おはようございます。 今週も一週間がんばりましょう。
今日は、退職合意の有効性と就労意思の有無について見ていきましょう。
グローバルマーケティングほか事件(東京地裁令和3年10月14日・労判1264号42頁)を見ていきましょう。
【事案の概要】
本件は、Xが、Y1社及びY2社の両者と締結していた労働契約に基づき、被告会社らとの間で令和元年5月30日にされた退職合意は不成立又は無効であるとして、被告会社らに対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、平成30年10月に被告会社らによりされた賃金の減額を伴う給与体系の変更は無効であり、在職中の未払賃金が存在するとして、被告会社ら及び同社らの代表社員であるY3に対し、令和元年7月分(同年8月10日支払)までの基本給、歩合給及び残業代の未払賃金合計123万8193円+遅延損害金の連帯支払等、Y3らによる退職強要が違法であるとして、被告らに対し、Y3については民法709条、被告会社らについては会社法600条による損害賠償請求権に基づき、慰謝料100万円と弁護士費用10万円の合計110万円+遅延損害金の連帯支払を求め、さらに、被告会社らに対し、労基法114条に基づき、未払割増賃金に対する付加金として67万0290円+遅延損害金の支払を求める事案である。
【裁判所の判断】
1 XとY2社との間において、XがY2社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 Y2社は、Xに対し、86万7869円+遅延損害金を支払え。
3 Y2社は、Xに対し、令和元年9月から本判決確定まで毎月10日限り18万円+遅延損害金を支払え。
4 Y2社は、Xに対し、21万2315円+遅延損害金を支払え。
5 XのY2社に対するその余の請求並びにY1社及びY3に対する請求をいずれも棄却する。
【判例のポイント】
1 Xの要求は、本件面談当初から持ち出していたものではなく、原告は、本件面談の当初は、在職を希望していたのである。すなわち、Y3は、本件暴行の事実を否定した原告に対し、実際には防犯カメラの映像を確認していないにもかかわらず、「全部録画されているから」、「それも映ってます。」などと述べ、A弁護士も、被告Y3の同発言を前提として、原告に対し、「映像を全部分析して、あなたが言ったことも全部暴いて。」、「応諾しないのであればもう私が出ているから、就業拒否で自宅待機。で、懲戒解雇」、「転職先からですね、過去の経歴調査が入るんですよ。」などと述べたことから、原告は、当初希望していた在職を希望しなくなり、退職を前提とした退職条件の交渉に終始した経緯に照らせば、Xは、上記Y3及びA弁護士の一連の発言により、防犯カメラ映像に本件暴行の様子が記録されており、当該映像の存在及び内容を前提にすると法的に懲戒解雇や損害賠償請求が認められると認識したことにより、在職を諦め、退職の意向を示すに至ったとみるのが相当である。
Xが、本件面談の当初、本件暴行の事実を否定し、在職を希望していたことに加え、当時、美容師の資格は有していたものの、既に再就職先を確保していたことや、再就職先を探していたことはうかがわれないこと、Xは、当時、扶養すべき家族があり、実際にも被告会社らを退職後に美容師とは全く職種の異なる不動産会社の営業職に就職していることからすれば、退職に伴う原告の不利益は大きいものがあったことなどの事情を総合すると、Xにおいて、防犯カメラの映像に本件暴行の場面が記録されているとの認識を持たなければ、退職の意向を示すことはなかったことが認められる。
以上に判示したところを総合考慮すれば、Xは、Y3及びA弁護士から、実際には記録されていなかった防犯カメラの映像に本件暴行の場面が記録されており、これを前提として懲戒解雇や損害賠償請求が認められると言われ、在職を希望する言動から退職を前提とした退職条件の交渉に移行して退職合意書等に署名したものであるから、その自由な意思に基づいて退職の意思表示をしたものとは認められず、本件退職合意の成立は認められないというべきである。
2 被告らは、Xが、本件面談の後、X代理人に対し、退職合意書等に署名をして和解した旨報告し、翌日である令和元年5月31日には、同代理人をして、Y3及びA弁護士に対し、和解契約の履行を求める旨の書面を送付していることから、追認により新たに退職合意が成立したものとみなされる旨主張する。
しかしながら、Xは、本件面談当時、被告らが本件暴行の記録されている防犯カメラ映像を有しているとの事実と異なる認識を有し、上記書面送付当時においてそのような認識が払拭されたと認めるに足りる証拠はないから、上記書面送付当時、Xにおいて本件退職合意が無効ないし不成立であると知っていた(民法119条ただし書参照)ものとは認められず、上記書面送付をもって、本件退職合意を追認したということはできず、被告らの上記主張は採用することができない。
3 Xは、美容師の資格を有し、本件店舗において美容師として勤務していたところ、本件退職合意後、その資格を生かすことができず、職種も異なる不動産会社の営業職として再就職していること、再就職後の給与額は月額22万円から35万円程度と変動があり、本件賃金変更前には基本給だけで月額30万円を支給されていたことと比較して不安定であり、平均的にみると給与額も減少していることが認められるから、他に特段の事情が認められない本件においては、再就職によりXの就労意思が失われたと認めることはできない。
合意退職の有効性の判断過程について、上記判例のポイント1をしっかり理解しておきましょう。
また、上記判例のポイント3のとおり、再就職したとしても必ずしも復職の意思が喪失したとは認定されないので注意しましょう。
退職合意をする際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。