おはようございます。
今日は、懲戒処分の対象となる旨を告知した上で行う退職勧奨は、原則として不法行為を構成するとはいえないとされた事案を見ていきましょう。
A病院事件(札幌高裁令和4年10月21日・労経速2505号45頁)
【事案の概要】
本件は、①Y社事務部長は、Xの勤務先病院の人事を統括する者として、Xに対し、社会通念上相当と認められる限度を超えた退職勧奨を行い、②Y社主任科長は、Xの所属部署の上司として、Xに関する虚偽の非違行為の情報をY社事務部長等に提供するなどして違法な退職勧奨をさせた旨主張するXが、Y社らに対し、共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料の一部である600万円+遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
原審はXの請求を棄却したところ、Xがこれを不服として控訴した。
【裁判所の判断】
控訴棄却
【判例のポイント】
1 Xは、労働者に対して懲戒処分の対象となる旨を告知した上で行う退職勧奨は、労使の立場が対等ではないことや懲戒処分が労働者に与える不利益が大きいことから、労働者の退職の意思決定の自由に制約を及ぼす可能性が高く、原則として、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱し、不法行為を構成すると考えるべきである旨主張する。
しかしながら、そもそも退職勧奨自体は当然に不法行為を構成するものではないし、仮に労働者に対して懲戒処分の対象となる旨を告知した上で退職を勧奨する場合であっても、それが、例えば、解雇事由が存在しないにもかかわらずそれが存在する旨の虚偽の事実を告げて退職を迫り、執拗又は強圧的な態様で退職を求めるなど、社会通念上自由な退職意思の形成を妨げる態様・程度の言動をした場合に当たらなければ、意思決定の自由の侵害があったとはいえず、かえって、当該労働者としては、懲戒処分の当否を争うのか否か、すなわち、懲戒処分を受ける危険にさらされることと自主退職してこれを避けることとの選択をする機会を得られるという利益を享受することができる場合もあるといえる。そうすると、懲戒処分の対象となる旨を告知した上で行う退職勧奨が原則として不法行為を構成するということはできないというべきである。
2 Xは、Y社事務部長がXに対して自主退職しなければ解雇を含む何らかの懲戒処分がされる旨を告げたと認定すべきであり、懲戒権を背景とした退職勧奨をしたから、Y社事務部長による退職勧奨行為は不法行為を構成する旨主張する。
しかしながら、Y社事務部長はXに対して処分の内容等をいまだ検討中であるという旨を告げたにとどまり、虚偽を告げてXを誤信させるなどXの意思決定の自由を侵害したとはいえない。Xが(懲戒)解雇となることを恐れる旨の発言をし、Y社事務部長がこれを否定しなかったことは認められるものの、Y社事務部長がXの誤解を招く言動をしたとはいえず、Xが自らそのような危惧感を持ったにすぎない。
上記判例のポイント1は重要ですので、是非、しっかりと押さえておきましょう。
退職勧奨の際は、必ず事前に顧問弁護士に相談をすることをおすすめいたします。