賃金210 労使間での相殺合意の有効要件とは?(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、相殺無効に基づく未払退職手当等支払請求に関する裁判例を見てみましょう。

独立行政法人国立病院機構事件(東京地裁令和2年10月28日・労判ジャーナル108号26頁)

【事案の概要】

本件は、Y社に医師として雇用されていたXが、Y社に対し、退職手当を対象とする相殺は労基法24条1項に違反するなどと主張して、退職手当未払分2498万5928円+遅延損害金の支払いを求めた事案である。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 労基法24条1項本文の定めるいわゆる賃金全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものというべきであるから、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも包含するものであるが、労働者がその自由な意思に基づき相殺に同意した場合においては、その同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは,その同意を得てした相殺は同規定に違反するものとはいえないものと解するのが相当である(最高裁平成2年11月26日第二小法廷判決)。

2 a医療センターの院長の地位にあったXが、本件差押命令に基づく支払を停止したことにより、Y社は、別件取立訴訟を提起され、本来Xが負担すべきである約1425万円もの多額の金銭の支払いを余儀なくされたことから、A理事長は、本件面談の際に、Xに対し、返済方法について質問したところ、Xが、一括での返済が不可能であるためY社から色々と提案して欲しいなどと述べたのに対し、A理事長は、丁寧な口調で本件退職手当から控除する旨提案し、Xは、特段、躊躇したり、質問したりすることなく、これに応じ、本件合意書に署名押印しているのであって、本件合意書の作成過程において、強要にわたるような事情はうかがえない
また、本件相殺合意をすることは、Xとしても、定年退職までの約9か月間、Y社に対する支払いを猶予してもらえるという利点があるし、返済の有無及び方法はXに対する懲戒処分の軽重に影響しうる事情であると考えられるのであるから、本件相殺合意をすることが、Xの一方的な不利益になるということもできない
さらに、本件合意書においては、本件退職手当から法定控除及び差押命令に基づく弁済額の合計額を差し引いた残額を相殺の対象とすることが明示されているなど、合意の内容に不明確なところはない。
以上によれば、本件相殺合意は、Xの同意を得てなされたものであり、その同意は、Xの自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたものというべきである。

原告が争う動機がよくわかりませんが、判決の内容からすれば、相殺合意は優に認められると思います。

本件のようなケースも、事前に顧問弁護士に相談して慎重に進めることが大切です。