Category Archives: 賃金

賃金154 定年退職者の期末手当不支給の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、定年退職者らの在籍要件に基づく期末手当不支給の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

東日本旅客鉄道事件(東京地裁平成29年6月29日・労判ジャーナル73号34頁)

【事案の概要】

本件は、平成28年4月末日でY社を定年退職したXらが、Y社の賃金規程では4月に定年を迎え同月末日で定年退職する者のみ期末手当が支給されない仕組みとされており、これが合理性のない差別的取扱いに該当し、公序良俗に反し違法であると主張して、Y社に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、平成28年度の夏季手当相当額の賠償金等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xらは、現行賃金規程によれば4月生まれの退職者のみが不利益を受けるから、他の月生まれの者との間で差別的取扱いをするものであると主張するが、例えば3月生まれの従業員が退職する場合であっても、当該従業員は夏季手当の調査期間(前年10月1日から当年3月31日まで)の全部において業務に従事しているにもかかわらず、当該調査期間に対応する退職後の夏季手当を受給できないことは同様であり、その余の月の退職者においても同様に、期末手当のうち調査期間中に就労していたとしても受給できない部分が生じるのであるから、Y社の取扱いは、4月生まれの者にだけ不利益を課すものとはいえないこと等から、期末手当の支給におけるY社の取扱いが不合理であり公序良俗に反し違法である等とするXらの主張には理由がない。

まあ、そうでしょうね。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金153 退職金規定廃止に対する従業員の同意の成否(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、退職金規定廃止に対する元従業員の同意の成否に関する裁判例を見てみましょう。

アイディーティージャパン事件(東京地裁平成29年3月28日・労判ジャーナル73号48頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、退職したとして、就業規則に基づき、退職金約1840万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求認容

【判例のポイント】

1 本件の退職金規定廃止は、Xの退職金約1800万円を喪失させるものであり、Xは、一時金214万2000円とA社株式のストックオプション(仮にY社主張の価値があるとしても約1040万円)の付与と引き換えに退職金規定廃止に同意する旨の書簡兼同意書に署名しているとはいえ、その直前には、Y社宛の「就業規則の退職金制度廃止に関する確認書」と題する書面に対する署名を拒否していること、上記署名の翌日には、一時金214万2000円を平成23年度の功績に対して同一時金を支払う旨記載した書簡に署名しているため、上記書簡兼同意書の内容とは明らかに矛盾する内容の書面に署名していること、B社本社又はY社からXに対して退職金規定の廃止に関して十分な説明がなされている形跡も見当たらないことに鑑みると、本件では、Xが自由な意思に基づいて同意していると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認めがたいから、本件では、退職金規定廃止に関してXの同意は認められず、また、その不利益変更に関する合理性もうかがわれないため、就業規則の退職金規定廃止は無効である

2 Y社は、仮に退職金規定が廃止されていないとしても、Xは書簡兼同意書に署名したことで退職金請求権を放棄している旨主張するが、書簡兼同意書はB社本社とXの間の合意書であるところ、Y社の代理人である旨の顕名がないことも、Y社が効果帰属主体であることをXが認識し又は認識しえたともいえず、また、退職金請求権放棄の意思表示が認められるためには、それが労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要と解されるところ、この点についても認められないから、本件では退職金請求権放棄の意思表示は認められず、Y社の退職金規定の廃止は無効であり、旧就業規則の退職金規定は存続しているところ、これによると、Xの退職金は、1839万5417円である。

賃金等の減額について労働者の同意を得たとしても、上記のように同意の効果を否定されることがあります。

「自由な意思」に基づいているかどうかがポイントになりますが、これは決して主観(内心)の問題ではなく、客観的な事情から認定されることに注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金152 賃金規程の不交付と慰謝料請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、非組合員に対する労働協約の適用の有無と退職金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

代々木自動車事件(東京地裁平成29年2月21日・労判1170号77頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員であったXが、Y社に対し、①定年退職に伴う退職金+遅延損害金並びに②申請した有給休暇に係る未払賃金+遅延損害金の支払を求めるとともに、③Y社において、根拠なく控除を行うなどしてXの賃金を不当に低く抑えていたことや、有給休暇の申請を正当な理由なく拒否するなど不誠実な対応をしていたことなどが不法行為を構成すると主張して、慰謝料+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、60万4000円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、11万5528円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、50万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xは、本件組合の組合員ではなく、本件組合の組織率が4分の3以上(労働組合法17条参照)であるとは認められないから、平成8年協定書及び平成14年協定書が、労働協約としてXを拘束することはない。

2 勤続年数計算方法については、退職金支給規定8条において、入社の日より起算して、退職又は死亡の日までと定められている。そうすると、63歳時点までの勤続年数をもって、退職金算定のための勤続年数として取り扱うことを定める平成8年協定書の内容が、そのような限定を加えていない退職金支給規定に抵触することは明らかである。
そして、退職金支給規定は、就業規則46条に基づく規定であるから、労働契約法12条により、これに抵触する労使慣行の効力を認める余地はない。

3 時季変更権の行使には、その前提として、他の時季に有給休暇を取得する可能性の存在が前提となるところ、Xは、定年退職時に未消化有給休暇全ての取得を申請しているのであるから、他の時季に有給休暇を取得する可能性が存在せず、Y社において時季変更権を行使することは認められない

4 Y社は、乗務員賃金規定について、Xを含む乗務員に対する周知を欠いていたところ、平成23年10月ころから平成24年3月ころまでの間、Xから、何度も賃金に関する規定の交付を求められていたにもかかわらず、Xが退職するまで、これをあえて交付しなかったものである。そして、Xは、在職中に、乗務員賃金規定を確認し、Y社における賃金制度の内容を正確に把握したうえで、その問題点(累進歩合制度、各種控除、組合員と非組合員との賃金格差等)について検討し、Y社に対し、未払賃金を請求できないかを検討したり、不合理な労働条件の是正に向けてY社と交渉等を行う機会を奪われたものであるから、賃金に関する規定の交付要求に応じなかったY社の不誠実な対応は著しく社会的相当性を欠くものとして、不法行為を構成するというべきであり、Y社は、Xに対し、Xの受けた精神的苦痛に対する慰謝料を支払うべき義務を負う。

上記判例のポイント4で50万円もの慰謝料が認められています。

相場観がよくわかりませんが、会社としては気をつけなければいけません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金151 手当の「出来高払制賃金」該当性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、各手当の「月によって定められた賃金」該当性に関する裁判例を見てみましょう。

川崎陸送事件(東京地裁平成29年3月3日・労判ジャーナル72号55頁)

【事案の概要】

本件は、従業員ら(3名)において、それぞれ平成24年7月から平成26年8月までに支給されるべき時間外労働等に係る割増賃金等の支払、労働基準法114条所定の付加金等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払時間外労働等割増賃金等支払請求は認容

付加金等支払請求は一部認容

【判例のポイント】

1 「出来高払制」とは、賃金の対象が労働時間ではなく、労働者の製造した物品の量・価格や売上げの額などに応じた一定比率で額が定まる賃金制度をいうものと解されるところ、従業員らの従事する業務は、乗務職としてトラックに乗務し、トラックを運行するとともに、その運行の前後における積荷の積卸作業に従事するものであり、具体的な運行及び積荷の積卸しの内容はY社の指示によって決まるものであるから、本件各手当が当該手当の支給対象とするXらの労務の内容は、労働時間内に提供が求められる労務の内容そのものであること、しかも、地場手当は、実際には1日につき5000円の支給となっていて、運行回数、運送距離ないし走行距離、積荷の積載量、売上げといった作業の成果とは関連しておらず、乗務日数に応じて支給される手当といえること等から、本件各手当は、出来高払制賃金に当たらないと考えられる。

2 一般的に割増賃金等の支払がされないことは、付加金支払を命ずることを相当とする芳しからぬ事情であり、本件においても、問題となった本件各手当が割増賃金の基礎賃金として扱われず、ひいて過少な割増賃金の支払しかされていなかったことが認められるが、他方において、本件における本件各手当が固定給であるのか出来高払制賃金であるのかは、その判別が明確かつ容易にできるものとは言い難く、してみると、その判断を使用者であるY社において誤ったとしてもやむを得ない点もあり、将来にわたる違法行為の抑止等の観点からは、必ずしも未払割増賃金相当額全部の付加金の付加が適切であるとも言い難く、こうした事情を総合して考慮すると、本件においては、付加金として未払時間外割増賃金等の約25%相当の各支払を命じることが相当である。

業務内容からして「出来高払制」ということは考えられないとして出来高払制賃金に当たらないと判断されています。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金150 雇用契約締結の条件としての出資依頼と公序良俗違反の当否(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、雇用契約に基づく未払賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

クリエイト・ジャパン事件(東京地裁平成29年5月29日・労判ジャーナル72号48頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社との間で平成27年9月7日に雇用契約を締結し、平成28年1月29日までの間、労務を提供したとして、Y社に対し、未払賃金約276万円等の支払を求めるとともに、Y社のXからの出資金の受領は、公序良俗違反又は詐欺に当たるとして、Y社に対し、不当利得に基づく利得金返還請求権又は不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、100万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払賃金等支払請求は認容

不当利得返還請求及び損害賠償等請求は棄却

【判例のポイント】

1 Xは、Y社が長期間無職であるXに対して入社の条件として100万円の出資を求めたことは公序良俗に反すると主張するが、仮に上記出資が雇用契約締結の条件となっていたとしても、直ちに公序良俗に反するとはいえず、また、Xは、Y社はXを株主として扱う意思がないのに、これがあるように装って、Xを欺罔し、出資金名下に100万円を領得したと主張するが、Y社は、株主総会を開催せず、特段の事情もなくXからの株主名簿閲覧請求にも応じていないなど、会社法所定の手続を履践していないことが認められるものの、Xの請求に応じて株券を発行しており、Xを株主として扱う意思がないにもかかわらず、これがあるように装って、Xを欺罔し、出資金名下に100万円を領得したとまで認めることはできないから、XのY社に対する不当利得に基づく利得金返還請求ないし不法行為に基づく損害賠償請求には理由がない。

100万円の出資を求めたことが公序良俗に反しないとの判断は裁判官によって異なる可能性があると思います。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金149 基本給組込型の固定残業代が有効と判断された理由とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、月80時間の時間外労働に対する基本給組込型の固定残業代が有効とされた裁判例を見てみましょう。

イクヌーザ事件(東京地裁平成29年10月16日・労経速2335号19頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、Y社に対し、未払時間外、深夜割増賃金205万0194円+遅延損害金の支払を求めるとともに、労働基準法114条に基づく付加金205万0194円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、8266円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xは、固定残業代の定めが有効とされるためには、その旨が雇用契約上、明確にされていなければならず、また、給与支給時にも固定残業代の額とその対象となる時間外労働時間数が明示されていなければならないところ、Xが受領した給与明細には、基本給に含まれる固定残業代の額及びその対象となる時間外労働時間数が記載されておらず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働の割増賃金に当たる部分を判別することができないと主張するが、上記認定事実のとおり、Y社は、本件雇用契約における基本給に80時間分の固定残業代(8万8000円ないし9万9400円)が含まれることについて、本件雇用契約書ないし本件年俸通知書で明示している上、給与明細においても、時間外労働時間数を明記し、80時間を超える時間外労働については、時間外割増賃金を支払っていることが認められ、基本給のうち通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働の割増賃金の部分とを明確に区分することができるから、Xの上記主張は採用することができない。

2 また、Xは、本件雇用契約における平成26年4月16日以降の固定残業代の額も8万8000円であることを前提として、これは80時間分の時間外割増賃金額を大きく下回っており、給与支給時に固定残業代の額及びその対象となる時間外労働時間数が明示されていなければ、労働基準法所定の残業代が支払われているか否か不明となるともに主張するが、・・・これにより上記固定残業代の定めが無効になると解することはできない。

3 Xは、Y社が主張する固定残業代の対象となる時間外労働時間数は、本件告示第3条本文が定める限度時間(1か月45時間)を大幅に超えるとともに、いわゆる過労死ラインとされる時間外労働時間数(1か月80時間)に匹敵するものであるから、かかる固定残業代の定めは公序良俗に反し無効であると主張するが、1か月80時間の時間外労働が上記限度時間を大幅に超えるものであり、労働者の健康上の問題があるとしても、固定残業代の対象となる時間外労働時間数の定めと実際の時間外労働時間数とは常に一致するものではなく、固定残業代における時間外労働時間数の定めが1か月80時間であることから、直ちに当該固定残業代の定めが公序良俗に反すると解することもできない
以上によれば、本件雇用契約における上記固定残業代の定めは有効である。

この裁判例も最高裁が示した要件を加重する判断はしていません。

少し要件論が落ち着いてきた感じがしますね。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金148 酒気帯び運転中の事故と退職金不支給の是非(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、酒気帯び運転中の事故に基づく未払退職金等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

日本通運事件(東京地裁平成29年10月23日・労判ジャーナル72号32頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員が、Y社を退職したとして、Y社に対し、退職金248万9105円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

一部認容(5割認容)

【判例のポイント】

1 Xは、本件事故前日が公休日であったとはいえ、断続的に飲酒をするとともに、就寝の際、医師から飲酒時の服用を禁止されていた精神安定剤等を服用したため、本件事故当日の朝、ふらつき感を覚え、発熱まであり、欠勤するに至ったにもかかわらず、更に飲酒を続けた上、高濃度のアルコールを身体に保有する状態で本件自動車を運転した結果、運転を誤って営業中のスーパーマーケットの玄関付近に自車を衝突させたというのであって、本件酒気帯び運転は、その態様が悪質であり、その行為に至る経緯に酌量の余地はなく、本件事故は、本件店舗に修理費162万円を要するほどの損傷を与えるなど、同店舗関係者及びその利用者らに与えた精神的衝撃も小さくなく、臨場した警察官に現行犯逮捕されるに至り、実名で新聞報道がされるなどしており、その社会的影響も軽視することはできないこと等から、本件懲戒解雇処分は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとはいえず、権利の濫用に当たらないから有効であり、Xは、本件懲戒解雇処分により社会を退職したものであり、退職慰労金規程3条1号所定の退職金不支給条項に該当する事由が認められる。

2 退職慰労金規程3条1号が、懲戒処分により解雇されたときは、原則として、退職金を支給しないとしながら、情状により減額して支給することがあると規定するところ、本件懲戒解雇処分における解雇事由は、私生活上の非行に係るものであること、Xは、本件酒気帯び運転まで、Y社において、26年以上の長期にわたり、懲戒処分等を受けることなく、真面目に勤務してきたこと、本件酒気帯び運転や本件事故について素直に認め、本件店舗に直接謝罪をするとともに、自ら加入していた自動車保険を利用して被害弁償をして示談し、宥恕されていること、Y社に対しても謝罪し、自ら退職届を提出していること、XがY社の従業員であったことまでは報道されておらず、Y社の名誉、信用ないし社会的評価の低下は間接的なものにとどまることが認められること等から、本件酒気帯び運転がXのそれまでの勤務の功労を全て抹消するものとは認め難いものの、大幅に減殺するものといえ、その減殺の程度は5割と認めるのが相当である。

退職金の請求をするケースでは、上記判例のポイント2のような周辺事情を丁寧に主張立証することが求められます。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金147 時間数の特定、超過分の清算がなくても固定残業代は有効?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、時間数の特定、超過分の清算実態がなくても固定残業代は有効とされた裁判例を見てみましょう。

泉レストラン事件(東京地裁平成29年9月26日・労経速2333号23頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員であるXが、平成24年12月から平成26年11月までの期間に行った時間外、休日及び深夜の労働に係る割増賃金が支払われていないと主張して、Y社に対し、未払割増賃金+遅延損害金並びに労働基準法114条所定の付加金+遅延損害金の支払を求めた事案である。

これに対し、Y社は、Xの主張に係る時間外労働等の事実を一部否認するとともに、平成26年3月までの期間に関し、月俸に割増賃金(固定残業代)が含まれており、これにより割増賃金が支払われたこと、平成26年4月以降の期間に関し、Xは管理監督者(労基法41条2号)の地位にあり、仮にそうでないとしても、管理職手当が割増賃金(固定残業代)の支払に当たることなどを主張して、Xの請求を争っている。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、166万8103円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、付加金として81万7846円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 定額手当制の固定残業代については、いわゆる定額給制の固定残業代とは異なって、計算可能性及び明確区分性を確保するうえで時間外労働等の時間数を特定する必要はなく、労基法37条が、定額手当制の固定残業代の対象となる時間外労働等の時間数を特定することを要請しているとは解されない(東京高裁平成28年1月17日判決)。

2 もとより、固定残業代制度を導入した場合であっても、労基法37条所定の計算による割増賃金の額が、固定残業代の額を超過した場合には、使用者は、労働者に対し、その超過分を支払う義務を負うものである。そして、固定残業代制度を導入しているか否かに関わらず、タイムカードを用いるなどして時間外労働等を明示するような労務管理を行うことは望ましいとはいえるものの、そのような労務管理を行うこと自体が、固定残業代を有効たらしめるための要件を構成するとはいえないし、そのような労務管理を欠いており、未払割増賃金が存在し、その未払金の清算がなされていない実態があるというだけで、労働契約上、割増賃金の支払に宛てる趣旨が明確な固定手当について、割増賃金(固定残業代)の支払としての有効性を否定することは困難である。

一時期、最高裁が示した固定残業制度の有効要件よりも厳しい要件を示す裁判例が出たことがありましたが、本件裁判例のように考えるのが妥当だと思います。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金146 出向手当は固定残業代として有効?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、出向手当は固定残業代の性質を有しないとされた裁判例を見てみましょう。

グレースウィット事件(東京地裁平成29年8月25日・労経速2333号3頁)

【事案の概要】

本件は、Xらが、Y社に対し、労働契約に基づき割増賃金、交通費等の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求の一部を認容

【判例のポイント】

1 時間数を示さず、固定残業代の金額を示すことでも特段の事情がない限り固定残業代によらない労働契約、労働基準法37条等に基づく通常の計算方法による残業代の金額と比較することは可能であり、固定残業代では不足があるときには法定の計算方法による割増賃金との差額を支給すべきことには労働契約上に特別の定めを要しないことにかんがみると、時間数の明示や差額支給の定めは要しない

2 Y社の就業規則における交通費貸付けの定めは、実質的には労働契約の不履行につき、支給済みの交通費と同額の違約金を定めるものにほかならず、交通費が必ずしも多額にならないことを考慮しても、労働者の足止めや身分的従属の創出を助長するおそれは否定できず、労働基準法16条の賠償予定の禁止に違反し、その効力は認められないというべきである。

3 就業規則の内容が労働契約成立時から労働条件の内容となるためには、①労働契約成立までの間に、その内容を労働者に説明し、その同意を得ることで就業規則の内容を労働契約の内容そのものとすること、又は②労働契約を締結する際若しくはその以前に合理的な労働条件を定めた就業規則を周知していたこと(労働契約法7条)を要する。
ただし、上記②の場合は労働契約で就業規則と異なる労働条件が合意されている部分は、就業規則の最低基準効(同法12条)に抵触しない限り、労働契約が優先する(同法7条但書)。労働契約で用いられている用語につき、就業規則が一般に理解される意味とは異なる特別の意味で用いているからといって、就業規則での特別の意味で解釈することは労働者と使用者の個別の合意による労働契約の内容を使用者のみの制定による就業規則に基づいて変更し、就業規則を優先させることに等しく、使用者による労働者に対する労働条件の明示義務(労働基準法15条)及び理解促進の責務(労働契約法4条)並びに労使の対等な立場における合意原則(労働契約法1条、3条1項、8条、9条本文、労働基準法2条1項)の趣旨に反し、労働者に対し予測可能性なく労働条件を押し付ける不意打ちにもなりかねないから、労働契約締結以前にその就業規則も示して、就業規則の内容が労働契約そのものとなり、労働契約の用語を就業規則での特別の意味で用いることが労働契約に取り込まれたといえる上記①の場合に当たらない限り、労働契約法7条但書の趣旨に従い、その労働契約はやはり一般に理解される意味で解釈されるべきである(就業規則の最低基準効に抵触する場合は除く。)。

固定残業制度の有効要件について、上記判例のポイント1を参考にしてください。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金145 固定残業代が無効と判断された理由とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、固定残業代の主張を認めず、割増賃金請求を認容した裁判例を見てみましょう。

マンボー事件(東京地裁平成29年10月11日・労経速2332号30頁)

【事案の概要】

本件は、漫画喫茶などを運営する株式会社であるY社との間で労働契約を締結し、Y社の本社において夜間の電話対応や売上げの集計業務に従事していたXが、Y社はXの同意なく賃金を減額したほか、労働基準法所定の割増賃金を支払っていないなどと主張して、①労働基準法に従った平成26年2月から平成28年2月までの割増賃金や上記減額された賃金+遅延損害金、②割増賃金に係る労働基準法114条の付加金+遅延損害金の各支払を求めるとともに、Y社の雇用保険、健康保険及び厚生年金保険の届出義務の懈怠により、健康保険からの給付を受給できない等という不安定な状態のまま就労することを余儀なくされ、精神的苦痛を被ったと主張して、③不法行為に基づき、慰謝料100万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、未払賃金1212万4698円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、付加金300万円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、慰謝料10万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Cは、同面接時、Xに対し、勤務条件について、休憩1時間を含めた1日12時間シフトの週6日勤務で、賃金総額が30万円であり、賃金総額の増額決定がない限り同額を超えて支給されることは一切ない旨を説明したにとどまり賃金総額30万円のうちのどの部分が固定残業代に当たるのかについて説明をしていなかったものである。しかるに、同説明のみでは、賃金総額について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができず、Xが同説明を受けた上で本件労働契約を締結したとしても、Y社との間で有効な固定残業代に関する合意をしたとはいうことはできない。

2 また、仮に本件固定残業代についてXの同意があったとしても、本件労働契約においては当初から、労働者の労働時間の制限を定める労働基準法32条及び36条に反し、36協定の締結による労働時間の延長限度時間である月45時間を大きく超える月100万円以上の時間外労働が恒常的に義務付けられ、同合意は、その対価として本件固定残業代を位置付けるものであることからすると、36協定の有効性にかかわらず、公序良俗に反し無効である(民法90条)と解するのが相当である。

3 なお、Y社は、本件固定残業代に関する合意が無効となるとしても、当事者の合理的意思からすれば、少なくとも36協定により合意された45時間分の時間外労働に対する割増賃金を固定残業代の形で支払う旨の合意であると解釈すべきであると主張する。・・・本件においては、採用面接時のCの説明内容からしても、Y社において少なくとも36協定により合意された45時間分の時間外労働に対する割増賃金を固定残業代の形で支払う旨の意思が包含されていたとは認め難く、他方で、Xは賃金総額の振り分け方法についてさえ十分に理解していなかったものであり、これまで判示したところに照らして、X及びY社にY社が主張するような合理的意思を見出すことは困難といわざるを得ない。

4 Y社は本件固定残業代を超過する残業代の精算すら行っていなかった一方で、本件固定残業代が無効となる結果、Y社は、Xに対し、同業他社の賃金相場に照らして相当高額の基礎賃金を支払っていたことになることなど、本件に現れた一切の事情を考慮すれば、Y社に対し、付加金として300万円の支払を命じるのが相当である。

上記判例のポイント2、3はしっかり頭に入れておきましょう。

上記判例のポイント3は、原告としては、ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件札幌高裁判決を参考にしていると思いますが、今回は認められませんでした。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。