Category Archives: 賃金

賃金164 固定残業制度が無効と判断された理由とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、基本給に組み込まれた固定残業代の定めが無効とされた裁判例を見てみましょう。

WIN at QUALITY事件(東京地裁平成30年9月20日・労経速2368号15頁)

【事案の概要】本件は、Y社の従業員であったXらが、Y社に対し、①時間外労働等に係る割増賃金+遅延損害金の支払を求めるとともに、②労働基準法114条に基づく付加金+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はX1に対し、635万2073円+遅延損害金を支払え。

Y社はX1に対し、付加金として、415万円+遅延損害金を支払え。

Y社はX2に対し、283万9656円+遅延損害金を支払え。

Y社はX2に対し、110万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社の主張によれば、Xらに支給した賃金のうち、「時給802円×8時間」に月の勤務日数を乗じて算出される部分以外は、(リクルート手当や扶養手当を除けば)全て時間外労働等に対する対価であるというのであり、かかるY社の主張を前提とした場合、上記「時間外手当」のほかに、雇用契約書上の「無事故手当」として基本給に含まれるとされる部分も、時間外労働等に対する割増賃金として支払われたものということになる。しかし、本件規定及びこれに整合する「時間外手当」の定めがありながら、これとは別個の手当として定められた「無事故手当」が、その名称にかかわらず、やはり時間外割増賃金等の趣旨で合意されたものとはにわかに解し難く、雇用契約書、就業規則及び賃金規程の記載によっても、これが時間外割増賃金等の実質を有するものであったとは認め難い

2 なお、前記のような雇用契約書の記載に沿わない賃金支払の実態があったことに照らすと、そもそも、雇用契約書の記載自体が、XらとY社との間の労働契約の内容を正しく反映したものであるかについて疑問があり、前記のようなY社の主張も、雇用契約書の内容と整合するものとはいい難いことも踏まえると、雇用契約書上に「時間外手当」とある部分に限って、なお時間外労働等に対する対価として支払うとの合意が労使間に有効に存在し、これに沿った現実の取扱いがなされていたとも認め難く、この部分に限り固定残業代として有効なものと認めることも困難である(もとより、Y社もそのような主張をしない。)。
そうすると、Y社が時間外割増賃金等として支払ったと主張する部分が、通常の労働時間の賃金に当たる部分と明確に区分された上で、時間外労働等に対する対価として支払われたとは認められず、労働者において、労働基準法37条等に定められた方法により算定される割増賃金が正しく支払われているのかを検証することは困難であったといわざるを得ない。

3 そうすると、結局、本件において、Y社が時間外労働等に対する対価として支払ったと主張する部分は、①法定時間内の通常の労働の対価となる賃金部分と明確に区分されていないため、労働者において、労働基準法37条等所定の方法により算定される時間外労働等に対する割増賃金が正しく支払われているのかを検証することも困難である上、②予定される時間外労働等が極めて長時間に及び、Xらの実際の時間外労働等の状況とも大きくかい離するものであることなどからすると、XらとY社との間の雇用契約において、真に時間外労働等に対する対価として支払われるものとして合意されていたものとは認められない。
したがって、この部分を時間外労働等に対する割増賃金の支払として有効なものと認めることはできず、当該部分も、通常の法定時間内の労働に対する賃金(時間外割増賃金等算定の基礎となる賃金)に含まれるものと認められる

典型的な固定残業制度の失敗例です。

中途半端な知識でやる固定残業制度は百害あって一利なしです。

普通に残業代を支払うのが最もリスクが少ない王道のやり方です。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金163 休職からの復職後の賃金減額提示は許されるか?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、休職から復職する際に使用者が賃金減額を提示し、労働者が納得せず復職に至らなかった事例において、以降の不就労期間中の賃金の請求が一部認められた裁判例を見てみましょう。

一心屋事件(東京地裁平成30年7月27日・労経速2364号24頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で雇用契約を締結していたXが、Y社に対し、①時間外労働に従事したと主張して、本件契約に基づく賃金支払請求として992万0807円+遅延損害金、及び労働基準法114条に基づく付加金請求として742万8009円+遅延損害金の支払を求めるとともに、②労災による休職後、復職するに当たり、Y社が勤務先の変更と賃金の減額を打診したことは、Y社の責めに帰すべき事由による労務遂行の不能(民法536条2項)に該当すると主張して、主位的に雇用契約に基づく損害賠償請求として、上記打診後の賃金ないし賃金相当額+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、762万3442円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、121万7367円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xが就労中の事故により本件怪我を負い、休職するに至っていること、Xの実労働時間は相当長期間にわたっていたことからすれば、Xが復職するにあたり、Y社が人事権の行使として、同様の事故が起こらないように配慮する目的でその勤務内容を決定すること自体は不自然なことではなく、また、人事権行使の裁量の範囲内であれば、勤務内容の変更に伴い、職務に対応する手当等の支給が廃止されることも許容される場合があり得る
しかしながら、Y社は、Xとの交渉において、時間外手当の定額支給を残業時間について割合賃金を支払う方法に変更すること及び通勤手当の2万円減額を提案している。時間外手当については、そもそもY社の賃金規程上何らの記載もされておらず、XとY社との間で定額残業代として支払う旨の合意がされた事実を認めるに足りる適切な証拠はなく、また、Xの勤務内容を調理部(洗浄室)に限定することから当然に時間外手当の支給要件の欠如が導かれるものでもない
また、Xに対する通勤手当は、賃金規程上の規定内容とは異なる形で支払われていたものであって、Xの勤務内容を調理部(洗浄室)に限定することから当然に通勤手当の減額が導かれるものではない。そうすると、Y社の提案は、人事権行使の裁量の範囲に留まらない賃金減額を含むものと言わざるを得ず、Xの同意なく一方的に決定できるものではないが、Y社がXに交付した書面にはその旨の記載はなく、また、同意の有無が復職とは無関係である旨の記載もない。そして、Xが平成28年10月11日にY社に赴いた際には、Xのタイムカードは準備されておらず、MがXに対して同意書に署名して提出をしてもらいたいとの意向をY社が有している旨を伝えているのみであり、その当時Y社においてXの就労を受け入れる体制にあたことを認めるに足りる適切な証拠はなく、また、Y社がXに対して、同意書の提出がなくともXの就労を認める等の説明を行った等の事実を認めるに足りる適切な証拠もないことからすると、客観的に見れば、少なくとも平成28年10月11日時点では、Y社には責めに帰すべき事由があるといえ、この間、休職前の賃金である月額35万1600円の割合による賃金の支払を請求することができる

2 Y社は、Xの復職に関する交渉中から、N弁護士を通じて本件訴訟における判断に従って未払賃金等を支払う旨を示している上、本件訴訟手続中も、Y社の主張を前提とするものではあるものの未払割増賃金について弁済の提供を行っている。このことに、本件訴訟手続中の和解交渉の経過を併せ考慮すると、Xが指摘するY社における労働時間管理の問題等があるとしても、本件において付加金の支払を命じる必要性があるものとは認められないというべきである。

結果としては、かなり大きな金額が認められています。

人事権行使の程度、すなわち、どこまでやってしまうと法的にやりすぎになってしまうのかは難しい判断が求められます。

顧問弁護士と相談しながら進めていくのが無難でしょう。

賃金162 休息時間は労働時間?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、労働契約書、労働条件通知書が作成されていない当事者間の労働契約内容を認定した事案を見てみましょう。

Apocalypse事件(東京地裁平成30年3月9日・労経速2359号26頁)

【事案の概要】

本件は、Xらが、Y社に対し、①労働契約及び労働基準法37条に基づき法定時間外及び深夜早朝の労働による割増賃金+遅延損害金並びに③労働基準法114条に基づく付加金+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社はX1に対し、43万5139円+遅延損害金、49万9204円+遅延損害金、17万4627円+遅延損害金、付加金89万円+遅延損害金を支払え

Y社はX2に対し、35万2752円+遅延損害金、37万3035円+遅延損害金、13万6019円+遅延損害金、付加金69万円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事している時間のみならず、作業と作業との間の待機の時間(手待時間)も含まれる。実作業に従事していない仮眠その他の不活動時間であっても、一定の場所で待機し、必要に応じて直ちに実作業に従事することが義務付けられているときは、その必要が生じることが皆無に等しいなど、実質的に義務付けを否定できるような事情が存しない限り、当該時間に労働から離れることが保障されているとはいえないから、不活動時間を含めた全体が使用者の指揮命令下に置かれているものとして、労働時間に該当する(大星ビル管理事件参照)。その反面として、休憩時間に該当するためには、手待時間にも当たらないこと、すなわち当該時間に労働から離れることが保障されて自由に利用でき、使用者の指揮命令下から離脱しているといえることを要する(昭和22年9月13日発基17号、昭和39年10月6日基収6051号参照)。
使用者が当座従事すべき業務がないときに労働者に休息を指示し、又は労働者の判断で休息をとることを許していても、休息の時間を「午後○時○分まで」「○分間」などと確定的に定めたり、一定の時間数の範囲で労働者の裁量に任せたりする趣旨でなく、一定の休息時間が確保される保障のない中で「別途指示するまで」「新たな仕事の必要が生じる時まで」という趣旨で定めていたに過ぎないときは、結果的に休息できた時間が相当の時間数に及んでも、当該時間に労働から離れることが保証されていたとはいえないから、あくまで手待時間であって、休憩時間に当たるとはいえないというべきである。

2 これらの認定事実を総合すると、Xらは、タイムカードで記録される出退勤の間、多忙かつ長時間の勤務を余儀なくされる実情にあり、本件店舗の営業時間の間は、常に来客の可能性に備えて待機する必要があり、Y社から休憩時間を特定の時間帯で指定されることも、勤務の実情において労働時間と休憩時間が明確に区別されることもなく、勤務中の食事も本件店舗内で済ませることになっており、食事のための外出は原則として認められていなかったのであるから、タイムカードに記録された出退勤の各時刻の間は、特段の事情がない限り、継続的に作業に従事し、又は手待時間として来客に備えて待機していたものとして、Y社の指揮命令下に置かれた労働時間に当たるというべきである。

休憩時間なのか手待時間なのかという論点についてわかりやすく書かれています。

参考になりますので確認しておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金161 固定残業制度が無効と判断される理由とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、給与規定の制定経緯等から定額残業代を無効とした裁判例を見てみましょう。

クルーガーグループ事件(東京地裁平成30年3月16日・労経速2357号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されていたXが、Y社に対し、所定時間外労働等をしていた、有給休暇取得時の住宅手当及び家族手当が支払われていない、福利厚生及び家賃控除として控除されているものがあるとして、未払賃金、遅延損害金及び付加金を請求する事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、7万0908円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、903万5125円+遅延損害金を支払え。

Y社は、Xに対し、624万1194円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社は、みなし残業代は残業代の弁済としての効力を有すると主張する。みなし残業代が弁済としての効力を有するためには、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分とみなし残業代に当たる部分とを判別することができること(明確区分性)が必要であり、かつ、みなし残業代に当たる部分がそれに対応する労働の対価としての実質を有すること(対価性)が必要と解される。

2 Y社の給与規定の変更経過からすると、平成25年4月1日より前に営業手当として4万8000円支給されていたものが同日から廃止となり、みなし残業代として5万円を支給するようになっているから、実質的に同一のものというべきである。
そして、営業手当は東京月間37時間残業したものとみなすとの記載はあるが、その後のみなし残業代よりも金額が2000円低いにもかかわらず、時間は4.2時間増えているなど、月間37時間とする根拠が不明確である上、営業成績や精勤の程度によって支給されないことがあるとされていたものであるから、残業代以外の趣旨も含んでいたと認められ、残業代とそれ以外の部分が明確に区分されていたとはいえない
同月1日よりみなし残業代を支給するようになってからは、5万円が32.8時間分の残業時間に相当することが定められているが、依然として営業成績が規定のポイントを超えない場合にはみなし残業代が減額されるとの定めがあり、実際に営業成績により減額支給されたこともあったと認められる。
したがって、みなし残業代となってからも、残業代以外の趣旨を含んでいたと認められ、残業代とそれ以外の部分が明確に区分されていたとはいえない。
給与規定の表1には、深夜残業として5万円の記載があり、みなし残業代の記載はない。
そうすると、みなし残業代は全てが深夜残業に対する支払なのか、法定時間外労働に対する支払を含むのか、深夜残業に対する支払としても0.25の割増部分のみなのか、その余の時間外労働に対する支払を含むのか、明確ではない
このことは、管理監督者扱いをしているものに対してもみなし残業代を支払っていることにより、さらに不明確となる。

3 みなし残業代においてみなすこととする時間は32.8時間分とされているが、これは首都圏のものであり、仙台36.5時間、北海道38.6時間と、基本給によりみなすこととする時間を異にしている。
したがって、毎月一定の残業が予想されることからみなし残業代を定めたというよりも、5万円という金額からみなすこととする時間を逆算したものと認められる。
これは、営業手当4万8000円を東京月間37時間、仙台月間40時間、北海道月間42時間残業したものとみなしていたときも同様である。
したがって、基本給の一部を名目的に残業代扱いしたにすぎないことを疑わせる。

4 Y社がXを管理監督者と扱っていたことやY社のみなし残業代に残業代の弁済としての効力を認めることはできないこと、証人Eは、Y社は以前支店長より下位の主任、統括マネージャーについても管理監督者扱いしていたところ、労働基準監督署からの指導を受けて支店長以上を管理監督者扱いするように変更したと供述するが、その時期、指導の経緯・内容等は明らかではないこと、付加金は裁判所がその支払を命ずるまで(訴訟手続上は事実審の口頭弁論終結時まで)に使用者が未払割増賃金の支払を完了しその義務違反の状況が消滅したときには、裁判所は付加金の支払を命ずることができなくなると解されることなどからすれば、未払額と同一額の付加金を命じるのが相当である。

固定残業制度に関する要件論が落ち着いてきたにもかかわらず、いまだに多くの会社で要件を満たさない固定残業制度を運用しているのを目にします。

モッタイナイ!

ちゃんと運用しないと、単に残業代計算の際に基礎賃金を上げてしまうだけですから。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金160 登録型派遣社員に係る就業規則変更の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、登録派遣添乗員に係る就業規則変更が有効とされた裁判例を見てみましょう。

阪急トラベルサポート(就業規則変更ほか)事件(東京地裁平成30年3月22日・労経速2356号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されて添乗員として旅行業を営む会社に派遣され、添乗業務に従事していたXらが、Y社に対し、平成25年10月から平成27年9月までの時間外、休日及び深夜労働の割増賃金+遅延損害金及び付加金+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はX1に対し、19万3951円+遅延損害金、付加金19万3951円+遅延損害金を支払え。

Y社はX2に対し、21万3298円万3951円+遅延損害金、付加金19万3951円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y社とXら登録派遣添乗員との関係は、労働契約期間中は使用者から指揮監督を受ける関係にある常用の労働契約とは異なり、Y社は派遣期間中に限ってXらを雇用する意思であり、常用の労働契約が締結されておらず、形式的には個別の労働契約が繰り返し締結されてきたものである。そのため、形式的には就業規則や労働条件の「変更」という概念そのものには当たらない
しかし、相当期間にわたって同一の労働条件で労働契約の締結を繰り返してきたことに加え、個別の労働契約のうち一定事項は就業規則と同一内容で締結されていたという諸事実を総合考慮すれば、登録派遣添乗員に適用される就業規則は、一定期間継続して派遣労働添乗員との間の労働契約の内容を一律に規律する効力を果たしている実情にある。
したがって、本件においても、労働契約法9条及び10条の趣旨に照らし、就業規則の変更が全く無制約で許されるものではなく、登録派遣添乗員の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他就業規則の変更に係る事情を総合考慮し、必要性が乏しいにもかかわらず登録派遣添乗員に大きな不利益を与えるなど著しく不合理な場合には、無効となることもあり得る。もとより、同法10条が予定する就業規則の不利益変更そのものではないため、必ずしも上記事情を全て勘案しなければならない場合もあり、また、同程度の変更の合理性までは必要ない場合もあるというべきである。

2 Xらは、Y社との間で、労基法所定の計算方法による額がその部分を上回るときはその差額を賃金の支払時期に支払う旨の精算合意や精算の実態がない旨主張する。
しかし、固定残業代として支払われた金額が労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うことが求められていることは前判示のとおりであるものの、それを超えて精算合意等を必要とする理由はなく、精算合意が必要であるとは解されないから、Xらの主張は採用することができない。

この裁判例はとても重要ですので、是非、判決全文をしっかり読んでおきましょう。

また、最近では、ようやく固定残業代の要件論が落ち着いてきましたので運用がしやすくなりました。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金159 固定残業制度が無効と判断される理由とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業代に関する規定の有効性を否定し、割増賃金請求を認容した裁判例を見てみましょう。

PMKメディカル事件(東京地裁平成30年4月18日・労経速2355号18頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXらが、Y社に対し、労働契約に基づき、時間外労働等に対する未払割増賃金+遅延損害金、付加金の支払を求めている事案である。

【裁判所の判断】

請求の一部認容

【判例のポイント】

1 入社説明会でX1に交付した書面に特殊勤務手当及び技術手当が、時間外労働に対する対価として支給されることを窺わせる記載が一切ないこと、Y社の入社時、Xらの労働条件に関する書面は一切作成されていないこと、Y社が、ホームページの採用情報の給与欄に、本件固定残業代の説明をするようになったのは、平成28年7月以降のことであること、Y社らが当初証人Fの陳述・供述と代表者の陳述・供述と整合しない主張をしていたこと、本件固定残業代に関する規定が、XらとY社らとの間の労働契約の内容として合意されていたことを裏付ける的確な証拠は存在しないことなどから、本件固定残業代に関する規定が、XらとY社らとの間の労働契約の内容として合意されていたと認めることはできない

2 民法153条の催告とは、債務者に対し履行を求める債権者の意思の通知であり、当該債権を特定して行うことが必要であると解されるところ、本件通知には、「5.賃金の未払いについて(1)早出、休憩未取得、残業、休日出勤等に対して、未払いである賃金を支払うこと。」との記載があり、未払賃金の履行を請求する意思があることは明らかである。
本件通知は、民法153条の催告に当たり、Xらは本件通知後、6か月以内に本件訴えを提起しているから、これにより、Y社らが主張する消滅時効は中断している。

固定残業制度に関する裁判例です。

上記判例のポイント1の状況では、まず認められません。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金158 労働条件の不利益変更と労働者の同意(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金減額不同意に基づく減額賃金等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

ニチネン事件(東京地裁平成30年2月28日・労判ジャーナル75号20頁)

【事案の概要】

本件は、元従業員Xが、Y社との間で雇用契約を締結し、Y社において就労していたところ、平成27年2月末支給分の給与から賃金を減額され、同年7月20日にY社を退職したことについて、Y社に対し、XはY社から退職(解雇)か給与半減かの二者択一を迫られ、本件賃金減額に同意せざるを得なかったものであり、Xの同意はその自由な意思に基づいてされたものでなく、本件賃金減額は無効であるなどと主張して、本件雇用契約に基づき、同年2月給与から同年7月給与までの各給与における未払賃金の合計約152万円等の支払を求めるとともに、本件賃金減額及びその後Xの賃金を増額するなどしなかったY社の一連の行為は、退職強要に該当し、Xは、同退職強要がなければ、退職日後も少なくとも同年10月20日までY社において就労し、その間の給与を得ることができたなどと主張して、不法行為に基づき、上記期間の賃金相当額(逸失利益)等の約161万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払賃金150万円認容

損害賠償請求は棄却

【判例のポイント】

1 本件賃金減額によりXにもたらされる不利益の程度の著しさや、Xが本件賃金減額を受け入れる旨の行為をするまでのXとY社との間の具体的なやり取り(とりわけ、Y社において、すぐにXを解雇できるとの不正確な情報を伝え、十分な熟慮期間も与えずに退職か本件賃金減額かの二者択一を迫ったことを受けて、Xが本件賃金減額を受け入れる行為をしたこと)等からすれば、本件賃金減額を受け入れる旨のXの行為がXの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえず、Y社が種々指摘する点を考慮しても、本件賃金減額について、Xの自由な意思に基づく同意があったと認めることはできないから、本件賃金減額は無効であり、Y社には、Xについて、平成27年2月給与から同年7月給与まで合計150万円(25万円×6か月)の未払賃金がある。

労働条件の不利益変更を行う際に、労働者の自由な意思に基づく同意の有無が争点となります。

上記判例のポイント1記載のとおり、会社が不正確な情報を伝え、十分な熟慮期間を与えずに同意を求めるようなケースでは、自由な意思について否定されますので注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金157 私生活上の非違行為と退職金減額の可否・程度(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、ドライバーではない労働者の業務時間外の酒気帯び運転と退職金の減額に関する裁判例を見てみましょう。

日本通運事件(東京地裁平成29年10月23日・労経速2340号3頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、Y社を平成28年4月20日に退職したとして、Y社に対し、退職金248万9015円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、121万4467円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Y社が、企業としての社会的責任を果たし、名誉、信用ないし社会的評価を維持するため、飲酒運転について厳罰をもって臨み、原則として解雇事由としていることは、必要的かつ合目的的であるといえること、本件酒気帯び運転は、その態様が悪質であり、その行為に至る経緯に酌量の余地はなく、結果も重大であること、Xは、酒気帯び運転により、現行犯逮捕され、実名で新聞報道がされるなどしており、その社会的影響も軽視することはできないことが認められるものの、他方、本件懲戒解雇処分における解雇事由は、私生活上の非行に係るものであること、Xは、本件酒気帯び運転まで、Y社において、26年以上の長期にわたり、懲戒処分等を受けることなく、真面目に勤務してきたこと、本件酒気帯び運転や本件事故について素直に認め、本件店舗に直接謝罪をするとともに、自ら加入していた自動車保険を利用して被害弁償をして示談し、宥恕されていること、Y社に対しても謝罪し、自ら退職願を提出していること、XがY社の従業員であったことまでは報道されておらず、Y社の名誉、信用ないし社会的評価の低下は間接的なものにとどまることが認められる。
これらの事情に加えて、Y社は、Xの持病の治療や父親の看護等を慮って、懲戒委員会の開催を遅らせるとともに、処分決定までの間、Xを無給の休職とすることなく、自宅待機を命じ、基準内賃金等を支払っていたことなどの事情を総合すると、本件酒気帯び運転がXのそれまでの勤続の功労を全て抹消するものとは認め難いものの、大幅に減殺するものといえ、その減殺の程度は5割と認めるのが相当である。

私生活上の非違行為が起こった場合に、退職金をどの程度減額していいのかは難しい問題です。

過去の裁判例等からおおよその妥当性を判断して決定するほかないと思います。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金156 看護師の修学費用返還請求と労基法16条の適用の当否(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、修学費用返還請求が認められなかった事案を見てみましょう。

医療法人K会事件(広島高裁平成29年9月6日・労経速2342号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が、Y社の元職員であるXに対し、X2を連帯保証人として看護学校修学資金等を貸し付けた(このうち、平成17年4月4日から平成19年3月1日までの合計146万2793円の貸付を「本件貸付①」と、同年4月26日から平成22年3月27日までの合計108万円の貸付を「本件貸付②」といい、本件貸付①と本件貸付②とを併せて「本件貸付」という。)として、Xらに対し、本件貸付の残元金合計253万7793円+遅延損害金の連帯支払を請求している事案である。

原判決は、本件貸付①はY社により免除されており、免除の意思表示に錯誤は認められない、本件貸付②は労働基準法16条の法意に反し無効であると判断して、Y社の請求をいずれも棄却した。

Y社は、これを不服として、本件控訴を提起した。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 労働基準法16条にいう「労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約」は、文理上、労働契約そのものに限定されていないし、労働者が人たるに値する生活を営むための必要最低限の基準を定め(同法1条参照)、基準に適合した労働条件を確保しようとする労働基準法の趣旨に照らせば、同条が適用される契約を限定する理由はないから、同条は本件貸付にも適用されるものと解される。
したがって、貸付の趣旨や実質、本件貸付規定の内容等本件貸付に係る諸般の事情に照らし、貸付金の返還義務が実質的にX1の退職の自由を不当に制限するものとして、労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定であると評価できる場合には、本件貸付は、同法16条に反するものとすべきである

2 そして、本件貸付が実質として労働契約の不履行に対する損害賠償額の予定を不可分の要素として含むと認められる場合は、本件貸付は、形式はともあれ、その実質は労働契約の一部を構成するものとなるから、労働基準法13条が適用されるというべきであり、本件貸付が同法16条に反する場合に無効となるのは、同条に反する部分に限られ、かつ、本件貸付は同条に適合する内容に置き換えて補充されることになる。
なお、労働基準法14条は、契約期間中の労働者の退職の自由が認められない有期労働契約について、その契約期間を3年(特定の一部の職種については5年)と定め、労働者の退職の自由を上記期間を超えて制限することを許容しない趣旨であるから、上記の「退職の自由を不当に制限する」か否かの判断においては、事実上の制限となる期間が3年(特定の一部の職種については5年)を超えるか否かを基準として重視すべきである。

同様の取扱いをしている病院は多数存在すると思いますので、運用については十分気をつけてください。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金155 運行時間外手当は固定残業代として有効か?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れ様でした。

今日は、運行時間外手当は時間外労働等の対価の趣旨を有すると判断された裁判例を見てみましょう。

シンワ運輸東京事件(東京地裁平成29年11月29日・労経速2339号11頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用され、大型貨物自動車を運転して小麦粉を配送する業務に従事していたXらが、乗務員が車両を運行することによりY社が受託先から得る運賃収入に一定の率を乗じて算出した金額の運行時間外手当を時間外手当相当額として乗務員に支給する旨のY社の賃金規程上の定めについて、運行時間外手当は実質的には歩合給であり、同定めによる運行時間外手当の支給は労働基準法37条に定める割増賃金の支払に当たらないなどと主張して、①運行時間外手当を基礎賃金に含めて算出した割増賃金+遅延損害金、②割増賃金に係る労働基準法114条の付加金+遅延損害金の各支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 労働基準法37条は、同条等に定められた方法により算出された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり、使用者に対し、労働契約における割増賃金の定めを同条等に定められた算定方法と同一のものとし、これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されず(最判平成29年2月28日)、運行時間外手当についても、その算定方法から直ちに同手当の支給が割増賃金の支払いに当たらないということはできないものの、同手当の支給により労働基準法37条に定める割増賃金を支払ったといえるためには、そもそも、同手当が割増賃金、すなわち時間外労働等に対する対価の趣旨で支払われるものであるか否かを検討する必要がある。

2 Xらは、Xらの基本給の時間給の額と運行時間外手当の時間給の額との不均衡等を指摘する。
しかし、上記のとおり基礎賃金額を意図的に操作するなどといった事情が認められないY社において、労働基準法所定の計算方法による割増賃金の額を上回る額を支給するか、下回る額を支給する場合であってもその差額を支給している限り、いかなる計算方法によりどの程度の額の運行時間外手当を割増賃金として支給するかは、基本的にその経営判断に委ねられた事項であるといえ、支給する運行時間外手当の額が労働基準法所定の計算方法による割増賃金の額を上回ることから直ちに、同手当について時間外労働等に対する対価性が認められなくなるものとはいえない
以上によれば、その他、Xらが種々指摘する点を考慮しても、運行時間外手当について、その全額が割増賃金、すなわち時間外労働等に対する対価の趣旨で支払われるものであると認めるのが相当である。

上記判例のポイント2は、ここ最近の固定残業制度に関する裁判例の流れからすると自然な結論です。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。