おはようございます。
さて、今日は、社内ネットワークシステムに関するアクセス管理者権限の抹消命令拒否を理由とする懲戒解雇に関する裁判例を見てみましょう。
日本通信事件(東京地裁平成24年11月30日・労経速2162号8頁)
【事案の概要】
本件は、Y社が、社内ネットワークシステムに関するアクセス管理者権限を不正に保持していることを理由に、管理者権限の抹消を命じる業務命令を拒否したことを理由に懲戒解雇されたXが、当該懲戒解雇は無効な解雇であるとして、Y社に対し、地位確認並びに解雇後の平成23年10月9日以降の未払賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めて本訴を提起したところ、Y社が、Xらが行った社内ネットワークシステムに関するアクセス管理権限の不正及びその保持等の共同不法行為により、同システムの再構築等を余儀なくされ、これにより多大な損害を被ったとして、Xらに対し、上記共同不法行為に基づき、損害賠償金等の支払いを求めて反訴を提起したものである。
なお、Y社は、本件懲戒解雇の他に、懲戒解雇の意思表示には、予備的に就業規則に基づく普通解雇の意思表示も含まれる(本件普通解雇1)と主張し、また、平成23年4月13日付け答弁書をもって、仮に懲戒解雇が無効であるとしても本件業務命令を正当な理由もなく拒否する行為は、就業規則64条4号、5号に該当するとして予備的に普通解雇の意思表示を行った(本件普通解雇2)。
【裁判所の判断】
懲戒解雇は無効
本件普通解雇1の主張は意思表示自体が存在しない
本件普通解雇2は無効
【判例のポイント】
1 労契法15条は、(1)懲戒処分の根拠規定が存在していること(有効要件(1))を前提に、(2)懲戒事由(=「客観的に合理的な理由」があること。有効要件(2))、(3)処分の相当性(「社会通念上相当」と認められる場合であること。有効要件(3))の3つの有効要件から構成されているものと解されるところ(いわゆる抗弁説)、本件懲戒解雇においては、上記有効要件(1)を満たすことは争いがなく、したがって、上記有効要件(2)及び(3)を満たすか否かが問題となる。
2 使用者が懲戒解雇という極めて重大な制裁罰を科しうる実質的な根拠は、企業秩序を侵害する重大な危険性を有している点にあるものと考えられる。そうだとすると懲戒解雇権は、単に労働者が雇用契約上の義務に違反したというだけでは足りず、当該非違行為が企業秩序を現実に侵害する事態が発生しているか、あるいは少なくとも、そうした事態が発生する具体的かつ現実的な危険性が認められる場合に限り発動することができるものと解され、この理は、本件就業規則59条所定の懲戒解雇事由の判断にも妥当する。
3 当裁判所は、本件各業務命令違反について、Y社の企業秩序を現実に侵害し、あるいは、その具体的かつ現実的な危険性を有する行為であるとは認められないものと判断したが、ただ、本件管理者権限の重要性にかんがみると、これを不当に保持し、その抹消に応じようとしない本件各業務命令違反は、それ自体、本件社内ネットワークシステムに支えられたY社の企業秩序を現実に侵害する行為であるとの見解も成り立ち得ないものではない。しかし仮に、この見解を採用し、本件各業務命令違反について本件就業規則59条13号の実質的該当性を肯定したとしても、本件の場合、少なくとも客観的には、Xが本件管理者権限の抹消に応じない場合であっても、Y社は、本件各残務整理作業の責任者であるBに対し、パスワードの開示を求め、本件管理者権限の抹消を命じることにより、Xを含め第三者からの不正アクセスを防止、社団する手段を有していたことにかんがみると最終的に本件各業務命令違反に対して懲戒解雇という「最終の手段」(ultima ratio)を選択するか否かを決するに当たっても、実態的な相当性はもとより、手続的な相当性も考慮に入れ、より慎重な判断が求められるものというべきである。
4 懲戒処分(とりわけ懲戒解雇)は、刑罰に類似する制裁罰としての性格を有するものである以上、使用者は、実質的な弁明が行われるよう、その機会を付与すべきものと解され、その手続に看過し難い瑕疵が認められる場合には、当該懲戒処分は手続的に相当性に欠け、それだけでも無効原因を構成し得るものと解されるところ、本件懲戒解雇に当たって、Y社は、Xに対し、実質的な弁明を行う機会を付与したものとはいい難く、その手続には看過し難い瑕疵があるものといわざるを得ない。
5 懲戒解雇と普通解雇は、いずれも労働契約の終了を法的効果としている点で共通する。しかし民法の解雇自由の原則の中で行われる中途解約の意思表示である普通解雇の意思表示と、独自の制裁罰である懲戒解雇の意思表示とは法的性質が異なるのであるから、仮に退職金制度が存在しないなど機能の点で実質的な差異は認められないにしても軽々に両者の間に無効行為の転換の法理を適用し、懲戒解雇が無効である場合であっても普通解雇としての効力維持を容認することは、法的に許されないものというべきである。
もっとも、上記のとおり無効行為の転換の法理の適用は難しいとしても、事実認定ないし合理的な意思解釈の問題として、懲戒解雇の意思表示の中に普通解雇のそれが含まれてい るものと認める余地はないではない。しかし両者の法的性質上の差異を考慮すると、普通解雇の意思表示が含まれていることが明示されているか、あるいはこれと同視し得る特別の事情が認められる場合を除いて、懲戒解雇の意思表示の中に普通解雇のそれが含まれているものと認めることはできない。
担当裁判官は伊良原裁判官です。
ここまで詳細に事実認定をするのは、本当にすごいと思います。
懲戒解雇に関する考え方がいっぱい詰まっており、非常に勉強になります。
是非、参考にしてください。
解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。