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同一労働同一賃金276 定年後再雇用時の賃金を従前の6割としたことが旧労契法20条に違反せず、また通勤手当を一定距離未満の場合、不支給とした規程の不利益変更が有効とされた事案(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、定年後再雇用時の賃金を従前の6割としたことが旧労契法20条に違反せず、また通勤手当を一定距離未満の場合、不支給とした規程の不利益変更が有効とされた事案を見ていきましょう。

日本空調衛生工事協会事件(東京地裁令和5年5月16日・労経速2546号27頁)

【事案の概要】

本件は、Y社を平成30年3月に定年退職し、その後、令和2年3月まで嘱託職員として再雇用され、定年退職前の6割の賃金を受給していたXが、Y社に対し、以下の各請求をする事案である。
定年後再雇用に際し、労使慣行に基づき賃金を定年退職前の7割とする再雇用契約が黙示的に成立した、又は再雇用契約において賃金を定年退職前の6割としたことは平成30年7月6日法律第71号による改正前の労働契約法20条に違反するとして、賃金請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、差額賃金相当額及びこれに対する遅延損害金の支払
②Y社が平成26年11月19日改正施行の就業規則及び給与規程に基づき、従前は利用距離にかかわらず通勤に利用するバス運賃を通勤手当として支給していたのを改め、最寄駅までのバス路線距離が1.5km未満の場合はバス運賃を支給しないこととしたのは、就業規則等の不利益変更に当たり無効であるとして、賃金請求権に基づき、上記改正により支払を受けられなくなったバス運賃相当額及びこれに対する遅延損害金の支払
③Y社がXとの再雇用契約を更新せず、令和2年3月限りで終了させたことは、65歳到達以降も再雇用契約が更新されるというXの合理的期待に反するとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、1年分の未払賃金相当額(定年退職前の7割を前提に算出)及びこれに対する遅延損害金の支払
④Y社在職中に上司から別紙記載のパワーハラスメントを受けたなどとして、使用者責任又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、慰謝料及びこれに対する遅延損害金の支払

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 Xの職務の内容に関しては、配置部署、勤務時間、休日等の労働条件は定年前後で変化がない。定年退職時に有していた主任の肩書は、再雇用に当たり外されたものの、主任としての具体的な権限は明らかでなく、責任の範囲についても変化は窺われない。しかし、業務の量ないし範囲については、従前はA課長とXの2名で担当していた経理課の業務を、新たに入職したDを含む3名で担当することとなり、経理業務、決算業務を中心に、Xが担当していた相当範囲の業務がDに引き継がれ、再雇用後はXが単独で担当する予定であった福利厚生関係業務も、実際にはA課長と分担していたのであるから、Xの業務が定年前と比べて相当程度軽減されたことは明らかである。

2 定年後再雇用であることが、賃金の減額の不合理性を否定する方向に働く事情として考慮されるべきことは上記のとおりである。特に、定年前のXの給与は、年功序列の賃金体系の中で、長年の勤続ゆえに、担当業務の難易度以上に高額の設定になっていたことが推認され、1400万円を超える退職金も受給したこと、Y社における定年は63歳であり、平成30年4月当時は男女とも特別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)を受給可能であったこと、Xの本件更新拒絶による退職後にその担当業務を引き継ぎ、定年退職時点でのXと概ね同様の業務を分担することとなったEの月給額は、再雇用後のXの基本給と同水準であることも、「その他の事情」として考慮することが相当である。
以上を総合勘案すれば、Xの定年後再雇用に当たり、賃金を定年前の6割としたことが不合理であるとは認められず、旧労働契約法20条に違反しない。

3 本件規程変更に伴い、自宅から最寄駅まで1.5km未満のバス路線を通勤に利用してその運賃相当額を通勤手当として受給していた職員には、これを受給することができなくなるという不利益が生じることになる。しかし、自宅から最寄駅まで1.5km以内という距離は、一般に徒歩圏と受け止められる範囲であり、身体に特段の障害等がない限り、バス路線が設定されていても、徒歩で駅に向かうのが合理的であると解される。現に、この変更によって不利益を被った職員はXとJの2名のみであり、被る不利益も1.5km以内の徒歩を要する程度で、理由はどうあれ、XもY社から身体的な事情による特例支給を打診されながらこれを申請していない。また、かかる打診から明らかなとおり、Y社において変更後も当該規程を柔軟に運用している。こうした事情に照らせば、本件規程変更に伴う不利益は、軽微なものと評価するのが相当である。
他方、Y社においては、予算の効率的執行を図るため、通勤手当の算定方法として最も経済的かつ合理的な通勤経路を明記するという目的で本件規程変更を実施したものと認められるところ、これによる経費節減の効果は僅少とはいえ、一般社団法人であるY社に求められる予算の効率的執行に資することは確かであり、相応の必要性を肯定することができる。
内容面においても、変更後の規定は、社会通念上徒歩圏といえる範囲で、一般的には合理的な通勤経路とはいい難いバスの運賃について通勤手当の支給対象外とするものであり、身体的事情による特例支給も許容する柔軟な運用と相まって、合理的なものと評価することができる。
さらに、Y社は本件規程変更を含む就業規則等の改正に関して、平成26年7月25日の説明会から意見聴取の機会を付与し、職員代表であったXは2回にわたり意見書を提出しており、その中でも本件規程変更に関しては何らの言及がなかった。Xは「条文を読解するには十分な時間がな」いと述べていたものの、意見表明のための検討期間としては、Y社が当初設定した同年9月1日まででも十分な猶予があったというべきであり、同年11月19日に本件規程変更を施行するまでの間に、Y社は職員との関係で必要な手続を履践したと評価することができる。Xが加入する労働組合から、本件規程変更に関する異議が述べられたのは、施行から6か月近く経過した後のことであって、本件規程変更の効力を左右するものとはいえない。
以上によれば、本件規程変更は有効であり、Xの主張は理由がない。

正社員と嘱託社員との同一労働同一賃金問題について、裁判所がどのような点に着目して判断をしているのかを是非確認してください。

日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。