Category Archives: 賃金

賃金170 各種手当が固定残業代として有効と判断されるためには?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

昨日、「栗坊トマト」の種を植えました。

はやく芽が出ないかなー。

今日は、時間外手当相当額を控除する出来高払制賃金の計算方法を有効とした裁判例を見てみましょう。

X事件(大阪地裁平成31年3月20日・労経速2382号2頁)

【事案の概要】

本件は、貨物自動車運送業等を目的とするY社との間で労働契約を締結し、集荷、配達業務に従事していたXらが、Y社に対し、Y社は、Xらに支給する能率手当の計算に当たり、業務結果等により算出される出来高(賃金対象額)から時間外手当に相当する額を控除しているため、労働基準法37条所定の割増賃金の一部が未払であるなどと主張して、労働契約に基づく賃金請求として、未払割増賃金及び労基法114条の付加金+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 時間外手当Aと能率手当は、それぞれ独立の賃金項目として支給されており、能率手当も含めた基準内賃金に対し、所定の計算式によって時間外労働等に対する時間外手当が算出され支給されていることが認められるところ、Y社とXらとの間の労働契約において、賃金対象額と同額を能率手当として支払うなどとする合意の存在は認められず、本件計算方法は、飽くまでも能率手当の算出方法を定めたものにすぎないといえるのであるから、能率手当の具体的な算出方法として、「能率手当=賃金対象額ー時間外手当A」という過程を経ているとしても(上記のとおり、能率手当は賃金対象額が時間外手当Aを上回る場合に支給されるものであって、賃金対象額が時間外手当Aを下回る場合にマイナスとなるものではない。)、Y社は、現実に時間外手当Aを支払っていると解するのが相当である

2 また、労基法37条は、労働契約における通常の労働時間をどのように定めるか特に規定していないことに照らせば、労働契約の内容となる賃金体系の設計は、法令による規制及び公序良俗に反することがない限り、私的自治の原則に従い、当事者の意思によって決定することができるものであり、基本的に労使の自治に委ねられていると解するのが相当である。
そして、本件における能率手当は、労働の成果に応じて金額が変動することを内容とした出来高払制賃金であると解されるところ、出来高払制賃金の定め方を指定し、あるいは規制した法令等は特に見当たらず、出来高払制賃金について、いわゆる成果主義の観点から労働効率性を評価に取り入れて、労働の成果が同じである場合に労働時間の長短によって金額に差が生ずるようにその算定過程で調整を図ること自体は特段不合理なものであるとはいえない。したがって、能率手当の算定に当たって、賃金対象額と時間外手当Aとを比較した超過差額を基準とする本件計算方法は、労働時間に応じた労働効率性を能率手当の金額に反映させるための仕組みとして、合理性を是認することができるというべきである。
以上説示した点に鑑みると、本件計算方法は、労基法37条の趣旨に反するとか、同条の潜脱に当たるとはいえない。

3 ①集配職に支給される賃金は、能率手当以外の基準内賃金とこれらに対する割増賃金である時間外手当A及び時間外手当C、出来高払制賃金である能率手当とこれに対する割増賃金である時間外手当B並びにその他の基準外賃金(通勤手当、扶養手当等)により構成されていること、②以上の賃金のうち、能率手当を含む基準内賃金が、通常の労働時間の賃金に当たる部分であり、時間外手当A、時間外手当B及び時間外手当Cが、労基法37条の定める割増賃金に当たる部分に該当すること、以上の点が認められ、これらの点に鑑みると、集配職の賃金は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とが明確に区分されて定められていると認められる

4 Y社は、能率手当以外の基準内賃金に対する割増賃金として時間外手当Aを支給しており、これとは別に所定の計算式により算出された賃金対象額(これ自体は「通常の労働時間の賃金」として支給が定められたものではない。)が時間外手当Aの額を上回る場合に、超過差額を能率手当として支給しているのであって、能率手当に係る本件計算方法の過程で、通常の労働時間の賃金から時間外労働Aに相当する額を控除しているわけではないというべきであるから、時間外手当Aは、その内容に鑑みて、労基法37条に定める割増賃金に該当すると解するのが相当である。また、能率手当は、出来払制の賃金であるが、労働の成果のみならず、労働効率性を評価に取り入れて、成果の獲得に要した労働時間によって金額が変動するものとしても、成果主義的な賃金として、通常の労働時間の賃金としての実質を欠くものとはいえない。

非常に重要な裁判例です。

賃金制度を適切に設計・運用することは労務管理のキモです。

特に拘束時間の長い運送業においては必要不可欠ですので、是非、弁護士のアドバイスの下に適切に労務管理をしてください。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金169 歩合給が固定残業代?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、バス運転手の未払時間外割増賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

天理交通事件(大阪地裁平成31年2月28日・労判ジャーナル88号38頁)

【事案の概要】

本件は、バスの運転手としてY社に勤務していたXが、Y社に対し、平成26年10月28日から平成27年11月10日までの間における時間外割増賃金及び付加金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

一部認容

付加金等請求は棄却

【判例のポイント】

1 Y社は15日を超えた場合に支給される1日1万2000円の金員は、割増賃金として支給したものである旨主張するが、本件雇用契約書には、「基本給150,000円(1ヶ月15日間拘束・超過日数分は、歩合給として1日につき12,000円)」と記載されていること、Y社がXに対して毎月交付していた給与明細書には、時間外割増賃金とは別に、「所定時間外賃金」の項目が記載されていること、以上の点に、本件雇用契約締結時、Y社がXに対し、Y社就業規則(賃金規程)の該当箇所を見せるなどして、15日を超えた分の賃金が、時間外割増賃金の趣旨で支払われる旨の説明があったことを認めるに足りる的確な証拠はないこと(かえって、同金員について、本件雇用契約書には「歩合給」として支給する旨記載されている)をも併せ鑑みれば、Y社が「所定時間外賃金」として支払っている金員が時間外割増賃金の趣旨で支払われるということについて、XY社間に合意があったとは認められないから、Y社がXに対し、「所定時間外賃金」として支払っている金員については、本件請求期間に係る時間外割増賃金の額算定に当たって基礎賃金に含まれると解するのが相当である。

2 Y社は、Xに対する時間外割増賃金について、支払いを怠り、同賃金支払義務を負っていると認められるが、もっとも、Y社は、Xに対し、毎月、不足額があったとはいえ、時間外割増賃金を一定額支払っていること、Y社がXに対する割増賃金支払義務を負うのは、エンジン停止時間が休憩時間に該当するのか、労働時間に該当するのかというY社の認識の違いによるものであると考えられるところ、休憩時間に該当するか否かは、業務実態の面もさることながら、法的な評価を含む面もあることは否定できないこと(Y社と同様の業種業態の会社等においても、エンジン停止時間や中休時間について、休憩時間として処理している場合もある)、Y社は、本件訴訟に至ってからとはいえ、Xに対し、運転日報等の労働時間に関する資料を任意に交付したこと等本件に関する諸般の事情を総合的に勘案すると、Y社に対し、付加金の支払を命じるのは相当とはいえないと考えるから、XのY社に対する付加金請求については、これを命じないこととする

この事案も賃金システムの運用ミスから生じているものです。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金168 歩合手当、職務手当は固定残業代として認められる?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、ドライバーの未払時間外割増賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

ウェーブライン事件(大阪地裁平成31年2月14日・労判ジャーナル88号40頁)

【事案の概要】

本件は、一般貨物自動車運送事業等を目的とするY社の元従業員Xが社に対し、雇用契約に基づき、未払の時間外、休日及び深夜割増賃金等計350万円等、労働基準法114条に基づき、上記未払賃金と同額の付加金等の各支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

一部認容

【判例のポイント】

1 無事故手当、愛車手当、評価手当については、毎月支払われているから、1か月を超える期間毎に支払われるものとはいえず、そのほか除外賃金に当たると認めるに足りる事情は見当たらないこと等から、割増賃金算定の基礎となる支給費目に当たると認められる。

2 皆勤手当については、1か月を超える期間毎に支払われていないものの、雇用契約書上、無遅刻・無欠勤の場合に支給すると定められていること、平成28年6月10日や同年8月10日には支給されていないことからすれば、臨時に支払われた賃金であって、割増賃金算定の基礎となる支給費目に当たるとは認められない

3 歩合手当について、定められた目標を達成した場合及び時間外割増賃金等の額が職務手当の額を超えた場合に支給と記載され、時間外労働手当以外のものが含まれることが明らかな上、その算定方法や金額の定めがなく、その区別も明らかでないから、これが時間外労働手当に当たるとは認められず、また、歩合2手当についても、その内容を定めたものが見当たらないこと等から、これも時間外労働手当に当たるとは認められず、さらに、職務手当についても、職務手当のうち、いくらが時間外割増賃金であるのかがわからず、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金の部分が明確に区分されていないから、仮に時間外手当を含むとするような合意があったとしても有効とはいえず、そして、能力給及びその他手当についても、その内容を定めたものは見当たらず、その名称からしても、時間外労働手当に当たるとは認められない。

固定残業制度が認められない事例は、オレオレ詐欺と同様、どれだけ注意喚起、啓蒙活動をしても、一向になくなりません。

もう正解はわかっているのですから、そのとおりにやればいいのに、いまだに中途半端に導入し続けている例が後を絶ちません。

結果、多額の残業代を支払うことになってしまうのです・・・。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金167 育休取得者に対する昇給抑制の違法性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、育児休業取得労働者に対する昇給抑制の違法性に関する裁判例を見てみましょう。

近畿大学事件(大阪地裁平成31年4月24日・ジュリ1534号4頁)

【事案の概要】

Xは、大学等を設置、運営する学校法人であるY社との間で、平成24年、期間の定めのない労働契約を締結し、講師となった。

Xは、平成27年11月から平成28年7月まで育児休業をしたところ、Xは、平成28年度の定期昇給がなされず、同年8月の復職後における本俸においても従前の号俸のままであった。当時のY社の旧育休規程8条は、「休業の期間は、昇給のための必要な期間に算入しない。昇給は原則として、復職後12か月勤務した直近の4月に実施する」と定めていた。

そこでXは、Y社に対し、Y社がXが育児休業をした平成28年度にXを昇給させなかったことなどが、いずれも違法でありXに対する不法行為になる旨主張して損害賠償請求をした。

【裁判所の判断】

一部認容

【判例のポイント】

1 給与規程12条に基づく定期昇給は、昇給停止事由がない限り在籍年数の経過に基づき一律に実施されるものであって、いわゆる年功賃金的な考え方を原則としたものと認めるのが相当である。しかるに、旧育休規程8条は、昇給基準日前の1年間のうち一部でも育児休業をした職員に対し、残りの期間の就労状況如何にかかわらず当該年度に係る昇給の機会を一切与えないというものであり、これは定期昇給の上記趣旨とは整合しないといわざるを得ない。そして、この点に加えて、かかる昇給不実施による不利益は、上記した年功賃金的なY社の昇給制度においては将来的にも昇給の遅れとして継続し、その程度が増大する性質を有することをも併せ鑑みると、少なくとも、定期昇給日の前年度のうち一部の期間のみ育児休業をした職員に対し、旧育休規程8条及び給与規程12条をそのまま適用して定期昇給させないこととする取扱いは、当該職員に対し、育児休業をしたことを理由に、当該休業期間に不就労であったことによる効果以上の不利益を与えるものであって、育児介護休業法10条の「不利益な取扱い」に該当すると解するのが相当である。
そうすると、Y社が育児休業をしていたXについて、旧育休規程8条及び給与規程12条を適用して定期昇給の措置をとらなかったことは、育児介護休業法10条に違反するというべきである。

2 給与規程12条による定期昇給は、年数の経過により基本的に一律に実施されるというものであることに照らすと、職務能力を反映した能力給というよりは、勤務年数に応じた年功賃金の考え方に基づくものと認めるのが相当である。そうすると、一部の期間に法律上の権利である育児休業をしたことによって、残りの期間の勤務による功労を一切否定することまでの合理性は見出し難い(なお、仮に、これを能力給であるとみるとしても、同様に、一部の期間に育児休業をしたことにより、現に勤務した残りの期間における職務能力の向上を一切否定することは困難であるといわざるを得ない。)。
また、育児休業以外の事由による休業の場合にも同様に昇給が抑制されるという事実があったとしても、Xは、上記のとおり本件育児休業をしたことを契機として昇給抑制による不利益を受けたといえるのであるから、本件育児休業とXの不利益との間の因果関係は否定されず、育児介護休業法10条の適用は妨げられない。

妥当な結論だと思います。

同様の制度を採用している会社は気を付けましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金166 賃金減額合意の有効性判断(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金減額合意無効等に基づく未払賃金等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

エムスリーキャリア事件(大阪地裁平成31年1月31日・労判ジャーナル86号28頁)

【事案の概要】

本件は、医療従事者の有料職業紹介事業等を目的とするA社の元従業員Xらが同社との間で賃金を減額する合意をしたところ、Xの賃金減額の意思表示がA社の詐欺によるものであるからこれを取り消す、あるいは、動機の錯誤に基づくものであるから無効であるとして、A社を吸収合併したY社に対し、雇用契約に基づき、それぞれ未払賃金及び賞与計約404万円等の支払を求めるとともに、A社の役員による上記欺罔行為が故意にXらの権利ないし法益を侵害するものであるとして、不法行為(使用者責任)に基づき、それぞれ賃金及び賞与相当額等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xが月額45万円(平成26年5月以降は月額45万5000円)の支給を受けており、Xの給与明細においては基本給45万円又は45万5000円と表示されていたこと、本件説明書においても「就業規則での」「報酬約25万円に上乗せして」「高い給与・報酬が得れる形態になっている」、「現行の高め給与設定」などと上乗せ部分が給与であることを前提とする記載があることからすると、Xの賃金額をそれぞれ月額45万円などとする黙示の合意があったと認めるのが相当であり、また、賞与については、平成26年11月以前に春季賞与として80万円、夏季賞与として40万円が支払われた事実は認められるものの、就業規則上、会社の業績等を勘案して支給され、やむを得ない事由により、支給時期が延期し、又は支給しないことがあると定められておりその支給条件が予め明確に定められていると認めるに足りる事情もないから、恩恵的給付であって賃金ではないから、具体的権利としては発生しておらず平成27年の夏季賞与及び平成28年の春季賞与額の請求は認められない

2 A社の業績悪化については、本件説明書にそのような記載がなく、Dがそのことを説明したと認められず、仮に、Xが、本件説明書の「支払不能」や「倒産」等の言葉のみを捉えて、A社の業績が悪化していると思って賃金減額に応じたのだとしても、そのような動機が表示されているとは認められず、また、XがA社の役員報酬も減額されるものと誤信したとしても、業績が悪化して賃金減額を依頼する場合であればまだしも、そうでない状況において、労務提供の対価である賃金の額を決めるにあたり、役員の報酬がいくらかは重要であるとまではいえず、法律行為の要素に錯誤があったとは認められないこと等から、Xの錯誤無効の主張には理由がない。

上記判例のポイント2のようなトラブルは日常的に起こり得ますが、動機の錯誤の問題ですので、なかなか無効と判断されることは多くありません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金165 固定残業制度が無効と判断される理由(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

さて、今日は、未払時間外割増賃金等支払請求と固定残業代に関する裁判例を見てみましょう。

アトラス産業事件(東京地裁平成30年9月10日・労判ジャーナル84号52頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の正社員であったXが、会社在籍中に時間外労働、休日労働及び深夜労働を行ったと主張して、Y社に対し、時間外、休日及び深夜割増賃金約811万円等の支払を求めるとともに、労働基準法114条に基づく付加金約808万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、約457万円+付加金320万円を支払え

【判例のポイント】

1 XはY社から月給40万円に時間外労働等に対する割増賃金が含まれるとの説明を受けたことを否認し、本件証拠によるも、Y社からXに対し上記説明があったとは認められないこと、本件契約書1の記載から直ちに上記月給に時間外労働等に対する対価としての定額の割増賃金が含まれていると理解することは困難であること、賃金規程には基本給に割増賃金を含む旨の記載がないばかりでなく、時間外労働につき割増率1.25倍の割増賃金を支給するとの本件各契約書の記載と齟齬する記載があること、本件各契約書に記載された基本給の時給額は、埼玉県の最低賃金を下回ること、Y社が主張する固定残業代の定めによれば、固定残業代部分が1か月当たり約181時間ないし209時間分の時間外労働の対価となるなど、基本給と固定残業代部分が著しく均衡を失するうえ、Xの実際の時間外労働が1か月平均約60時間であることともかけ離れていることなどの事情を考慮すると、上記月給に時間外労働等に対する対価としての定額の割増賃金が含まれているとは認め難いこと等から、Y社の上記固定残業代に係る主張は採用することができず、月給40万円は全て通常の労働時間の賃金に当たるものと解するのが相当である。

2 Y社は、Xとの間で固定残業代の定めの合意をし、これを支給していた旨主張するものの、かかる固定残業代の定めを認めることはできないうえ、かかる給与制度に託けて基本給以外に時間外等割増賃金の支払をしていないことやその金額が高額に及ぶことなどの事情を総合して考慮すると、Y社に対し、上記未払時間外等割増賃金額から本訴提起日までに支給日から2年が経過した部分を控除した457万7397円の約7割に当たる320万円の付加金の支払を命ずるのが相当である。

もうそろそろ固定残業制度、やめませんか・・・

どうしてもやりたいのなら、ちゃんと弁護士なり社労士のレクチャーを受けませんか・・・

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金164 固定残業制度が無効と判断された理由とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、基本給に組み込まれた固定残業代の定めが無効とされた裁判例を見てみましょう。

WIN at QUALITY事件(東京地裁平成30年9月20日・労経速2368号15頁)

【事案の概要】本件は、Y社の従業員であったXらが、Y社に対し、①時間外労働等に係る割増賃金+遅延損害金の支払を求めるとともに、②労働基準法114条に基づく付加金+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はX1に対し、635万2073円+遅延損害金を支払え。

Y社はX1に対し、付加金として、415万円+遅延損害金を支払え。

Y社はX2に対し、283万9656円+遅延損害金を支払え。

Y社はX2に対し、110万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社の主張によれば、Xらに支給した賃金のうち、「時給802円×8時間」に月の勤務日数を乗じて算出される部分以外は、(リクルート手当や扶養手当を除けば)全て時間外労働等に対する対価であるというのであり、かかるY社の主張を前提とした場合、上記「時間外手当」のほかに、雇用契約書上の「無事故手当」として基本給に含まれるとされる部分も、時間外労働等に対する割増賃金として支払われたものということになる。しかし、本件規定及びこれに整合する「時間外手当」の定めがありながら、これとは別個の手当として定められた「無事故手当」が、その名称にかかわらず、やはり時間外割増賃金等の趣旨で合意されたものとはにわかに解し難く、雇用契約書、就業規則及び賃金規程の記載によっても、これが時間外割増賃金等の実質を有するものであったとは認め難い

2 なお、前記のような雇用契約書の記載に沿わない賃金支払の実態があったことに照らすと、そもそも、雇用契約書の記載自体が、XらとY社との間の労働契約の内容を正しく反映したものであるかについて疑問があり、前記のようなY社の主張も、雇用契約書の内容と整合するものとはいい難いことも踏まえると、雇用契約書上に「時間外手当」とある部分に限って、なお時間外労働等に対する対価として支払うとの合意が労使間に有効に存在し、これに沿った現実の取扱いがなされていたとも認め難く、この部分に限り固定残業代として有効なものと認めることも困難である(もとより、Y社もそのような主張をしない。)。
そうすると、Y社が時間外割増賃金等として支払ったと主張する部分が、通常の労働時間の賃金に当たる部分と明確に区分された上で、時間外労働等に対する対価として支払われたとは認められず、労働者において、労働基準法37条等に定められた方法により算定される割増賃金が正しく支払われているのかを検証することは困難であったといわざるを得ない。

3 そうすると、結局、本件において、Y社が時間外労働等に対する対価として支払ったと主張する部分は、①法定時間内の通常の労働の対価となる賃金部分と明確に区分されていないため、労働者において、労働基準法37条等所定の方法により算定される時間外労働等に対する割増賃金が正しく支払われているのかを検証することも困難である上、②予定される時間外労働等が極めて長時間に及び、Xらの実際の時間外労働等の状況とも大きくかい離するものであることなどからすると、XらとY社との間の雇用契約において、真に時間外労働等に対する対価として支払われるものとして合意されていたものとは認められない。
したがって、この部分を時間外労働等に対する割増賃金の支払として有効なものと認めることはできず、当該部分も、通常の法定時間内の労働に対する賃金(時間外割増賃金等算定の基礎となる賃金)に含まれるものと認められる

典型的な固定残業制度の失敗例です。

中途半端な知識でやる固定残業制度は百害あって一利なしです。

普通に残業代を支払うのが最もリスクが少ない王道のやり方です。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金163 休職からの復職後の賃金減額提示は許されるか?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、休職から復職する際に使用者が賃金減額を提示し、労働者が納得せず復職に至らなかった事例において、以降の不就労期間中の賃金の請求が一部認められた裁判例を見てみましょう。

一心屋事件(東京地裁平成30年7月27日・労経速2364号24頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で雇用契約を締結していたXが、Y社に対し、①時間外労働に従事したと主張して、本件契約に基づく賃金支払請求として992万0807円+遅延損害金、及び労働基準法114条に基づく付加金請求として742万8009円+遅延損害金の支払を求めるとともに、②労災による休職後、復職するに当たり、Y社が勤務先の変更と賃金の減額を打診したことは、Y社の責めに帰すべき事由による労務遂行の不能(民法536条2項)に該当すると主張して、主位的に雇用契約に基づく損害賠償請求として、上記打診後の賃金ないし賃金相当額+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、762万3442円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、121万7367円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xが就労中の事故により本件怪我を負い、休職するに至っていること、Xの実労働時間は相当長期間にわたっていたことからすれば、Xが復職するにあたり、Y社が人事権の行使として、同様の事故が起こらないように配慮する目的でその勤務内容を決定すること自体は不自然なことではなく、また、人事権行使の裁量の範囲内であれば、勤務内容の変更に伴い、職務に対応する手当等の支給が廃止されることも許容される場合があり得る
しかしながら、Y社は、Xとの交渉において、時間外手当の定額支給を残業時間について割合賃金を支払う方法に変更すること及び通勤手当の2万円減額を提案している。時間外手当については、そもそもY社の賃金規程上何らの記載もされておらず、XとY社との間で定額残業代として支払う旨の合意がされた事実を認めるに足りる適切な証拠はなく、また、Xの勤務内容を調理部(洗浄室)に限定することから当然に時間外手当の支給要件の欠如が導かれるものでもない
また、Xに対する通勤手当は、賃金規程上の規定内容とは異なる形で支払われていたものであって、Xの勤務内容を調理部(洗浄室)に限定することから当然に通勤手当の減額が導かれるものではない。そうすると、Y社の提案は、人事権行使の裁量の範囲に留まらない賃金減額を含むものと言わざるを得ず、Xの同意なく一方的に決定できるものではないが、Y社がXに交付した書面にはその旨の記載はなく、また、同意の有無が復職とは無関係である旨の記載もない。そして、Xが平成28年10月11日にY社に赴いた際には、Xのタイムカードは準備されておらず、MがXに対して同意書に署名して提出をしてもらいたいとの意向をY社が有している旨を伝えているのみであり、その当時Y社においてXの就労を受け入れる体制にあたことを認めるに足りる適切な証拠はなく、また、Y社がXに対して、同意書の提出がなくともXの就労を認める等の説明を行った等の事実を認めるに足りる適切な証拠もないことからすると、客観的に見れば、少なくとも平成28年10月11日時点では、Y社には責めに帰すべき事由があるといえ、この間、休職前の賃金である月額35万1600円の割合による賃金の支払を請求することができる

2 Y社は、Xの復職に関する交渉中から、N弁護士を通じて本件訴訟における判断に従って未払賃金等を支払う旨を示している上、本件訴訟手続中も、Y社の主張を前提とするものではあるものの未払割増賃金について弁済の提供を行っている。このことに、本件訴訟手続中の和解交渉の経過を併せ考慮すると、Xが指摘するY社における労働時間管理の問題等があるとしても、本件において付加金の支払を命じる必要性があるものとは認められないというべきである。

結果としては、かなり大きな金額が認められています。

人事権行使の程度、すなわち、どこまでやってしまうと法的にやりすぎになってしまうのかは難しい判断が求められます。

顧問弁護士と相談しながら進めていくのが無難でしょう。

賃金162 休息時間は労働時間?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、労働契約書、労働条件通知書が作成されていない当事者間の労働契約内容を認定した事案を見てみましょう。

Apocalypse事件(東京地裁平成30年3月9日・労経速2359号26頁)

【事案の概要】

本件は、Xらが、Y社に対し、①労働契約及び労働基準法37条に基づき法定時間外及び深夜早朝の労働による割増賃金+遅延損害金並びに③労働基準法114条に基づく付加金+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社はX1に対し、43万5139円+遅延損害金、49万9204円+遅延損害金、17万4627円+遅延損害金、付加金89万円+遅延損害金を支払え

Y社はX2に対し、35万2752円+遅延損害金、37万3035円+遅延損害金、13万6019円+遅延損害金、付加金69万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事している時間のみならず、作業と作業との間の待機の時間(手待時間)も含まれる。実作業に従事していない仮眠その他の不活動時間であっても、一定の場所で待機し、必要に応じて直ちに実作業に従事することが義務付けられているときは、その必要が生じることが皆無に等しいなど、実質的に義務付けを否定できるような事情が存しない限り、当該時間に労働から離れることが保障されているとはいえないから、不活動時間を含めた全体が使用者の指揮命令下に置かれているものとして、労働時間に該当する(大星ビル管理事件参照)。その反面として、休憩時間に該当するためには、手待時間にも当たらないこと、すなわち当該時間に労働から離れることが保障されて自由に利用でき、使用者の指揮命令下から離脱しているといえることを要する(昭和22年9月13日発基17号、昭和39年10月6日基収6051号参照)。
使用者が当座従事すべき業務がないときに労働者に休息を指示し、又は労働者の判断で休息をとることを許していても、休息の時間を「午後○時○分まで」「○分間」などと確定的に定めたり、一定の時間数の範囲で労働者の裁量に任せたりする趣旨でなく、一定の休息時間が確保される保障のない中で「別途指示するまで」「新たな仕事の必要が生じる時まで」という趣旨で定めていたに過ぎないときは、結果的に休息できた時間が相当の時間数に及んでも、当該時間に労働から離れることが保証されていたとはいえないから、あくまで手待時間であって、休憩時間に当たるとはいえないというべきである。

2 これらの認定事実を総合すると、Xらは、タイムカードで記録される出退勤の間、多忙かつ長時間の勤務を余儀なくされる実情にあり、本件店舗の営業時間の間は、常に来客の可能性に備えて待機する必要があり、Y社から休憩時間を特定の時間帯で指定されることも、勤務の実情において労働時間と休憩時間が明確に区別されることもなく、勤務中の食事も本件店舗内で済ませることになっており、食事のための外出は原則として認められていなかったのであるから、タイムカードに記録された出退勤の各時刻の間は、特段の事情がない限り、継続的に作業に従事し、又は手待時間として来客に備えて待機していたものとして、Y社の指揮命令下に置かれた労働時間に当たるというべきである。

休憩時間なのか手待時間なのかという論点についてわかりやすく書かれています。

参考になりますので確認しておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金161 固定残業制度が無効と判断される理由とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、給与規定の制定経緯等から定額残業代を無効とした裁判例を見てみましょう。

クルーガーグループ事件(東京地裁平成30年3月16日・労経速2357号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されていたXが、Y社に対し、所定時間外労働等をしていた、有給休暇取得時の住宅手当及び家族手当が支払われていない、福利厚生及び家賃控除として控除されているものがあるとして、未払賃金、遅延損害金及び付加金を請求する事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、7万0908円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、903万5125円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、624万1194円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、みなし残業代は残業代の弁済としての効力を有すると主張する。みなし残業代が弁済としての効力を有するためには、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分とみなし残業代に当たる部分とを判別することができること(明確区分性)が必要であり、かつ、みなし残業代に当たる部分がそれに対応する労働の対価としての実質を有すること(対価性)が必要と解される。

2 Y社の給与規定の変更経過からすると、平成25年4月1日より前に営業手当として4万8000円支給されていたものが同日から廃止となり、みなし残業代として5万円を支給するようになっているから、実質的に同一のものというべきである。
そして、営業手当は東京月間37時間残業したものとみなすとの記載はあるが、その後のみなし残業代よりも金額が2000円低いにもかかわらず、時間は4.2時間増えているなど、月間37時間とする根拠が不明確である上、営業成績や精勤の程度によって支給されないことがあるとされていたものであるから、残業代以外の趣旨も含んでいたと認められ、残業代とそれ以外の部分が明確に区分されていたとはいえない
同月1日よりみなし残業代を支給するようになってからは、5万円が32.8時間分の残業時間に相当することが定められているが、依然として営業成績が規定のポイントを超えない場合にはみなし残業代が減額されるとの定めがあり、実際に営業成績により減額支給されたこともあったと認められる。
したがって、みなし残業代となってからも、残業代以外の趣旨を含んでいたと認められ、残業代とそれ以外の部分が明確に区分されていたとはいえない。
給与規定の表1には、深夜残業として5万円の記載があり、みなし残業代の記載はない。
そうすると、みなし残業代は全てが深夜残業に対する支払なのか、法定時間外労働に対する支払を含むのか、深夜残業に対する支払としても0.25の割増部分のみなのか、その余の時間外労働に対する支払を含むのか、明確ではない
このことは、管理監督者扱いをしているものに対してもみなし残業代を支払っていることにより、さらに不明確となる。

3 みなし残業代においてみなすこととする時間は32.8時間分とされているが、これは首都圏のものであり、仙台36.5時間、北海道38.6時間と、基本給によりみなすこととする時間を異にしている。
したがって、毎月一定の残業が予想されることからみなし残業代を定めたというよりも、5万円という金額からみなすこととする時間を逆算したものと認められる。
これは、営業手当4万8000円を東京月間37時間、仙台月間40時間、北海道月間42時間残業したものとみなしていたときも同様である。
したがって、基本給の一部を名目的に残業代扱いしたにすぎないことを疑わせる。

4 Y社がXを管理監督者と扱っていたことやY社のみなし残業代に残業代の弁済としての効力を認めることはできないこと、証人Eは、Y社は以前支店長より下位の主任、統括マネージャーについても管理監督者扱いしていたところ、労働基準監督署からの指導を受けて支店長以上を管理監督者扱いするように変更したと供述するが、その時期、指導の経緯・内容等は明らかではないこと、付加金は裁判所がその支払を命ずるまで(訴訟手続上は事実審の口頭弁論終結時まで)に使用者が未払割増賃金の支払を完了しその義務違反の状況が消滅したときには、裁判所は付加金の支払を命ずることができなくなると解されることなどからすれば、未払額と同一額の付加金を命じるのが相当である。

固定残業制度に関する要件論が落ち着いてきたにもかかわらず、いまだに多くの会社で要件を満たさない固定残業制度を運用しているのを目にします。

モッタイナイ!

ちゃんと運用しないと、単に残業代計算の際に基礎賃金を上げてしまうだけですから。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。