Category Archives: セクハラ・パワハラ

セクハラ・パワハラ90 セクハラ行為による精神障害発症について加害者及び会社の責任を認めたものの、休業期間の長期化は原告側にも原因があるとして休業損害額を4割の限度で認めた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、セクハラ行為による精神障害発症について加害者及び会社の責任を認めたものの、休業期間の長期化は原告側にも原因があるとして休業損害額を4割の限度で認めた事案について見ていきましょう。

A社事件(鳥取地裁令和6年2月16日・労経速2551号3頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、勤務先であるY社及びかつて上司であったZに対し、次の各請求をする事案である。
(1) 不法行為及び使用者責任に基づく損害賠償請求
Y社らに対する、Zから継続的に人格権を侵害する違法なセクシュアルハラスメント及びパワーハラスメントを受け、これにより精神的苦痛を被るとともに、精神疾患を発病して休職を余儀なくされたなどと主張した、Zについては不法行為に基づく、Y社については使用者責任に基づく、損害賠償金2527万4746円(慰謝料1000万円、治療費9万1144円、休業損害438万9514円、逸失利益849万6384円及び弁護士費用229万7704円の合計額)+遅延損害金の連帯支払請求
(2) 債務不履行に基づく損害賠償請求
Y社に対する、Y社において、①セクハラ及びパワハラ被害防止策の周知徹底を怠ったため(事前の安全配慮義務違反及び職場環境調整義務違反)、Zによるセクハラ及びパワハラが発生するとともに、②同セクハラ及びパワハラの発覚後、速やかに必要かつ十分な措置をとることを怠ったため(事後の安全配慮義務違反及び職場環境調整義務違反)、精神的苦痛を被ったなどと主張した、債務不履行に基づく、損害賠償金660万円(慰謝料600万円及び弁護士費用60万円の合計額)+遅延損害金の支払請求

【裁判所の判断】

Y社らは、Xに対し、連帯して594万7156円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xが適応障害との診断を受けたのは平成30年10月22日で、その後にうつ病との診断を受けたのは令和元年11月16日である。そして、これを休業損害の算出基礎となる休業期間(平成30年11月1日から令和5年10月20日までの1815日間)との関係で考慮するならば、休業期間のおおむね8割程度の部分がうつ病の発病以降の期間となる。
Xの主治医の意見は、Xが「うつ病」を発病した主な要因には、Zがした不法行為ないしその後の言動のほかに、Y社の事後対応があり、さらには、Y社の事後対応により、Xが「健全な社会的関係性の感覚」を損なうなどして、うつ病が遷延しているというものである。このような主治医の意見に、ZのF支店への出張、F支店長への降格によってXとZの接触がないものとなったことを併せ考慮すれば、Xがうつ病を発病した後、上記に認定した休業期間の終期にまでうつ病が遷延しているのは、Y社の事後対応についてのX自身の受止めが強く作用しているとみるのが合理的である。これを換言すれば、上記の休業損害期間について、それが終期に近づけば近づくほど、その時点での休業の原因がX側の事情にあるとの側面が強まっているとの評価が可能である。
このように、そもそもXがZの不法行為によって適応障害ないしうつ病を発病したものであるとはいえ、うつ病が遷延して長期に及び休業期間が発生したことについて、上述したとおりのX側の事情というべきものがあって、その休業期間のおおむね8割に相当する部分については、休業期間の終期に向かって順次、そのX側の事情が原因となっている側面が強まっていること、治療費とは異なって休業損害は高額にわたるものであること等を踏まえると、損害の公平な分担の観点に照らし、Zの不法行為による休業損害額は、もはや一旦算出した金額の半額をやや下回るものになると認めるのが相当である。
このような考慮に基づく休業損害について具体的金額をもって示すと、基礎収入(日額8548円)に休業期間(1815日間)を乗じて一旦算出した休業損害額1551万4620円の4割に相当する620万5848円の限度にとどまるものとするのが相当である。

パワハラ等による精神疾患発症事案において、使用者側が着目すべき点が記載されています。

社内のハラスメント問題については顧問弁護士に相談の上、適切に対応しましょう。

セクハラ・パワハラ89 上司らの発言につき安全配慮義務違反に基づく損害賠償等請求が一部認容された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、上司らの発言につき安全配慮義務違反に基づく損害賠償等請求が一部認容された事案を見ていきましょう。

アリスペッドジャパン事件(東京地裁令和5年3月2日・労判ジャーナル146号52頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社に対し、雇用契約に基づき、未払残業代等の支払を求め、また、在職中に職場内でパワーハラスメント及びセクシャルハラスメントを受けたと主張して、安全配慮義務違反又は使用者責任に基づき、損害賠償金300万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

未払残業代等支払請求棄却

損害賠償等請求一部認容

【判例のポイント】

1 D課長の各行為は、職務上何らの必要性のない、粗暴又は性的な言動であって、Xの就業環境を害するものであることは明らかであるから、Y社はXに対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償義務を負うものというべきであり、また、C代表は、1年以上過去の出来事について、食事会の場で、他の従業員の前で叱責をすること自体、指導方法として極めて不相当であるといえるから、Xの就業環境を害するものであったといえ、Y社は、Xに対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償義務を負うものというべきである。
そして、Xは、C代表及びD課長が性的な言動を繰り返していたと主張するところ、上記の各行為から推認される両名の人物像及びY社の職場環境からすれば、そのような言動があったものと推認することができるが、その点については、慰謝料を算定する際の考慮要素の一つとするのが相当であるから、Xに生じた精神的損害に係る慰謝料額としては、60万円が相当である。

性的言動を繰り返していたという主張について、仮に客観的な証拠が存在しない場合でも、上記のような推認により認定されることがありますので注意しましょう。

社内のハラスメント問題については顧問弁護士に相談の上、適切に対応しましょう。

セクハラ・パワハラ88 マタハラにより精神疾患が悪化し、退職を余儀なくされた医師の損害賠償請求が棄却された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、マタハラにより精神疾患が悪化し、退職を余儀なくされた医師の損害賠償請求が棄却された事案を見ていきましょう。

日南市事件(福岡高裁宮崎支部令和6年2月14日・労経速2547号32頁)

【事案の概要】

本件は、Y社が運営するa病院に勤務していた医師であるXが、産休から勤務に復帰する前に行われたa病院の事務局長であるBとの面談において、同事務局長から安全配慮義務ないし信義則上の義務に違反する通知(Xに対し、復帰後の勤務日を週5日から週1日に減らす旨を内容とするもの)を受けたことにより、持病の精神疾患が悪化し、勤務に復帰することが困難となってa病院を退職することを余儀なくされたなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として918万8370円+遅延損害金の支払を求める事案である。
原審は、Xの請求を棄却したところ、Xがこれを不服として本件控訴を提起した。

【裁判所の判断】

控訴棄却

【判例のポイント】

1 Xは、B事務局長による本件通知は、Xに対し、希望・意向を一切聞くことなく、週1日勤務に変更するものであるから、出産を理由とする明らかな不利益な取扱いに当たる上、本件通知は、事実上修正の余地のない一方的なもので、Xは産休後の勤務条件について要望を述べ、必死に食い下がっていたが、受け入れられなかったものであり、仮に、本件通知が、Xの体調に配慮した提案であったとしても、本件通知の結果、Xの持病の著しい増悪を招いたことからすると、本件通知は違法であり、安全配慮義務違反の評価を免れず、Y社は、子を養育する女性医師に対する無意識の思い込みや障害に対するバイアスを背景に、Xの意向とすり合わせをする努力を全く欠いた極端な労働条件の不利益変更、妊娠等を理由とする違法な不利益取扱いをしたもので、女性職員が妊娠、出産後の健康の確保を図る措置を受けつつ、充実した職業生活を営むことができるように配慮する義務、妊娠等を理由とする差別や不利益取扱いを行わない義務、ハラスメント対処義務に違反するものであって、Xの働きやすい職場環境の中で働く人格的利益を侵害し、Xに甚大な精神的苦痛を与えたもので、地方公務員法13条及び男女雇用機会均等法1条、2条、11条の3に基づき、a病院が任命権者として負っている各種義務に違反したから、違法であると主張する。
しかしながら、①本件面談におけるB事務局長の提案内容は、産休前のXの勤務条件とは異なるものの、確定的なものでなく、初回の提案内容として不適切なものとはいえず、②本件面談日の設定や、③B事務局長の提案方法が適切なものでなかったとも、④精神障害を抱えるXに対する配慮に欠ける時期にされたものともいい難く、また、本件面談当時、B事務局長において、上記提案をすることで、Xの心身の状況を悪化させることを予期すべき状況にあったともいえないから、B事務局長が、本件面談において、Xに精神的、財産的損害を与えないようにする安全配慮義務及び交渉当事者に求められる信義則上の義務に違反したということはできないことは前記補正して引用する原判決第3の2(1)のとおりであり、これをもって、a病院がXを妊娠、出産、育児を理由として不利益に取り扱ったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

結果としては、違法ではないという判断になっていますが、産休から復帰するタイミングということもあり、労働者からマタハラと主張されることは覚悟をしなければいけません。

腫れ物に触るような対応になってしまうケースも散見されるように、現場での判断は本当に難しいことが多いです。

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セクハラ・パワハラ87 不法行為とされた上司のセクハラ言動の一部と、原告の精神疾患発症との因果関係が認められず、会社の安全配慮義務違反及び一部を除き使用者責任も否定された事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、不法行為とされた上司のセクハラ言動の一部と、原告の精神疾患発症との因果関係が認められず、会社の安全配慮義務違反及び一部を除き使用者責任も否定された事案を見ていきましょう。

A社事件(東京地裁令和5年5月29日・労経速2546号3頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との間で雇用契約を締結し就労していたXが、上司であったAからセクシュアル・ハラスメントを受け、Y社が事前及び事後に適切な措置をとらなかったため、PTSDないし複雑性PTSDを発病し、休職を余儀なくされた旨主張して、①Aに対しては不法行為に基づき、Y社に対しては使用者責任又は債務不履行に基づき、連帯して、合計1726万3741円の損害賠償+遅延損害金の支払を求めるとともに(請求1)、②Y社に対し、債務不履行に基づき、合計330万円の損害賠償+遅延損害金の支払を求める(請求2)事案である。

【裁判所の判断】

1 Aは、Xに対し、55万円(5万5000円の範囲で被告会社と連帯)+遅延損害金を支払え。
 Y社は、Xに対し、Aと連帯して、5万5000円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Xは、Aの不法行為及びY社の不適切な対応によりXがPTSDないし複雑性PTSDを発病した旨主張する。そして、K医師は、同人作成の「診断書および意見書」において、Xが「PTSD(DSM5)、複雑性PTSD(ICD-11)」であるとし、その原因となった出来事として、「1)勤務先の部長(当時)から、拒否しているにも関わらず、頻繁に食事の誘いをされ、拒否してもやめてくれない上に、社内で追いかけられたり、盗撮されたりしていたことを知ったこと」、「2)2017年1月29日取引先との新年会の帰りのタクシー内で、上記部長から強制わいせつ(無理やり送ると言われ、にじり寄られ、身体に触れるため、叫んで逃げようとしたが、キスをしようとしてきた)を受けたこと」、「3)この出来事に会社が対処してくれなかったこと。」を指摘している。
しかしながら、上記診断結果は、上記意見書の記載内容に照らせば、もっぱらXの主訴に基づくものと解されるところ、Xが主張するAによる不法行為はその一部しか認定できず、Y社の職場環境配慮義務違反を認めることができないことは既に認定説示したとおりである。
そうすると、K医師の上記診断結果は、客観的に認定できない事実関係等に依拠したものといえ、これを直ちに採用することはできない
このことに加え、PTSD(DSM-5)の診断基準としては、・・・とされるところ、本件訴訟において認められるAの不法行為(写真撮影行為及び本件タクシー内行為)は、Xの性的自由を侵害するものであり、Xに屈辱や恐怖等の精神的苦痛を与えるものであったということができるものの、肉体的接触を含む行為に及んだと認められるのは、本件タクシー内行為の一件のみであり、その態様も、タクシーに乗車していた約20分の間、Xの手や太ももに触り、覆いかぶさって抱きつくようにしたというもので、重大な性犯罪に該当するとはいえないし、タクシーには、当然、運転手も乗車しているのであって、Aと二人きりで閉じ込められていたというものではなく、Xは、Aから逃れるためにタクシーを停車させてタクシーから降りたとの事情も併せ考慮すると、当該行為が、上記診断基準を満たすような極めて脅威を感じさせるような性的暴力であったとまでは評価できない
以上によれば、Xが、Aの不法行為及び被告会社の不適切な対応により、PTSDないし複雑性PTSDを発病したとは認められない。

裁判所が、心療内科医の診断とは異なる判断をすることは決して珍しくありません。

裁判では、「診断書にそう書いてあるから」というだけでは十分とはいえない場合がありますので注意が必要です。

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セクハラ・パワハラ86 上司の言動がパワハラによる不法行為と認められた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、上司の言動がパワハラによる不法行為と認められた事案を見ていきましょう。

倉敷紡績事件(大阪地裁令和5年12月22日・労経速2544号34頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に勤務していたXが、Y社の執行役員でありXの上司であったAから罵声を浴びせられるなどのパワーハラスメントを受けたことによりY社を退職せざるを得なくなり、精神的苦痛を受けたなどとして、Y社らに対し、不法行為(被告Aに対しては民法709条、Y社に対しては同法715条1項)に基づく損害賠償として、660万円+遅延損害金の連帯支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y社らは、Xに対し、連帯して、55万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Aは、令和3年2月1日に情報機器システム部の部長に就任した後、同年9月30日にXがY社を退職するまでの間、Xに対し、Y社における業務の進め方等に関し、「アホ」「ボケ」「辞めさせたるぞ」「今期赤字ならどうなるかわかっているやろな」といった言動を日常的に繰り返し行っていた
Aは、令和3年4月又は5月、顧客とのWEB会議の終了後に、Xが座っていた椅子の脚を蹴ったことが1回あった。
Aは、令和3年7月頃、Xが新入社員を指導していた際、WEB会議システムを介して、新入社員の目の前で、Xほか1名を指して「こいつらは無能な管理職だ。こんな奴らに教育されて可哀そうだ。これくらいのことができないのは本当に無能だ。」と発言した。
Aは、前記の期間において、Xに対し、Y社において利用が認められているフレックスタイム制度や在宅勤務の抑制を示唆する言動をし、また、Y社の規定で認められている宿泊費の定額精算を認めず、実費で精算すべきであると述べた。

2 前記AのXに対する言動は、Y社のハラスメント防止規則の定めるパワハラに当たり、Xに対する注意や指導のための言動として社会通念上許容される限度を超え、相当性を欠くものであるから、Xに対する不法行為に当たるというべきである。

慰謝料の金額よりもレピュテーションダメージを考えるべき事案です。

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セクハラ・パワハラ85 競輪選手の師匠に対するセクハラ・パワハラに基づく慰謝料等請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、競輪選手の師匠に対するセクハラ・パワハラに基づく慰謝料等請求について見ていきましょう。

損害賠償請求(セクハラ・パワハラ)事件(高松地裁令和5年9月29日・労判ジャーナル142号28頁)

【事案の概要】

本件は、競輪選手であるXが、同じく競輪選手であり、Xの師匠であるBからセクハラ又はパワハラに当たる言動を受け、これらによって、Xが精神的苦痛を受けたほか、レースの欠場や成績低下を余儀なくされた等と主張して、Bに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料、逸失利益等合計約460万円等を請求した事案である。

【裁判所の判断】

BはXに対し、慰謝料10万円を支払え。

【判例のポイント】

1 Bの言動は、Aの成績が低迷しつつあることなどを指摘するに際し、交際相手との関係について直接的に性的表現を用いて叱責するものであり、当時20歳という若年の未婚女性であったXに対して強い不快感と性的羞恥心を与えるものである上、Xの師匠として大きい影響力を有するにもかかわらず、Xの成績に関連付けて交際相手との性交渉のあり方に干渉し、Xの性的自己決定権を害するもので、その内容は悪質であり、社会的見地から見て、不相当とされる程度に至っていたものと認めるべきであり、違法性が認められるところ、Bの言動は、直接的な性的表現を用いてXの練習への姿勢や成績低下を叱責するものであるが、一方で、反復継続してなされたものとまでは認められず、身体的接触等を伴うものではなかったことを踏まえると、これによりXが被った精神的損害に対する慰謝料は10万円と認めることが相当である。

2 違法性が認められるBの言動は上記のみであることに加え、Xが受診していた心療内科の医師においても、休職や通院の原因となったXの適応障害には複合的な要因が考えられるとの意見も述べるものであるから、Bの言動と適応障害によるXのレースの欠場や成績低下との間の相当因果関係を認めることはできない

レースの欠場や成績低下との間の相当因果関係が否定されたため、上記判例のポイント1記載の慰謝料額にとどまっています。

社内のハラスメント問題については顧問弁護士に相談の上、適切に対応しましょう。

セクハラ・パワハラ84 上司の部下に対する侮辱的な発言が不法行為にあたるとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 

今日は、上司の部下に対する侮辱的な発言が不法行為にあたるとされた事案を見ていきましょう。

ブレア事件(東京地裁令和5年6月8日・労経速2539号30頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の設置する補習校で勤務していたXが、上司であったY2からパワーハラスメント及びセクシャルハラスメントを受けて適応障害になったと主張して、Y2に対しては不法行為に基づき、Y社に対しては使用者責任に基づき、連帯して364万0610円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Yらは、Xに対し、連帯して55万円+遅延損害金を支払え。

【判例のポイント】

1 Y2がXに対してXの年齢、体型及び結婚歴に関して侮辱的発言(「おばさん」、「(お)デブ」、「経験豊富」)をしたことは当事者間に争いはない。他方で、Xは、容貌に関する侮辱的発言(「ブス」)もあったと主張するが、Yらはこれを否認する。
もっとも、この点に関するXの供述(職員会議後に行った飲食店内において「ブスのぶりっ子は見るに堪えない。」と言われた。)は具体的であるし、上記争いのない発言に照らしてY2の発言として不自然さもないから、信用性が高い
これに対し、Y2は、「個人の努力によって差が出る」体型への発言は許容されるが、「先天性のもの」である容貌に関する発言は許容されないという考えを持っているので、「ブス」という発言はしないように心掛けているから、言っていないと思うなどと供述しているが、その内容自体不合理なものであって、信用性に欠ける
したがって、Y2は、Xの要望に関する侮辱的文言(「ブス」)による発言もしたことを認めることができる。
そして、上記各侮辱的文言による発言は、通常、相手に精神的苦痛を生じさせるものであって、特段の事情のない限り不法行為となるものである。
この点について、Yらは、当該発言は、Y2とXとの良好だった関係性や、X自身が自虐的に笑いをとるキャラであったことを背景にされたものであるから、Xに精神的苦痛を与えるものではなく、不法行為とならないなどと主張する。
しかしながら、Y2とXとの関係性について、Yらが提出するメッセージのやりとりを見ても、単なる上司と部下との間の通常のやりとりにすぎず、そこから侮辱的な発言が正当化されるような何らかの特殊な関係性を認めることはできない
そもそも、良好な関係性があったり、本人が自虐的に笑いをとっていたりしたとしても、それによって侮辱的な発言が正当化されるものではない。

発言内容について録音等の直接的な証拠がなくても、上記のとおり、裁判所が認定することは普通にあります。

社内のハラスメント問題については顧問弁護士に相談の上、適切に対応しましょう。

セクハラ・パワハラ83 上司から受けた身体的暴力に基づく損害賠償請求(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。 今週も1週間がんばりましょう。

今日は、上司から受けた身体的暴力に基づく損害賠償請求に関する事案を見ていきましょう。

大洋建設事件(東京地裁令和5年2月17日・労判ジャーナル141号38頁)

【事案の概要】

本件は、Y社の元従業員Xが、Y社に対し、未払割増賃金等の支払を求めたほか、上司から暴言・暴力を受けており、職場環境整備義務に違反した債務不履行又は民法715条1項に基づく使用者責任に基づく損害賠償として100万円等の支払を求めた事案である。

【裁判所の判断】

一部認容

【判例のポイント】

1 従業員兼取締役であるCは、Xに対し、「行けるようであればって文章理解できない?なんでもかんでも電話して聞くんじゃなくて少し自分の頭で考えろバカ!」、「今後あまりバカだと2度と連絡しません」、「よく文面見ろバカ」、「了解しましたじゃなくて今日の予定どうなってるんだって聞いてんだバカ!」とメッセージを送信したものと認めることができ、また、Cは、Xの頭をヘルメット越しに5回くらい小突いたり、頭を直接10回くらい叩いたり、5回くらい足を蹴飛ばしたことがあったものと認めることができるところ、Cのメッセージは、その文面に照らしても、指導注意の過程に行われたものであって、表現方法として適切さに欠け、不穏当であり、Xが不快に感じるものであったことは否定することができないが、その頻度、経緯に照らしても、直ちに業務の範囲を超えたXの社会的名誉、名誉感情を害する程度・内容とまではいえないが、他方、Cにより、複数回にわたって身体的暴力を受けたことについて不法行為が成立し得るものといえ、これに対する慰謝料は、5万円をもって相当というべきであるから、Y社は、Xに対し、従業員を兼ねるCによる不法行為につき、使用者責任(民法715条)に基づいて慰謝料5万円等の支払義務を負う。

慰謝料の金額の相場がよくわかります。

この手の事案は、判決まで行った場合、会社側が支払う金額の多寡よりも、レピュテーションダメージのほうがはるかに大きいのが特徴です。

社内のハラスメント問題については顧問弁護士に相談の上、適切に対応しましょう。

セクハラ・パワハラ82 妊娠した歯科医師に対するハラスメントが不法行為に該当するとされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、妊娠した歯科医師に対するハラスメントが不法行為に該当するとされた事案を見ていきましょう。

医療法人社団A事件(東京高裁令和5年10月25日・労経速2537号27頁)

【事案の概要】

本件は、Y法人と労働契約を締結しているXが、①Aから、「不法行為一覧表」記載の不法行為を受けたと主張して、不法行為に基づく損害賠償並びに医療法46条の6の4が準用する一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条に基づき、Y社らに対し連帯して、336万4362円+遅延損害金の支払を、②令和2年1月支給分の給料について、有給休暇取得分(1日)が反映されておらず、未払賃金があると主張して、5万3345円+遅延損害金の支払を、③令和2年10月支給分の給料について、有給休暇取得(1日)が反映されておらず、未払賃金があると主張して、6万4849円+遅延損害金の支払を、④安全配慮義務が果たされていないため、労務の提供ができないと主張して、未払賃金として、48万4877円+遅延損害金の支払を、令和4年7月から本判決確定の日まで、毎月15日限り88万4389円+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

Y法人らは、Xに対し、連帯して、22万円+遅延損害金を支払え

Y法人は、Xに対し、別紙未払賃金一覧表の認容額欄記載の各金額+遅延損害金を支払え

【判例のポイント】

1 Xが依拠する証拠は、Aが院内でXの悪口を言っているのではないかとの疑いを持ったXが、その証拠を得ようとして、院内のオープンスペースである控室に秘密裏にボイスレコーダーを設置しておいたところ、偶然Aの会話内容が録音できたことから、その録音内容を反訳して書証として提出した書面であることが認められる。従業員の誰もが利用できる控室に秘密裏に録音機器を設置して他者の会話内容を録音する行為は、他の従業員のプライバシーを含め、第三者の権利・利益を侵害する可能性が大きく、職場内の秩序維持の観点からも相当な証拠収集方法であるとはいえないが、著しく反社会的な手段であるとまではいえないことから、違法収集証拠であることを理由に同証拠の排除を求めるY法人らの申立て自体は理由があるとはいえない。

2 Aは、本件歯科医院の控室において歯科衛生士2名と休憩中に同人らと雑談を交わす中で、Xのする診療内容や職場における同人の態度について言及するにとどまらず、歯科衛生士2名と一緒になって、Xの態度が懲戒に値するとか、子供を産んでも実家や義理の両親の協力は得られないのではないかとか、暇だからパソコンに向かって何かを調べているのは、マタハラを理由に訴訟を提起しようとしているからではないかとか、果ては、Xの育ちが悪い、家にお金がないなどと、Xを揶揄する会話に及んでいることが認められる。
これらの会話は、元々Xが耳にすることを前提としたものではないが、院長(理事長)としてのAの地位・立場を考慮すると、他の従業員と一緒になって前記のようなXを揶揄する会話に興じることは、客観的にみて、それ自体がXの就業環境を害する行為に当たることは否定し難い
したがって、この点について不法行為の成立を認めるのが相当である。

上記判例のポイント1を見ますと、民事訴訟においては、違法収集証拠排除法則がほぼ機能しないことがわかります。

また、上記判例のポイント2では、当該労働者に対して直接告げたわけではないにもかかわらず、当該発言・会話が違法と判断されています。職場では余計な噂話や愚痴は言わないことです。

社内のハラスメント問題については顧問弁護士に相談の上、適切に対応しましょう。

セクハラ・パワハラ81 安全規則の筆写作業を指示したことが違法な業務命令にあたらないとされた事案(企業法務・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、安全規則の筆写作業を指示したことが違法な業務命令にあたらないとされた事案を見ていきましょう。

近畿車輛事件(大阪地裁令和3年1月29日・労判1299号64頁)

【事案の概要】

本件は、Y社との労働契約に基づき勤務していたXが、Y社に対し、①Y社のなしたXの解雇は解雇権を濫用したものであるから無効であるとして、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに民法536条2項に基づく解雇日翌日から本判決確定日までの賃金+遅延損害金の支払を求めるとともに、②上司がXに対して安全規則の筆写作業を指示したことは裁量権を逸脱・濫用した違法な業務命令であるとして、使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償金110万円(慰謝料100万円及び弁護士費用10万円)+遅延損害金の支払を求める事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xは、本件筆写指示には、Xに肉体的苦痛を与える私的制裁としての意味しかなく、そのような目的で命じられたものであったから、労働者に対する教育に係る使用者の業務命令権を逸脱・濫用した違法なものであって、不法行為を構成する旨主張する。
この点、本件筆写指示が、Xの本来の担当業務ではなく、単純な筆写作業のみを命じたものであること、Xが4日間にわたり手書きで筆写作業を行い、作成した紙面の枚数が合計306枚に上っていることは、Xの指摘するとおりであり、このことからすれば、その相当性に疑問が生じ得るところではある。
しかし、その一方で、Y社が本件筆写指示を行うに至った経過として、Xが、同年4月11日のフィードバック面談において人事評価に不満を抱き、事実上の最低評価であるD評価が目標であり、設計業務に必要なCADの操作方法が分からなくなったと述べて、勤務意欲の喪失を明らかにするとともに、同月12日及び15日には指示された業務を行わなかったこと、さらに、同月15日及び17日に2件の事故を起こし、Y社に対して不自然・不合理な言い分を述べるなどしていたこと、同月17日の事故後、B課長がXに対して安全作業心得の内容を知っているかを尋ねたところ、Xは知らない旨答えたこと、以上の事情が認められる。
このような経過及び事情に照らせば、Xが指摘するように同月16日及び17日には従来の設計業務に従事したことがあったとしても、同日以降、Xによって本来の業務が正常に遂行・継続されることは期待し難く、また、Y社としては、上記2件の事故が偶然発生したことについては疑いを抱きつつも、Xが故意に惹起したものであったとの確信にまでは至っておらず、Xが不注意等により更なる事故を起こす危険性は否定できない状況にあったということができる。そうすると、このような状況下において、Y社がXに対して安全作業心得の筆写を指示したことについては、相応の業務上の必要性及び合理性が認められる
また、このことに加えて、Xの述べる手の怪我が筆写作業に困難を来す状態であることが明らかであったとは認められず、筆写作業に時間的制約を課したものでもなかったことを踏まえると、同指示が相当性を欠くものであったとまではいえない。
そして、以上の点からすると、本件筆写指示がXに対する肉体的苦痛を与える私的制裁として行われたものであったとは認められない
以上によれば、Y社による本件筆写指示が、業務命令権を逸脱・濫用した違法なものであったと評価することはできない。

諸事情があったことはわかりますが、4日間にわたり合計300枚以上にわたり写経させることにどれほどの意味があるのか甚だ疑問ですが、裁判所によれば必要性・合理性・相当性があるそうです。

社内のハラスメント問題については顧問弁護士に相談の上、適切に対応しましょう。