おはようございます。
今日は、安全規則の筆写作業を指示したことが違法な業務命令にあたらないとされた事案を見ていきましょう。
近畿車輛事件(大阪地裁令和3年1月29日・労判1299号64頁)
【事案の概要】
本件は、Y社との労働契約に基づき勤務していたXが、Y社に対し、①Y社のなしたXの解雇は解雇権を濫用したものであるから無効であるとして、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに民法536条2項に基づく解雇日翌日から本判決確定日までの賃金+遅延損害金の支払を求めるとともに、②上司がXに対して安全規則の筆写作業を指示したことは裁量権を逸脱・濫用した違法な業務命令であるとして、使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償金110万円(慰謝料100万円及び弁護士費用10万円)+遅延損害金の支払を求める事案である。
【裁判所の判断】
請求棄却
【判例のポイント】
1 Xは、本件筆写指示には、Xに肉体的苦痛を与える私的制裁としての意味しかなく、そのような目的で命じられたものであったから、労働者に対する教育に係る使用者の業務命令権を逸脱・濫用した違法なものであって、不法行為を構成する旨主張する。
この点、本件筆写指示が、Xの本来の担当業務ではなく、単純な筆写作業のみを命じたものであること、Xが4日間にわたり手書きで筆写作業を行い、作成した紙面の枚数が合計306枚に上っていることは、Xの指摘するとおりであり、このことからすれば、その相当性に疑問が生じ得るところではある。
しかし、その一方で、Y社が本件筆写指示を行うに至った経過として、Xが、同年4月11日のフィードバック面談において人事評価に不満を抱き、事実上の最低評価であるD評価が目標であり、設計業務に必要なCADの操作方法が分からなくなったと述べて、勤務意欲の喪失を明らかにするとともに、同月12日及び15日には指示された業務を行わなかったこと、さらに、同月15日及び17日に2件の事故を起こし、Y社に対して不自然・不合理な言い分を述べるなどしていたこと、同月17日の事故後、B課長がXに対して安全作業心得の内容を知っているかを尋ねたところ、Xは知らない旨答えたこと、以上の事情が認められる。
このような経過及び事情に照らせば、Xが指摘するように同月16日及び17日には従来の設計業務に従事したことがあったとしても、同日以降、Xによって本来の業務が正常に遂行・継続されることは期待し難く、また、Y社としては、上記2件の事故が偶然発生したことについては疑いを抱きつつも、Xが故意に惹起したものであったとの確信にまでは至っておらず、Xが不注意等により更なる事故を起こす危険性は否定できない状況にあったということができる。そうすると、このような状況下において、Y社がXに対して安全作業心得の筆写を指示したことについては、相応の業務上の必要性及び合理性が認められる。
また、このことに加えて、Xの述べる手の怪我が筆写作業に困難を来す状態であることが明らかであったとは認められず、筆写作業に時間的制約を課したものでもなかったことを踏まえると、同指示が相当性を欠くものであったとまではいえない。
そして、以上の点からすると、本件筆写指示がXに対する肉体的苦痛を与える私的制裁として行われたものであったとは認められない。
以上によれば、Y社による本件筆写指示が、業務命令権を逸脱・濫用した違法なものであったと評価することはできない。
諸事情があったことはわかりますが、4日間にわたり合計300枚以上にわたり写経させることにどれほどの意味があるのか甚だ疑問ですが、裁判所によれば必要性・合理性・相当性があるそうです。
社内のハラスメント問題については顧問弁護士に相談の上、適切に対応しましょう。