Category Archives: 賃金

賃金114(新生銀行事件)

おはようございます。

今日は、給与減額に対してなされた同意は心裡留保や錯誤にはあたらず有効と判断した裁判例を見てみましょう。

新生銀行事件(さいたま地裁平成27年11月27日・労経速2272号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で雇用契約を締結し、Y社の市場営業部大阪営業推進室長として勤務していたXが、給与制度の改定による減額についてした同意は心裡留保又は錯誤等により無効であるとして、雇用契約に基づく賃金支払請求権に基づき、上記減給前後の給与の差額の合計390万円+遅延損害金の支払を求めるとともに、会議で上司から罵詈雑言を浴びせられ、うつ病と診断されて給与が劣る部署への異動を勧められるなどして退職を強要されたとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、1年間の基本給に相当する損害額1500万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 心裡留保とは、意思表示の表意者が、表示行為に対応する真意のないことを知りながらする単独の意思表示をいう。Xは、戯言で本件減給に対する同意の意思表示をしたのではなく、単に、本心では同意することに納得しておらず、いわば意思表示を渋々したものであるといえるところ、これは、意思表示をすることに対する表意者の感情に過ぎず、意思表示に対応する内心的効果意思の内容とは全く別のものである
そうすると、Xは、本件減給に対する同意をしたくないという感情であったものの、まさに本件減給に対する同意をするという内心的効果意思で本件減給に対する同意の意思表示をしたと認められる。
したがって、本件減給に対する同意は心裡留保に当たらない。

2 錯誤とは、表示の内容と内心の意思とが一致しないことを表意者本人が知らないことをいい、意思表示の動機ないし縁由に誤りがあるものを動機の錯誤という。
Xは、本件減給に同意しないと解雇されると誤信して解雇を避ける動機で本件減給に同意する意思表示をしたと主張する。しかしながら、Xが本件減給に同意しないと解雇されると思い込んだということはできず、したがって、Xが本件減給に同意しないと解雇されると誤信したと認めることはできない
したがって、本件減給に対する同意の意思表示につき錯誤は成立しない。

3 労働契約法9条本文は、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできないと定めており、労働者との合意があれば、その内容が強行法規に違反する場合や信義則(民法1条2項)に違反する場合を除き、労働条件の不利益変更も有効である。
Xは、本件減給が強行法規や信義則に違反するとの主張及び証拠の提出をしていないから、Xの主張は失当である
したがって、本件減給が無効であるということはできない。

労働条件の不利益変更における労働者の同意については、最高裁判例が出たこともあり、現在、注目されている重要ポイントです。

単に労働者の同意をとればよい、ということではないことは最低限押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金113(甲会事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、育児短時間勤務制度の利用を理由とする昇給抑制が違法とされた事例を見てみましょう。

甲会事件(東京地裁平成27年10月2日・労経速2270号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社で稼働するXらが、Y社において育児短時間勤務制度を利用したことを理由として本来昇給すべき程度の昇給が行われなかったことから、各自、Y社に対し、①このような昇給抑制は法令及び終業規則に違反して無効であるとして、昇給抑制がなければ適用されている号給の労働契約上の地位を有することの確認、②労働契約に基づく賃金請求として昇給抑制がなければ支給されるべきであった給与と現に支給された給与の差額及び遅延損害金、③このような昇給抑制は不法行為に当たりXらは精神的物質的損害を受けたとして、不法行為に基づく慰謝料(各自50万円)等の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めたものである。

【裁判所の判断】

本件訴えのうちXらがY社において平成26年4月1日時点で各主張に係る号俸の労働契約上の権利を有する地位にあることを確認することを求める部分をいずれも却下する。

Y社は、X1に対し、19万6149円+遅延損害金を支払え

Y社は、X2に対し、27万0799円+遅延損害金を支払え

Y社は、X3に対し、24万6315円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 ・・・このような育児・介護休業法の規定の文言や趣旨等に鑑みると、同法23条の2の規定は、前記の目的及び基本理念を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、労働者につき、所定労働時間の短縮措置の申出をし、又は短縮措置が講じられたことを理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、その不利益な取扱いをすることが同条に違反しないと認めるに足りる合理的な特段の事情が存しない限り、同条に違反するものとして違法であり、無効であるというべきである。

2 本件昇給抑制は、本件制度の取得を理由として、労働時間が短いことによる基本給の減給(ノーワークノーぺイの原則の適用)のほかに本来与えられるべき昇給の利益を不十分にしか与えないという形態による不利益取扱いをするものであると認められるのであり、しかも、このような取扱いがX主張の指針によって許容されていると見ることはできないし、そのような不利益な取扱いをすることが同法23条の2に違反しないと認めるに足りる合理的な特段の事情が存することも証拠上うかがわれないところである。

3 育児・介護休業法23条の2が、事業主において解雇、降格、減給などの作為による不利益取扱いをする場合に、禁止規定としてこれらの事業主の行為を無効とする効果を持つのは当然であるが、本件昇給抑制のように、本来与えられるべき利益を与えないという不作為の形で不利益取扱いをする場合に、そのような不作為が違法な権利侵害行為として不法行為を構成することは格別、更に進んで本来与えられるべき利益を実現するのに必要な請求権を与え、あるいは法律関係を新たに形成ないし擬制する効力までをも持つものとは、その文言に照らし解することができない。また、あるべき号俸への昇給の決定があったとみなしてY社の「決定」の行為を擬制すべき根拠もないことも明らかである。そうすると、Xらが確認を求めるX1につき91号、X2につき73号、X3につき89号という法律関係は存在していないといわざるを得ない。

4 不法行為により財産的な利益を侵害されたことに基づく損害賠償の請求にあっては、通常は、財産的損害が填補され回復することにより精神的苦痛も慰謝され回復するものというべきであるところである。
しかし、本件昇給抑制は、それがされた年度の号俸が抑制されるだけでなく、翌年度以降も抑制された号俸を前提に昇給するものであるから、Y社において本件昇給抑制を受けたXらの号俸数を本件昇給抑制がなければXらが受けるべきであったあるべき号俸数に是正する措置が行われない限り、給料、地域手当、期末手当、勤勉手当等といった賃金額についての不利益が退職するまで継続し続けるだけでなく、退職時には、退職の金額の算定方法のいかんによっては、退職金の金額にも不利益が及ぶ可能性があること、毎年6月及び12月に支給される期末手当、勤勉手当はその都度会長の定める支給率が決定されなければ、その数額を確定することができず、本件昇給抑制に起因する財産的損害についてあらかじめ填補を受け回復することができないことなどに鑑みると、現時点において請求可能な損害額の填補を受けたとしても、本件昇給抑制により被った精神的苦痛が慰謝され回復されるものではないから、前記認定の財産的損害とは別に、慰謝料の支払が認められるべきものといえ、その金額は、Xら各自について10万円と認めるのが相当である。

上記判例のポイント3は重要です。

また、上記判例のポイント4の理由付けは非常に納得がいくものですが、この理由からこの結論ですか・・・

あまりにも慰謝料の金額が低すぎて、何の抑止力にもなっていません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金112(類設計室(取締役塾職員・残業代)事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、全員取締役制塾職員の労働者性と割増賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

類設計室(取締役塾職員・残業代)事件(京都地裁平成27年7月31日・労判1128号52頁)

【事案の概要】

本件は、学習塾の経営等を目的とするY社に雇用されていたXが、時間外労働を強いられていたのにもかかわらず、Y社の取締役であったことを理由に残業代の支払を受けなかったとして、残業代の合計548万3465円+遅延損害金+付加金等の各支払を求めている事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、671万9790円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、付加金519万9806円を支払え

【判例のポイント】

1 当該業務従事者が労基法上の労働者に該当するといえるか否かの問題は、個別的労働関係を規律する立法の適用対象となる労務供給者に該当するか否かの問題に帰するところ、この点は、当該業務従事者と会社との間に存する客観的な事情をもとに、当該業務従事者が会社の実質的な指揮監督関係ないし従属関係に服していたか否かという観点に基づき判断されるべきものであると解するのが相当である。
そして、本件においては、Y社は、XがY社の取締役であり労働者ではない旨を主張しているものであるから、取締役就任の経緯、その法令上の業務執行権限の有無、取締役としての業務執行の有無、拘束性の有無・内容、提供する業務の内容、業務に対する対価の性質及び額、その他の事情を総合考慮しつつ、前記のとおり、当該業務従事者が会社の実質的な指揮監督関係ないし従属関係に服していたか否かという観点から判断すべきものであると解される。

2 Y社は、弁論終結が予定されていた第5回口頭弁論期日の当日になって、新たな証拠を提出するとともに、これを踏まえた第6準備書面を提出してきた。
・・・Y社は、訴訟係属後の比較的早期の段階より、Xから労働時間該当性を争うのかについて釈明を求められていたのであるから、最終口頭弁論期日までの間に、積極的な事実を摘示して労働時間該当性を争うことも、これに関連する証拠を収集して提出することも容易に出来たはずであるにもかかわらず、あえてその主張立証活動をしてこなかったものである。
・・・Y社は、自ら労働時間該当性に関する主張立証をしないと述べていたのであるから、上記のような主張立証活動は、訴訟上の禁反言にももとるばかりか、裁判所の争点整理も無に帰せしめる上に、上記のような審理の経過を信頼して誠実に訴訟活動を重ねてきたXにとっても不測の事態を招来するものであるといわざるを得ず、訴訟活動上も無用の負担を強いられるものであって、到底許容し難いものである
加えていうならば、上記主張立証活動は、Xが、弁論再開申立てをして、申立の趣旨変更申立書が提出されたことに乗じて、新たな主張を追加するものであり(本来は、Xの計算の修正を前提とした請求額の拡張に対する答弁のみが想定されていたものである。)、Xに有利な内容での和解が勧試された後のものであることをも踏まえると、判決の内容を想定した上での後出しであるとの評価を受けても致し方ないものである。しかも、Y社は、上記主張立証を最終口頭弁論期日当日に提出したものであり、Xによる反論の機会をも奪うものであったとの評価を受けてもやむを得ないものであった
そうすると、Y社が最終の口頭弁論期日において提出した証拠及びこれを踏まえた第6準備書面における主張については、時機に遅れたものであり、そのことにつき、少なくとも重過失が存するものと認めるほかない。

3 ・・・以上の次第で、Xは、紛れもなく労基法上の労働者と認められる。本件においては、Y社は、自主管理という企業理念を踏まえ、労働者性に関しるる主張をしているところ、当裁判所としても、その企業理念そのものやそれを踏まえて今日まで発展を遂げてきたY社の企業としての在り方を露いささかも否定するものではない。しかしながら、そのことと、労働者に対して労基法を踏まえた適正な処遇をすべきことは別の事柄であるといわざるを得ず、労働者であるXの時間外労働に対しては、労基法に基づき、適正に残業代が支払われなければならない

会社の経営理念や方針それ自体を否定するものではありませんが、やはり従業員全員が取締役として労基法の適用を除外することは労働法の世界では難しいですね。

なお、上記判例のポイント2であげたのは、珍しく時機に後れた攻撃防御方法として裁判所から非難されているので紹介しました。

結審間際になって新たな主張立証を突然するとこうなります。 ご注意を。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金111(東和工業事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、コース別雇用制における性別振分けと差額賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

東和工業事件(金沢地裁平成27年3月26日・労判1128号76頁)

【事案の概要】

本件は、契約期間の定めのない労働者としてY社に雇用されていたXが、Y社に対し、以下の各理由により、以下の各支払請求をした事案である。

Y社において総合職と一般職から構成されるコース別賃金制度が導入されて以降は、Y社はXに総合職の賃金表を適用すべきであったのに、一般職の賃金表を適用してきたと主張して、①主位的に、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金として、1864万3460円+賃金損害金、②予備的に、不当利得返還請求権に基づき694万8600円+遅延損害金(以下、省略)。

【裁判所の判断】

不法行為に基づく損害賠償請求として328万円(年齢給差額198万円、慰謝料100万円、弁護士費用30万円の合計)+遅延損害金

賃金請求として6万0672円+遅延損害金

付加金請求として6万0672円+遅延損害金

退職金請求として101万6266円+遅延損害金

を支払え

【判例のポイント】

1 労働基準法4条は「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない。」と定めている。
労働基準法4条は、性別を理由とする賃金差別を禁止した規程であり、使用者が男女別の賃金表を定めている場合のように、男女間に賃金格差が生じており、かつ、それが性別の観点に由来する(その他の観点に由来するものとは合理的に考えにくい)ものと認められるときには、男女の労働者によって提供された労働の対価が等しいかを問うまでもなく、同条違反を構成するものである。そして、この理は、賃金表に男性や女性といった名称が用いられていない場合であっても、実態において男女別の賃金表を定めたのと異ならない態様で複数の賃金表が適用されているときにも同様に当てはまると解すべきである

2 本件コース別雇用表においては、総合職と一般職とで異なる賃金表が適用されているところ(特に年齢給については、年連という要素だけで、総合職と一般職の間で相当の差額が生じる。)、この総合職と一般職の区別が、事実上、性別の観点からされていたのであれば、実態において男女別の賃金表を定めたのと異ならない態様で複数の賃金表が適用されていたものとみるほかないのであり、このような事態は労働基準法4条に違反するものといわざるを得ない。

3 Y社が従業員数十名程度の規模の会社であり、従業員も採用する機会が限られていることを考慮しても、上記のことからすると、本件コース別雇用制導入時の従業員の振り分けは、総合職及び一般職のそれぞれの要件にしたがって改めて行ったものではなく、総合職は従前の男性職からそのまま移行したもの、一般職は女性職からそのまま移行したものであり、その状況が本訴提起後まで継続していたと理解するのが素直であって、本件コース別雇用制における総合職と一般職の区別は、結局のところ、男女の区別であることが強く推認されるというべきである。

4 労働基準法4条は強行規定であり、同条に違反する労働条件は無効である(同法13条前段)。そして、Y社における一般職(事実上の女性用)の賃金表が、総合職(事実上の男性用)の賃金表に比べて、労働者に不利なものであることは明白であるから、Y社と女性労働者との労働契約のうち、一般職の賃金表を適用する部分は無効であるというべきところ、無効となった賃金の定めは総合職の賃金表によって補充されるものと解するほかない(労働基準法13条後段)。
そうすると、労働基準法4条違反の前記Y社の不法行為におけるXの損害は、Xが一般職の賃金表に基づき現に支給されていた賃金と、総合職の賃金表の適用があるとすればXが得られる賃金との差額であるというべきである。

非常に重要な裁判例です。

コース別の雇用表を採用している会社は、この裁判例を参考に現在の雇用制度が労基法違反になっていないかチェックする必要があります。

是非、実務に活かしてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金110(ANA大阪空港事件)

おはようございます。

今日は、退職功労金の権利性と内規の就業規則該当性に関する裁判例を見てみましょう。

ANA大阪空港事件(大阪高裁平成27年9月29日・労判1126号18頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員及び元従業員の相続人が、Y社が労働組合に交付した書面に記載されていた退職功労金の支給基準は就業規則と一体のものとして労働契約の内容となっているとして、Y社に対し、労働契約に基づき、退職功労金及び遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は、Y社が労働組合に交付した書面に記載されていた退職功労金の支給基準は労働契約の内容となっているとは認められないとして、Xらの請求をいずれも棄却したので、これを不服とするXらが本件各控訴を提起した。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 旧退職金規程7条は、退職功労金について「在籍中に特に功労のあった者に対しては基本退職金の計算の範囲内での功労加算として加給する」と定めているが、在籍中に特に功労があった者に対して退職功労金を支給することを抽象的に定めているだけであり、同条によっては退職功労金の支給対象者及び支給額は確定しないから、旧退職金規程7条に基づいて、直ちに退職功労金を請求することはできず、使用者が「特に功労があった者」に当たるか否かを査定するとともに、具体的な算定方式や支給額を決定することによって初めて具体的な金額が確定するものと解される

2 日本語の通常の意味として、「内規」とは、「内部の規定、内々の決まり」を意味するから、それが就業規則と異なることは明らかである。加えて、昭和55年基準は、労使の合意として書面が作成されていない。これらからすると、Y社が昭和55年基準に従って退職功労金を労働契約の内容とする意思を有していなかったことが認められるから、Y社は昭和55年基準を就業規則として定めたものではなく、どのような者を「特に功労があった者」と認めるか、及び退職功労金の支給額をいくらにするかはあくまでもY社の運用に委ねられていることを前提としつつ、その運用基準として昭和55年基準を定めたものと認めるのが相当である
そうすると、昭和55年基準は旧退職金規程7条の内容を具体化するものではあるが、昭和55年基準自体は就業規則の一部ではないから、昭和55年基準はY社とY社の従業員との間の労働契約の内容としてY社を拘束するものではないというべきである。

原告としてはチャレンジングな訴訟だったと思いますが、裁判所の判断は特に驚くような内容とはなりませんでした。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金109(中野運送店事件)

おはようございます。

今日は、就業規則変更による運行手当減額の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

中野運送店事件(京都地裁平成26年11月27日・労判1124号84頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員(運転手)であるXらが、Y社の就業規則の一部をなす「運行に関する手当明細表」の変更により賃金が減額となったが、当該不利益変更は高度の合理がなく無効であるとして、従前の運行手当明細表に基づく賃金の支給を受けるべき労働契約上の地位の確認を求めるとともに、平成23年9月分以降に支給された賃金と従前の運行手当明細表に基づき支給されるべき賃金との差額の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

X1を除くすべての原告につき平成22年4月1日に定められた運行手当明細表に基づく賃金支給を受けるべき労働契約上の地位を有することを確認する。
*X1は訴訟途中でY社を退社したため。

【判例のポイント】

1 Y社は、経営状態の改善のために、人件費の削減により資金(キャッシュフロー)を得ることを目的として本件改定を行ったものであり、本件改定の一応の必要性があったことは認められる。しかし、平成23年8月に本件改定を行わなければならないとするだけの高度の必要性を窺わせる事情は、特段、見当たらない

2 そして、Y社が本件改定に先立ち本件組合に行った説明は、本件組合に示された改定の内容も変遷しており、その変遷の理由も明らかではなく、また、本件改定の必要性等の理由の説明も、当初はなされず、その後も説明自体が変遷しており、さらには、理由を裏付ける客観的な資料は何ら提供されていないのであり、これらに照らすと、Y社が、本件改定に先立ち、本件組合に対して十分な説明を行っていたものということはできない。

3 以上に加えて、本件改定がXらに与える不利益が少ないとはいえないこと、本件改定に対する代償措置もとられていないことに照らすと、上記の本件改定の一応の必要性を考慮してもなお、未だ、本件改定に合理性があるということはできない。

就業規則の変更により賃金を減額する場合には、他の労働条件の変更に比べてもより慎重に行う必要があります。

「高度の必要性」が求められていますので、軽い気持ちで行うとやけどします。

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賃金108(有限会社空事件)

おはようございます。

今日は、雇用契約書等のない居酒屋店板前による割増賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

有限会社空事件(東京地裁平成27年2月27日・労判1123号149頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、Y社に対し、法定時間外労働・深夜労働に対する割増賃金及び付加金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、552万9711円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、付加金229万9369円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、Xと雇用契約を締結する際に法定時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金を含んで月額30万円(後に増額して月額33万円)とすることをXとの間で合意した旨主張し、Aはこれに沿う旨の陳述をする。確かに、居酒屋aの営業時間及びXが板前であること等を踏まえれば、Y社としては、Xの日々の業務において時間外労働及び深夜労働の発生が当然に予想されることを考慮した上でXの賃金額を月額30万円(後に33万円)と定めた可能性も否定できないが、Xが上記合意の事実を否認し、かつ、Xの入社時に雇用契約書その他の労働条件を記載した書面が作成されていない以上、Aの上記陳述のみから上記合意の事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
また、Y社は、月額賃金のうち4万1000円は割増賃金として支払われたものである旨主張する。このように毎月支払われる賃金のうちの一定額が割増賃金(いわゆる固定残業代)として支払われている場合には、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができる必要がある(平成24年3月8日最高裁第一小法廷判決等参照)ところ、Y社からXに交付されていた給料支払明細書には「基本給330,000」と記載されているのみであり、他にXの月額賃金の内訳を明らかにした書面等が存するとは認められないから、月額賃金のうち4万1000円が割増賃金として支払われていた旨のY社の上記主張は理由がない
よって、Xの月額賃金33万円に割増賃金が含まれているものと認めることはできず、この点に関するY社の主張は理由がないといわざるを得ない。

2 労働基準法114条に定める付加金の支払請求については、使用者による同法37条等違反の程度や態様、労働者が受けた不利益の性質や内容、前記違反に至る経緯等の諸事情を考慮してその可否及び金額を検討するのが妥当である。
前記に検討したところによれば、Y社は、Xに対して割増賃金の支払義務を負いながらその支払を怠っていたものと認めることができるが、前記のとおり、Y社としては、Xの日々の業務において時間外労働及び深夜労働の発生が当然に予想されることを考慮した上でXの賃金額を月額33万円と定めた可能性も否定できないこと、Y社がXに対し割増賃金を支払ってこなかった背景には、割増賃金も含めて月額33万円の賃金が支払われているとY社が認識していた面もあると考えられること、月額33万円の賃金に割増賃金の一部が含まれているとしても、前記のとおり本件においては月額33万円の全額を割増賃金の算定基礎とするほかなく、その分、割増賃金が高額に上っている面もあると考えられることなど、本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、本件においては、前記の未払割増賃金のうち、労働基準法114条ただし書の規定により付加金請求の対象とし得る平成24年4月分以降の割増賃金(合計459万8737円)の全額を付加金として被告に支払を命ずるのは、同条の趣旨を考慮しても必ずしも相当ではないというべきであり、本件の付加金としては、上記合計額の5割に相当する229万9369円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の割合による遅延損害金の支払を命ずるのが相当というべきである。

この事例でも、固定残業制度の理解が不十分であったために逆効果の結果となっています。

このような例は枚挙に暇がありません。

普通に基本給+残業代を支払っているほうが、よほど使用者にメリットがあるわけですが、どうしても基本給の金額を大きく見せたいという気持ちが働くのでしょうね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金107(宮城交通事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、欠勤、有給休暇取得による賃金控除規定の有効性が争われた裁判例を見てみましょう。

宮城交通事件(東京地裁平成27年9月8日・労経速2263号21頁)

【事案の概要】

本件は、Y社においてタクシー運転手として稼働しているXらが、Y社の賃金控除に関する規定が公序良俗に反し、違法無効であると主張して、Y社に対し、それぞれ控除された賃金+遅延損害金の支払を求めた事案である。

なお、乗務員賃金規則では、欠勤し、又は有給休暇を取得した場合、賃金が以下のとおり控除される旨の規定がある。

控除額=基本給÷月間所定勤務日数×(欠勤日数+有休取得日数)

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 労基法136条が、使用者は年次有給休暇を取得した労働者に対して賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならないと規定していることからすれば、使用者が有給休暇の取得を何らかの経済的不利益と結びつける措置を採ることは、その経営上の合理性を是認できる場合であっても、できるだけ避けるべきであり、また、このような措置は、有給休暇を保障した労基法39条の精神に沿わない面を有することは否定できないが、労基法136条は、それ自体としては、使用者の努力義務を定めたものであって、労働者の有給休暇の取得を理由とする不利益取扱いの私法上の効果を否定するまでの効力を有するものとは解されず、前記のような措置の効力については、その趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、有給休暇の取得に対する事実上の抑止力の強弱等諸般の事情を総合して、有給休暇を取得する権利の行使を抑制し、ひいては同法が労働者に前記権利を保障した趣旨を実質的に失わせると認められるものでない限り、公序に反して無効となるということはできないと解するのが相当である(最判昭和60年7月16日、最判平成元年12月14日、最判平成5年6月25日参照)。

2 これを本件についてみるに、Y社については、その収入の大部分をタクシー乗務員の乗務による営業収入に依存しているという、タクシー会社としての特色があり、Y社の営業収入に対する各乗務員の貢献度をそれぞれの賃金額に反映させ、その後の業務の遂行を奨励することを通じて、営業収入の維持・向上を図る経営上の必要があることが容易に推認され、本件賃金控除規定が有給休暇の取得又は欠勤をした場合の基本給の受給に関する調整を目的とする旨のY社の説明も、広い意味では前記趣旨に向けたものであると認められるところ、Y社は、本件賃金控除規定について、多数組合の同意を得ており、労働基準監督署の確認も受けている

3 ・・・さらに、実際の有給休暇の取得率をみると、Xらが所属する自交総連東京地連宮城交通労働組合の組合員と、厚生労働省の発表した数値との間に有意の差があるとは即断できない
これらの点を総合考慮すると、本件賃金規定について、これがタクシー乗務員の有給休暇を取得する権利の行使を抑制し、ひいては労基法が労働者に有給休暇取得の権利を保障した趣旨を実質的に失わせるとまで認めることはできず、これが公序良俗に反するものとして違法無効であるということもできない

労働者側は納得しにくい内容かもしれません。

使用者側は、有給休暇についてこのような判断があり得るということを理解し、労務管理の参考にしてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金106(国(国家公務員・給与減額)事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、財政状況・東日本大震災を理由とする給与減額に対する差額等請求に関する裁判例を見てみましょう。

国(国家公務員・給与減額)事件(東京地裁平成26年10月30日・労判1122号77頁)

【事案の概要】

本件は、政府が、厳しい財政状況及び東日本大震災に対処する必要性に鑑み、一層の歳出の削減が不可欠であるとして、国家公務員の給与について減額支給措置を講ずる方針を決定し、当該措置を実施するため国会に提出した給与臨時特例法案の内容を基礎として、議員立法により平成24年2月29日に成立し翌3月1日に施行された給与改定・臨時特例法について(1)個人原告らが、被告に対し、①国家公務員の給与減額支給措置を講じるに当たり、人事院勧告に基づかず、かつ、職員団体との合意に向けた交渉を尽くさず制定され、立法事実に合理性・必要性もない給与改定・臨時特例法は、憲法28条、72条、73条4号、ILO第87号条約及びILO第98号条約に違反し無効である旨主張して、従前の法律状態に基づく給与相当額との差額の支払を請求し(差額給与請求)、これと選択的に、国会議員が、人事院勧告に基づかずに、また、政府をして原告X労連と団体交渉を行わせることなく給与改定・臨時特例法を成立させた行為並びに内閣総理大臣が、人事院勧告に基づかず、国会議員により提案された給与改定・臨時特例法の成立を看過し、その成立に際して原告X労連と団体交渉を行わなかった行為及び憲法とILO条約に反する給与改定・臨時特例法に基づき減額された給与を支払った行為が、それぞれ国賠法上違法である旨主張して、同法1条1項に基づき、給与減額相当分の損害の賠償を請求(損害賠償請求)するとともに、②上記の違法行為による慰謝料として、個人原告ら1人あたり10万円の支払を求め、(2)原告X労連が、被告に対し、給与改定・臨時特例法が成立する過程において、内閣総理大臣が原告X労連と団体交渉を行わなかったことなどが国賠法上違法である旨主張して、同法1条1項に基づき、1000万円の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 原告らは、本件で問題となっているのは、年間約2900億円の給与減額の問題であり、一般論として「我が国の厳しい財政事情」を論じても意味がない、国の財政事情及びその国家公務員の給与との関係を客観的に見れば、国家公務員の給与を2年間で約5800億円削減することが必要となるほどの「厳しい財政事情」にあったとはいえない旨主張する。
確かに、国家公務員の給与を減額しても年間約2900億円の歳出削減にしかならず、平成24年度末の公債発行残高705兆円に遠く及ばないことは明らかであり、今回の給与減額支給措置が直ちに被告主張の厳しい財政事情の改善をもたらすものとは考え難い。
しかし、政府(国会)としては、厳しい財政事情を改善するために様々な措置をとる必要性があるのであって、その様々な措置の取り方について議論はあるにしても、その一つとしての給与減額支給措置をとるとする判断が不合理なものとはいえない。もとより、厳しい財政事情が直ちに解消するとは考え難い現状において、そのことのみをもって今回のような大幅な給与減額支給措置の必要性が当然に満たされるかについては議論があり得るところではあるが、今回給与減額支給措置がとられた理由としては、厳しい財政事情に加えて、東日本大震災が発生し、短期的にみて復興予算確保の必要性が生じた状況が存在するのであり、この事情を併せ考えれば、本件給与減額支給措置を実施することが、そのことのみによって直ちに厳しい財政事情を有意に改善することにならないからといって、その必要性が否定されるものではない

2 ・・・これらの事情からすれば、給与減額支給措置が恒久的、あるいは長期間にわたるものや、減額率が著しく高いものであればともかく、今回、前記の必要性のもと、東日本大震災を踏まえた2年間という限定された期間の臨時的な措置として、平均7.8%という減額率で実施された本件給与減額支給措置について、人事院勧告制度がその本来の機能を果たすことができなくなる内容であると評価することは相当ではない。

3 国家公務員の場合、私企業とは異なり給与の財源が国の財政とも関連して主として税収によって賄われるため、その勤務条件は全て政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮により適当に決定されなければならないとされている上、その決定手続も、私企業の場合のように労使間の自由な交渉に基づく合意によるのではなく、国民の代表者により構成される国会での法律・予算の審議・可決に基づくものとされているため、原告らの主張する準則は、そもそも、国家公務員の給与減額支給措置の場合に当てはまるとはいえず、民間労働者に適用される「就業規則による労働条件の不利益変更法理」と同等の要件が満たされなければならないことを前提とする原告らの主張は採用できない

公務員の特殊性から、上記のような判断がなされています。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金105(槇町ビルヂング事件)

おはようございます。

今日は、労使慣行に基づく退職金請求に関する裁判例を見てみましょう。

槇町ビルヂング事件(東京地裁平成27年6月23日・労経速2258号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社において稼働した後、退職したXらが、Y社には従業員に退職金を支払う労使慣行が存在すると主張して、Y社に対し、それぞれ、本件労使慣行に基づく退職金+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 そもそも、労使慣行については、①労使慣行が長期間にわたって反復継続し、②当該労使慣行に対し労使双方が明示的に異議をとどめず、③当該労使慣行が労使双方に、特に使用者側で当該労働条件について決定権又は裁量権を有する者に規範として認識されていることを要する

2 退職金の支払に関する労使慣行が成立している場合には、退職金の支払について定めた就業規則、労働協約、労働契約等の成文規範がないにもかかわらず、当該労使慣行を原因として退職金請求権という具体的な法的権利が発生することになるのであるから、単に一時期退職金が複数の従業員に支払われていたに過ぎない事例等と区別して、権利発生の原因事実の存否を適切に判断し得るように、その外延を明確にする必要がある。かかる見地からすると、退職金の支給基準について、具体的な数値まで全て認識していることを要するかどうかはともかくとして、退職金が「一定の基準」により算出され、支払われているという認識があるに過ぎないのでは、労使慣行の成立要件として甚だ不十分といわざるを得ず、勤続年数に比例した退職金が支払われるといった程度の認識でも十分とはいえないと解される

3 以上の次第であって、本件では、Y社において従業員に退職金を支払う旨の本件労使慣行が存在し、規範として認識されていると認めることはできない。従業員に退職金が支払われた例が散見され、退職金が相応の金額に上ることもあったにしても、これはあくまでも代表者の裁量的判断に基づく処遇であったとみるのが相当である。

労使慣行に関してわかりやすく説明してくれています。

規範を見る限り、ハードルがかなり高いことがよくわかりますね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。