Category Archives: 労働災害

労災17(グルメ杵屋事件)

おはようございます。

さて、今日は労災に関する裁判例を見てみましょう。

グルメ杵屋事件(大阪地裁平成21年12月21日・労判1003号16頁)

【事案の概要】

Y社は、レストランの企画・経営を行う株式会社である。

Xは、Y社に入社し、複数の店舗で勤務した後、中国料理店の店長となった。

Xは、本件店舗の営業時間(午前11時~午後11時)中は、休憩を取るべきアイドルタイム(午後2時~6時の来客がほとんどない時間帯)も基本的に業務を行い、営業時間終了後も、アイドルタイムに処理することができなかった業務、営業時間内に他の従業員と分担して行うべき業務などを相当の時間をかけて独力で行うなどしていた。

Xの法定時間外労働は、死亡1か月前が約153時間、同2か月前が約106時間、同3か月前が約116時間、同4か月前が約96時間、同5か月前が約116時間、同6か月前が約141時間であった。

Xは、本件店舗において、急性心筋梗塞を発症して死亡した(死亡当時29歳)。

Xの両親は、Y社に対し、損害賠償請求をした。

【裁判所の判断】

Xの損害につき、逸失利益5555万余円、死亡慰謝料2400万円等が認められ、2割の過失相殺および損益相殺のうえ、Y社に対し、約5500万円の支払いを命じた。

【判例のポイント】

1 Xは、本件発症前6か月間にわたり月96~153時間の法定時間外労働を行い、また、その業務内容は支配人の異動による業務量の増加に加え、店長として人員削減等の店舗経営の立直し策を講ずる必要があったことから精神的負荷のかかるものであったこと、その影響で一部の従業員らとの関係が悪化し適切な業務分担ができなくなったことなどが認められ、これらに照らせば、Xの業務は継続的な長時間労働であるうえ、その内容も身体的精神的負荷のかかるもので過重であったとされ、Xの業務と本件発症・死亡との間には相当因果関係があると認められる

2 Y社は、雇用契約に付随する義務として、使用者として労働者の生命、身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき安全配慮義務を負い、その具体的内容として、労働時間を適切に管理し、労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び作業内容の軽減等適切な措置を採るべき義務を負っている。そして、これに違反した場合には、安全配慮義務違反の債務不履行であるとともに不法行為を構成するというべきである

3 Y社は、警備会社のセキュリティ装置等を利用したり、警備会社や本件店舗の従業員にヒアリングを実施するなどすれば、Xの過重労働の実態を容易に把握することができたはずである。それにもかかわらず、Y社は、客観的に労働時間の実態を把握できるこれらの方策を採らず、Xに対し、自己申告による出勤表を提出させていたのみである。以上に照らせば、Y社のXに対する労働管理は、まことに不十分なものであり、Y社が、Xの労働時間を適正に管理する義務を怠っていたことは明らかである
そして、長時間労働や過重な労働により、疲労やストレス等が過度に蓄積し、労働者の心身の健康を損なう危険があることは、周知のとおりである。そうすると、Y社は、Xの労働時間を適正に管理しない結果、同人が長時間労働に従事して死亡に至ることを予見することが可能であったというべきである。
以上によれば、Y社には安全配慮義務違反が認められる。

4 しかしながら、Xとしても、必ずしも指導や業務命令が徹底できなかった厨房部門を含め、店長として本件店舗における仕事量の配分や従業員に対する指示の方法ないし内容に意を用いて、自らの業務量を適正なものとし、休息や休日を十分にとって疲労の回復に努めるべきである。
これに加え、Xが適宜の機会をとらえ、Y社に対し、本件店舗の懸案事項と考えられるもの、すなわち、本件店舗の経営状況、従業員の不足・勤務状況及び自己の業務の状況等を申告するなどして、XがY社に対し、業務軽減のための措置を採るよう求めることもまた、店長の任務の内であり、これが不可能であったともいえない

それにもかかわらず、Xは、穏やかな性格で、仕事を自ら引き受けるような面があったにせよ、結果として上記措置を採らず、すべて自己の負担に帰していたのであるから、店長としての業務遂行に当たって不十分な面があるとともに、自らの健康保持に対する配慮も十分ではなかったといわざるを得ない
以上に照らせば、Xには、本件死亡について一定の過失があったというべきであり、その割合は2割と認めるのが相当である

Y社では、労働時間の管理として、自己申告制を採用していたようです。

そして、Y社は、Xが提出した出勤表の内容がXの実際の労働時間と合致しているかについて実態調査等を行っていなかったようです。

判例のポイント3のとおり、Y社の労働時間管理は「まことに不十分」であったと判断されています。

Y社としては、Xの管理監督者該当性を主張していますが、裁判所はこの主張を認めませんでした。

自己申告制を採用している会社は、本件裁判例と同様に、労働時間管理が不十分と判断される可能性があります。

早急に対応策を検討してください。

労災16(鳥取大学附属病院事件)

おはようございます。

今日は、午前中、銀行の方と打合せをし、午後は、島田で離婚調停。

夜は、異業種のみなさんと忘年会です

なかなか鼻水が止まりませんが、今日も一日がんばります!!

さて、今日は、労災に関する裁判例を見てみましょう。

鳥取大学附属病院事件(鳥取地裁平成21年10月16日・労判997号79頁)

【事案の概要】

Xは、医師免許取得後に、鳥取大学の大学院となっていたが、鳥取大学付属のY病院からアルバイト先の外部病院に向かう自動車運転中に、交通事故を起こし、死亡した(死亡当時34歳)。

Xの両親は、事故の原因は、XがY病院において演習名目で過重な勤務に従事させられ、過労状態で自動車を運転することを余議なくされたことにあるとして、Y病院に対し安全配慮義務違反または不法行為に基づく損害賠償を請求した。

【裁判所の判断】

Xの損害として、逸失利益1億0263円、慰謝料2000万円、葬祭料150万円の合計1億2413円を認めたが、6割の過失相殺を認め、さらに労災認定により支給された遺族一時金にかかる損益相殺を行ったうえで、弁護士費用を加えた2000万円9000円の支払いをY病院に命じた。

【判例のポイント】

1 Xの時間外業務従事時間は1週間平均40時間を超え、非常に長時間に及んでいたうえ、完全な休日は3か月間に3日間のみであって、Xの業務が量的に過重であったことは明らかである

2 Y病院の組織内で、Xを含む大学院生らが勤務医に比して重い責任を負担していたとは考えにくいものの、医療業務そのものの精神的負荷は基本的に大学院生らも勤務医と変わるものではないこと、経験等に劣る大学院生らにはより精神的、肉体的負荷がかかり得ること、当直における負担は、少なくとも肉体的には勤務医よりかなり重いものであったこと等から、Xの業務内容は一般の社会人が従事する業務に比して責任と緊張の強いものであったことは明らかである。

3 Xは、本件事故の直前に、長時間の業務等により極度に睡眠が不足し過労状態にあったと認められ、本件事故の原因はそのことによる居眠り運転にあったと認めるのが相当である。

4 Y病院は、Xが極度の疲労状態、睡眠不足状態に陥ることを回避すべきことを具体的な安全配慮義務として負っていたというべきところ、Xに、本件事故の直前1週間には極度の睡眠不足を招来するような態様で業務に従事させ、事故前日には徹夜の手術に従事させたものであって、安全配慮義務違反があり、これと本件事故との因果関係も認められる

5 安全配慮義務の発生が肯定される場合でも、その履行補助者に、当然に同様の不法行為上の注意義務が発生するものではない。そして、Xの指導に当たる立場にあった医局長に注意義務違反(過失)は認められないとして、Y病院の不法行為上の責任は否定した。

6 一般に心身の状態は当人が最も良く把握することができ、特に医師であるXは、一般人に比してよい正確に自己の心身の状態を把握し得たと考えられるところ、Xは、本件事故当日、極度の過労状態、睡眠不足にあり、その状態で自動車を運転することの危険性を認識し得たということができる。そして、本件事故当日、JRでは・・・特急列車が運行されており、Xが同日の緊急手術を終えた後、公共交通機関を利用して当直開始時刻までにアルバイト先の外部病院に赴くことは可能であり、徹夜明けとなる本件事故当日だけでも自家用車以外の交通手段を選択する余地は十分にあった。ところが、Xは、自らの判断で自動車を運転して外部病院に赴いたものであり、このことは本件事故の直接的原因となっている
また、Xは、数か月にわたる大学院生としての業務従事の経験から、Y病院における業務に加えてどの程度のアルバイト当直業務に従事することにより、自己がどの程度の過労状態となるかを、ある程度予測することが可能であったと考えられるところ、Xは、自らの希望によりアルバイト当直を続けていたものであり、むしろ医局長は、Xの希望よりアルバイトの割当てを抑えていたものであって、X自身のアルバイト当直希望もXの疲弊を増大させたということができる。 

医師、看護師の過労状態は、周知のとおりです。

この問題は、病院単体の問題ではなく、国全体で緊急に検討しなければいけない問題です。

なお、この判決では、大学院であるXについて、労働者性を認定しないまま、Y病院の安全配慮義務違反を認定しました。

関西医科大学研修医(未払賃金)事件(最二小判平成17年6月3日・労判893号14頁)では、研修医について、病院開設者の指揮監督の下に医療行為等に従事したと評価できる場合は、研修医は労基法上の労働者と認められるとしています。

労災15(大庄ほか事件)

おはようございます。

なんか、最近、ブログの閲覧者が急増しています

なんでだろう・・・?  ま、いいか。

今日は、午前中は、建物明渡の件で、現地調査へ行きます

午後は、掛川市役所で法律相談をし、夜は先輩弁護士2人と税理士のK先生とともにお食事会です

今日も一日がんばります!!

さて、今日は、労災に関する裁判例を見てみましょう。

大庄ほか事件(京都地裁平成22年5月25日・労判1011号35頁)

【事案の概要】

Y社は、大衆割烹店を全国展開している会社である。

Xは、大学卒業後、Y社に入社し、大衆割烹店で調理関係の業務に従事していたが、入社約4か月後に急性左心機能不全により死亡した(死亡当時24歳)。

Xの父母が、Xの死亡原因はY社での長時間労働にあると主張して、Y社に対しては不法行為または債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、また、Y社の取締役であるZら4名に対しては不法行為または会社法429条1項に基づき、損害賠償を請求した。

【裁判所の判断】

Xの死亡による損害につき、逸失利益4866万余円、慰謝料2300万円、葬祭料150万円等が認められ、労災保険の葬祭料およびY社が支払った死亡弔慰金を損益相殺のうえ、Y社およびZら4名に対し、Xの父母への支払いを命じた。

【判例のポイント】

1 Xの労働時間は、死亡前の1か月間では、総労働時間約245時間、時間外労働時間約103時間、2か月目では、総労働時間約284時間、時間外労働時間約116時間、3か月目では、総労働時間約314時間、時間外労働時間数約141時間、4か月目では、総労働時間約261時間、時間外労働時間約88時間となっており、恒常的な長時間労働となっていた。

2 Xの労働時間は、前記のとおり、4か月にわたって毎月80時間を超える長時間の時間外労働となっており、Xが従事していた仕事は調理場での仕事であり、立ち仕事であったことから肉体的に負担が大きかったといえることからすれば、Xの直接の原因となった心疾患は、業務に起因するものと評価でき、Y社の安全配慮義務違反等とXの死亡との間に相当因果関係を肯認することができる

3 使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意するする義務を負う。そして、この義務に反した場合は、債務不履行を構成するとともに不法行為を構成する。

4 Y社の給与体系では、基本給ともいうべき最低支給額中に80時間の時間外労働が前提として組み込まれており、また、三六協定においては1か月100時間・回数6回を限度とする時間外労働を許容する定めがなされ、1か月300時間を超える異常ともいえる長時間労働が常態化されていたのであり、にもかかわらず何ら対策を取っていなかったY社には、労働者の生命、健康を損なうことがないよう配慮すべき義務を怠った不法行為上の責任がある

5 会社法429条1項は、株式会社内の取締役の地位の重要性にかんがみ、取締役の職務懈怠によって当該株式会社が第三者に損害を与えた場合には、第三者を保護するために、法律上特別に取締役に課した責任であるところ、労使関係は企業経営について不可欠なものであり、取締役は、会社に対する善管注意義務として、会社の使用者としての立場から労働者の安全に配慮すべき義務を負い、それを懈怠して労働者に損害を与えた場合には同条項の責任を負うと解するのが相当である

6 Y社代表取締役であるZほか4名の取締役らは、労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っているところ、労働時間が過重にならないよう適切な体制をとらなかっただけでなく、一見して不合理であることが明らかな体制をとっていたのであり、そのような体制に基づいて労働者が就労していることを十分に認識し得たのであるから、Zらには悪意または重大な過失による任務懈怠があったとして、会社法429条1項に基づく責任を負う

7 なお、Zらは、Y社の規模や体制等からして、直接、Xの労働時間を把握・管理する立場ではなく、日ごろの長時間労働から判断して休憩、休日を取らせるなど具体的な措置をとる義務があったとは認められないため、民法709条の不法行為上の責任を負うとはいえない。

この事案は、会社自体の責任のほかに、会社法429条1項を適用して、会社の上部組織の役員に対して損害賠償責任を認めた点で注目すべき判決です。

会社としては、従業員の労働時間管理があまりにも杜撰であると、会社の責任のほかに、取締役の責任を問われる可能性があります。

もう一度、労働時間をチェックしてみてください。

労災が起こった後では、ほとんどやりようがありません。

事前の準備が大切です

労災14(九電工事件)

おはようございます。

今日は、午前中、遺産分割調停。終了後、速攻で浜松の裁判所へ移動し、午後いっぱい証人尋問です

そのため、終日、事務所におりません

今日も一日がんばります!!

さて、今日は、労災についての裁判例を見てみましょう。

九電工事件(福岡地裁平成21年12月2日・労判999号14頁)

【事案の概要】

Y社は、電気通信工事等を目的とする会社である。

Xは、Y社の従業員として、空調衛生施設工事等の現場監督業務に従事していた者である。

Xは、平成16年9月6日、自殺した。

本件は、X(死亡当時30歳)がY社の安全配慮義務違反により長時間労働等の過重な業務に従事させられた結果、うつ病を発症して自殺したと主張して、遺族である原告が、Y社に対し損害賠償等を請求した事案である。

【裁判所の判断】

Xの損害につき、逸失利益4451万余円、慰謝料2400万円等を認め、加えて原告がY社の業務錠災害補償規程に基づきなした弔慰金3000万円の請求も認め、Y社に対し、合計9905万余円の支払いを命じた。

【判例のポイント】

1 うつ病の発症原因の判断については、医学的に、環境由来のストレスと個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が決まり、環境由来のストレスが非常に強ければ個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし、逆に個体側の脆弱性が大きければ環境由来のストレスが小さくても破綻が生じるというストレス-脆弱性理論が用いられていることから、業務と本件精神障害との間の相当因果関係の有無の判断に当たっては、業務による心理的負荷、業務以外の心理的負荷及び個体側要因を総合考慮して判断するのが相当である

2 Xは、本件工事に携わった平成15年8月以降、日中は現場巡視や元請、下請会社との協議・連絡、現場作業員への対応に追われ、午後5時以降に時間と労力を要する施工図の作成・修正作業を行うことを余儀なくされ、平成16年7月までの1年間に月100時間超の過重な時間外労働に従事したことによって著しい肉体的・心理的負荷を受け、十分な急速を取れずに疲労を蓄積させた結果、本件精神障害を発症し、それに基づく自殺衝動によって本件自殺に及んだというべきであって、Xが従事した業務と本件自殺との間に相当因果関係があることは明らかである。

3 Y社は、労働時間について自己申告制を採っていたものであるから、厚生労働省が策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(平成13.4.6)に照らし、長時間労働が続いていたXに対し、労働時間の実態を正しく記録し適正に自己申告を行うことなどについて十分に説明するとともに、必要に応じて自己申告による労働時間が実際の労働時間と合致するかどうかの実態調査を実施するなどし、Xが過剰な時間外労働をすることを余儀なくされ、その健康状態を悪化することがないように注意すべき義務があったというべきであり、これを怠り、Xの長時間労働の状況を何ら是正しないで放置していたY社には不法行為を構成する注意義務違反があったといえ、またY社には本件結果の予見可能性があった。

4 Xの妻らは、Xの異変に気づいていたにもかかわらず病院を受診させるなどの対応をとっていなかったところ、うつ病の発症や治療の要否の判断は容易ではなく、Xや妻がうつ病に関する十分な知識を有していたとも認められず、むしろXの就労状況からすれば、使用者であるY社が当然に労働時間の抑制その他適切な処置をとるべきであったといえる等として、Y社主張の過失相殺が否定された

判例のポイント3の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」はこちら

これは、厚労省が、労働時間の把握に係る自己申告制の不適正な運用に伴い、過重な長時間労働等の問題が生じているなど、使用者が労働時間を適切に管理していない状況がみられることに照らし、策定したものです。

判例のポイント4は、従業員側としては参考にすべきポイントですね。

労災13(和歌山銀行事件)

おはようございます。

今日は、午前中1件打合せです。

予定では、午後いっぱい証人尋問だったのですが、裁判官の体調不良により延期となりました

神様・・・ありがとう。

ちょうどこちらも体調不良だったのでよかったです

今日も一日がんばります!!

今日は、労災に関する裁判例を見てみましょう。

和歌山銀行事件
(和歌山地裁平成22年1月12日・労判1004号166頁)

【事案の概要】

Xは、平成10年2月、Y社のA支店からB支店に転勤し、支店長代理に就任した。

XがA支店時代の不祥事が発火したことにより、同年6月に貸付係長に降格となり、翌7月に脳出血(右被殻出血)を発症し、左上下肢不全麻痺の後遺障害を残した。

Xは、現在、障害等級2級に認定を受け、障害者年金を受給している。

Xは、本件疾病により後遺障害を残しているとして、平成15年12月、労災保険法に基づき、橋本労基署長に対し、障害補償給付の請求をしたが、同署長は、これを支給しない旨の処分をした。

【裁判所の判断】

橋本労基署長による障害補償給付不支給処分は違法である。
→業務起因性肯定

【判例のポイント】

1 労災保険法に基づく補償は、労働者の業務上の災害に対して行われるものであり、業務上の疾病に当たるためには、業務と疾病の間に相当因果関係があることが必要であると解される。そして、労災保険制度が労働基準法の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすると、相当因果関係が認められるには、当該疾病が、当該業務に内在する危険が現実化したものと評価しうるものであることが必要であると解するのが相当である

2 脳血管疾患の発症は、血管病変、動脈瘤、心筋変性等の基礎的病態が前提となり、これが長い年月をかけて徐々に進行し、増悪するといった自然経過をたどり、発症に至るものとされており、基礎的病態の形成、進行及び増悪には、加齢、食生活、生活環境等の日常生活における諸要因や遺伝等の個人に内在する要因が密接に関連するとされている。このような医学的知見を前提にすると、脳血管疾患の発症について業務との間に相当因果関係が認められるには、業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等の基礎的病態が自然的経過を超えて著しく増悪し、脳血管疾患が発症したと認められる必要があり、脳血管疾患の発症の原因のうち業務が相対的に有力な原因であることが必要であると解するのが相当である

3 本件疾病発症から6か月前までのXの労働時間は、発症前3か月目(この月は連休で休日が多かった事情がある。)以外は、すべて時間外労働時間が80時間を超えており、平均の時間外労働時間を見ても、80時間を超える月が多く、80時間を超えない場合でも70時間を超えている。そうすると、本件発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働があったといえる。よって、新認定基準によると、Xの業務と本件疾病との関連性が強いと評価することができる。

4 Xは、本件疾病発症の6か月前までの間に、まず平成10年2月付けでA支店からB支店に転勤し、初めて支店長代理に就任したが、まもなくA支店時代の不祥事が発覚し、同年6月8日付けで降格処分を受けて、B支店の貸付係長に就任しており、短期間の内に2度の異動があり、降格処分まで受けている。ところで、支店長代理の業務や貸付部門の業務は、Xにとって初めての経験で責任も重く、不慣れな業務による精神的負担があったと考えられる上記降格処分についても、これが17人しか従業員のいないB支店内でなされたことも考慮すると、降格処分によるXへの精神的負荷は相当大きかったと考えられるうえ、降格処分前にも度重なる本店への呼び出しや、本社の営業推進部の部長等による責任追及により、Xが自らの地位等に大きな不安を抱いたことが十分考えられるから、これらによるXへの精神的負荷も大きかったと考えられる

5 確かにXには、高血圧、肥満、喫煙等本件疾病の原因となりうる私的リスクファクターがあり、本件疾病発症の前日まで韓国旅行をしていたが、これらはいずれも本件発症のリスクを高めたとは考えられないから、本件疾病の主要な要因であったとはいえない。

労災12(NTT東日本北海道支店事件)

おはようございます。

今日は、午前中1件裁判と外部の法律相談。

午後は、外部の法律相談、打合せ3件という流れです。

そのため、ほとんど事務所におりません

今日も一日がんばります!!

さて、今日は労災に関する裁判例を見てみましょう。

NTT東日本北海道支店事件(札幌地裁平成21年11月12日・労判994号5頁)

【事案の概要】

Xは、Y社の札幌での研修期間中、夜に帰省し、翌々日、先祖の墓参りに出かけた際に急性心筋梗塞を発症し、死亡した(死亡当時58歳)。

Xは、平成5年5月の職場定期健診で心電図の異常が見つかっており、同年8月には冠状動脈血管形成術の入院手術を受けているほか、継続して診察・投薬を受けていた。

Xは、基礎疾患があったが、研修に際し、管理医と面談し、体調に特別の問題がなかったことから、研修に参加できると判断した。

【裁判所の判断】

旭川労基署長による遺族補償給付等不支給処分は違法である。
→業務起因性肯定

【判例のポイント】

1 業務上の死亡とは、業務と死亡に至らせた負傷又は疾病との間に相当因果関係が認められるものをいう。
心筋虚血(虚血性心臓疾患)は、通常、基礎となる血管病変等が、日常生活上の種々の要因により、徐々に進行・増悪して発症に至るものであるが、労働者が従事した業務が過重であったため、血管病変等をその自然の経過を超えて増悪させ、急性心筋虚血を発症させた場合には、業務に内在する危険が現実化したものとして、業務と急性心筋虚血との相当因果関係を認めることができる

2 構造改革に伴う雇用形態の選択について、Xは、平成13年4月のNTT東日本の事業構造改革が発表されてから、雇用形態の選択について悩み、健康状態を悪化させたことが認められる

3 研修の内容については、本件研修中は時間外労働はなく、労働時間の点では大きな負荷はなかったし、心臓に疾患を抱えるXにとって、50歳を過ぎて全く新しい分野の知識の習得を強いられる本件研修は、心身に負担のかかるものであったことは否定できないけれども、新しい業務分野の研修が参加者にとって通常業務以上の負担になることは通常のことであり、本件研修はその内容面で過重なストレスであったとは認められない。

4 研修中の宿泊状況について、東京研修中には4人部屋で、札幌研修中の一部の時期には2人部屋での宿泊であったところ、Xは普段の生活リズムが乱され、心身が休まらない状態にあったことがうかがえるが、東京研修中の宿泊環境が死亡につながるほど大きなストレスを与えるものであったとは考えにくく、死亡直前の札幌での研修中は1人部屋に宿泊していたことからすれば、それまでの宿泊によるストレスが残存して死亡につながったとは認められない。

5 しかし、本件研修の日程や場所については、本件研修は、4月末からの連休後は札幌での10泊11日に続いて東京での11泊12日、さらに札幌での4泊5日の研修が続くという日程であったところ、Xは、心臓手術を受けた後、医師の指導に従い、レジャーとしての旅行も避けていたのであって、出張の連続はXの心臓にとって大きな負担となったことがうかがわれる。
本件研修は、その日程や実施場所に照らし、Xの心臓疾患を自然的経過を超えて増悪させ、急性心筋虚血を発生させたものというべきである

6 Xの危険因子につき、Xの心臓は比較的安定していたこと、事業構造改革発表前はコレステロール値を下げてきていたことから、業務とは関係なく家族性高コレステロール血症等の危険因子が心疾患を突然悪化させたとは認められない。

本件については、行政訴訟とは別に不法行為に基づく損害賠償請求訴訟も提起されています。

民事訴訟では、以下の結論となっています。

第一審 逸失利益3086万余円、慰謝料2800万余円

第二審 同上

上告審 Xの死亡は基礎疾患の存在が原因の大半を占めているものとし長期間にわたる出張の連続がXの有していた基礎疾患を自然的経過を超えて増悪させたことは死亡の原因のうち30%を占めるとした

民事訴訟に関しては、最高裁で過失相殺されています。

しかも、70%の過失相殺です。

この最高裁判例以前にも、交通事故事案において、最一判平成4年6月25日が既往症の斟酌を認めていますが、上記NTT東日本・最高裁判決により初めて労災の場面においても既往症が斟酌されることが明らかになりました。

最高裁のこの判断には、賛否があるところです。

その後、差戻審の札幌高裁でも、同様の判断がされています。

なお、本件労災に関する判決は、民事訴訟の差戻審の判決より後に出されたものです。

労災11(神戸屋事件)

おはようございます。

今日は早朝ウォ-キングに行く予定でしたが、昨夜から体調が悪くお休みしました

昨夜は薬を飲んで早めに寝たため、回復しました。

今日は、午前中1件打合せ、午後は接見と書面作成です。

現在、7件の刑事事件は担当しているので、接見に行くのも大変です

今日も一日がんばります!!

さて、今日は、労災に関する裁判例について見てみましょう。

神戸屋事件(平成22年3月15日・労判1010号84頁)

【事案の概要】

Y社は、パン、洋菓子等の製造販売を業とする大手食品メーカーである。

Xは、Y社東京事業所業務課物流係係長として勤務していたが、持病である気管支喘息を悪化させ、その発作により心臓停止に至り死亡した(死亡当時41歳)。

Xは、小児喘息の既往があり、一旦は寛解していたが、その後、気管支喘息を発症した。33歳頃までの喘息の病状は、週1回程度、吸入薬を使用する程度であり、発作というほどのこともなく、軽症であった。

【裁判所の判断】

川口労基署長による遺族補償給付等不支給処分は違法である。
→業務起因性肯定

【判例のポイント】

1 労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには、業務と死亡等との間に相当因果関係が認められることが必要である。そして、労災保険制度が、労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、上記の相当因果関係を認めるためには、当該死亡等の結果が、当該業務に内在する危険が現実かしたものであると評価し得ることが必要である。

2 Xの死因は、本件喘息死であった。上述の理は、労働基準法施行規則35条別表第1の2第9号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」の認定においても、当然に妥当するものである。そうすると、本件喘息死が本件会社におけるXの業務に内在する危険が現実化したものと評価できるかを、経験則及び科学的知見に照らして、検討することになる。
この検討に当たっては、Xは喘息を基礎疾患として有していたところ、喘息の増悪が、業務上の過重負荷によりその自然の経過を超えたものであったといえるかという観点から、検討を加えることになる

3 過労・ストレスが喘息の増悪因子となることを肯定する医学的見解は多数存在する一方で、これらが喘息の増悪因子となることを積極的に否定する医学的見解は存在しないのであり、過労・ストレスは、喘息の増悪因子であると認めることができる。

4 Xの本件会社での業務内容を見ると、運行管理・調整、クレーム受付・対応・調整、運送業者との折衝、配送ルートの改善策の考案、部下の教育等多岐にわたるものであり、単調、規則的な業務内容ではないことを、まず指摘しなければならない。その上、トラブル発生の際には、その解消まで居残って処理をしなければならず、その際には、自ら車で工場まで商品を取りに行ったり、直接納入先に配送しなければならないこともある等のさらなる負担が生じることもあり得るのであり、その結果として、まとまった休憩時間も確保されないで、精神的ストレスの生じ得る、かつそれに伴う肉体的な負担が大きな業務であったと評価することができる

5 さらに、認定可能なXの本件喘息死以前の6か月の法定時間外労働時間は、月に79時間32分~95時間52分、月平均87時間58分と非常に長時間である。その前の段階も、この6か月間と同様の業務形態なのであり、遅くとも東京営業所に異動になった平成10年9月以降は、恒常的に上記のような慢性的な長時間勤務を余儀なくされていたと認めるべきであり、Xの業務は、労働時間だけでも、相当程度に過重なものであったといえる

6 その上、Xの業務は、夜勤交代制勤務であり、本件喘息死前6か月をみても、ほぼ全ての勤務が深夜に及び、夜勤の割合は約半分に及んでいたことは、Xの業務の過重性を論じる上では、看過できない事情である。Xの夜勤後退制勤務は、深夜業・交代制勤務の最低の基準であるとする日本産業衛生学会基準の12項目のうち、…7項目において、逸脱する態様であった。夜勤交代制勤務は、医学的知見によれば、深夜に起きて働くことにより生理リズムを乱し、睡眠の質・量ともに不足がちになること、交代勤務による家族生活等でのズレを修正しようとする調整努力を強めてしまうこと等から、疲労を蓄積させ、呼吸器疾患等の症状を進展させる要因となる。そうすると、Xの業務は、夜勤交代勤務という観点からも、相当程度に過重なものであったというべきである
以上によれば、Xの業務は、質、量ともに、通常人にとっても過重なものであり、これが慢性的に継続していたものと評価するだけの十分な根拠があるといわなければならない。

7 …喘息の症状に影響を与えなかったとまではいえない(アレルゲン、喫煙習慣、軽度の肥満)、喘息を増悪させた可能性は否定できない(吸入ステロイドが十分ではなかったこと、短時間作用性β2刺激薬の多用)、本件喘息死の誘因となった可能性も否定することはできない(本件喘息死の4、5日前の気道感染)。しかし、Xが元来持っていた基礎疾患が、業務上の質、量ともに過重な負担により重症化し、本件喘息死に近接する過程で、業務上の負担がさらに増加して、本件喘息死に至ったという経緯に鑑みて、Xの喘息増悪から本件喘息死に至る過程での過重な業務上の負担があったことにより、Xの喘息は、その自然の経過を超えて増悪して、本件喘息死に至ったものと評価することが相当である

日本産業衛生学会基準の12項目は以下のとおりです。

1 交代勤務による週労働時間は、通常週において40時間を限度とし、その平均算出時間は2週間とする。時間外労働は、原則として禁止し、あらかじめ予測できない臨時的理由にもとづくものに限り、年間150時間程度以下とすべきである。
2 深夜業に算入する時間は、現行の22時から5時までの規定を更に拡張し、21時から6時までを

労災10(大正製薬事件)

おはようございます。

今日は、午前中は刑事裁判1件と打合せ数件。

午後は、東京で弁護団会議があります

なんかおいしいものでも食べてこようかな。

そんな時間はないか・・・。

今日も一日がんばります!!

さて、今日は、労災に関する裁判例を見てみましょう。

大正製薬事件(福岡地裁平成22年2月17日・労判1009号82頁)

【事案の概要】

Y社は、医薬品製造ならびに販売業を営む会社である。

Xは、Y社入社後、Y社福岡支店営業部のナショナル部(全国展開している大手スーパーやドラッグストアなどの取引先を担当する部署)に配属され、九州各県(鹿児島県を除く)所在のスーパー等の約30店舗を訪問する業務に従事していた。

Xは、出張中の宿泊先であるホテルにおいて脳内出血により死亡した(死亡当時42歳)。

Xは、C型慢性肝炎を患っており、インターフェロン治療を受けたものの完治せず、以後死亡するまで、外来で診療を継続した。しかし、Xが発症したC型肝炎は、肝硬変ではなく、出血傾向や他の合併症はなく、日常生活に支障のないものであった。

また、Xは、細菌性髄膜炎と診断され、入院治療をしたことがある。Xが退院した際、出血傾向はなかった。なお、入院中、Xに対して血液検査、頭部CT検査、MRI検査や血圧の測定等が行われたが、特段の指摘がされた事実はない。

【裁判所の判断】

福岡労基署長による遺族補償給付等不支給処分は違法である。
→業務起因性肯定

【判例のポイント】

1 「業務上死亡した場合」とは、労働者が業務に起因して死亡した場合をいい、当該業務と当該死亡との間に相当因果関係があることが必要であると解される。
また、労働基準法及び労災保険法による労働者災害補償制度は、業務に内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に傷病等をもたらした場合に、使用者等に過失がなくとも、その危険を負担して損失の填補の責任を負わせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであるから、上記相当因果関係の有無は、当該傷病等が当該業務に内在又は随伴する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである

2 そして、脳血管罹患発症の基礎となり得る素因又は疾病を有していた労働者が、脳血管疾患を発症する場合、様々な要因が上記素因等に作用してこれを悪化させ、発症に至るという経過をたどるものであるから、その素因等の程度及び他の危険因子との関係を踏まえ、医学的知見に照らし、業務による過重な負荷が上記素因等を自然の経過を超えて増悪させ、疾病を発病させたと認められる場合には、その増悪は当該業務に内在する危険が現実化したものとして業務との相当因果関係を肯定するのが相当である

3 被告が依拠する新認定基準は、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価でき、発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6カ月にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できるとされている

4 Xの時間外労働時間は、年末年始の長期休暇を含む発症6か月前の1か月間以外は、45時間を大幅に超え、発症前1か月間は100時間をわずかに下回る程度であり、さらに、発症6か月前の1か月間及び発症5か月前の1か月間を除く4か月間の平均が84時間40分、更にゴールデンウィーク及び細菌性髄膜炎による長期休暇がなければ、発症前6か月間の平均が80時間を超えるものとなっていたであろうことは容易に推認することができる。
したがって、Xの時間外労働時間は、新認定基準に照らしても、この基準を超えているか、これに極めて近いものとなっているというべきであり、Xの業務は、労働時間の点だけみても、精神的・肉体的に負荷の大きいものであったといえる

5 一般に出張業務、特に遠方への出張は、長距離・長時間の移動を伴うため拘束時間も長く、特に、自ら自動車を運転して高速道路等を走行する場合には、相当程度の精神的緊張を強いられるものであり、また、宿泊を伴う出張業務の場合には、生活環境や生活リズムの変化等、自宅での就寝と比較して疲労の回復が十分にできず、疲労が蓄積する可能性が高い

6 Xは、危険因子である高血圧症が進行し、本件疾病発症当時に脳血管疾患を発症する可能性が一定程度認められる状態にあったと考えられるものの、Xの有していた素因等が、本件疾病当時、他の確たる発症因子がなくてもその自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに脳血管疾患を発症させる程度にまで増悪していたとみることは困難である。

労災9(日本電気事件)

おはようございます。

今日も書面を作成します。

最後の追い込みです!!

がんばります!!

さて、今日は労災に関する裁判例を見てみましょう。

日本電気事件(東京地裁平成22年3月11日・労判1007号83頁)

【事案の概要】

Y社は、コンピュータ、通信機器、電子デバイス、ソフトウエアなどの製造販売を含むインターネット・ソリューション事業を主要な事業とする会社である。

Xは、Y社においてミドルウェア事業部第2技術部の部長等の地位にあったが、経営危機により事業の収益性が厳しく追求されるようになる中で、うつ病を発症し自殺した(死亡当時52歳)。

【裁判所の判断】

三田労基署長による遺族補償給不支給処分は違法である。
→業務起因性肯定

【判例のポイント】

1 労働者の精神障害の発病等について業務起因性の有無を判断するに当たっても同様に解することになるところ、精神障害の発病については、環境からくるストレス(心理的負荷)と個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレス-脆弱性」理論が広く受け入れられていることが認められることからすると、業務と精神障害の発病との間の相当因果関係、すなわち、ストレス(これには業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷がある。)と個体側の反応性、脆弱性を総合考慮して、業務による心理的負荷が、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発病させる程度に過度であるといえるかどうかを検討し、その過重性が認められる場合には、業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして、当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。

2 上記の危険責任の法理にかんがみれば、業務の危険性の判断は、当該労働者と同種の平均的な労働者を基準とすべきであり、このような意味での平均的労働者にとって、当該労働者の置かれた具体的状況における業務による心理的負荷が上記内容の危険性を有しているということができ、業務以外の心理的負荷及び個体側の要因がない場合には、当該労働者の精神障害の発病等について業務起因性を肯定することができるというべきである。

3 Xは、責任者として事業を遂行するうえで強い心理的負荷を受けていたうえ、それ自体がうつ病発症原因となるおそれがある極度の長時間にわたる時間外労働を行っていたことも認められることからすると、Xの業務による心理的負荷は、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であったというのが相当である。

4 Xのうつ病発症および自殺に至る一連の過程は、業務に内在する危険が現実化したものというべきであり、Xの自殺には業務起因性が認められる。

労災⑧(KYOWA(心臓病突然死)事件)

おはようございます。

今日は、丸一日、明日の証人尋問の最終準備です

午後から浜松で弁護団会議があります。

がんばります!!

さて、今日は、労災に関する裁判例を見てみましょう。

KYOWA(心臓病突然死)事件(大分地裁平成18年6月15日・労判921号21頁)

【事案の概要】

Y社は、金属の加工及び販売や工作機械等の販売を目的とする会社である。

Xは、Y社の従業員であり、鉄板の凹凸をならす業務に従事していた。

Xは、Y社において清掃等の業務に従事中、急性心不全(疑)により突然倒れ、病院に搬送されたが、同疾患により死亡した(26歳)。

Xの死亡前1週間の労働時間は81時間5分、死亡前1か月の労働時間は332時間2分となっていた。勤務開始から死亡までの間にXが休日を取得した日は合計8日間であり、死亡前の13日間は休日を取得していない。

Xの従事していた面取作業は、中腰の状態での作業であり、長時間作業すれば腰が痛くなるなどするうえ、振動が伝わって手のしびれも誘発するものであった。また、工場内に冷房はなく、機会も作動しており、作業のための装備を装着するため暑く、夏場の作業中は、高温による負担のかかるものであった。

Xの子と妻に対しては、労災保険法により葬祭料、遺族特別支給金、労災就学等援護費が支給され、遺族補償年金も支給されている。ただし、前払一時金については時効が成立しており、今後も支払われることはない

Xの子と妻は、Y社に対し、損害賠償を請求した。

【裁判所の判断】

Y社に対し、合計約8400万円の支払いを命じた。

【判例のポイント】

1 Y社は、Xの妻が労災保険から、葬祭料、遺族特別支給金、労災就学等援護費、及び遺族補償年金の支給を受けているので、これを損益相殺として控除すべきであると主張するが、遺族特別支給金、労災就学援護費は、政府が業務災害等によって死亡した労働者の遺族に対して労働福祉行政の一環として支給するものであって、損害の填補が目的ではなく、労働者の遺族の福祉の増進を図るためのものであるので、その性質上、これを控除すべきでない。また、葬祭料は、原告らは、本件においては、労災給付を受けたとしてあらかじめ同一事由で請求をしていなかったと主張するので、これについて損益相殺の対象としない

2 原告らが請求可能であった前払一時金の最高限度額は1123万6000円であり、うち、原告らが既払額と認める遺族補償年金432万3045円については、労働災害補償保険法64条により、履行を猶予されることとなるが、原告らが今後遺族補償年金を受給することにより免除されるので、これを控除すべきである

3 労災保険法64条の趣旨は、労災の保険給付と民事損害賠償との調整をして二重給付を回避することにあり、原告らは時効により前払一時金として請求できなくても、今後遺族年金として受給することができ、それまでY社は支給を猶予されるものというべきである。そして、支給開始時期から相当期間が経過し、原告らの前払一時金最高限度額までの遺族補償年金受給の見込みが高く、その場合にはその限りでY社の損害賠償義務が免除されること等に照らすと、原告らの請求に、条件付き若しくは将来の請求を含むものとは解されず、前払一時金最高限度額について、これを控除することとする

消滅時効にかかった労災保険の前払一時金の最高限度額が損益相殺として損害額から控除されました

法的には控除ではなく、期限の猶予です。


【労災保険法64条】
労働者又はその遺族が障害補償年金若しくは遺族補償年金又は障害年金若しくは遺族年金(以下この条において「年金給付」という。)を受けるべき場合(当該年金給付を受ける権利を有することとなった時に、当該年金給付に係る障害補償年金前払一時金若しくは遺族補償年金前払一時金又は障害年金前払一時金若しくは遺族年金前払一時金(以下この条において「前払一時金給付」という。)を請求することができる場合に限る。)であって、同一の事由について、当該労働者を使用している事業主又は使用していた事業主から民法その他の法律による損害賠償(以下単に「損害賠償」といい、当該年金給付によっててん補される損害をてん補する部分に限る。)を受けることができるときは、当該損害賠償については、当分の間、次に定めるところによるものとする。

1 事業主は、当該労働者又はその遺族の年金給付を受ける権利が消滅するまでの間、その損害の発生時から当該年金給付に係る前払一時金給付を受けるべき時までの法定利率により計算される額を合算した場合における当該合算した額が当該前払一時金給付の最高限度額に相当する額となるべき額(次号の規定により損害賠償の責めを免れたときは、その免れた額を控除した額)の限度で、その損害賠償の履行をしないことができる
2 前号の規定により損害賠償の履行が猶予されている場合において、年金給付又は前払一時金給付の支給が行われたときは、事業主は、その損害の発生時から当該支給が行われた時までの法定利率により計算される額を合算した場合における当該合算した額が当該年金給付又は前払一時金給付の額となるべき額の限度で、その損害賠償の責めを免れる