Category Archives: 賃金

賃金144 賃金減額同意の有効性の判断方法(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、休職後の雇用の終了の有効性、賃金減額同意の成否に関する裁判例を見てみましょう。

DMM.com事件(東京地裁平成29年3月31日・労判ジャーナル70号42頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結し、カラオケ映像制作及びゲーム制作等に従事していたXが、Y社から、予定されていた売上げが見込まれないとして、事業部における事業の終了を告げられた後、うつ病性障害にり患したとして休職を申請し、休職期間中に代理人を立てて和解交渉を行っていたところ、Y社から、Xの不正行為が判明したなどとして、和解交渉の打切りと休職期間満了による雇用の終了を告げられたため、Xが、かかる雇用終了は解雇に当たるとした上で、Xは取締役会長が行った不当な解雇通知や長時間労働の強要等のパワーハラスメントに起因して体調を崩しており、業務上の疾病に当たるため解雇が制限され、また、解雇権の濫用にも当たるとして雇用終了は認められないと主張し、労働契約上の権利を有する地位の確認を求めるとともに、未払賃金、残業代、付加金及び慰謝料等を請求した事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 休職期間満了時において、退職の効果を生じさせないためには、労働者において、復職意思があり、復職可能な状態にあることの立証を行う必要があると解されるところ、同日を経過する時点において、XからY社に対し復職の申出や、復職可能な状態に回復したことを証する診断書等の提出はなく、休職理由の消滅に関して何らの立証も行われなかったものと認められ、上記就業規則の適用により、Xは、平成27年1月10日の経過によって、休職期間満了によりY社を退職したものと認めることができ、また、本件でY社がXとの間の雇用を終了させたことが実質的に解雇としての側面があると考えた場合においても、客観的に合理的な理由及び社会通念上の相当性が認められ、解雇権の濫用に当たるようなものとはいえず、さらに、Xについては、精神疾患にり患し、それによって就業できない状況にあった事実の存在自体認め難い上、仮にその事実を認めるとしても、業務上の疾病に当たるということはできず、労基法19条の要件を満たさないこと等から、Xの請求のうち、雇用契約上の権利を有する地位の確認を求め、解雇後の未払賃金の支払を求めるものには理由がない。

2 本件賃金減額は、45万8400円もの急激な減額を伴うもので、その同意の認定に当たっては慎重な判断を要するということはいえるものの、本件賃金減額以前にも、Xが自ら人員の削減も含め人件費を半減させる提案をしていた事実が認められることや、Xは事業部の責任者として人件費の削減に自ら寄与すべき状況があったといえること、Xには、人件費の削減を事業部を継続させるための説得の材料として用いたいという動機があったと考えられることなど、真意をうかがわせる事情は複数認められ、また、本件賃金減額によっても、月額50万円と事業部において最も高額で、一般的に見ても低いとは言えない賃金が確保されており、その後もXから異議が述べられるなどしていないことに照らしても、本件賃金減額はXの同意に基づいてされたものであると認めることができること等から、本件賃金減額は、労働契約法8条により適法になされたものといえ、Xの未払賃金請求のうち、本件賃金減額の違法を理由に差額の未払賃金の支払を求める部分には理由がない。

上記判例のポイント1、2ともに重要な論点です。

裁判所が重要視する事情をしっかり主張立証することが大切です。

そのためには過去の裁判例を参考にして準備することが不可欠です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金143 就業規則を変更して成果主義型賃金体系を導入する方法とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、就業規則の変更(成果主義型賃金体系導入)の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

東京商工会議所事件(東京地裁平成29年5月8日・労判ジャーナル70号36頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、就業規則を変更し、年齢に応じて昇給する「年齢給」等を内容とする従来のいわゆる年功序列型賃金体系から、「役割給」等を内容とするいわゆる成果主義型賃金体系を導入したことについて、Y社の正職員であるXが、かかる就業規則の変更は従業員にとって不利益変更に当たり、合理性を欠き無効であると主張して、本件変更前の就業規則に基づく賃金を受給する地位の確認を求め、あわせて本件変更により具体的に減額された給与及び賞与部分について未払賃金が発生しているとして、その支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件では、制度変更がなければ事業継続ができないという意味での高度の必要性は認められないが、本件変更により制定された新賃金体系は、成果を上げることでそれに見合った賃金が支給され、従業員を含む職員全員に対し等しく昇級・昇給の可能性が与えられるなど公平性が確保され、制度変更の必要性に見合った相当なものであり、それと一体として改正された人事評価制度にも合理性があり、また、十分とまではいいがたい面はあるものの、激変緩和措置として経過措置が講じられ、不利益を受ける者に対する一定の配慮もされており、かかる観点からも変更された制度内容の相当性は認められ、また、Y社は、本件変更を進める過程で労働組合と交渉し、その意見も取り入れながら具体的な制度設計を行い職員に対しても丁寧に説明するなど、本件変更の合理性を基礎づける事情が認められ、さらに、本件変更が会社職員におおむね受け入れられている様子がうかがわれること等から、本件変更後の就業規則は、労働組合法10条の諸要素に照らし、その合理性を肯定することができ、従業員が本件変更後の就業規則に拘束されないことを前提とした本件各請求には理由がない。

裁判所はプロセスを重要な評価要素としていますので、不利益変更をする場合にはあわてず、やるべきことをしっかりやることがとっても大切なのです。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金142 各種手当の基礎賃金該当性を否定する方法とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、特別な諸手当の基礎賃金該当性に関する裁判例を見てみましょう。

大阪内外液輸事件(大阪地裁平成29年9月28日・労判ジャーナル69号27頁)

【事案の概要】

本件は、Xらが、Y社に対し、整備奨励金、出勤奨励金、無事故褒賞金及び運行作業手当が労働基準法37条に基づく時間外割増賃金の支払金額算定に当たっての基礎賃金に含まれていないことが労基法37条等に照らして違法無効であるとして、これらの手当等を基礎賃金に含めた場合の割増賃金と実際に支払われた割増賃金との差額賃金及び労基法114条に基づく付加金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 整備奨励金等は、労働者の車両整備作業の状況等といった1か月を超える期間における労働者の勤務状況等を勘案して、特別に支給されることが予定された賃金であり、2か月ごとに支給すること自体について、不合理かつ不自然であるとも認められないこと、労働協約等において、整備奨励金については奇数月、出勤奨励金及び無事故褒賞金について偶数月に支給していたこと等から、整備奨励金等は労基法施行規則の「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」であり、時間外割増賃金を算定するに当たり、整備奨励金等を基準外賃金として取り扱ったことが労基法等に違反するとはいえない

その手があったか!と思われた経営者の皆様は参考にしてみてください。

もっとも、現在、毎月支給している場合には、労働条件の不利益変更となりますので、必要な手続を踏まなければなりません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金141 労使慣行に基づく退職一時金の請求は認められるか?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、退職金規定に基づく未払退職金等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

栗本産業事件(大阪地裁平成29年9月15日・労判ジャーナル69号32頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社に対し、退職金規定等に基づく退職金550万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、新規程第6条に基づき、Y社に対する「退職特別功労金」の具体的な支払請求権を有することを前提に、退職金の支払を請求しているが、新規程第6条は、「功労金を支給する場合がある」、「金額についてはその都度定める」と規程していることから明らかなとおり、同条所定の「退職特別功労金」を個々の退職者に対して支給するか否か、支給する場合の具体的な金額については、会社の裁量判断に委ねられているものというべきであり、同条の規定のみに基づいて、XがY社に対して具体的に一定額の「退職特別功労金」の支払請求権を取得すると解することはできない。

2 Xは、Y社において、退職者に対し、企業年金以外に一定額の「会社支給分」の退職一時金を支給する旨の労使慣行が成立していた旨主張するが、約3年8か月の間に5名の退職者に対して退職金が支給されたというだけで、その支給が長期間反復継続して行われていたと評価し得るか疑問がある上、その支給額は一定ではなく、支給額の具体的な算定方法も明らかではないことに照らせば、Y社において、退職者に対し、企業年金以外に一定額の「会社支給分」の退職一時金を支給する旨の労使慣行が成立していたとは認められない

裁判所が労使慣行の成立を認めてくれるのはよほどの場合に限られます。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金140 直行直帰の場合の移動時間は労働時間?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業代無効等に基づく未払時間外割増賃金等支払請求事件について見てみましょう。

日本保証・クレディア事件(大阪地裁平成29年4月27日・労判ジャーナル66号45頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と雇用契約を締結していたXが、時間外労働をしたのにそれに対する賃金が支払われていないとして、割増賃金の請求とそれに対する付加金の支払を命ずるよう求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、北海道小樽市に居住しており、本件当時、Y社が債権を有する顧客宅を訪問し、複数の顧客宅を回る業務に従事し、最初の訪問顧客先には自宅から直行し、最後の訪問顧客先からは自宅に直帰していた本件のXの業務は、北海道内の顧客宅を訪問して、顧客と協議するなどして債権回収を図ることにあると認められるところ、自宅と顧客宅との間の移動は、業務の前提であって業務そのものとはいえないし、その始点又は終点は自宅であり、純然たる私生活の範疇に属する区域であり、また、この移動について、移動の具体的な道筋が定められているとか、移動開始時間と移動終了時間が指定されていることを窺わせる証拠はないから、自宅と顧客宅の間の移動については、Y社の指揮命令下にあったと認めることはできず、これを労働時間と評価することはできないから、Xの自宅等と顧客宅の間の移動時間を労働時間と認めることはできない。

2 特定の名目で支払われている金銭がいわゆる固定残業代であるというためには、①当該金銭が時間外労働に対する対価として支払われていること、②当該金銭が他の部分と明確に区分されていることが必要と解されるところ、本件についてみると、Y社は、その表現こそ異なるものの、給与規程において、月30時間分の残業代相当額が賃金に含まれ、あるいは固定残業代として支払う旨を明記し、かつ給与支給明細書においては、その具体的な金額まで明記されているのであるから、賃金のうち、固定残業代として支払われている金額は、その他の賃金と金額面で明確に区分されており、上記の①及び②の要件のいずれも満たすと認めるのが相当である。

上記判例のポイント1は、直行直帰の場合の労働時間に関する考え方として参考になります。

判例のポイント2については、固定残業代が認められていますね。

ちゃんと最高裁が示した要件を前提として運用していれば裁判所も認めてくれます。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金139 口頭弁論終結後に割増賃金を支払った場合の付加金支払義務(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、口頭弁論終結後に割増賃金を支払った場合の付加金支払義務に関する裁判例を見てみましょう。

損保ジャパン日本興亜(付加金支払請求異議)事件(東京地裁平成28年10月14日・労判1157号59頁)

【事案の概要】

本件は、判決により労働基準法114条所定の付加金の支払を命ぜられた原告が、判決確定前に未払割増賃金を支払ったので、付加金の支払義務が発生しておらず、Xが同判決を債務名義、同判決で命ぜられた付加金請求権を請求債権とし、Y社を債務者として行った債権差押えは不当な執行であるとして、同強制執行の不許を求める請求異議の事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 労働基準法114条は、裁判所は、労働者の請求により、解雇予告手当(同法20条)、休業手当(同法26条)、割増賃金(同法37条)、年次有給休暇の期間における賃金を支払わない(同法39条6項)使用者に対し、使用者が本来支払うべき金額の未払金のほか、同一額の付加金の支払を命じることができると定めている。
付加金の性質は、労働基準法によって使用者に課せられた義務の違背に対する制裁であって、損害の填補としての性質を持つものではないと解され、実体法的な権利関係に基づいて生ずるものではないから、未払割増賃金の弁済等の実体法上の消滅原因によって付加金支払義務を免れることができないというべきである。
また、付加金支払義務は、付加金の支払を認める判決の確定によって生じるところ、判決の基礎とすることができる事実は、事実審の口頭弁論終結時までのものである。
このことからすると、付加金の支払を認める判決の確定によって、付加金支払義務が発生するためには、事実審の口頭弁論終結時において、付加金の支払を命ずるための要件が具備されていれば足り、当該判決が取り消されない限りは、事実審の口頭弁論終結後の事情によって、当該判決による付加金支払義務の発生に影響を与えないというべきである。
したがって、使用者が判決確定前に未払割増賃金を支払ったとしても、その後に確定する判決によって付加金支払義務が発生するので、付加金支払義務を消滅させるには、控訴して第一審判決の付加金の支払を命ずる部分の取消を求め、その旨の判決がされることが必要となる
 この点、Y社は、最高裁平成26年判決が「裁判所がその支払を命ずるまで(訴訟手続上は事実審の口頭弁論終結時まで)に使用者が未払割増賃金の支払を完了しその義務違反の状況が消滅したときには」と判示していることから、事実審終了後判決確定までの間に未払割増賃金が支払われた場合には、付加金が発生しないことが前提となっており、判決にある付加金支払義務は、判決確定前に未払の割増賃金等が支払われないことを停止条件として発生する、又は、判決確定前に未払の割増賃金等が支払われることを解除条件とするものである旨主張する。
しかし、最高裁平成26年判決では、付加金支払義務はその支払を命ずる判決の確定によって発生するものであるが、事実審の口頭弁論終結後の事実は判決の基礎とすることができないから、使用者が未払賃金の支払を完了して付加金支払義務を免れることができるのは、訴訟手続上、事実審の口頭弁論終結時までとなることが説示されているものと解され、このことからすると、付加金支払義務を免れるためには使用者としては控訴をした上で訴訟手続上、支払の事実を主張立証することが必要であると解される。
したがって、判決による付加金の支払義務の発生は、判決確定前の未払割増賃金等の支払の有無を条件とするものである旨の原告の主張は採用できない。

本件の特徴は、「事実審の口頭弁論終結後判決確定前」に未払賃金を支払ったという点です。

結論としては上記のとおりです。

支払いが遅れないように気をつけましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金138 退職した看護師に対する修学資金等返還請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、辞職した看護師等に対する修学資金等貸付金返還請求に関する裁判例を見てみましょう。

医療法人杏祐会事件(山口地裁萩支部平成29年3月24日・労判ジャーナル64号32頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、かつて雇用していた看護師であるXに対し、①准看護学校在学中の修学資金等として、平成17年4月4日から平成19年3月1日まで合計約146万円を期限の定めなく貸し付け、さらに、②看護学校在学中の修学資金等として、同年4月26日から平成22年3月27日まで合計108万円を期限の定めなく貸し付けたとして、金銭消費貸借契約に基づき、本件貸付①の残元金約146万円及び本件貸付②の元金108万円の合計254万円等の支払を求めるとともに、Xの父であるAに対し、同人が本件貸付の貸金債務を連帯保証したとして、保証契約に基づき、上記同額の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 E事務長等のY社の管理職は、Xが退職届を提出するや、本件貸付の存在を指摘して退職の翻意を促したと認められるのであり、本件貸付は、実際にも、まさにXの退職の翻意を促すために利用されており、しかも、E事務長は本件貸付②だけではなく本件貸付①も看護学校卒業後10年間の勤務をしなければ免除にならないと述べるなど、本件貸付規定は、労働者にとって更に過酷な解釈を使用者が示すことによってより労働者の退職の意思を制約する余地を有するものともいえ、このようなXの退職の際のY社の対応等からしても、本件貸付は、資格取得後にY社での一定期間の勤務を約束させるという経済的足止め策としての実質を有するものといわざるを得ないから、本件貸付②は、実質的には、経済的足止め策として、Xの退職の自由を不当に制限する、労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定であるといわざるを得ず、労働基準法16条の法意に反するものとして無効というべきである。

労働基準法16条では「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と規定されています。

このような病院は複数存在しますが、訴訟になればこのような結果になりますのでご注意ください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金137 就業規則変更に伴う賃金・退職金減額と合理性判断(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、新人事制度導入に伴う就業規則の変更と退職金減額の成否に関する裁判例を見てみましょう。

学校法人早稲田大阪学園事件(大阪地裁平成28年10月25日・労判1155号21頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の教職員であったXらが、新人事制度が施行され就業規則(各種規則等を含む。)が変更されたことで退職金が減額となったが、同変更がXらを拘束しないとして、変更前の規則に基づく退職金と既払退職金との差額及び遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 就業規則の変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないが、労働条件の集団的処理、特にその統一的、画一的決定を建前とする就業規則の性質上、当該条項が合理的なものである限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解され(最高裁大法廷昭和43年12月25日判決・民集22巻13号3459頁参照)、当該変更が合理的なものであるとは、当該変更が、その必要性及び内容の両面からみて、これによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである(最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2075頁参照)。

2 以上からすれば、Y社の経営状況は非常に悪化していたといわざるを得ず、経営状態が改善されなければ最悪の場合には解散をも視野に入れざるを得ないこととなる(実際、平成24年4月12日の団体交渉では解散の話にも言及がなされている。)。
解散や整理解雇は、従業員に大きな影響を及ぼすものであることから、その前段階として回避努力を行うことが必要となるところ、既に説示したとおり、生徒数等に鑑みれば、収入が劇的に増加(回復)することは見込めないという状況下においては、支出を削減するという方法によるしかないこととなる。
Y社は、役員数の減少、役員報酬の減額、定期昇給の停止、手当の削減、希望退職の募集等の措置を講じていたものではあるが、前記のとおり、人件費の支出が大きな割合を占めるというY社の性質からすれば、経営状態を改善するためには、上記の各措置のような一時的な対策のみでは効果は限定的であるといわざるを得ず、賃金体系(退職金を含む。)を抜本的に改革するほかなかったといわざるを得ない
そうすると、本件変更には、労働者の退職金等という重要な権利に不利益を及ぼすこととなってもやむを得ない高度の必要性があったと認められる。

3 これらの事情に加えて、Y社が、本件組合に対し、財政状況が悪化しており、放置すれば財政破綻を来すおそれがあることについては少なくとも本件変更の約7年2か月前から説明していることや、本件変更の約11か月前である平成24年6月1日付けで人事制度改革に関する個別相談窓口を設けるなどしていたことをも併せ考慮すれば、Y社は、本件組合あるいは教職員に対し、少なくとも、突如として本件変更の必要性があることを説明したものではなく、以前から、複数回にわたって新人事制度導入の必要性やその内容について説明を行っていたと評価することができ、6期連続赤字という経営状態であっても、直ちに昇給を停止するなどの措置を講じるのではなく、従前の給与規則に基づいて賃金の支払を継続してきたものである。
また、本件変更に係る説明に際しても、本件組合からの要求を受けて資料を開示するなどしていたほか、本件組合との交渉においても、新人事制度が所与のものであって、変更の余地がないというような強硬な態度をとることなく、平成24年度の賞与の支給、昇給の延伸及び激変緩和措置等に関する本件組合の要求を受けて、従前提案していた制度から変更するなど、柔軟な対応をとっていたと評価することができる。
そうすると、全体として、Y社の本件組合あるいは教職員に対する説明の内容・態度は適切なものであったと評価することができ、平成24年4月12日の団体交渉において、書記長が、「平成25年度の改革は考えていただいて結構」、「財政再建策やって頂いて結構」と述べるに至っているのも、その表れと評価することができる。
以上を総合考慮すると、本件変更については、これにより被るXらの不利益は大きいものではあるが、他方で、変更を行うべき高度の必要性が認められ、変更後の内容も相当であり、本件組合等との交渉・説明も行われてきており、その態度も誠実なものであるといえることなどからすれば、本件変更は合理的なものであると認められる。

労働条件の不利益変更のうち、賃金や退職金の減額する場合には、上記のとおり、より一層高度の必要性が求められます。

本件は有効と判断された例ですが、ご覧のとおり、もはやぎりぎりの状態の中で気が遠くなるような準備が必要とされます。

そう簡単にはいかないことは明らかです。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金136 就業規則の不利益変更と労働者の同意の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、就業規則改訂の無効及び差額賃金等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

ケイエムティコーポレーション事件(大阪地裁平成29年2月16日・労判ジャーナル63号43頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xらが、主位的請求として、Y社に対し、平成11年4月1日施行給与規程に基づいて、本件給与規定に基づいて計算された賃金と現実にY社から支給された賃金との差額賃金の支払、本件給与規定に係る賃金額を前提として、平成11年4月1日施行の退職金支給規定に基づいて、同退職金の支払を求め、そして、Bが、Y社に対し、深夜勤務に係る時間外割増賃金の支払とともに、労働基準法114条に基づく付加金等の支払を求め、予備的請求として、Xらが、Y社に対し、平成12年給与システム及び平成22年10月の給与システムに基づいて差額賃金の支払及び退職金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

就業規則の改訂は無効
→Xらの主位的請求をすべて認容

【判例のポイント】

1 Y社が、仮に、就業規則の不利益変更に該当するとしても、Xらは、本件誓約書に署名押印していることから、同不利益変更に関して、Xらの同意があった旨主張するが、本件誓約書への署名押印というXらの行為がXらの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはおおよそ認められない

2 平成20年就業規則及び平成21年就業規則と平成11年就業規則及び本件給与規定を比較すると、同変更による労働者側の不利益の程度は大きいと認められるところ(変動の具体的な基準や決定方法等も規定されておらず、Y社の恣意的な運用を許す内容といわざるを得ない)、他方で、同変更に至る経緯、同変更の必要性等その合理性を基礎付ける個別具体的な事実に関する事情が明らかとはいえず、同変更については、合理性があったとは認められないから、同不利益変更は、無効である。

労働条件の不利益変更をする場合には、近時の判例の傾向を踏まえた上で慎重に行いましょう。

特に労働者からの同意については非常に厳しくその有効性を判断されますのでご注意ください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金135 退職金減額と労働者の同意の効力(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、吸収合併に伴う消滅信組元職員の退職金減額の効力に関する裁判例を見てみましょう。

山梨県民信用組合(差戻審)事件(東京高裁平成28年11月24日・労判1153号5頁)

【事案の概要】

本件は、A社の職員であったXらが、A社とY社との平成15年1月14日の合併によりXらに係る労働契約上の地位を承継したY社に対し、退職金の支払を求めた事案である。

原審(甲府地判平成24年9月6日)がXらの請求をいずれも棄却したので、Xらがこれを不服として控訴をしたが、差戻し前の控訴審(東京高判平成25年8月29日)は、Xらの控訴をいずれも棄却した。

これに対し、Xらが上告受理の申立てをしたところ、最高裁判所は、これを受理した上、平成28年2月19日、上記控訴審判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻すとの判決を言い渡した。

【裁判所の判断】

請求をほぼ全額認容

【判例のポイント】

1 ・・・このような本件基準変更による不利益の内容等及び本件同意書への署名押印に至った経緯等を踏まえると、管理職Xらが本件基準変更への同意をするか否かについて自ら検討し判断するために必要十分な情報を与えられていたというためには、管理職Xらに対し、旧規程の支給基準を変更する必要性等についての情報提供や説明がされただけでは足りず、自己都合退職の場合には支給される退職金額が0円となる可能性が高くなることや、Xの従前からの職員に係る支給基準との関係でも上記の同意書案の記載と異なり著しく均衡を欠く結果となることなど、本件基準変更により管理職Xらに対する退職金の支給につき生ずる具体的な不利益の内容や程度についても、情報提供や説明がされる必要があったというべきである。

2 本件労働協約は、本件職員組合の組合員に係る退職金の支給につき本件基準変更を定めたものであるところ、本件労働協約書に署名押印をした執行委員長の権限に関して、本件職員組合の規約には、同組合を代表しその業務を統括する権限を有する旨が定められているにすぎないから、上記規約をもって上記執行委員長に本件労働協約を締結する権限を付与するものと解することはできない
そこで、上記執行委員長が本件労働協約を締結する権限を有していたというためには、本件職員組合の機関である大会や執行委員会により上記の権限が付与されていたことが必要であると解される。
これを本件についてみると、・・・本件基準変更を定めた本件労働協約の効力は、組合員Xらに及ばない。

3 この点、Y社は、・・・本件労働協約の締結について追認(民法116条)がされたと主張する。
しかしながら、非管理職向けの職員説明会において、J常務理事が、自己都合退職の場合には支給される退職金が0円となる可能性が高くなることや、Y社の従前からの職員に係る支給基準と比較すると同一水準にはなっていないことなど、本件基準変更により職員に対する退職金の支給につき生ずる具体的な不利益の内容や程度についての情報提供や説明をした事実は認められない
そうすると、Iや組合員Xらを含む本件職員組合の組合員においては、本件基準変更に同意をするか否かについて自ら検討し判断するために必要十分な情報を与えられていなかったというべきであるから、Iが、合併後の労働条件について管理職と同じ内容の労働協約を締結した旨を報告し、その報告に対して他の組合員から質問や異議が出なかったことをもって、本件職員組合の機関である大会又は執行委員会により本件労働協約の締結の権限がIに付与されたとみることはできない。

最高裁判決を踏まえてこのような判断となりました。

労働条件の不利益変更を行う場合には、まずは従業員から同意を得ることを考えますが、その際、上記判例のポイント1を是非参考にしてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。