Category Archives: 賃金

賃金200 賃金減額についての労働者の同意の効力(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、賃金総額の25%減額への同意が労働者の自由な意思に基づくものでないとされた裁判例を見てみましょう。

O・S・I事件(東京地裁令和2年2月4日・労経速2421号22頁)

【事案の概要】

本件は、XがY社に対し、Y社は、Xを雇用していたが、Xがセクハラ等をしたとして、賃金を減額し、さらに、Xが行方不明となり連絡が取れなかったことにより退職したものとみなされたとしてXの就労を拒んだと主張して、雇用契約に基づき、①雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認(請求1)、②平成27年10月支給分の未払賃金(減額前の24万円から既払金を控除した残金1万7142円)及び同年11月分支給から平成30年3月支給分までの賃金(24万円の29か月分696万円)の合計697万7142円+遅延損害金の支払(請求2)、③平成30年4月から本判決確定の日まで弁済期である毎月10日限り賃金24万円+遅延損害金の支払(請求3)を求めるとともに、④会社法350条又は不法行為に基づき、慰謝料200万円+遅延損害金の支払(請求4)を求めた事案である。

【裁判所の判断】

XがY社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

Y社は、Xに対し、131万9994円+遅延損害金を支払え。

Xのその余の請求をいずれも棄却する。

【判例のポイント】

1 労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができる。しかし、使用者が提示した労働条件の変更が賃金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服するべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである
そうすると、賃金の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁平成28年2月19日判決)。

2 本件契約書の内容は、Xを機能訓練指導員手当1か月1万円が支給される業務から外してその支給を停止するばかりでなく、その基本給を1か月23万円から18万円に減額し、賃金総額を25%も減じるものであって、これによりXにもたらされる不利益の程度は大きいというべきである。他方、Y社代表者はXに対し、本件合意に先立ち、XがY社に無断でアルバイトをしたとの旨や本件施設の女性利用者から苦情が寄せられている旨を指摘したのみであるといい、Y社代表者の陳述書や本人尋問における供述によっても、Y社代表者がXに対して上記のような大幅な賃金減額をもたらす労働条件の変更を提示しなければならない根拠について、十分な事実関係の調査を行った事実や、客観的な証拠を示してXに説明した事実は認められない
以上によれば、Xが本件契約書を交付された後いったんこれを持ち帰り、翌日になってからこれに署名押印をしたものをY社代表者に提出したという本件合意に至った経緯を考慮しても、これがXの自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものとは認められない

3 以上の次第で、本件契約書の作成によっても、そこに記載された本件合意の内容へのXの同意があったとは認められないから、本件雇用契約に基づく賃金を基本給18万円のみに減額するとの本件合意の成立は認められない。

労働条件の不利益変更に際し、労働者の同意の効力が問題となることはよくあります。

同意書がありさえすればよいという発想が誤りであるということがよくわかる裁判例だと思います。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金199 賞与・定期昇給に関する採用面接時に説明と未払賃金等請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、面接時の説明と未払賃金等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

社会福祉法人稲荷学園事件(大阪地裁令和2年3月13日・労判ジャーナル101号32頁)

【事案の概要】

本件は、保育士Xが、かつての勤務先であるY社に対し、雇用契約に基づく、平成29年度冬季賞与の未払部分約37万円、平成29年4月から平成30年までの基本給の未払部分合計約2万円、平成29年度夏期及び冬期賞与の未払部分合計1万円、平成30年1月から同年3月までの未払通勤手当合計約1万円の各支払請求のほか、福利厚生の一環として飲食補助費を支払う旨の合意に基づく、飲食補助費2万円の支払請求、さらには、Y社がXに対してパワハラかつ名誉毀損の不法行為に基づく、損害賠償(慰謝料)約106万円の支払請求とともに、民法723条の名誉回復処分としての「謝罪文」と題する書面に署名押印することを求めた事案である。

【裁判所の判断】

通勤手当に関する未払賃金は一部認容

損害賠償等請求は棄却

【判例のポイント】

1 Xは、本件採用面接の際、現Y社代表者から、賞与に関して、前年度には基本給4.4か月分の金員を支払っており、今後も同等の金額の賞与を支払う予定であるなどと告げられたと主張するが、X主張に係る現Y社代表者がしたという発言は、賞与に関する一般的な説明をしたにすぎず具体的な一定割合の賞与の支払いを確約したものであるとは認め難い。また、就業規則によって労働条件が規律され得ることから、Y社の就業規則の一部を構成する賃金規程上の賞与に関する定めについてみることとしても、「賞与は毎年7月および12月に支給する」とあるものの、具体的な支給額や支給割合を明示するものではないから、本件雇用契約の内容として、Y社はX主張に係る賞与の支払義務を負うものではない

2 Xは、本件採用面接の際、現Y社代表者から、毎年4月、定期昇給として月額6000円ずつ基本給を増額し、実績が良好であればさらに特別昇給を行うなどと告げられたと主張するが、賞与と同様の観点から、Y社の賃金規程上の定期昇給に関する定めをみることとしても、原則的な年1回の定期昇給とともに、社会情勢あるいはその他諸事情によって定期昇給がされないことがある旨定められているなど、定期昇給の実施についてY社の裁量があり得ることが示されているのであって、具体的にX主張に係る月額2000円の定期昇給の実施を定めたものとはいい難く、Xの主張を基礎付けるものにはなり得ず、ほかにX主張事実を認定するに足りる証拠はないから、本件雇用契約の内容として、Y社はX主張に係る定期昇給に伴う金員の支払義務を負うものではない。

いずれの判断も規程を重視したものです。

賞与も定期昇給も確約されるものではないという社会通念にも合致します。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金198 固定残業制度が有効と判断されるには?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業代に関する合意が有効と判断された裁判例を見てみましょう。

ザニドム事件(札幌地裁小牧支部令和2年3月11日・労経速2417号23頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、Y社に勤務していた平成28年7月1日から平成29年10月31日までの時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金の未払がある旨を主張し、Y社に対し、雇用契約に基づき、各割増賃金の合計349万7521円+確定遅延損害金を加えた360万5634円+遅延損害金の支払を求めるとともに、労働基準法114条に基づく付加金349万7521円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、4094円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xは、平成28年3月1日、契約期間が同日から同年10月31日まで、日額9000円の日給制、日給の内訳として基本日給が6112円、割増分日給が2888円などと記載されたY社作成の「雇用契約書兼労働条件通知書」に署名押印したのであるから、XとY社との間には、基本日給が6112円、割増分日給が2888円とする固定残業代の合意がなされたものと推認される。そして、Y社の給与規定及び弁論の全趣旨によれば、Y社は、固定残業代制度を採用していることが認められ、また、Y社の人事係担当者及びBマネージャーが、Xに対し、採用前の面接時において、Xの給与体系が日給制であり、日給の中には基本給と固定残業代部分が含まれることなどを説明し、Y社の人事担当者が、Xに対し、雇用契約締結時において、「雇用契約書兼労働条件通知書」の内容を見せて、仕事の内容や給与条件の内容等について説明をしたことが認められる(なお,Y社は固定残業代制度を採用し、Xに署名押印を求めた雇用契約書兼労働条件通知書にも固定残業代に関する記載が明記されているのであるから、Y社担当者が、Xに対し、あえてこれらに反する説明をする理由も必要性もない。したがって、証人Bらの上記証言内容には信用性が認められる。)。
これらの事情に照らすと、XとY社との間には、平成28年3月1日の時点において、「雇用契約書兼労働条件通知書」記載の労働条件、すなわち、Xの基本日給を6112円とし、割増分日給を2888円とする固定残業代に関する合意があったものと認められる。そして、前記認定のとおり、Xは、平成28年5月3日、基本日給が6112円、割増分日給が3888円などと記載された「雇用契約書兼労働条件通知書」に、平成29年1月28日、契約期間が同年4月1日から同年10月31日まで、基本日給が6288円、割増分日給が3712円などと記載された「雇用契約書兼労働条件通知書」に、同月29日、基本日給が6100円、割増分日給が3900円などと記載された「雇用契約書兼労働条件通知書」にそれぞれ署名押印したほか、平成28年9月30日に退職した際には、XとY社との間で、従前と同様の条件でスポット的に勤務する旨の合意がなされ、その間、基本日給6288円、割増分日給3712円相当の給与が支払われたのであるから、その都度、XとY社は、固定残業代の基本日給額と割増分日給額を変更する旨の合意をしたものと認められる。
2 これに対し、Xは、Y社から固定残業代についての具体的な説明を受けたことはない旨を主張し,X本人はこれに沿う供述をする。しかし、Y社の人事係担当者やBマネージャーが、Xに対し、面接時において、Xの給与体系が日給制であり、日給の中には基本給と固定残業代部分が含まれることなどを説明したことや、Xが基本日給、割増分日給等が明記された「雇用契約書兼労働条件通知書」に複数回署名押印したことは前述したとおりであり、Xの上記供述内容は直ちに信用することができない。また、Xは、雇用契約書や支給明細書の記載内容は、Y社が一方的に操作して作成したものであり、Y社は、Xの残業時間がどの程度超過しようとも、最低賃金がどのように変化しようとも、Xに支払う金額は1日1万円までという理解でいたことは明白であるが、Xは、Y社からそのような説明を受けたことはないし、合意した事実もないから、固定残業代について、XとY社との間で意思の合致がないから無効である旨を主張する。しかし、Xが基本日給、割増分日給等が明記された「雇用契約書兼労働条件通知書」に複数回署名押印をしたことは前述したとおりであり、Xが指摘する事情を踏まえても、XとY社との間で固定残業代の合意があったとの前記認定は左右されない。さらに、Xは、Y社から基本給部分と固定残業代部分との区別について何らの説明も受けていないから、雇用契約時において、両者の区別は明確にされていないし、Y社においては、固定残業代制度を適切に運用する意思も実態もないのであるから、実質的にみて、基本給部分と固定残業代部分が明確に区分されているとはいえない旨を主張する。しかし、Y社の人事係担当者やBマネージャーが、Xに対し、面接時において、Xの給与体系が日給制であり、日給の中には基本給と固定残業代部分が含まれることなどを説明したことや、Xが基本日給、割増分日給等が明記された「雇用契約書兼労働条件通知書」に複数回署名押印したことは前述したとおりであり、形式的にも実質的にも基本給部分と固定残業代部分が明確に区分されていないとはいえない
以上から、Xの主張はいずれも理由がなく、XとY社との間の固定残業代に関する合意は有効である。

明確区分性の要件を満たしていると判断された例です。

このようにわかりやすく区別されていることが重要です。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金197 固定残業制度が有効と判断される場合とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、固定残業手当と未払割増賃金等請求に関する裁判例を見てみましょう。

レインズインターナショナル事件(東京地裁令和元年12月12日・労判ジャーナル100号50頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と労働契約を締結して就労していたXが、Y社に対し、(1)時間外労働、休日労働及び深夜労働をし、かついわゆる固定残業代の支払が無効であるなどと主張して、時間外労働等に対する割増賃金約871万円等並びに労働基準法114条に基づく付加金約793万円等の支払を求め、(2)仮に固定残業代の支払が有効であるとしても、求人票記載の給与額の範囲内の基本給が支給されるとの期待を侵害しないよう基本給の額を定める信義則上の義務に違反した旨主張して、不法行為による損害賠償として上記割増賃金相当額の慰謝料の支払を求めるとともに、(3)Xの心身の不調を来す危険のある長時間労働に従事させたことが安全配慮義務違反であるなどと主張して、債務不履行又は不法行為による損害賠償として慰謝料200万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払割増賃金等請求は一部認容+同額の付加金認容

慰謝料請求は棄却

【判例のポイント】

1 固定残業手当の支払が割増賃金の弁済として有効か否かについて、給与規程における賃金の種類、本件固定割増手当規定の規定振り及び時間外勤務手当の算定方法に照らすと、Y社の賃金体系上、固定割増手当は時間外労働及び深夜労働に対する対価であることが明らかにされているというべきであり、そして、実際にXに支払われた固定割増手当の額は基本給を基礎賃金として計算した70時間の時間外労働と30時間の深夜労働に対する割増賃金の額と概ね一致し、加えて、時期によっては本件固定割増手当規定に係る時間外労働及び深夜労働の時間数と比較的大きな差があるものの、Y社は、割増賃金の額が固定割増手当の額を上回る場合にはその差額を支払っていたことを考慮すると、本件労働契約上、固定割増手当は時間外労働及び深夜労働に対する対価であるとされているとみるべきであるから、固定割増手当の支払は割増賃金の弁済として有効であり、また、固定割増手当は労働基準法37条にいう「通常の労働時間」の賃金に当たらない。

2 安全配慮義務違反の成否及び損害の有無等について、Xは長時間労働により平成25年6月頃に脳梗塞を発症した旨主張するが、脳梗塞の発症前の長時間労働について具体的な主張すらしないから失当であるし、Xが脳梗塞を発症した事実を認めるに足りる証拠もなく、また、Xは、長時間労働をさせられたこと自体によって精神的苦痛を被った旨も主張するが、Aの指示による本件システム記録の労働時間の修正等を考慮しても、割増賃金の支払によってその精神的苦痛は慰謝されるというべきであり、損害が生じたとは認められないから、安全配慮義務違反を理由とする請求には理由がない。

固定残業制度が適切に運用されている例です。

いまだに固定残業制度の有効要件を充足していない例が散見されます。

残業代請求の消滅時効が今後ますます伸びますので、ご注意ください。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金196 固定残業制度が有効と判断される場合とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業手当の合意の有無と配転命令の可否に関する裁判例を見てみましょう。

ソルト・コンソーシアム事件(東京地裁令和元年12月6日・労判ジャーナル100号52頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、会社在職中の平成28年1月稼働分から平成29年8月稼働分までの間の時間外・深夜・休日労働の割増賃金に未払いがあるなどと主張して、Y社に対し、労働契約に基づき、割増賃金約680万円等の支払を求め、労働基準法114条に基づき、同額の付加金等の支払を求め、Xに対する違法な配転命令があったなどと主張して、不法行為に基づき、慰謝料100万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払割増賃金等請求は認容

配転命令に関する不法行為に基づく損害賠償請求は棄却

【判例のポイント】

1 Y社は、本件固定残業代の合意が認められるべき旨主張するところ、証人Dは、Xの採用面接時に、Xに時間外手当等の説明をした旨証言するが、Xとの2度にわたる面接のいずれにおいても各手当の具体的な金額を説明していないことを自認し、かかる合意内容を証する雇用契約書や労働条件通知書の作成もしていないところであって、その証言はたやすく措信できるものではなく、また、Y社は、本件雇用契約書を作成したことによって、Xが本件固定残業代の合意を追認したとみるべきであるなどとも主張するが、本件雇用契約締結時において本件固定残業代の合意を認めることができない以上、その変更は労働者であるXの労働条件の不利益変更に該当し、その不利益性に係る変更内容の具体的説明のない本件において、これがXの自由な意思に基づいてされたものとは認め難く、かかる不利益変更を有効とみる余地もないから、いずれにしても会社の主張は採用できない。

2 Xは、X・Y社間に、職種等の限定を含む本件限定合意が成立していた旨を主張し、本件配転はこれに反するものであった旨主張するが、この点を裏付ける的確な証拠はないから、採用することができず、また、Xは、Y社において配転命令権の濫用があった旨の主張もするが、業務上の必要性がおよそなかったことやXに著しい不利益が生じたとみるべきことを根拠付けるに足らず本件配転の時期が、XがY社に残業代の請求をした後であったからといって直ちにこれが不当な動機・目的に出たものであったとも認めるに足りず、損害も認めるに足りないから、不法行為の成立をいうXの主張は採用することができない。

いまだに固定残業制度についての争いが数多く起こっています。

残業代の消滅時効が延びており、いずれ5年になった際に、今と同じように有効要件を欠く固定残業制度を使い続けている会社は、とんでもないことになります。

今のうちに制度を見直すことを強くおすすめします。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

賃金195 賃金引下げが有効と判断されるためには?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金引下げ無効未払賃金等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

MASATOMO事件(東京地裁令和2年1月24日・労判ジャーナル100号44頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXが、Y社から、在職中に無効な賃金額の引下げを受け、その引下げ相当額について未払があるほか、Y社において時間外・深夜労働に従事していたところ、時間外労働等に係る割増賃金に未払があるなどと主張して、労働契約に基づき、本件引下げに係る未払賃金92万円等、平成26年6月から平成28年5月までの間の稼働分に係る未払の割増賃金148万円等の支払を求めるとともに、労働基準法114条に基づき、付加金162万円等の支払いを求め、併せ、不法行為に基づき、不当解雇に基づく損害賠償金として損害金500万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、未払賃金179万6371円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、付加金31万7712円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、慰謝料40万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 本件賃金引下げは、従前Xが受領していた基本給額を約15パーセントも減らすものであったものであり、その下げ幅は大きく、しかも、その賃金引下げ措置が解かれる具体的な目処ないし期限も設けられておらず、恒久的措置としてとられたものと評価せざるを得ず、その不利益性は強いといわざるを得ないところであって、Xが基本給減額(既に発生している賃金の放棄を含む。)に同意し、かつ、その同意が原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとも認め難い
この点、Xが直ちに異議を申し述べてこなかった事実があったとしても、服属的関係にある労働者の使用者に対する地位ないし力関係にも鑑みれば、この点から直ちに原告が本件賃金引下げに同意したなどと推認することも相当とはいえない
 
2 Y社には就業規則は設けられておらず、本件労働契約において休職期間満了による退職制度が設けられていたとは認め難い
ところで、本件においてY社は、本件労働契約の終了原因につき、休職期間満了による通知(本件退職通知)が解雇であることは主張せず、その終了原因として休職期間を経過したことによる自動退職のみを主張するものであるところ、Y社には、従業員に対して一定の休職期間を一方的に定め、復職がないままその期間を満了したときに自動退職をさせることのできる労働契約上の権限があるということはできないから、本件退職措置は、権限なくされたものとして無効というほかない。もっとも、Y社は、本件において本件退職措置により本件労働契約が平成28年8月末日をもって終了する旨主張しているところ、Xも、現時点において、その契約終了の効力を争うものではないから、本件労働契約はその時点をもって終了したと認めるのが相当というべきところ、前判示したところに照らせば、これはY社の違法な本件退職措置によるものと認めるべきであり、かつ、本件労働契約上、そのような退職措置をとるべき根拠がないことはY社においても自明で、その認識を持ち得べきものといえるから、そのような行為に及んだ点につき、過失があることも明らかである。
したがって、Y社は、Xに対し、不法行為に基づき、かかる違法な所為によりXについて生じた損害を賠償すべき責任原因があるというべきである。

上記判例のポイント1は、労働条件の不利益変更における裁判所の典型的な判断方法です。

労働事件では頻出の争点ですので、しっかり押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金194 賃金減額の合意が有効と判断されるためには?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、賃金減額の合意と辞職の意思の有無に関する裁判例を見てみましょう。

岡部保全事件(東京地裁令和2年1月29日・労判ジャーナル99号34頁)

【事案の概要】

本件は、Y社代表者の娘婿であり、Y社で働いていたXが、平成29年10月支払分からXの同意なく賃金を減額され、平成29年12月22日をもって辞職した扱いとされ、平成30年1月以降、賃金を支払われなくなったとして、雇用契約に基づき、地位確認及び平成29年10月分から同年12月分までは減額された月額201万5566円の賃金及び平成30年1月以降月額309万円の賃金+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

辞職無効
→地位確認請求認容

【判例のポイント】

1 賃金の減額に対する労働者の同意は、形式的に存在するのみでは足りず、自由な意思に基づいてされたものであることを要するというべきである。本件は、Y社代表者とXとの間に親族関係がある点で、通常の労働者、使用者との関係と全く同様とはいえないが、賃金の減額に対する同意の有無を慎重に判断する必要がある点は異ならないと解すべきである。
Xは、本件減額の告知を受けた翌日の平成29年10月13日、賃金額を説明するCのメールに対し、「了解です」との返信をしたものの、その後、同月25日及び26日には、本件減額を認めていない旨のメールをC宛に送信し、同月30日には、Y社代表者の執務室へ赴いて本件減額について考え直してほしい旨を直接告げ、同年12月には、X代理人に依頼して、賃金の差額を請求する旨を通知した。「了解です」との言葉の意味は、内容を承諾した旨とも内容を理解した旨とも解釈可能であり、Xが、「了解です」とのメールを送信したのは、Y社代表者に話をするには時間を置いた方がよいと考えたためであると説明していることに加え、同メール送信後ほどなく、減額告知後の最初の給与支給日までには、Y社による本件減額に対して明示的な拒否の意思を伝えていることからすると、Xが、Y社に対して、本件減額に同意する意思を表明したということはできない

2 Y社は、Xが、Y社代表者の知らない弁護士に委任して、弁護士からの電話一本もなく、賃金請求の内容証明郵便を送付したことは、義理の親子間にあっては他人行儀を超えて冷酷非礼なひどい行為であり、退職するとの不動の覚悟と断固たる決意がなければできないことであるから、内容証明郵便の送付が辞職の黙示の意思表示である旨を主張するけれども、そもそも、退職する覚悟でなければ使用者に対して内容証明郵便を送付しないものではない上、在職を続けることを前提に、会社に対して賃金等の請求を行うことは、権利の行使として当然に許されるから、採用できない
また、Xが発出したY社とa社との業務委託契約の解約の有効性を争う旨の通知についても、XのY社に対する辞職の意思表示とは認められない。
したがって、Xは、Y社に対し、明示にも黙示にも辞職の意思表示をしていない

上記判例のポイント2の考え方は、労働事件で頻繁に出てきますので、是非、押さえておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金193 賃金控除は違法?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、賃金控除が不法行為に該当しないとして、損害賠償請求及び不当利得返還等請求が棄却された事案を見てみましょう。

オレンジキャブ事件(大阪地裁令和2年2月12日・労経速99号30頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されて稼働していた元従業員らが、Y社に対し、Aが、Y社に対し、Y社がAの賃金から「貸付金」「貸付利息」「共済会費」「持帰り分」「特別車」の名目で控除したことがY社の不法行為に当たるとして、不法行為に基づく損害賠償等の支払、Bが、Y社に対し、Y社がBの賃金から、「特別車」「共済会費」の名目で控除したこと、「お年玉」「無事故手当」を支給しなかったこと、Y社の常務取締役から嫌がらせを受けたことがY社の不法行為に当たるとして、不法行為に基づく損害賠償等の支払、Cが、Y社に対し、Y社がCの賃金からCが入居していた「α荘」の家賃として1万円を超えるきんがくを控除した部分が不当利得に当たるとして、不当利得の返還及び「α荘」の敷金として5万円を支払ったが、「α荘」の退去後返還されないとして、同敷金の返還等を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社による賃金からの控除がY社による不法行為に当たるか及び損害額について、「貸付金」「貸付利息」名目での控除について、Y社が、わざわざ従業員の支給明細書に「貸付金」「貸付利息」と記載し、所長に指示して現金での精算を行わせていたと認めるに足りる的確な証拠は認められず、またその必要性も認め難いから、Y社による「貸付金」「貸付利息」の名目での控除が、Aに対して詐術を用いて交付すべき金員の支払を免れていたことに当たり、Aに対する不法行為を構成するとはいえず、さらに、Y社による「納金不足分」「持ち帰り分」の名目での控除が、Aに対して詐術を用いて交付すべき金員の支払を免れていたことに当たり、Aに対する不法行為を構成するとはいえず、そして、「共済会費」「特別車」名目の控除について、従業員に対する賃金支払の際に控除することができる旨の労使協定が締結されていること等から、Y社が、「特別車」の名目で賃金から控除した行為が、Aに対する不法行為を構成するとはいえない

2 毎月1万円を超える家賃控除が不当利得に当たるか及び敷金返還請求権の存否について、Y社は、入居者の賃金から「α荘」の家賃分を控除した上、入居者に代わって「α荘」の家主に支払っていたのであるから、Y社に利得が発生しているとは認められず、Cは、「α荘」の敷金が40万円であり、これをY社が立て替えて支払った、入居者8人で分割して5万円ずつの敷金について分割して給与から控除された旨供述するが、立替えに係る借用証書には、5万円の趣旨が「礼金」であると記載されており、Cの「敷金」との供述とは矛盾し、礼金であれば高額に過ぎる旨のCの主張を踏まえても、Y社が立て替えた5万円が「敷金」、すなわち返還の約束のあるものであるとは認め難いから、Cの敷金返還請求は理由がない。

事実認定の問題ですので、一般化しづらいですが、基本的には賃金から控除は慎重に行われるべきです。理由なく賃金から何らかの費用を控除するとトラブルになるので避けましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金192 退職手続不履行を理由に退職手当を支給しないのはアリ?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、就業規則所定の退職手続不履行を退職手当不支給事由とする定めが無効とされた裁判例を見てみましょう。

芝海事件(東京地裁令和元年10月17日・労経速2411号30頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であったXらがY社を退職したことに関し、Xらが、Y社に対し、労使慣行により自己都合退職の場合でも定年退職の場合と同額の退職手当が支払われるべきである、そうでないとしても自己都合退職の場合には給与規定によって定年退職の場合の6割相当額の退職手当が支払われるべきである旨主張して、労働契約に基づく退職手当及びこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、X1:323万8227円、X2:307万9210円、X3:315万8883円、X4:302万5500円、X5:233万2925円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 就業規則54条は退職しようとするときはY社の同意を得なければならない旨定めるところ、この規定にかかわらず辞職の意思表示がY社に到達すれば雇用契約終了の効果が生ずるのであるから(民法627条1項)、就業規則54条の退職手続をしなかったことを退職手当の不支給事由と定めても直接的に退職の自由が制限されるものとはいい難い。
しかしながら、Y社の給与規程上、退職手当の額は、定年退職の場合と自己都合退職の場合とで異なるものの、勤続年数に概ね比例するように定められていることに照らすと、Y社における退職手当は功労報償的な性格を有するのみならず、賃金の後払い的性格を有するものであるということができる。このような退職手当の性格に鑑みると、就業規則54条に定める退職手続によらないということのみを退職手当の不支給事由とすることは、労働条件として合理性を欠くものというほかない(労働契約法7条参照)。
したがって、給与規程12条1号ただし書のうち就業規則54条の退職手続をしなかったことを退職手当の不支給事由とする部分は無効である。

2 これに対し、Y社は、本件不支給規定部分は、就業規則54条の趣旨が従業員の退職に伴って引継ぎや人員補充の必要性が生ずることから、退職する従業員とY社とが相互に協力して円満に退職することを促進することにあることを受けて規定されたものである旨主張するが、そのような趣旨自体に合理性があるとしても、給与規程12条1号ただし書は従業員の退職によって生ずるY社の不利益等の有無や程度にかかわらず形式的に就業規則54条の退職手続によらないことのみを退職手当の不支給事由とする点において、合理性を欠くというべきである。

Y社の狙いは十分理解できますが、実際のところ、なかなか難しいところです。

目的のみならず手段の合理性・相当性についても十分検討する必要があるということです。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金191 PCログ記録から労働時間を認定?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、残業を月30時間以内とする指導の事実を考慮し、PCログ記録を根拠に労働時間が認定された事案を見てみましょう。

大作商事事件(東京地裁令和元年6月28日・労経速2409号3頁)

【事案の概要】

本訴請求事件は、Y社の従業員として稼働していたXが、在職期間中、時間外・深夜労働に従事していたとして、Y社に対し、労働契約に基づき、時間外労働等に係る割増賃金+遅延損害金、付加金の支払を求めた事案である。

反訴請求事件は、Y社が、Xにおいて、在職中、遅刻をしていたのに給与を不正に取得していたなどとして、Xに対し、不法行為又は不当利得に基づき、損害金又は不当利得金78万9577円+遅延損害金の支払を求めるとともに、Xが在職中、不正な出勤簿を作成し、不正なパソコンのログデータを作成し、挙句、不正な本訴請求に及んだことが不法行為又は債務不履行に該当するとして、Xに対し、不法行為又は債務不履行に基づき、損害金712万4040円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Y社はXに対し、139万8751円+遅延損害金を支払え

Y社はXに対し、付加金50万円+遅延損害金を支払え

Y社の反訴請求は棄却

【判例のポイント】

1 Xは、X主張を裏付ける証拠として、自身が利用していたパソコンから抽出した記録であるというログ記録を提出している。その内容は概ね別紙4記載のとおりであって、これによれば、Xが出勤簿記載の労働時間よりも長く業務に従事していた可能性があるとみることができる。
よって検討するに、X本人は、出勤簿を作成するほかログ記録を残していた理由について、要旨、残業実績が出勤簿記載の労働実績より実際には多かったため、念のため残しておいた旨の供述をしている、かかる供述内容自体に特段不自然な点は見出されず、その抽出方法も、他の証拠に照らし、自然なものとして首肯することができる
この点、Y社は、ログイン・ログアウトを人為的に行った記録を特定することは困難であるとの意見書を提出し、ログ記録について争うが、上記甲号証に照らせば、少なくとも使用していたパソコンのWindowsの起動と正常シャットダウンの日時の特定に妨げないものとはいえる。
また、Xは、Y社において本件業務に当たってきたものであるところ、その業務の性質上、パソコンを多く利用する業務であったことは前記認定のとおりである。しかも、Xの供述によればもちろん、証人Bの証言によっても、パソコンを利用するのは、基本的には当該パソコンを割り当てられた個々の従業員であったものである。この点、証人Bの証言中には、他の従業員がXのパソコンを使用することもあったという趣旨の供述部分はあるが、B自身も頻繁にはないとしている上、具体的な頻度について自発的に明確な供述をできておらず、その供述を裏付ける証拠もないから、その証言はたやすく採用できない。しかも、前記認定のとおり、Y社においては週初めの午前8時30分から朝礼が行われていたところ、ログ記録は、内容的にもこうした事実に多く沿っているとみることができるほか、グループウェアのタイムカード記録(出勤記録)との齟齬もほぼ認められず、むしろ、ごくごく断片的証拠ではあっても、Y社の業務に係る画像データや動画データの更新日時との符合も認められる。なお、Y社は、これらデータにつき、更新日時を変更することが可能で信用性がないなどとも主張しているが、そのように改変がなされたと見るべき形跡は認められない。

2 Y社は、X本人が、本人尋問において、新人研修の際にY社従業員のCから月当たりの残業時間を30時間以内としなければならない旨の指導を受けたなどと供述していることをとらえて、そのような事実はなく、その旨述べるX本人の供述は不自然であるなどと主張する。確かに、証人Cは、月30時間を超える残業時間を記載することを禁ずる指導をしたことを否定する証言をしており、他にそのような指導がなされたことを裏付ける的確な証拠もなく、かえって、Y社の従業員の中には月30時間を超える残業時間を申告していた者がいると認められることは前記認定のとおりである。
しかしながら、X申告の出勤簿の残業時間をみると、月当たり30時間未満とされている月も散見されるものの、どの月も30時間を超えることはなく、多くは寸分違わず30時間と申告されているところであって、このこと自体、Xが、実際の労働時間いかんにかかわらず、月30時間以内に残業時間をとどめようとしていたことを強く窺わせるものといえる。そして、証人Bや同Cも、業務の効率的遂行といった観点から、個々の従業員の月当たりの残業時間が30時間以内となるよう指導していたこと自体は否定をしていない。そうしてみると、Xがこうした指導故に出勤簿記載の残業時間を多くとも30時間にとどめることとしていたと推認するのが合理的というべきであって、X本人の供述は同旨を述べるものとしてむしろ首肯することができる。
したがって、Y社指摘の点は、上記説示の点においてXの供述の信用性を高めこそすれ、その信用性を損なうものということはできない

残業時間を一定限度に制限するよう指導することはよくあることですが、ただ指導するだけでは足りず、当該指導に従わない従業員に対する労務管理を行わないと、結局、指導が有名無実化してしまいます。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。