従業員が飲食代金の計算を誤って請求することは十分予見できるのに、これに対する特段の予防策をとっていなかったこと、Y社においてこれまで従業員が損害を発生させた場合に従業員に損害賠償を請求していた事実は認められないことなどに照らすと、Y社は、Xに対し、信義則上、損害賠償を請求できないと解するのが相当である。

労働時間を算定する証拠としてタイムカードの価値をどう見るかについては、裁判官によって別れています。

労働者側からすると、上記判例のポイント3の考え方は参考になります。

使用者側からすれば、このような判断をされる可能性が十分にあることを念頭において労務管理をすべきですね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金91(プロミックスほか事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、支払命令不履行に対する損害賠償請求と法人格否認法理適用の有無に関する裁判例を見てみましょう。

プロミックスほか事件(福岡地裁平成26年8月8日・労判1105号78頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、Xが勤務していたA社に対して時間外割増賃金等および付加金の支払いを求めて提起した訴訟において、Xの請求を認容する判決(別件判決)がいい渡され、同判決は確定したが、A社が別件判決で支払を命じられた金員を支払わないとして、A社の元の代表取締役およびA社の現在の代表取締役に対し、会社法429条1項に基づき、損害賠償および遅延損害金の連帯支払いを求めるとともに、Y社がA社と同視できると主張して、法人格の否認により、Y社に対し、別件判決において認容された、時間外割増賃金等および付加金の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 確かに、Xの指摘するように、Y社とA社は本店所在地が同一であること、それぞれの経営する店舗で同様のデザインの看板やロゴマークを使用していること、新規開店に関するチラシには両会社の店舗の名称及び所在地等が記載されていること、一方の店舗の新規開店について他方の店舗の看板で掲示し、宣伝していること等の事情が存在し、Y社とA社がそれぞれ経営する店舗間の連携・協力関係等があることが窺われる。しかしながら、Y社及びA社の各経営に係る店舗間に連携・協力関係等があるからといって、Y社とA社との法人格が同一であると認めるには足りないというべきであるし、本店所在地の同一性をもって両会社の実質上の同一性を認めることもできない
・・・他に、Xの主張する法人格の形骸化又は法人格の濫用を認めるに足りる証拠はない。

これだけの事情がそろっていても、法人格は否認されないのです。

法人格とは便利な道具ですね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。