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今日は、海外勤務者の退職・解雇の有効性に関する裁判例を見ていきましょう。
アイウエア事件(東京高裁令和4年1月26日・労判1310号131頁)
【事案の概要】
本件は、A塾という名称で学習塾を運営するY社に平成25年6月1日付けで入社し、同月13日から中華人民共和国(中国)内に所在するA塾A1校において講師として勤務していたXが、同年9月末日を退職日とする同月1日付け退職願に署名押印したものの、退職の意思表示は不存在であり、又は仮に存在していたとしても心裡留保若しくは虚偽表示により無効であって、同年10月1日以降もY社との雇用関係が継続していたとした上、平成28年12月27日にY社によってされた解雇は解雇権の濫用に当たり無効であるとともに、Xに対する不法行為に該当するなどと主張して、Y社に対し、①労働基準法37条1項に基づき、平成27年11月1日から平成29年1月26日までの未払割増賃金合計167万7307円+遅延損害金の、②労働基準法114条に基づき、付加金167万7307円+遅延損害金、③民法536条2項に基づき、Y社が再就職した平成29年4月1日の前日までの間の未払基本賃金50万4460円+遅延損害金、④民法709条に基づき、損害金143万2832円+遅延損害金の各支払を求める事案である。
原審は、Xの上記各請求について、①未払割増賃金合計126万7361円+遅延損害金、②付加金126万7361円+遅延損害金、③未払基本賃金44万8360円+遅延損害金、④損害金49万5000円+遅延損害金の各支払を求める限度でこれらを認容し、その余をいずれも棄却した。
【裁判所の判断】
1 原判決主文2項を取り消す。
2 上記取消部分に係るXの請求を棄却する。
3 その余の本件控訴を棄却する。
【判例のポイント】
1 少なくともXにおいては、Y社とXとの雇用契約が、就労ビザ取得までの短期間で終了する前提で締結されたなどとは認識していなかったものとみるのが相当であるとともに、Y社から、転籍出向後もY社の海外赴任規定の適用を前提とした手当の支給等が行われることや、転籍出向後もY社への帰任が前提となっているかのような説明を受けていたXにおいて、転籍後もY社との雇用契約が存続するとの認識を有していたとしても不自然ではなかったものと認めることができる。
そうすると、Y社における「転籍」が一般に「それまで在籍していた会社を退職して別の会社に属すること」を意味し、Xが「転籍出向」を自ら選択して本件退職願を提出したとの事実が存したとしても、本件における上記の事実関係の下においては、Xにおいて、上記のような意味での「転籍」を自ら選択し、Y社との雇用契約を終了させる意思に基づいて本件退職願を提出したものとは認められないものというべきである。
2 Y社は、原判決言渡し後である令和3年11月12日、前記第2の2(5)のとおり、Xに対し、原判決主文1項で認容された未払割増賃金及び遅延損害金を含む合計286万2783円を支払ったものであるところ、原判決主文1項には仮執行宣言が付されており、Y社は当審においてもXの未払割増賃金請求を争っているものの、上記の支払については、原判決主文1項が維持されることを前提とした、留保付きの弁済とみることができるから、その限度で弁済の効力を有するものと解するのが相当である。したがって、本件においては、裁判所が付加金の支払を命ずるまでに使用者が未払割増賃金の支払を完了したものとして、Y社に対し付加金の請求を命じないこととする。
第一審で付加金の支払を命じられた場合の対抗策としては、控訴し、判決が確定する前に遅延損害金を含め全額支払うということですが、仮執行宣言が付されている場合(通常付されています)、上記判例のポイント2のような別の論点が出てきます。
この点は少しマニアックではありますが、弁済をしても付加金が認められてしまうか否かに関連する重要な論点ですので、是非、押さえておきましょう。
日頃の労務管理が勝敗を決します。日頃から顧問弁護士に相談することが大切です。