おはようございます。
今日は、賃金債権を放棄する内容の和解契約の有効性に関する裁判例を見てみましょう。
吉永自動車工業事件(大阪地裁令和4年4月28日・労経速126号27頁)
【事案の概要】
本件は、平成16年3月にY社と期限の定めのない労働契約を締結していたXが、Y社に対し、日給7000円と合意したにもかかわらず日給6000円しか支払われず、これが最低賃金法4条2項所定の最低賃金額に達しない賃金となった後も日給6000円しか支払わなかったなどと主張して、労働契約に基づく賃金請求権又は不当利得返還請求権に基づき、同月分から退職した令和2年3月分までの差額賃金合計342万4000円+遅延損害金の支払を求める事案である。
【裁判所の判断】
Y社は、Xに対し、33万9373円+遅延損害金を支払え。
【判例のポイント】
1 本件和解契約は、XがY社に対して有する賃金があればこれについても放棄する内容であるところ、賃金債権を放棄する旨の意思表示の効力を肯定するには、その意思表示が労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在していることを要すると解するのが相当である(最高裁昭和48年1月19日第二小法廷判決)。
2 Bは本件合意書を示し、Xはその内容を確認して署名押印をしたことが認められる。
しかし、平成21年9月30日以降の本件労働契約の賃金額は大阪府の最低賃金額となっているところ、証人Bの証言によれば、Y社において、本件合意書の作成時には、最低賃金額と日給6000円との差額の未払賃金が生じていたことを知っていた者はいなかったことが認められるほか、本件合意書の作成時に、上記差額をXが認識していたことをうかがわせる事情は見当たらない。
そうすると、Xは、上記差額の金額はもとより、その存在すら認識せずに本件合意書に署名押印したのであって、このような署名押印に至る経緯に照らせば、労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在しているとはいえない。
したがって、本件和解契約の成立は認められない。
労働事件では、このような発想で合意書の有効性を否定することがよくあります。
とりあえず署名をもらっておけばいいという発想ではうまくいきませんので注意しましょう。
日頃から顧問弁護士に相談の上、適切に労務管理をすることが肝要です。