Category Archives: 解雇

解雇373 能力不足による解雇と能力改善の兆し(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、能力不足による解雇と能力改善の兆しに関する裁判例を見ていきましょう。

デンタルシステムズ事件(大阪地裁令和4年1月28日・労判1272号72頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に雇用されて営業担当職員として勤務していたXが、Y社に対し、Y社がした解雇は無効であると主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに本件解雇後の未払賃金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

解雇無効

【判例のポイント】

1 確かに、採用当初におけるXの営業成績は振るわないものであったとはいえるが、本件解雇がされた令和2年7月頃には、Xの勤務成績又は業務能率には改善の兆しが見え始めていたのであって、Xの勤務成績又は業務能率が著しく不良である状況が将来的にも継続する可能性が高かったものと証拠上認めることはできず、上司とのコミュニケーションの取り方から見て取れるXの勤務態度等にも鑑みれば、Xの勤務成績又は業務能率につき、向上の見込みがなかったとはいえず、本件解雇がされた令和2年7月末頃の時点において、Xの勤務態度又は業務能率に向上の見込みがなかったとはいえないから、Xに就業規則所定の解雇事由は認められず、また、仮に解雇事由が認められる余地があったとしても、Xを解雇せざるを得ないほどの事情があるものと証拠上認めることはできないから、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないから、解雇権を濫用したものとして無効である。

勤務成績不良を理由とする解雇の場合には、本件のように「改善の兆し」についても考慮要素となり得ることを押さえておきましょう。

解雇をする際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

解雇372 26日間無断欠勤した従業員に対する解雇の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、26日間無断欠勤した従業員に対する解雇の有効性を見ていきましょう。

春江事件(東京地裁令和3年12月13日・労判ジャーナル124号70頁)

【事案の概要】

本件は、Y社で廃棄物の収集運搬業務に従事していたXが、多くの従業員が予定を調整して夏季休暇を取得する時季に、突然長期間の組合有給休暇の取得を届け出て、その取得理由について説明を求められたにもかかわらずこれに応じず、不誠実な対応に終始して正当な理由のない欠勤を続けるなどした上、再度必要な説明もなく長期間の組合有給休暇の取得を届け出たことなどを理由として、Y社から解雇されたことについて、Y社に対し、同解雇は無効であるとして、労働契約上の地位の確認を求めるとともに、解雇後である平成30年10月2日から判決確定の日まで毎月25日限り月額賃金43万7556円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却
→解雇は有効

【判例のポイント】

1 Xが約1か月にわたり26日間も無断欠勤したことは、労務提供義務が労働契約の本質的な義務であることやその結果として被告の業務に多大な影響を与えたことを踏まえると悪質かつ重大な非違行為であると評価するのが相当であり、このような労務提供の懈怠は、原告において就労義務を果たす意思がないものといわざるを得ない
この他に、Xによる組合有給休暇の取得に係る期間は、Y社において他の従業員も多く年次有給休暇を取得する時季であったことからすると、長年被告において勤務するXにおいても届出時点で少なからず業務に支障が生じさせることは容易に想定できたものといえること、Y社からの度重なる指示や命令に従わず、これを一方的に拒絶し、頑なに説明や出社に応じない不誠実な態度に終始していたこと、Y社との間で長期かつ連続した組合有給休暇の直前取得の可否が問題となっている中で、1度は適切に年次有給休暇の取得へと変更したものの2度にわたって長期かつ連続した組合有給休暇に係る休暇届を特段の説明もなく直前に提出するなどしていたことなど本件解雇に至る経過を踏まえると、不誠実な態度や就労意思の欠如といった傾向がたやすく改善される見込みがなかったものというべきであり、無断欠勤に対し事前に就業規則上の処分を受けていないこと、考慮すべき同種の処分歴は見当たらないことなど本件解雇による現実的な不利益を含むXに有利な事情を最大限考慮しても、本件解雇は社会通念上相当なものと認められる。
よって、本件解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当である。

無断欠勤による懲戒処分の相当性が問題となる事案においては、そもそも「無断」であったか否かが争点となることがあります。

適切に事実認定をしてもらうためには、日頃からエビデンスを残すという発想を持ちながら労務管理を行うことが極めて重要です。

解雇をする際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

解雇371 リハビリ出勤を経ることなく、連続欠勤を理由とする解雇が有効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、リハビリ出勤を経ることなく、連続欠勤を理由とする解雇が有効とされた事案を見ていきましょう。

三菱重工業事件(名古屋高裁令和4年2月18日・労経速2479号13頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、私傷病による連続欠勤日数が就業規則所定の上限日数を超えたことを理由に、使用者であるY社において平成30年5月23日付けで行った解雇が無効であると主張して、Y社に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認やバックペイ、違法な再出勤の不許可と本件解雇に関する慰謝料等を請求した事案である。

なお、Y社の就業規則では、私傷病の連続欠勤日数が33か月を超えた場合(再出勤開始後6か月未満で再び欠勤した場合は前後の欠勤期間を通算する。)は解雇するとされており、就業規則細部取扱別紙では、所定要件に該当する私傷病欠勤者が再出勤を申し出た場合には、所定期間において短時間勤務等のリハビリ勤務を行った上で当該期間中の勤務状況等踏まえ、再出勤の可否を決定することとされている。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、平成29年3月13日の第3回再出勤審査会の時点で、リハビリ勤務など軽易作業に就かせればほどなく従前の職務である工務主任と同等の職務を通常の程度に行える健康状態になっていたとは認められず、平成30年4月12日の第4回再出勤審査会の時点(又は遅くとも在籍容赦期間満了日である同年5月23日の時点)で、従前の職務である工務主任と同等の職務を通常の程度に行える健康状態に回復していた、又は、リハビリ勤務など軽易作業に就かせればほどなく従前の職務である工務主任と同等の職務を通常の程度に行える健康状態になっていたとは認められず、同年1月の再出勤の申出の際に、Xが配置される現実的可能性があると認められる他の業務(Y社において統括基幹職又は主任が担当すべき業務)についてXが労務の提供をすることができ、かつ、Xがその提供を申し出たとも認められないから、XとY社との雇用契約は、同年5月23日、本件解雇によって終了したものというべきである。

リハビリ勤務は、復職の可否を判断する上での必須の手続きではありません。

休職期間の経緯、休職期間満了時の症状等を主治医や産業医の意見を踏まえて判断することになります。

休職期間満了時の対応は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

解雇370 退職合意の有効性と就労意思の有無(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、退職合意の有効性と就労意思の有無について見ていきましょう。

グローバルマーケティングほか事件(東京地裁令和3年10月14日・労判1264号42頁)を見ていきましょう。

【事案の概要】

本件は、Xが、Y1社及びY2社の両者と締結していた労働契約に基づき、被告会社らとの間で令和元年5月30日にされた退職合意は不成立又は無効であるとして、被告会社らに対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、平成30年10月に被告会社らによりされた賃金の減額を伴う給与体系の変更は無効であり、在職中の未払賃金が存在するとして、被告会社ら及び同社らの代表社員であるY3に対し、令和元年7月分(同年8月10日支払)までの基本給、歩合給及び残業代の未払賃金合計123万8193円+遅延損害金の連帯支払等、Y3らによる退職強要が違法であるとして、被告らに対し、Y3については民法709条、被告会社らについては会社法600条による損害賠償請求権に基づき、慰謝料100万円と弁護士費用10万円の合計110万円+遅延損害金の連帯支払を求め、さらに、被告会社らに対し、労基法114条に基づき、未払割増賃金に対する付加金として67万0290円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

1 XとY2社との間において、XがY2社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 Y2社は、Xに対し、86万7869円+遅延損害金を支払え。

 Y2社は、Xに対し、令和元年9月から本判決確定まで毎月10日限り18万円+遅延損害金を支払え。

 Y2社は、Xに対し、21万2315円+遅延損害金を支払え。

 XのY2社に対するその余の請求並びにY1社及びY3に対する請求をいずれも棄却する。

【判例のポイント】

1 Xの要求は、本件面談当初から持ち出していたものではなく、原告は、本件面談の当初は、在職を希望していたのである。すなわち、Y3は、本件暴行の事実を否定した原告に対し、実際には防犯カメラの映像を確認していないにもかかわらず、「全部録画されているから」、「それも映ってます。」などと述べ、A弁護士も、被告Y3の同発言を前提として、原告に対し、「映像を全部分析して、あなたが言ったことも全部暴いて。」、「応諾しないのであればもう私が出ているから、就業拒否で自宅待機。で、懲戒解雇」、「転職先からですね、過去の経歴調査が入るんですよ。」などと述べたことから、原告は、当初希望していた在職を希望しなくなり、退職を前提とした退職条件の交渉に終始した経緯に照らせば、Xは、上記Y3及びA弁護士の一連の発言により、防犯カメラ映像に本件暴行の様子が記録されており、当該映像の存在及び内容を前提にすると法的に懲戒解雇や損害賠償請求が認められると認識したことにより、在職を諦め、退職の意向を示すに至ったとみるのが相当である。
Xが、本件面談の当初、本件暴行の事実を否定し、在職を希望していたことに加え、当時、美容師の資格は有していたものの、既に再就職先を確保していたことや、再就職先を探していたことはうかがわれないこと、Xは、当時、扶養すべき家族があり、実際にも被告会社らを退職後に美容師とは全く職種の異なる不動産会社の営業職に就職していることからすれば、退職に伴う原告の不利益は大きいものがあったことなどの事情を総合すると、Xにおいて、防犯カメラの映像に本件暴行の場面が記録されているとの認識を持たなければ、退職の意向を示すことはなかったことが認められる
以上に判示したところを総合考慮すれば、Xは、Y3及びA弁護士から、実際には記録されていなかった防犯カメラの映像に本件暴行の場面が記録されており、これを前提として懲戒解雇や損害賠償請求が認められると言われ、在職を希望する言動から退職を前提とした退職条件の交渉に移行して退職合意書等に署名したものであるから、その自由な意思に基づいて退職の意思表示をしたものとは認められず、本件退職合意の成立は認められないというべきである。

2 被告らは、Xが、本件面談の後、X代理人に対し、退職合意書等に署名をして和解した旨報告し、翌日である令和元年5月31日には、同代理人をして、Y3及びA弁護士に対し、和解契約の履行を求める旨の書面を送付していることから、追認により新たに退職合意が成立したものとみなされる旨主張する。
しかしながら、Xは、本件面談当時、被告らが本件暴行の記録されている防犯カメラ映像を有しているとの事実と異なる認識を有し、上記書面送付当時においてそのような認識が払拭されたと認めるに足りる証拠はないから、上記書面送付当時、Xにおいて本件退職合意が無効ないし不成立であると知っていた(民法119条ただし書参照)ものとは認められず、上記書面送付をもって、本件退職合意を追認したということはできず、被告らの上記主張は採用することができない。

3 Xは、美容師の資格を有し、本件店舗において美容師として勤務していたところ、本件退職合意後、その資格を生かすことができず、職種も異なる不動産会社の営業職として再就職していること、再就職後の給与額は月額22万円から35万円程度と変動があり、本件賃金変更前には基本給だけで月額30万円を支給されていたことと比較して不安定であり、平均的にみると給与額も減少していることが認められるから、他に特段の事情が認められない本件においては、再就職によりXの就労意思が失われたと認めることはできない

合意退職の有効性の判断過程について、上記判例のポイント1をしっかり理解しておきましょう。

また、上記判例のポイント3のとおり、再就職したとしても必ずしも復職の意思が喪失したとは認定されないので注意しましょう。

退職合意をする際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

解雇369 事業縮小に伴う解雇が手続きに妥当性を欠くため無効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、事業縮小に伴う解雇が手続きに妥当性を欠くため無効とされた事案を見ていきましょう。

アンドモア事件(東京地裁令和3年12月21日・労経速2476号36頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で期間の定めのない労働契約を締結していたXが、令和2年7月20日付けでされた解雇は解雇権を濫用したものとして無効であるとして、Y社に対し、労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、令和2年5月分から同年8月分までの未払賃金合計101万8162円+遅延損害金の支払等を求め、さらに、本件解雇は違法であり不法行為に当たると主張して、不法行為に基づき慰謝料100万円及び弁護士費用相当額10万円の合計110万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

解雇無効

【判例のポイント】

1 本件解雇当時、Y社には相当高度の人員削減の必要性があったと認められ、当時の状況に照らすと、解雇回避のために現実的にとることが期待される措置は限定されていたことがうかがえ、被解雇者の選定も不合理であったとは認められない。
しかしながら、Y社は、休業を命じていたXに対し、一方的に本件解雇予告通知書を送り付けただけであって、整理解雇の必要性やその時期・規模・方法等について全く説明をしておらず、その努力をした形跡もうかがわれない
上記のとおり相当高度な人員削減の必要性があり、かつ、そのような経営危機とも称すべき事態が、主として新型コロナウイルス感染症の流行という労働者側だけでなく使用者側にとっても帰責性のない出来事に起因していることを考慮しても、本件解雇に当たって、本件解雇予告通知書を送付する直前にその予告の電話を入れただけで、それ以外に何らの説明も協議もしなかったのは、手続として著しく妥当性を欠いていたといわざるを得ず、信義に従い誠実に解雇権を行使したとはいえない
したがって、本件解雇は、社会通念上相当であるとは認められず、解雇権を濫用したものとして、無効である。

整理解雇の必要性等を説明したところで、状況的に大きく変わるわけではないとしても、プロセスを軽視すると、このような結論になってしまいます。

整理解雇をする際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

解雇368 合意解約申込みの撤回が認められなかった事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、合意解約申込みの撤回が認められなかった事案を見ていきましょう。

日東電工事件(広島地裁福山支部令和3年12月23日・労経速2474号32頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で有期労働契約を締結していたXが、Xについて辞職又は合意解約を理由とする上記労働契約の終了の効果が生じておらず、かつ、上記労働契約が労働契約法19条によって更新されたと主張し、Y社に対し、(1)Xが労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、(2)賃金請求、(3)賞与請求をした事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件各退職願の内容をみると、その提出行為が辞職の意思表示であるか合意解約の申込みの意思表示であるかはともかく、少なくとも、XとY社との間の労働契約を終了させる意思を表示したものであることは明らかであるから、本件各退職願の提出は、退職の意思表示であると認めるのが相当である。

2 辞職は、労働者の一方的意思表示による労働契約の解約であって、使用者に到達した時点で解約告知としての効力を生じ、これを撤回することはできない。辞職の意思表示がこのような法的効果を有するものであることを考慮すると、退職の意思表示が辞職の意思表示であるといえるためには、明確に辞職の意思表示であると解し得る状況であったことを要するというべきである。
確かに、Xは、本件各退職願の提出の数分後に、Pに対し、「辞めることになりました」などという内容のメールを送信しており、このようなXの行動を考慮すると、本件各退職願の提出行為をもって辞職の意思表示であると解する余地は十分にある。しかし、本件各退職願の記載内容からすれば、その提出行為をもって撤回の余地のない辞職の意思表示であると解することが相当であるといえるかは疑問を差し挟む余地があるし、Xに適用されるY社の就業規則の規定内容も考慮すると、辞職の意思表示であると明確に解し得る状況であったとみるには疑問がある
本件各退職願の提出行為は、合意解約の申込みの意思表示であると認めるのが相当である。

3 本件話合いにおける「撤回」との文言に関連するXの言動は、自己都合による退職となるか会社都合による退職となるかを関心事としていたXが、会社都合による退職となるよう交渉する手段として行ったものにすぎないとみることもあり得るところである。加えて、Xが、本件話合いにおいて、本件各退職願の返還を求めるなどしておらず、合意解約の申込みの意思表示を撤回したことと整合しない行動をとっていたことも考慮すると、本件話合いにおいて、合意解約の申込みの意思表示をXが撤回したと認めるには足りない

本件の「退職願」には、「今般、 年 月 日付で退職いたしたくご許可下さるようお願い申し上げます。」と記載されており、Y社の承諾が求められているような記載になっていました。

労働者には退職の自由が認められていますので、退職にあたり使用者の許可は必要ありませんが、仮に本件同様の退職願が提出された場合には、会社としては速やかに許可・承諾をすることによって、退職の意思表示の撤回を回避することができます。

退職合意をする際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

解雇367 診療所の閉鎖と合意退職の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、診療所の閉鎖と合意退職の有効性に関する裁判例を見ていきましょう。

医療法人一栄会事件(大阪地裁令和3年11月15日・労判ジャーナル121号42頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が経営する診療所に勤務する歯科医であった原告が、同診療所を閉鎖するとの通知を受けたため退職に同意したが、実際は、同診療所は閉鎖されなかったから、退職同意は錯誤によるものとして無効又は欺罔行為に基づくものであるから取り消したとして、①雇用契約に基づき、(a)雇用契約上の地位確認、(b)退職から本判決確定までの賃金及び各支払期日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めるとともに、②Xが退職した後も管理者の変更届出を怠り、Xを同診療所の管理者としたまま放置し、診療報酬を請求する際にXの氏名を不正に利用したとして、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)+遅延損害金を求める事案である。

【裁判所の判断】

退職同意は無効

【判例のポイント】

1 本件診療所全体の閉鎖であればもとより、仮に、Y社が主張するように本件診療所のうち外来診療のみを閉鎖する場合であったとしても、患者に対する説明やほかの歯科医院への紹介が必要になるほか、訪問診療をb診療所に集約するのであれば従業員の勤務地が変更されることになり、b診療所には集約せず、本件診療所で訪問診療のみを行うこととしたとしても、勤務体制に変更が生じるのであるから、X以外の従業員に対しても、その方針を説明することが必要となる。
しかし、本件において、患者に対して本件診療所の外来診療を閉鎖する旨の説明がなされたことやほかの歯科医院への紹介がなされたことを的確かつ客観的に裏付ける証拠はなく、本件診療所に勤務していたX以外の従業員に対し、本件診療所の廃止について説明したことを認めるに足りる証拠もない。
・・・以上を総合考慮すると、Y社は、本件診療所全体を閉鎖する意図は有していなかったが、Xに対して本件診療所全体を閉鎖する旨の説明を行い、Xは、その説明を信じて、合意退職することとしたことになる。
そうすると、Xが合意退職の前提としていた本件診療所全体の閉鎖という主要な部分が事実と異なっていたことになるから、本件合意退職には、意思表示の瑕疵(錯誤あるいは詐欺)があったといわざるを得ない

2 同期間におけるY社の本件診療所に係る診療報酬請求の内容が、実際は診療を行っていないにもかかわらず診療を行ったものとして報酬を請求する架空請求のように不正なものであったというような事情はうかがわれず、また、本件診療所の診療報酬請求に何らかの不手際があり、その管理者としてXの氏名が報じられたり、Xが保険診療を所管する機関から事情聴取を受けたというような事情もうかがわれない。
そして、Xの供述を前提としても、Xが、自らが管理者として登録されたままであることを認識したのは令和元年5月頃であり、同事実を認識した後も、Y社に対し、管理者を変更するよう求めたことはなく、Xが本件診療所の管理者とされていることでXに何らかの被害が生じたというような事実もなかったというのである。
以上に加えて、事後的ではあるものの、Y社が、本件診療所の管理者の登録を是正していることなど、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、Y社が、Xの退職後も原告を本件診療所の管理者としたままであったことをもって、Xに、金銭をもって慰謝しなければならない損害が発生したと認めることはできない。

上記判例の判例のポイント1は重要なので、しっかり押さえておきましょう。

退職合意の前提となる事実について錯誤等が存在すると認定されないように、丁寧に説明することが心がけましょう。

退職合意をする際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

解雇366 理事兼従業員の出向後就業拒否と懲戒解雇の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間お疲れさまでした。

今日は、理事兼従業員の出向後就業拒否と懲戒解雇の有効性に関する裁判例を見ていきましょう。

医療法人偕行会事件(東京地裁令和3年3月30日・労判1258号68頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の理事兼従業員であったXが、Y社から出向命令とこれに続く就業を拒否する旨の通知を受け、その後懲戒解雇されたことに関し、Y社に対し、①出向命令及び就業拒否はいずれも無効であるからXの就労不能はY社の責めに帰すべき事由によるものであり、また、懲戒解雇は無効である旨主張して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、雇用契約に基づく賃金として平成28年12月16日から本判決確定の日まで毎月16日限り100万円+遅延損害金の支払を求め、②無効な懲戒解雇により精神的苦痛を被った旨主張して、不法行為による損害賠償として、慰謝料1000万円+遅延損害金の支払を求め、③Y社の理事長及び理事らによるXの名誉及び信用を毀損する発言等によって精神的苦痛を被った旨主張して、医療法46条の6の4及び民法715条による損害賠償請求として、慰謝料1000万円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xはそれまで約11か月にわたって体調不良を理由として就労の意思を示さず、同年8月4日頃に送付した書面にはXの体調に関しては言及されていなかったことに照らすと、同書面の送付及び本件訴訟の提起の事実のみから直ちにXに就労の意思及び能力があったと認めることはできない

2 本件懲戒解雇事由①及び③については就業規則上の懲戒解雇事由に該当するところ、本件懲戒解雇事由①は、Xへの金銭の支払を要求したものではないが、Y社から工事を受注した取引先に対して威圧的言動を用いて法的根拠のない金銭の支払を要求するものであって、その態様に照らすと規律違反の程度は軽いとはいえない。そして、何よりも、本件懲戒解雇事由③は、内容虚偽の請求書を作成してY社の関連法人であるA会を欺いて4200万円を超える損害を与えたというものであり、その態様は極めて悪質でA会に与えた損害も重大であって、これを主導したXの規律違反の程度は著しいというべきである。
したがって、本件懲戒解雇は、社会通念上相当であると認められる。

3 Y社は、Xが本件公益通報通知をする約4か月前の平成29年8月10日の時点で既にXに対して本件懲戒解雇事由①ないし③を理由とする懲戒解雇のための弁明の機会を付与する旨通知しており同日時点で既にXに対する懲戒処分を検討していたのであるから、本件懲戒解雇が本件公益通報通知と近接された時期にされたことをもって、本件懲戒解雇が本件公益通報通知を理由とされたものと推認することはできず、本件懲戒解雇は公益通報者保護法3条1号により無効であるとか、懲戒権の濫用として無効であるということはできない

公益通報や内部通報が行われた時期と近接した時期に解雇等の不利益取扱いを行うと、上記判例のポイント3のような争点が生じてしまいますが、時期の先後関係も因果関係を判断する重要なファクターとなることを押さえておきましょう。

解雇をする際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

解雇365 会社解散に伴う解雇の有効性の判断基準(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。

今日は、会社解散に伴う解雇の有効性の判断基準に関する裁判例を見てみましょう。

龍生自動車事件(東京地裁令和3年10月28日・労経速2473号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社と労働契約を締結したXが、Y社から解雇されたことについて、Y社に対し、①当該解雇が無効であると主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに解雇後の賃金月額19万3894円+遅延損害金の支払を求めるとともに、②Y社による違法な解雇及び本件訴訟における不誠実な態度が不法行為を構成すると主張して、Y社に対し、慰謝料100万円の支払をもとめる事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 会社の解散は、会社が自由に決定すべき事柄であり、会社が解散されれば、労働者の雇用を継続する基盤が存在しないことになるから、解散に伴って解雇がされた場合に、当該解雇が解雇権の濫用に当たるか否かを判断する際には、いわゆる整理解雇法理により判断するのは相当でない。もっとも、①手続的配慮を著しく欠いたまま解雇が行われたものと評価される場合や、②解雇の原因となった解散が仮装されたもの、又は既存の従業員を排除するなど不当な目的でなされたものと評価される場合は、当該解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であるとは認められず、解雇権を濫用したものとして無効になるというべきである(なお、仮にXの主張するとおり、本件解雇が解散に伴うものではなく事業の廃止に伴うものと解したとしても、Y社が全ての事業を廃止している以上、労働者の雇用を継続する基盤が存在しないことは会社が解散された場合と同様であり、解散に伴う解雇と同様の枠組みにより判断すべきこととなると解される。)

2 本件解雇は、新型コロナウィルス感染症の感染拡大や緊急事態宣言発出に伴う営業収入の急激な減少という予見困難な事態を契機としてなされたものであって、Y社がXに対し事前に有意な情報提供をすることは困難であった上、解雇後には一応の手続的配慮がされていたことからすれば、本件解雇が著しく手続的配慮を欠いたまま行われたということはできない。

解散に伴う整理解雇の有効性について、上記判例のポイント1の規範を押さえておきましょう。

解雇をする際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。

解雇364 旅費の不正受給を理由とする懲戒解雇の有効性(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、旅費の不正受給を理由とする懲戒解雇の有効性に関する裁判例を見てみましょう。

日本郵便事件(札幌高裁令和3年11月17日・労経速2475号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間の労働契約に基づいて業務に従事していたXが,被控訴人による平成30年3月22日の控訴人の懲戒解雇は、懲戒事由が認められず、懲戒事由があるとしても客観的合理的理由を欠き、社会通念上の相当性を欠くものであるから無効であるなどと主張して、Y社に対し、①雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認、②平成30年5月分の未払給与42万7574円+遅延損害金の支払、③同年6月から本判決確定の日まで、毎月24日限り、月額45万2680円の給与+遅延損害金の支払、④同年6月から本判決確定の日まで、毎年6月30日限り賞与(夏期手当)60万円及び毎年12月10日限り賞与(年末手当)70万円+遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審が、本件懲戒解雇は有効であるとして、Xの請求を全て棄却したところ、これを不服として控訴人が控訴した。

【裁判所の判断】

1 懲戒解雇無効

 Y社は、Xに対し、1685万1767円+遅延損害金を支払え。

3 Y社は、Xに対し、令和3年9月から本判決確定の日まで、毎月24日限り44万0320円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 本件非違行為は、Xが、100回という非常に多数回にわたり、旅費の不正請求を繰り返したというもので、その不正受給額(クオカード代金を含む。)も合計約54万円にのぼっている上、Xが広域インストラクターという営業インストラクターの中でも特に模範となるべき立場にあったことなどを踏まえると、その非違の程度が軽いとはいえない
他方で、多数の営業インストラクターがXと同様の不正受給を繰り返していたなどY社の旅費支給事務に杜撰ともいえる面がみられることや、Xに懲戒歴がなく、営業成績は優秀でY社に貢献してきたこと、本件非違行為を反省して始末書を提出し、利得額を全額返還していることなど酌むべき事情も認められる。
そして、本件非違行為の態様等は、本件服務規律違反者らの中で最も重い停職3か月の懲戒処分を受けた者と概ね同程度のものであるといえ、本件非違行為に対する懲戒処分として懲戒解雇を選択すれば、本件非違行為に係る諸事情を踏まえても、前記停職3か月の懲戒処分を受けた者との均衡も失するといわざるを得ない。
これらを併せ考えると、本件非違行為は、雇用関係を終了させなければならないほどの非違行為とはいえず、懲戒標準の1(3)「服務規律違反」の9「虚偽の申告をなしあるいは故意に届出を怠る等して、諸手当、諸給与金を不正に利得し又は利得せしめた者」のうち「基本」に該当するものとして処分を決するのが相当というべきであって、懲戒解雇を選択とすることは不合理であり、かつ相当とはいえない。
したがって、本件懲戒解雇は、その余の手続面等について検討するまでもなく、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することができないものであり、懲戒権を濫用するものとして無効と認められる。

懲戒処分をする際に、同種事案における他の従業員との均衡を考える必要があります。

もっとも、全く同じ事案は存在しないため、均衡に関する解釈は非常にファジーになります。

今回の事案でも、まさに地裁と高裁で判断が割れており、どちらの結論にでも判決が書けてしまいます。

解雇をする際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。