Category Archives: 賃金

賃金289 窃盗(荷抜き)を行ったことを理由とする未払退職金等支払請求が棄却された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、窃盗(荷抜き)を行ったことを理由とする未払退職金等支払請求が棄却された事案を見ていきましょう。

焼津漁協協同組合事件(静岡地裁令和6年5月23日・労判ジャーナル149号42頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元職員Xが、Y社に対し、労働契約に基づき、退職金及び手当の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 顧問弁護士等を構成員とする調査委員会が、聴き取り調査を行った結果、Y社の市場部次長であるCを含む複数の従業員が、約3年間にわたり荷抜きをしていたことが確認され、具体的には、Cは、上司であったEから指示され、未計量のパレットをY社が所有する旧第四冷蔵庫に搬送し、冷蔵庫の従業員が入庫伝票を起票せずに入庫させ、その後、Cから冷蔵庫に搬入した旨の連絡を受けたEが、運送の担当者に連絡し、この連絡を受けた運送担当者が、冷蔵庫から当該パレットを搬出し、Eの親族が勤務する市外の倉庫業者が所有する市内冷蔵庫に搬入し、Eは、上記親族から報酬を受け取り、Cに対して1か月に5~10万円程度を分配しており、Y社は、上記調査委員会の調査結果を踏まえて、X及びCに対する処分を決定したことが認められるところ、この調査結果によれば、Xは、自らが中心となり、主導的に荷抜きを行っていたのに対し、Cは、荷抜きにおいて、従属的立場にあったと判断されるから、退職金の支給において、差を設けたことについて、平等原則・比例原則に反しているとはいえず、Xの行った荷抜きは、Y社の業務に関して窃盗を行ったというものであり、Y社に対する直接の背信行為であって、Y社の名誉及び信用を失墜させた犯罪行為であり、Xの永年の勤続の功を抹消する重大な不信行為であるというほかないから、Xに対する退職金を不支給としたことについて、裁量権の逸脱・濫用があるとはいえない。

このような事案の場合、担当する裁判官によって、「永年の勤続の功を抹消する重大な不信行為」の評価のしかたが異なります。

微妙な事案の場合は、運的な要素が多分にあります。

親と裁判官は選べませんので。

三審制のどこかで妥当な結論が出されることを祈るほかありません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金288 降格は有効であるが、本俸を減額した点は無効であると判断した事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、降格は有効であるが、本俸を減額した点は無効であると判断した事案について見ていきましょう。

住友不動産ベルサール事件(東京地裁令和5年12月14日・労判ジャーナル148号36頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員Xが、Y社が平成30年10月にXを管理職である所長から営業職に降格したこと及びこれに伴う賃金減額は無効であると主張して、Y社に対し、管理職の地位及び資格等級5級の地位にあることの確認、賃金減額により未払となった賃金等の支払を求め、また、平成30年下期から令和4年上期までの報奨金について、本来は管理職の報奨金テーブルに基づいて計算されるべきところ、無効となるべき降格により営業職の賃金テーブルに基づいた金額しか支給されていない等として、報奨金の不足分等の支払を求め、そして、Y社のXに対する言動はパワーハラスメントに該当し、不法行為を構成する等と主張して、不法行為に基づく損害賠償として462万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払賃金請求一部認容

損害賠償請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、部下に対して威圧的な言動により理不尽な指導を行うなど、管理職としてふさわしくな言動があったことが認められ、現にこのようなXの言動を理由として、少なくとも2名の従業員が退職したことが認められ、これに加えて、Xは、一度は、部下のない地位となったものの、その後に改めて部下を持つようになった際にも、同様の言動を繰り返していたことが認められるところ、Y社においては、このような事情を踏まえ、Xを管理職の地位に配置することはふさわしくないと判断し、本件降格を行ったものと認められ、このことについては、証人kが、Y社にとしては、Xの部下が疲弊しきっていたという状況から、Xから部下を守るということを主眼に置いた判断をした旨証言しているところであり、十分に合理性を有するから、本件降格が使用者の有する人事権の行使に当たって、その裁量の範囲を逸脱又は濫用したものとは認められず、本件降格は有効である。

2 Y社が、本件降格に伴い、Xの本俸を減額した点については、労働契約又は就業規則上の根拠がなく無効というべきであるが、ポスト手当を減額したことは労働契約又は就業規則上の根拠があり有効というべきである。

降格処分が有効であるからといって、当然に賃金の減額が有効となるわけではありませんので注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金287 教習指導員資格取得後、3年以内に退職した従業員への立替費用の返還請求が労働基準法16条に違反しないとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。今週も1週間がんばりましょう。

今日は、教習指導員資格取得後、3年以内に退職した従業員への立替費用の返還請求が労働基準法16条に違反しないとされた事案を見ていきましょう。

勝英自動車学校事件(東京地裁令和5年10月26日・労経速2554号31頁)

【事案の概要】

本件は、自動車教習事業を営む株式会社であるY社が、従業員であったXに対し、在職中に教習指導員資格を取得するための費用に関する準消費貸借契約に基づき、貸金62万4700円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

Xは、Y社に対し、47万9700円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 教習指導員資格は国家資格であること、法令上、教習指導員資格があれば指定自動車教習所において教習指導員業務及び検定業務に従事することができること、教習指導員資格を得るためにはA研修所において研修を受講する方法と公安委員会の審査を受ける方法があること、Y社において教習指導員資格を有する教習指導員として勤務すれば毎月3万円の教習検定手当が得られること、Y社はA研修所において研修を受講している期間もXから賃金の支払を受けていたことが認められる。
教習指導員資格は、それを取得することによって指定自動車教習所において教習指導員業務及び検定業務に従事することができる国家資格でありX個人に帰属するものであるから、本来であれば資格取得者であるX本人が費用を負担すべきものといえる。
当該国家資格を取得すれば、Y社において教習指導員として勤務できることに加え、自動車教習所といった限られた業界内ではあるものの転職活動等で有利になるのは当然であり、Xは、当該資格の取得によって利益を得たといえる。
また、本件準消費貸借契約における契約内容をみても、貸金額は47万9700円であり、教習指導員資格を得てY社において教習指導員として稼働すれば毎月3万円の手当が得られるから、投下した資本について比較的早期に回収することができるといえる。A研修所における研修は、Xが約1か月で修了していることに鑑みれば短期集中型の研修といえ、公安委員会の審査を受ける方法(被告の主張によれば半年から1年程度の期間を要するのが一般的とのことである。)よりも、短期間でより確実に教習指導員資格を取得できる方法であるといえ、Xの早期の収入増加につながるといったXに有利な面もある。
さらに、Xは、A研修所において研修を受講している期間もY社から賃金の支払を受けており、Y社における就労を免除され賃金を得ながら一定の汎用性を有する国家資格を得ることができたといえる。
これらの事実によれば、本件準消費貸借契約の内容は、合理的な内容であるといえるから、Xが本件準消費貸借契約の締結を強制されたということもできない
上記に加え、返還免除に要する3年間という期間についても特段長期にわたるということはできないことを考慮すれば、本件準消費貸借契約は、退職の自由を不当に制限するとはいえない。したがって、本件準消費貸借契約は、労働基準法16条に反するということはできず有効である。

考慮要素は、概ね以上のとおりですので、裁判所の考え方をしっかり押さえておきましょう。

ていうか、弁護士費用考えたら会社は赤字です。もう資格のための貸付なんてやめてしまったらどうでしょう。

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賃金286 公務員の飲酒運転による物損事故と退職手当の全部支給制限処分(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 

今日は、公務員の飲酒運転による物損事故と退職手当の全部支給制限処分に関する裁判例を見ていきましょう。

大津市(懲戒免職処分)事件(最高裁令和6年6月27日・労経速2558号3頁)

【事案の概要】

本件は、普通地方公共団体であるY市の職員であったXが、飲酒運転等を理由とする懲戒免職処分を受けたことに伴い、退職手当管理機関であるY市長から、Y市職員退職手当支給条例11条1項1号の規定により一般の退職手当の全部を支給しないこととする処分を受けたため、Y市を相手に、上記各処分の取消しを求める事案である。

原審は、本件懲戒免職処分は適法であるとしてその取消請求を棄却すべきものとした上で、本件全部支給制限処分の取消請求を認容すべきものとした。

【裁判所の判断】

1 原判決中、Y市敗訴部分を破棄し、同部分につき第1審判決を取り消す。
2 前項の部分に関するXの請求を棄却する。

【判例のポイント】

1 Xは、長時間にわたり相当量の飲酒をした直後、帰宅するために本件自動車を運転したものであって、2回の事故を起こしていることからも、上記の運転は、重大な危険を伴うものであったということができる。そして、Xは、本件自動車の運転を開始した直後に本件駐車場内で第1事故を起こしたにもかかわらず、何らの措置を講ずることもなく運転を続け、さらに、第2事故を起こしながら、そのまま本件自動車を運転して帰宅したというのであるから、本件非違行為の態様は悪質であって、物的損害が生ずるにとどまったことを考慮しても、非違の程度は重いといわざるを得ない。
また、Xは、本件非違行為の翌朝、臨場した警察官に対し、当初、第1事故の発生日時について虚偽の説明をしていたものであり、このような非違後の言動も、不誠実なものというべきである。
さらに、Xは、本件非違行為の当時、管理職である課長の職にあったものであり、本件非違行為は、職務上行われたものではないとしても、Y市の公務の遂行に相応の支障を及ぼすとともに、Y市の公務に対する住民の信頼を大きく損なうものであることが明らかである。
これらの事情に照らせば、本件各事故につき被害弁償が行われていることや、Xが27年余りにわたり懲戒処分歴なく勤続し、上告人の施策に貢献してきたこと等をしんしゃくしても、本件全部支給制限処分に係る市長の判断が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。

こういう事案は、どちらの結論の判決も書けてしまいます。

どの事実を重視し、どう評価するかの問題ですので。

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賃金285 高額な固定残業代の定めであるにもかかわらず、実際の時間外労働時間とは直ちに結び付かないとして、有効性を認めた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、高額な固定残業代の定めであるにもかかわらず、実際の時間外労働時間とは直ちに結び付かないとして、有効性を認めた事案を見ていきましょう。

ゆうしん事件(東京地裁令和5年10月6日・労経速2558号27頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されていたXが、令和2年3月1日から令和4年2月28日までの間、法定の労働時間を超過して時間計算書のとおり時間外労働をしたと主張して、①割増賃金278万4589円及びこれに対する遅延損害金、②労働基準法(以下「労基法」という。)114条に基づく付加金278万4589円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xが入社した平成30年8月1日の時点では給与規程が制定、周知されていたと認められる。そして、給与規程に定められた役割給、役職手当及び資格手当は、いずれもその名称からは直ちに割増賃金の支払と解することはできないものの、給与規程の本文には、それぞれ本人の役割、役職者の役割及び資格に応じて、いずれも業務が多くなることを見込んで、割増賃金見合分として支給する旨が明記されていること(11条2項、12条、13条)からすれば、これらの手当はいずれも、その全額が割増賃金に対する対価として支払われたものと認めるのが相当である。そして、これらは給与規程の定めについても同様である。
これに対しXは、D社労士の説明資料からは、役割給、役職手当及び資格手当の少なくとも一部は、会社内における役割が重要になることに伴って基本給が加算されるという趣旨を含むものと解すべきと主張するが、同資料には会社が期待する役割に応じて賃金や役職を決定する旨の記載があるものの、前記の給与規程の本文の定めと併せて検討すれば、役割給、役職手当及び資格手当に基本給としての性質が含まれるものと理解することはできない。
Xは、役割給、役職手当及び資格手当の合計は13万円と高額であり、このような固定残業代の定めは、労基法36条4項の規制である45時間を上回る時間外労働を想定しており、時間外労働を恒常的に行わせることを前提とした規程であると主張する。しかしながら、固定残業代の額と従業員が実際に行う時間外労働の時間とは直ちに結び付くものではなく、時間外労働を恒常的に行わせることを前提とした規程であるとのXの主張は採用することができない

2 労基法37条5項は、割増賃金の算定基礎賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない旨定めるところ、その趣旨は、労働者の個人的事情に基づいて支給される賃金を割増賃金の算定基礎賃金から除外するものと解される。このような趣旨に鑑みれば、労基法施行規則21条において算定基礎賃金から除外される住宅手当とは、住宅に要する費用に応じて算定される手当をいうものと解するべきである。
そこで検討するに、給与規程16条は、住宅手当として、住宅ローン又は家賃支払額に応じて1万円、1万5000円又は2万円を支給する旨定め、令和2年7月に制定された給与規程は、家賃手当の上限を1万円と定めているところ、Xは、こうした給与規程の定めがある中、入社時から月額2万円の家賃手当の支給を受け続けている。またY社は、Xが入社時に実家に住んでいたことをもって、Xが不正に家賃手当を受給していたと主張するが、Y社が上記の各給与規程に基づきXの家賃手当の支給要件及び金額をどのように判断したのかは明らかにしていない
そしてXは、訴外Aから被告に入社する際、訴外Aから家賃手当として支給を受けていた2万円を引き続き支給されることでY社と合意した旨供述するところ、Xが勤務場所を変更しないままY社と雇用契約を締結したことからすれば、Xの供述は合理性を有するというべきである。
以上によれば、Y社は、Xとの合意に基づき、実際の住宅費とは無関係に家賃手当2万円を支給していた可能性が高く、そうすると本件の家賃手当は、住宅に要する費用に応じて算定された住宅手当であるとは認めるに足りないから、労基法37条5項に基づいて割増賃金の算定の基礎となる賃金から除外されると認めることはできない

固定残業制度の有効要件については、ほぼ固まったといえるので、数年前のような下級審レベルでのゆらぎはほとんどなくなりました。

また、上記判例のポイント2のような除外賃金をめぐる解釈についても、しっかりポイントを押さえれば難しくはありませんので、凡ミスをしないようにしましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金285 夜勤時間帯における割増賃金算定の基礎単価は、通常の労働時間の賃金額を基礎として算定すべきとしつつ、趣旨および内容が明確であれば別途の定め方も認容されるとした事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、夜勤時間帯における割増賃金算定の基礎単価は、通常の労働時間の賃金額を基礎として算定すべきとしつつ、趣旨および内容が明確であれば別途の定め方も認容されるとした事案を見ていきましょう。

社会福祉法人A事件(東京高裁令和6年7月4日・労経速2562号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で労働契約を締結して、Y社の運営するグループホームの生活支援員として勤務していたXが、Y社に対し、夜勤時間帯(午後9時から翌日午前6時まで)の泊まり勤務について、Y社には労基法37条に基づく割増賃金の支払義務があると主張して、①平成31年2月から令和2年11月までに支給されるべき未払割増賃金312万9684円+遅延損害金の支払を求めるとともに、②労基法114条所定の付加金312万9684円+遅延損害金の支払を求める事案である。
なお、退職日の翌日以降の遅延損害金については、原審では年3%の割合による請求であったところ、当審で上記のとおり請求が拡張されたものである。

原審は、夜勤時間帯が労働時間に当たると認めた上で、泊まり勤務1回につき6000円の夜勤手当が支給されていたことに鑑み、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価を6000円とすることが労働契約の内容となっていたと認定し、割増賃金算定の基礎となる賃金単価を750円としてこれを算定して、Xの請求を、①未払割増賃金69万5625円+遅延損害金、②付加金69万5625円+遅延損害金の支払を求める限度で認容したところ、Xが控訴し、前記1のとおり遅延損害金請求を拡張した。

【裁判所の判断】

 原判決を次のとおり変更する。
 Y社は、Xに対し、331万5789円+遅延損害金を支払え。
 Y社は、Xに対し、付加金312万9684円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 当裁判所は、夜勤時間帯は労働時間に該当すると認められ、夜勤時間帯についての割増賃金の額は通常の労働時間の賃金額を基礎として算定すべきであり、そうすると、Xの請求は全部理由があると判断する。

2 Y社は、夜勤時間帯から休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価を夜勤手当6000円とする旨の賃金合意があったから、夜勤時間帯の割増賃金算定の基礎となる賃金単価は750円となると主張する。
しかし、Y社は、これまで、グループホームの夜勤時間帯にY社の指揮命令下で生活支援員が行うべき業務はほとんど存在しないという認識を前提として、就業規則においては、巡回時間を想定した午前0時から午前1時までの1時間を除き、夜勤時間帯を勤務シフトから除外し、本件訴訟においても、夜勤時間帯については緊急対応を要した場合のみ申請により実労働時間につき残業時間として取り扱う運用をしていると主張し、夜勤時間帯が全体として労働時間に該当することを争ってきたものであって、XとY社との間の労働契約において、夜勤時間帯が実作業に従事していない時間も含めて労働時間に該当することを前提とした上で、その労働の対価として泊まり勤務1回につき6000円のみを支払うこととし、そのほかには賃金の支払をしないことが合意されていたと認めることはできない
労働契約において、夜勤時間帯について日中の勤務時間帯とは異なる時間給の定めを置くことは、一般的に許されないものではないが、そのような合意は趣旨及び内容が明確となる形でされるべきであり、本件の事実関係の下で、そのような合意があったとの推認ないし評価をすることはできず、Y社の上記主張は採用することができない。

非常に重要な高裁の判断です。

上記判例のポイント2を参考に賃金体系を変更する場合には、決して、素人判断でやらないことです。多くの場合、不利益変更になりますし、やり方を間違えると残業代の基礎賃金が増額することになりますので、細心の注意が必要です。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金284 固定残業代および変形労働時間制の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、固定残業代および変形労働時間制の有効性に関する裁判例を見ていきましょう。

エイチピーデイコーポレーション事件(那覇地裁沖縄支部令和4年4月21日・労判1306号69頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が経営するリゾートホテルの従業員であったXが、Y社に対し、労働契約に基づき、時間外割増賃金等合計882万2183円+遅延損害金、同額付加金+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社は、Xに対し、882万2183円+遅延損害金を支払え

Y社は、Xに対し、付加金882万2183円+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 本件出勤簿の体裁、記載内容自体の不自然性や、その記載内容が他のXの稼働状況を示す証拠と整合しないこと、証拠提出の経緯等に照らすと、X本人は出勤簿に記入していなかった旨をいうX主張の当否を措くとしても、本件出勤簿がXの労働時間の実態を反映したものといえるかについては相当疑問があり、本件ホテルにおいて残業申請書や緊急残業申請書の作成等を通じて適正な労働時間管理がされていたとも認め難いというべきである。

2 本件ノートはその成立にXのみしかかかわっておらず、証拠の体裁等においても類型的に信用性が高いものとはいえないものの、その記載内容が他の客観証拠により一応は裏付けられていると評価できることや当時の勤務実態に照らして不自然ともいえないこと等からすると、実労働時間の認定資料として採用し得るものといえる。

3 Y社提出の就業規則には、各直勤務の始業・終業時刻及び各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続や周知方法に関する定めは見当たらないから、変形期間における各週、各日の所定労働時間の特定を欠いているといわざるを得ない。

上記のとおり、原告作成のノートに基づき労働時間が認定されています。

こうならないためにも、使用者側で労働時間をしっかり管理しておく必要があります。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金283 賃金の男女差別的運用に基づく差額賃金・賞与等支払請求が棄却された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、賃金の男女差別的運用に基づく差額賃金・賞与等支払請求が棄却された事案を見ていきましょう。

原田産業事件(大阪地裁令和6年1月31日・労判ジャーナル147号20頁)

【事案の概要】

本件は、Y社において、事務職区分でY社に採用された女性であるXが、Y社において採用されていた賃金表は実質的に男女別の賃金表に当たり、労働基準法4条に違反する違法な賃金差別に当たるなどと主張して、民法709条に基づき、総合職に属する企画職区分の従業員との差額賃金・賞与等の支払及び慰謝料等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、他の商社と同様、Y社においても男女別賃金表が用いられていた旨主張するが、平成14年人事管理規定、本件人事管理規定やY社の新卒者を対象とした求人票には男女で賃金を区別する旨の記載はなく、また、Xが採用された平成19年5月以降のY社の賃金表には男女で賃金額を区別する旨の記載は見当たらず、Xが採用されてから、Y社において男女別賃金表が用いられた事実は認められず、その余の事情を検討しても、XがY社に採用されて以降、Y社が女性であれば全て事務職として処遇したり、賃金において男女差別的な運用をしたりしていたことを推認することはできず、その余の点を論ずるまでもなく、Xの請求は理由がない。

一見すると、非常に形式的な判断のようにも思いますが、この論点は今後、より活発に議論されることが予想されますので注意が必要です。

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賃金282 使用者による一方的な錬成費の支給中止が認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、使用者による一方的な錬成費の支給中止が認められた事案を見ていきましょう。

中日新聞社事件(東京地裁令和5年8月28日・労経速2543号25頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の従業員であるXが、Y社に対し、毎年従業員に支給していた錬成費の支給は、労使慣行(又は黙示の合意)として労働契約の内容となっていると主張して、労働契約に基づき、令和2年分の錬成費及び遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 民法92条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには、同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと、労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないことのほか、当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることを要し、使用者側においては、当該労働条件についてその内容を決定し得る権限を有している者か、又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことを要するものと解される。
Y社は、昭和30年代から平成31年まで、60年以上にわたり、従業員等に対し、年間で合計3000円を錬成費として支給していたが、この間、労使双方が明示的に当該慣行を排除・排斥した事実は認められない。
したがって、錬成費の支給について、同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われ、労使双方が明示的に当該慣行によることを排除・排斥されていなかったと認められる。

2 Y社が、錬成費について、労働条件である給与の支払と同様に支給を継続する必要がある金員として支給を開始したものとは認められず、その後、Y社が長年にわたり従業員に錬成費を支給してきた事実はあるものの、その間に行われた錬成費の支給に係る変更は、いずれも使用者による一方的な変更によって行われており、労使双方の合意が必要であるものとされていなかったということが認められる。また、従業員においても錬成費を給与に類するものとして受け止めていたとはうかがわれず、Y社は一貫して錬成費の支給手続等について給与の支払とは異なる取扱いをしていたのであるから、錬成費の支給という当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていたとは認められない。

労使慣行のハードルの高さがわかりますね。

また、上記判例のポイント2の考え方は是非知っておきましょう。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。

賃金281 定期昇給等の実施が労使慣行として認められなかった事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間お疲れさまでした。

今日は、定期昇給等の実施が労使慣行として認められなかった事案を見ていきましょう。

学校法人I学園事件(東京地裁令和5年10月30日・労経速2543号18頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されているXらが、平成28年度から令和元年度の定期昇給及び特別昇給が行われなかったことにつき、労働契約又は労使慣行によりY社は定期昇給及び特別昇給を行う義務を負っていたとして、Y社に対し、労働契約に基づき、定期昇給及び特別昇給が行われていた場合の従来の賃金表に基づく賃金及び賞与と実際に支払われた賃金及び賞与との差額並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Y社の給与規程では定期昇給について「予算の範囲内において」行うと定められ、給与規程において定期昇給の具体的な内容が定められていたものではなく、その内容が明らかになっているものではないこと、本件組合とY社との間で団体交渉を経て妥結協約書を作成した上で定期昇給が行われてきたことが認められるから、毎年必ず定期昇給を行うことがXらとY社との間の労働契約の内容になっているとは認められない。

2 本件組合において定期昇給及び特別昇給等を団体交渉で要求し、Y社において財政状況を踏まえて予算を検討し、その後本件組合と被告との間で団体交渉を行い、妥結した上定期昇給及び特別昇給が行われてきたこと、Y社が特別昇給の中止を通達したこともあったが本件組合からの抗議があり撤回したこと、Y社から定期昇給を定年5年前で停止する旨回答したものの、本件組合の反対により撤回されたこと、Y社が平成25年3月29日には、平成26年度以降は定期昇給を実施できないことを否定できない旨回答していたこと等が認められ、Y社において定期昇給及び特別昇給を行わない可能性や中止について言及するなどし、定期昇給及び特別昇給を行うことを規範として認識していたとは認められない
また、本件組合においても、定期昇給及び特別昇給が当然に行われるものではないと認識していたからこそ要求していたといえるから、定期昇給及び特別昇給を行うことが労使双方の規範意識によって支えられていたとは認められず、定期昇給及び特別昇給を行うことが労使慣行になっていたとは認められない

労使慣行として認められるのはかなりハードルが高く、そう簡単に裁判所は認めてくれません。

日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。