解雇86(学校法人M学園事件)

おはようございます。

さて、今日は、労働契約書への書面拒否を理由とする解雇に関する裁判例を見てみましょう。

学校法人M学園事件(東京地裁平成24年7月25日・労経速2154号18頁)

【事案の概要】

Y社は、専門学校N医科学大学校等を設置し、これを運営する学校法人である。

Xは、視能訓練士の国家資格を有する者である。

Y社は、Xを労働契約書への署名拒否を理由として解雇した。

Xは、本件解雇は違法であり、これにより損害を被ったとして、不法行為による損害賠償請求をした。

【裁判所の判断】

本件解雇は不法行為にあたる。
→M学園に対し、約80万円の支払いを命じた。

【判例のポイント】

1 Y社は、試用期間中であるXに対し、本件規定に該当するとして、解雇予告通知書を交付することによりXを解雇する旨の意思表示をしている。Y社の就業規則には本件規定があるところ、Y社の上記所為は、試用期間中、使用者たるY社が本件規定に基づき留保していた解約権を行使する趣旨に出たものとみることができ、かかる認定を左右するに足る証拠はない。
もっとも、留保解約権の行使も、解約権留保の趣旨、目的に照らし、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されるものと解される。

2 Y社が提示した契約書案では、平成23年1月24日までを試用期間とする旨の記載はあるものの、労働契約の期間について期間を定めないものとしており、賃金の額について試用期間中の賃金額である月額30万とするのみで、試用期間経過後の賃金について特段の条項が置かれているわけでもない。これによれば、X・Y社間の労働契約は、X・Y社間で新たに別途、労働契約書を作成しない限りは試用期間経過後の賃金額についても引き続き30万円とするものとして効力を有することになるとみることのできるものであったということができるのであって、XがCから重ねて受けていた労働条件に関する説明と沿わない点があったといわざるを得ない。
しかるところ、Xがこれを問題視する見地から訂正を求めたのに対し、Cは、試用期間が明記されているから上記賃金額が試用期間中のものであることは自ずと判断できる、みんなそれでやっているなどとしてこれに応じず、Xの申出を踏まえて真摯に契約書案の意味合い・内容の検討をし、あるいはしようとした形跡も窺われない。かえって、平成22年12月13日、Xが署名に応じないとみるや、用意させていた解雇予告通知書を交付している

3 ・・・以上の点に照らすと、上記解雇予告通知書に基づく解雇は、上記認定の経緯に照らし、早急に過ぎたものと評価せざるを得ないところであって、かつまた、Xが署名を拒んだのは、X・Y社間の賃金という労働契約の基本的要素に係る問題に出でたものであったことにも照らし、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認され得るものとみることは困難というべきである。
そして、以上の点に照らすと、少なくともY社に過失があったものと見ざるを得ない。してみると、他に的確な指摘のない本件においては、Y社は、不法行為に基づき、これによってXに生じた損害を賠償すべき責があると認めるが相当である。

4 Xは、以上のほか、本件解雇に伴い精神的苦痛を被ったとして慰謝料請求をしている。
しかしながら、解雇に伴う財産的損害の賠償のほか、精神的損害についてまでの賠償が認められるのは、解雇につき、財産的損害の賠償によっては慰謝するに足らない特段の事情の認められる場合に限られると解される。本件においてXに財産的損害の賠償を命じるべきことについては上記のとおりであるであるところ、・・・かかる指摘の点によっては上記特段の事項を肯認すべき事由があるとは評価し難く、これを認めるには足らない。したがって、Xの慰謝料請求は、これを肯認することができない

当然、この程度では、解雇は有効にはなりません。

今回は、地位確認を求めるのではなく、損害賠償を求めています。

個人的な感覚ですが、解雇事案では、地位確認と賃金請求という構成よりも、不法行為に基づく損害賠償請求という構成の方が、労働者側が得られる金額は少ない気がします。

このような理由から、労働者が復職する意思がなくても(ほとんどの場合、復職の意思はない)、前者の構成をとることになるのだと思いますがいかがでしょうか。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。