Category Archives: 賃金

賃金118(愛永事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、違約金として一方的に控除された減額賃金分支払等請求に関する裁判例を見てみましょう。

愛永事件(横浜地裁平成28年7月15日・労判ジャーナル55号7頁)

【事案の概要】

本件は、平成25年8月から平成26年3月末日までY社に雇用され、軽貨物運送の運転手として勤務し、Y者の元運転手であり同年4月1日からAの名称で軽貨物運送事業を行う個人事業主でありY社から軽貨物運送業務を請け負っていたBに同日から雇用され、同年9月まで雇用されていた元従業員Xが、Y社及びBに対し、それぞれ未払賃金等の支払並びに慰謝料の連帯支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し6万円を支払え

慰謝料として10万円を認容

【判例のポイント】

1 Y社は、Xの賃金から業務中の誤配送等に対する違約金を控除して支払っているところ、賃金は、原則としてその全額を支払わなければならず(労働基準法24条1項)、本件では、法令に別段の定めがあるとも、過半数労働組合(それがない場合は過半数代表者)との書面による協定があるとも認められず、例外的に一部控除が認められる場合にもあたらないから、使用者であるY社が、労働者であるXの債務不履行ないし不法行為に基づく損賠賠償請求権を自働債権、Xの賃金債権を受働債権として一方的に相殺することは許されず、また、一方的な相殺ではなく、元従業員の同意を得てした相殺であることを認めるに足る証拠もなく、Y社がXの賃金から違約金を控除して支払うことは許されないから、Y社にはXに対し6万円の賃金の未払があると認められる。

2 Y社の代表取締役であるZ及びBの個人事業者であるCはXに対し、車両事故の損害額のうち30万円を一括払いするように命令し、Xが「それでは生活ができないので分割払いにしてください」と懇願したにもかかわらず、一切耳を傾けず、「一括払いでなければ駄目だ。親、友人から金を借りてきてでも支払え」とさらに強く迫り、さらに、Xの債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求権を自働債権、Xの賃金債権を受働債権として一方的に相殺しているから、Xはこれにより精神的苦痛を被ったと認められ、・・・慰謝料の額は10万円を認めるのが相当である。

上記判例のポイント1で賃金全額払いの原則について再確認しましょう。

それにしても労働事件における慰謝料の金額の低さが目立ちますね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金117(社会福祉法人全国重症心身障害児(者)を守る会事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、育児短時間勤務制度利用を理由とする昇給抑制無効確認等請求に関する裁判例を見てみましょう。

社会福祉法人全国重症心身障害児(者)を守る会事件(東京地裁平成27年10月2日・労判1138号57頁)

【事案の概要】

本件は、Y社で稼働するXらが、Y社において育児短時間勤務制度を利用したことを理由として本来昇給すべき程度の昇給が行われなかったことから、各自、Y社に対し、①このような昇給抑制は法令及び就業規則に違反して無効であるとして、昇給抑制がなければ適用されている号給の労働契約上の地位を有することの確認、②労働契約に基づく賃金請求として昇給抑制がなければ支給されるべきであった給与と現に支給された給与の差額(X1)につき4万6149円、X2につき12万0799円、X3につき14万6623円)+遅延損害金、③このような昇給抑制は不法行為に当たりXらは精神的物質的損害を受けたとして、不法行為に基づく慰謝料等の損害賠償金(Xら各自50万円)+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

 本件訴えのうちXらがY社において平成26年4月1日時点で各主張に係る号俸の労働契約上の権利を有する地位にあることを確認することを求める部分をいずれも却下する。

 Y社は、X1に対し、19万6149円+遅延損害金を支払え。

 Y社は、X2に対し、27万0799円+遅延損害金を支払え。

 Y社は、X3に対し、24万6315円+遅延損害金を支払え。

 Xらのその余の請求をいずれも棄却する。

【判例のポイント】

1 育児・介護休業法は、育児休業及び介護休業に関する制度並びに子の看護休暇及び介護休暇に関する制度等を設けることにより、子の養育又は家族の介護を行う労働者の雇用の継続等を図り、その職業生活と家庭生活の両立に寄与することを通じて、労働者の福祉の増進を図ることなどの目的(同法1条)の下、事業主は、法定の除外要件がない限り、その3歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないものに関して、厚生労働省令で定めるところにより、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮することにより当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下「所定労働時間の短縮措置」という。)を講じなければならない(同条23条)とした上で、労働者が所定労働時間の短縮措置の申出をし、又は短縮措置が講じられたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをしてはならない(同法23条の2)と定めるものである。このような育児・介護休業法の規定の文言や趣旨等に鑑みると、同法23条の2の規定は、前記の目的及び基本理念を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、労働者につき、所定労働時間の短縮措置の申出をし、又は短縮措置が講じられたことを理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、その不利益な取扱いをすることが同条に違反しないと認めるに足りる合理的な特段の事情が存しない限り、同条に違反するものとして違法であり、無効であるというべきである。 
これを本件について見るに、・・・かえって、本件昇給抑制については、どのような良好な勤務成績であった者に対しても一律に8分の6を乗じた号俸を適用するものであるところ、そのような一律的な措置を執ることの合理性に乏しいものといわざるを得ないのであり、本件昇給抑制は、労働者に本件制度の利用を躊躇させ、ひいては、育児・介護休業法の趣旨を実質的に失わせるおそれのある重大な同条違反の措置たる実質を持つものであるというべきであるから、本件昇給抑制は、同条23条の2に違反する不利益な取扱いに該当するというべきである。

2 育児・介護休業法23条の2が、事業主において解雇,降格、減給などの作為による不利益取扱いをする場合に、禁止規定としてこれらの事業主の行為を無効とする効果を持つのは当然であるが、本件昇給抑制のように、本来与えられるべき利益を与えないという不作為の形で不利益取扱いをする場合に、そのような不作為が違法な権利侵害行為として不法行為を構成することは格別、更に進んで本来与えられるべき利益を実現するのに必要な請求権を与え、あるいは法律関係を新たに形成ないし擬制する効力までをも持つものとは、その文言に照らし解することができない。また、あるべき号俸への昇給の決定があったとみなしてY社の「決定」の行為を擬制すべき根拠もないことも明らかである。そうすると、Xらが確認を求めるX1につき91号、X2につき73号、X3につき89号という法律関係は存在していないといわざるを得ない。

3 不法行為により財産的な利益を侵害されたことに基づく損害賠償の請求にあっては、通常は、財産的損害が填補され回復することにより精神的苦痛も慰謝され回復するものというべきであるところである。しかし、本件昇給抑制は、それがされた年度の号俸が抑制されるだけでなく、翌年度以降も抑制された号俸を前提に昇給するものであるから、Y社において本件昇給抑制を受けたXらの号俸数を本件昇給抑制がなければXらが受けるべきであったあるべき号俸数に是正する措置が行われない限り、給料(給与規程5条)、地域手当(同20条)、期末手当(同31条)、勤勉手当(同32条)等といった賃金額についての不利益が退職するまで継続し続けるだけでなく、退職時には、退職金の金額の算定方法のいかんによっては、退職金の金額にも不利益が及ぶ可能性があること、毎年6月及び12月に支給される期末手当、勤勉手当はその都度会長の定める支給率が決定されなければ、その数額を確定することができず(同31条2項,32条2項)、本件昇給抑制に起因する財産的損害についてあらかじめ填補を受け回復することができないことなどに鑑みると、現時点において請求可能な損害額の填補を受けたとしても、本件昇給抑制により被った精神的苦痛が慰謝され回復されるものではないから、前記認定の財産的損害とは別に、慰謝料の支払が認められるべきものといえ、その金額は、Xら各自について10万円と認めるのが相当である。

慰謝料はたったの10万円です。安っ。

注意が必要なのは、上記判例のポイント2です。

このような考え方は、一般の方からすると違和感を感じるところであり、勘違いしがちな点です。

参考にしてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金116 競業他社に転職した場合の退職加算金の返還合意の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、競業他社に転職した場合の退職加算金の返還合意の有効性が認められた裁判例を見てみましょう。

野村證券事件(東京地裁平成28年3月31日・労経速2283号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、元従業員のXに対し、XがY社を退職する際、同業他社に転職した場合は返還する旨の合意をして退職加算金を支給したが、Xが退職後に同業他社に転職したと主張して、上記返還合意に基づき、退職加算金相当額+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

XはY社に対し、1008万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 本件返還合意は、本件制度に基づく本件退職加算金の支給に伴うものであるところ、本件制度は、従業員が申請し、Y社が承認した場合に、通常の退職慰労金に加えて退職加算金を支給するという制度であり、これを利用するか否かは、従業員の自由な判断に委ねられているものと解される。したがって、Y社を退職しようとする従業員において、Y社との間で将来同業他社に転職した場合に退職加算金を返還する旨の合意(本件返還合意)をすることを望まないのであれば、本件制度を利用しなければよいのである。本件においても、Xは、自ら本件制度の利用を申請したものであり、Xが本件制度の利用をY社に強制されたと解すべき事情は認められない

2 また、本件返還合意は、従業員に対して同業他社に転職しない旨の義務を負わせるものではなく、従業員が同業他社に転職した場合の返還義務を定めるにとどまるものである。したがって、Y社を退職しようとする従業員としては、将来同業他社に就職することが確定しているのでない限り、ひとまず本件返還合意をして退職加算金を受け取っておき、将来同業他社に就職する機会が生じたときに退職加算金を返還して就職するか否かを考えることで何ら問題ないということができるのであり、本件制度を利用して退職することが、これを利用せずに退職する場合よりも従業員に不利になる事態を想定することはできない。かえって、本件制度においては、通常の自己都合退職の場合に行われる退職慰労金の減額が行われないのであるから、退職加算金の支給を考慮しなくても、通常の退職より従業員に有利であるということができる

3 以上のとおり、本件制度は、退職加算金の受給に伴って本件返還合意をしなければならないことを考慮しても、Y社を退職しようとする従業員にとって通常の退職よりも有利な選択肢であるということができるから、本件制度のうち本件退職合意だけを取り上げて、これが退職後の職業選択の自由を制約する競業禁止の合意であると評価することはできないというべきである。

裁判所の判断に賛成です。

このような制度であれば、退職後の転職を不当に制約すると評価されることはないと思われます。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金115(富士運輸(割増賃金等)事件)

おはようございます。

今日は、元トラック運転手による割増賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

富士運輸(割増賃金等)事件(東京高裁平成27年12月24日・労判1137号42頁)

【事案の概要】

本件は、自動車(トラック)運転手としてY社に雇用されていたXが、Y社に対し、雇用期間中の平成22年6月1日から平成24年2月29日までの間における時間外労働、深夜労働及び休日労働に係る割増賃金の未払額が合計721万4468円あると主張して、同未払額のうちの661万9657円+遅延損害金、同額の付加金+遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は、Xの賃金等に関する労働条件はY社の就業規則及び賃金規程に定める内容のものであり、これらの定めによれば、Xの賃金は固定給と歩合給から成り、Xに月々支給された各種割増手当及び加算手当は割増賃金の支払であって、本件請求期間の各月に支払われたその各額は対応する各月に発生した割増賃金額よりも多いから、Xに対する未払の割増賃金は存在しないと認定判断して、Xの請求をいずれも棄却した。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 ・・・上記協定書には、同制度(1か月単位の変形労働時間性)を実施するための要件である変形期間となる1か月以内の一定の期間の特定(労基法32条の2、施行規則12条の2第1項)がなく、また、Y社のE支店では、同制度の適用を受けるトラック運転手に対し、業務シフト表を作成してこれを予め示すことをしておらず、運行業務に就く前日又は当日に配車担当職員からトラック運転手に配車を指示するという取扱いをしていることからすると、トラック運転手の労働実態は、1か月単位の変形労働時間制が実施されているとは認められないというべきである。したがって、Xについては、変形労働時間制の適用はなく、その割増賃金は労基法37条に基づいて算定することになる。

2 ・・・上記各手当のうちの有給休暇手当を除く皆勤手当、待機手当、空車回送手当、その他諸手当、携帯電話手当及び講習手当は、いずれも、歩合給でも割増賃金でもなく、また、労基法37条5項及び施行規則21条に定める割増賃金の基礎となる賃金の算定において算入されない賃金にも当たらないものであり、かつ、通勤手当のように実費を補てんする手当とも異なるから固定給に係る割増賃金の基礎となる賃金に算入される賃金であると解するのが相当である。

3 Y社の賃金体系が基本給及び歩合給の合計額よりも各種割増手当及び加算手当の合計額の方が大きいものであることを理由として合理性を欠くという主張及びY社の賃金体系が100時間以上の時間外労働を恒常化させるものであることを理由としてY社の賃金体系が労基法37条の趣旨に反するという主張については、割増賃金に関する規定以外の労基法の規定や他の労働関係法令との関係で問題となり得る可能性があることはともかく、Xが支払を受けていない割増賃金があるかどうかの判断に直接影響を及ぼす主張ではない。

たくさんの手当が出ている場合、固定残業代と認められないと、割増賃金の基礎賃金と判断されてしまいます。

そうなると、自ずと、金額は高額になってしまいます。

気をつけましょう。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金114(新生銀行事件)

おはようございます。

今日は、給与減額に対してなされた同意は心裡留保や錯誤にはあたらず有効と判断した裁判例を見てみましょう。

新生銀行事件(さいたま地裁平成27年11月27日・労経速2272号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で雇用契約を締結し、Y社の市場営業部大阪営業推進室長として勤務していたXが、給与制度の改定による減額についてした同意は心裡留保又は錯誤等により無効であるとして、雇用契約に基づく賃金支払請求権に基づき、上記減給前後の給与の差額の合計390万円+遅延損害金の支払を求めるとともに、会議で上司から罵詈雑言を浴びせられ、うつ病と診断されて給与が劣る部署への異動を勧められるなどして退職を強要されたとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、1年間の基本給に相当する損害額1500万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 心裡留保とは、意思表示の表意者が、表示行為に対応する真意のないことを知りながらする単独の意思表示をいう。Xは、戯言で本件減給に対する同意の意思表示をしたのではなく、単に、本心では同意することに納得しておらず、いわば意思表示を渋々したものであるといえるところ、これは、意思表示をすることに対する表意者の感情に過ぎず、意思表示に対応する内心的効果意思の内容とは全く別のものである
そうすると、Xは、本件減給に対する同意をしたくないという感情であったものの、まさに本件減給に対する同意をするという内心的効果意思で本件減給に対する同意の意思表示をしたと認められる。
したがって、本件減給に対する同意は心裡留保に当たらない。

2 錯誤とは、表示の内容と内心の意思とが一致しないことを表意者本人が知らないことをいい、意思表示の動機ないし縁由に誤りがあるものを動機の錯誤という。
Xは、本件減給に同意しないと解雇されると誤信して解雇を避ける動機で本件減給に同意する意思表示をしたと主張する。しかしながら、Xが本件減給に同意しないと解雇されると思い込んだということはできず、したがって、Xが本件減給に同意しないと解雇されると誤信したと認めることはできない
したがって、本件減給に対する同意の意思表示につき錯誤は成立しない。

3 労働契約法9条本文は、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできないと定めており、労働者との合意があれば、その内容が強行法規に違反する場合や信義則(民法1条2項)に違反する場合を除き、労働条件の不利益変更も有効である。
Xは、本件減給が強行法規や信義則に違反するとの主張及び証拠の提出をしていないから、Xの主張は失当である
したがって、本件減給が無効であるということはできない。

労働条件の不利益変更における労働者の同意については、最高裁判例が出たこともあり、現在、注目されている重要ポイントです。

単に労働者の同意をとればよい、ということではないことは最低限押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金113(甲会事件)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、育児短時間勤務制度の利用を理由とする昇給抑制が違法とされた事例を見てみましょう。

甲会事件(東京地裁平成27年10月2日・労経速2270号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社で稼働するXらが、Y社において育児短時間勤務制度を利用したことを理由として本来昇給すべき程度の昇給が行われなかったことから、各自、Y社に対し、①このような昇給抑制は法令及び終業規則に違反して無効であるとして、昇給抑制がなければ適用されている号給の労働契約上の地位を有することの確認、②労働契約に基づく賃金請求として昇給抑制がなければ支給されるべきであった給与と現に支給された給与の差額及び遅延損害金、③このような昇給抑制は不法行為に当たりXらは精神的物質的損害を受けたとして、不法行為に基づく慰謝料(各自50万円)等の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求めたものである。

【裁判所の判断】

本件訴えのうちXらがY社において平成26年4月1日時点で各主張に係る号俸の労働契約上の権利を有する地位にあることを確認することを求める部分をいずれも却下する。

Y社は、X1に対し、19万6149円+遅延損害金を支払え

Y社は、X2に対し、27万0799円+遅延損害金を支払え

Y社は、X3に対し、24万6315円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 ・・・このような育児・介護休業法の規定の文言や趣旨等に鑑みると、同法23条の2の規定は、前記の目的及び基本理念を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり、労働者につき、所定労働時間の短縮措置の申出をし、又は短縮措置が講じられたことを理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは、その不利益な取扱いをすることが同条に違反しないと認めるに足りる合理的な特段の事情が存しない限り、同条に違反するものとして違法であり、無効であるというべきである。

2 本件昇給抑制は、本件制度の取得を理由として、労働時間が短いことによる基本給の減給(ノーワークノーぺイの原則の適用)のほかに本来与えられるべき昇給の利益を不十分にしか与えないという形態による不利益取扱いをするものであると認められるのであり、しかも、このような取扱いがX主張の指針によって許容されていると見ることはできないし、そのような不利益な取扱いをすることが同法23条の2に違反しないと認めるに足りる合理的な特段の事情が存することも証拠上うかがわれないところである。

3 育児・介護休業法23条の2が、事業主において解雇、降格、減給などの作為による不利益取扱いをする場合に、禁止規定としてこれらの事業主の行為を無効とする効果を持つのは当然であるが、本件昇給抑制のように、本来与えられるべき利益を与えないという不作為の形で不利益取扱いをする場合に、そのような不作為が違法な権利侵害行為として不法行為を構成することは格別、更に進んで本来与えられるべき利益を実現するのに必要な請求権を与え、あるいは法律関係を新たに形成ないし擬制する効力までをも持つものとは、その文言に照らし解することができない。また、あるべき号俸への昇給の決定があったとみなしてY社の「決定」の行為を擬制すべき根拠もないことも明らかである。そうすると、Xらが確認を求めるX1につき91号、X2につき73号、X3につき89号という法律関係は存在していないといわざるを得ない。

4 不法行為により財産的な利益を侵害されたことに基づく損害賠償の請求にあっては、通常は、財産的損害が填補され回復することにより精神的苦痛も慰謝され回復するものというべきであるところである。
しかし、本件昇給抑制は、それがされた年度の号俸が抑制されるだけでなく、翌年度以降も抑制された号俸を前提に昇給するものであるから、Y社において本件昇給抑制を受けたXらの号俸数を本件昇給抑制がなければXらが受けるべきであったあるべき号俸数に是正する措置が行われない限り、給料、地域手当、期末手当、勤勉手当等といった賃金額についての不利益が退職するまで継続し続けるだけでなく、退職時には、退職の金額の算定方法のいかんによっては、退職金の金額にも不利益が及ぶ可能性があること、毎年6月及び12月に支給される期末手当、勤勉手当はその都度会長の定める支給率が決定されなければ、その数額を確定することができず、本件昇給抑制に起因する財産的損害についてあらかじめ填補を受け回復することができないことなどに鑑みると、現時点において請求可能な損害額の填補を受けたとしても、本件昇給抑制により被った精神的苦痛が慰謝され回復されるものではないから、前記認定の財産的損害とは別に、慰謝料の支払が認められるべきものといえ、その金額は、Xら各自について10万円と認めるのが相当である。

上記判例のポイント3は重要です。

また、上記判例のポイント4の理由付けは非常に納得がいくものですが、この理由からこの結論ですか・・・

あまりにも慰謝料の金額が低すぎて、何の抑止力にもなっていません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金112(類設計室(取締役塾職員・残業代)事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、全員取締役制塾職員の労働者性と割増賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

類設計室(取締役塾職員・残業代)事件(京都地裁平成27年7月31日・労判1128号52頁)

【事案の概要】

本件は、学習塾の経営等を目的とするY社に雇用されていたXが、時間外労働を強いられていたのにもかかわらず、Y社の取締役であったことを理由に残業代の支払を受けなかったとして、残業代の合計548万3465円+遅延損害金+付加金等の各支払を求めている事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、671万9790円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、付加金519万9806円を支払え

【判例のポイント】

1 当該業務従事者が労基法上の労働者に該当するといえるか否かの問題は、個別的労働関係を規律する立法の適用対象となる労務供給者に該当するか否かの問題に帰するところ、この点は、当該業務従事者と会社との間に存する客観的な事情をもとに、当該業務従事者が会社の実質的な指揮監督関係ないし従属関係に服していたか否かという観点に基づき判断されるべきものであると解するのが相当である。
そして、本件においては、Y社は、XがY社の取締役であり労働者ではない旨を主張しているものであるから、取締役就任の経緯、その法令上の業務執行権限の有無、取締役としての業務執行の有無、拘束性の有無・内容、提供する業務の内容、業務に対する対価の性質及び額、その他の事情を総合考慮しつつ、前記のとおり、当該業務従事者が会社の実質的な指揮監督関係ないし従属関係に服していたか否かという観点から判断すべきものであると解される。

2 Y社は、弁論終結が予定されていた第5回口頭弁論期日の当日になって、新たな証拠を提出するとともに、これを踏まえた第6準備書面を提出してきた。
・・・Y社は、訴訟係属後の比較的早期の段階より、Xから労働時間該当性を争うのかについて釈明を求められていたのであるから、最終口頭弁論期日までの間に、積極的な事実を摘示して労働時間該当性を争うことも、これに関連する証拠を収集して提出することも容易に出来たはずであるにもかかわらず、あえてその主張立証活動をしてこなかったものである。
・・・Y社は、自ら労働時間該当性に関する主張立証をしないと述べていたのであるから、上記のような主張立証活動は、訴訟上の禁反言にももとるばかりか、裁判所の争点整理も無に帰せしめる上に、上記のような審理の経過を信頼して誠実に訴訟活動を重ねてきたXにとっても不測の事態を招来するものであるといわざるを得ず、訴訟活動上も無用の負担を強いられるものであって、到底許容し難いものである
加えていうならば、上記主張立証活動は、Xが、弁論再開申立てをして、申立の趣旨変更申立書が提出されたことに乗じて、新たな主張を追加するものであり(本来は、Xの計算の修正を前提とした請求額の拡張に対する答弁のみが想定されていたものである。)、Xに有利な内容での和解が勧試された後のものであることをも踏まえると、判決の内容を想定した上での後出しであるとの評価を受けても致し方ないものである。しかも、Y社は、上記主張立証を最終口頭弁論期日当日に提出したものであり、Xによる反論の機会をも奪うものであったとの評価を受けてもやむを得ないものであった
そうすると、Y社が最終の口頭弁論期日において提出した証拠及びこれを踏まえた第6準備書面における主張については、時機に遅れたものであり、そのことにつき、少なくとも重過失が存するものと認めるほかない。

3 ・・・以上の次第で、Xは、紛れもなく労基法上の労働者と認められる。本件においては、Y社は、自主管理という企業理念を踏まえ、労働者性に関しるる主張をしているところ、当裁判所としても、その企業理念そのものやそれを踏まえて今日まで発展を遂げてきたY社の企業としての在り方を露いささかも否定するものではない。しかしながら、そのことと、労働者に対して労基法を踏まえた適正な処遇をすべきことは別の事柄であるといわざるを得ず、労働者であるXの時間外労働に対しては、労基法に基づき、適正に残業代が支払われなければならない

会社の経営理念や方針それ自体を否定するものではありませんが、やはり従業員全員が取締役として労基法の適用を除外することは労働法の世界では難しいですね。

なお、上記判例のポイント2であげたのは、珍しく時機に後れた攻撃防御方法として裁判所から非難されているので紹介しました。

結審間際になって新たな主張立証を突然するとこうなります。 ご注意を。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金111(東和工業事件)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、コース別雇用制における性別振分けと差額賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

東和工業事件(金沢地裁平成27年3月26日・労判1128号76頁)

【事案の概要】

本件は、契約期間の定めのない労働者としてY社に雇用されていたXが、Y社に対し、以下の各理由により、以下の各支払請求をした事案である。

Y社において総合職と一般職から構成されるコース別賃金制度が導入されて以降は、Y社はXに総合職の賃金表を適用すべきであったのに、一般職の賃金表を適用してきたと主張して、①主位的に、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金として、1864万3460円+賃金損害金、②予備的に、不当利得返還請求権に基づき694万8600円+遅延損害金(以下、省略)。

【裁判所の判断】

不法行為に基づく損害賠償請求として328万円(年齢給差額198万円、慰謝料100万円、弁護士費用30万円の合計)+遅延損害金

賃金請求として6万0672円+遅延損害金

付加金請求として6万0672円+遅延損害金

退職金請求として101万6266円+遅延損害金

を支払え

【判例のポイント】

1 労働基準法4条は「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない。」と定めている。
労働基準法4条は、性別を理由とする賃金差別を禁止した規程であり、使用者が男女別の賃金表を定めている場合のように、男女間に賃金格差が生じており、かつ、それが性別の観点に由来する(その他の観点に由来するものとは合理的に考えにくい)ものと認められるときには、男女の労働者によって提供された労働の対価が等しいかを問うまでもなく、同条違反を構成するものである。そして、この理は、賃金表に男性や女性といった名称が用いられていない場合であっても、実態において男女別の賃金表を定めたのと異ならない態様で複数の賃金表が適用されているときにも同様に当てはまると解すべきである

2 本件コース別雇用表においては、総合職と一般職とで異なる賃金表が適用されているところ(特に年齢給については、年連という要素だけで、総合職と一般職の間で相当の差額が生じる。)、この総合職と一般職の区別が、事実上、性別の観点からされていたのであれば、実態において男女別の賃金表を定めたのと異ならない態様で複数の賃金表が適用されていたものとみるほかないのであり、このような事態は労働基準法4条に違反するものといわざるを得ない。

3 Y社が従業員数十名程度の規模の会社であり、従業員も採用する機会が限られていることを考慮しても、上記のことからすると、本件コース別雇用制導入時の従業員の振り分けは、総合職及び一般職のそれぞれの要件にしたがって改めて行ったものではなく、総合職は従前の男性職からそのまま移行したもの、一般職は女性職からそのまま移行したものであり、その状況が本訴提起後まで継続していたと理解するのが素直であって、本件コース別雇用制における総合職と一般職の区別は、結局のところ、男女の区別であることが強く推認されるというべきである。

4 労働基準法4条は強行規定であり、同条に違反する労働条件は無効である(同法13条前段)。そして、Y社における一般職(事実上の女性用)の賃金表が、総合職(事実上の男性用)の賃金表に比べて、労働者に不利なものであることは明白であるから、Y社と女性労働者との労働契約のうち、一般職の賃金表を適用する部分は無効であるというべきところ、無効となった賃金の定めは総合職の賃金表によって補充されるものと解するほかない(労働基準法13条後段)。
そうすると、労働基準法4条違反の前記Y社の不法行為におけるXの損害は、Xが一般職の賃金表に基づき現に支給されていた賃金と、総合職の賃金表の適用があるとすればXが得られる賃金との差額であるというべきである。

非常に重要な裁判例です。

コース別の雇用表を採用している会社は、この裁判例を参考に現在の雇用制度が労基法違反になっていないかチェックする必要があります。

是非、実務に活かしてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金110(ANA大阪空港事件)

おはようございます。

今日は、退職功労金の権利性と内規の就業規則該当性に関する裁判例を見てみましょう。

ANA大阪空港事件(大阪高裁平成27年9月29日・労判1126号18頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員及び元従業員の相続人が、Y社が労働組合に交付した書面に記載されていた退職功労金の支給基準は就業規則と一体のものとして労働契約の内容となっているとして、Y社に対し、労働契約に基づき、退職功労金及び遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は、Y社が労働組合に交付した書面に記載されていた退職功労金の支給基準は労働契約の内容となっているとは認められないとして、Xらの請求をいずれも棄却したので、これを不服とするXらが本件各控訴を提起した。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 旧退職金規程7条は、退職功労金について「在籍中に特に功労のあった者に対しては基本退職金の計算の範囲内での功労加算として加給する」と定めているが、在籍中に特に功労があった者に対して退職功労金を支給することを抽象的に定めているだけであり、同条によっては退職功労金の支給対象者及び支給額は確定しないから、旧退職金規程7条に基づいて、直ちに退職功労金を請求することはできず、使用者が「特に功労があった者」に当たるか否かを査定するとともに、具体的な算定方式や支給額を決定することによって初めて具体的な金額が確定するものと解される

2 日本語の通常の意味として、「内規」とは、「内部の規定、内々の決まり」を意味するから、それが就業規則と異なることは明らかである。加えて、昭和55年基準は、労使の合意として書面が作成されていない。これらからすると、Y社が昭和55年基準に従って退職功労金を労働契約の内容とする意思を有していなかったことが認められるから、Y社は昭和55年基準を就業規則として定めたものではなく、どのような者を「特に功労があった者」と認めるか、及び退職功労金の支給額をいくらにするかはあくまでもY社の運用に委ねられていることを前提としつつ、その運用基準として昭和55年基準を定めたものと認めるのが相当である
そうすると、昭和55年基準は旧退職金規程7条の内容を具体化するものではあるが、昭和55年基準自体は就業規則の一部ではないから、昭和55年基準はY社とY社の従業員との間の労働契約の内容としてY社を拘束するものではないというべきである。

原告としてはチャレンジングな訴訟だったと思いますが、裁判所の判断は特に驚くような内容とはなりませんでした。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金109(中野運送店事件)

おはようございます。

今日は、就業規則変更による運行手当減額の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

中野運送店事件(京都地裁平成26年11月27日・労判1124号84頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員(運転手)であるXらが、Y社の就業規則の一部をなす「運行に関する手当明細表」の変更により賃金が減額となったが、当該不利益変更は高度の合理がなく無効であるとして、従前の運行手当明細表に基づく賃金の支給を受けるべき労働契約上の地位の確認を求めるとともに、平成23年9月分以降に支給された賃金と従前の運行手当明細表に基づき支給されるべき賃金との差額の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

X1を除くすべての原告につき平成22年4月1日に定められた運行手当明細表に基づく賃金支給を受けるべき労働契約上の地位を有することを確認する。
*X1は訴訟途中でY社を退社したため。

【判例のポイント】

1 Y社は、経営状態の改善のために、人件費の削減により資金(キャッシュフロー)を得ることを目的として本件改定を行ったものであり、本件改定の一応の必要性があったことは認められる。しかし、平成23年8月に本件改定を行わなければならないとするだけの高度の必要性を窺わせる事情は、特段、見当たらない

2 そして、Y社が本件改定に先立ち本件組合に行った説明は、本件組合に示された改定の内容も変遷しており、その変遷の理由も明らかではなく、また、本件改定の必要性等の理由の説明も、当初はなされず、その後も説明自体が変遷しており、さらには、理由を裏付ける客観的な資料は何ら提供されていないのであり、これらに照らすと、Y社が、本件改定に先立ち、本件組合に対して十分な説明を行っていたものということはできない。

3 以上に加えて、本件改定がXらに与える不利益が少ないとはいえないこと、本件改定に対する代償措置もとられていないことに照らすと、上記の本件改定の一応の必要性を考慮してもなお、未だ、本件改定に合理性があるということはできない。

就業規則の変更により賃金を減額する場合には、他の労働条件の変更に比べてもより慎重に行う必要があります。

「高度の必要性」が求められていますので、軽い気持ちで行うとやけどします。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。