解雇288 退職の意思表示の有効性の判断方法(労務管理・顧問弁護士@静岡)

おはようございます。

今日は、女性歯科衛生士に対する産休後退職扱いの有効性等に関する裁判例を見てみましょう。

医療法人社団充友会事件(東京地裁平成29年12月22日・労判1188号56頁)

【事案の概要】

本件は、Xが、雇用主であるY社に対し、出産のため休業中、自己都合退職の事実がないのに退職したものと扱われた上、育児休業給付金及び賞与の受給も妨げられたと主張して、労働契約上の権利を有する地位の確認に加え、次の各金員の支払を求める事案である。

1 毎月の賃金及びこれに代わる育児休業給付金相当額等の損害賠償金

2 賞与

3 慰謝料及び弁護士費用

【裁判所の判断】

退職扱いは無効

【判例のポイント】

1 退職の意思表示は、退職(労働契約関係の解消)という法律効果を目指す効果意思たる退職の意思を確定的に表明するものと認められるものであることを要し、将来の不確定な見込みの言及では足りない。退職の意思表示は、労働者にとって生活の原資となる賃金の源たる職を失うという重大な効果をもたらす重要な意思表示であり、取り分け口頭又はこれに準じる挙動による場合は、その性質上、その存在や内容、意味、趣旨が多義的な曖昧なものになりがちであるから、退職の意思を確定的に表明する意思表示があったと認めることには慎重を期する必要がある
・・・このような慣行等に照らしても、書面によらない退職の意思表示の認定には慎重を期する必要がある。むしろ、辞表、退職届、退職願又はこれに類する書面を提出されていない事実は、退職の意思表示を示す直接証拠が存在しないというだけではなく、具体的な事情によっては、退職の意思表示がなかったことを推測しうる事実というべきである

2 ・・・以上のよれば、平成27年12月支給の賞与が具体的な請求権として発生するための要件が具備されたと認めることはできないから、Xの賞与支払請求には理由がない。
ただし、賞与の支給及び算定が、使用者の査定その他の決定に委ねられていても、使用者は、その決定権限を公正に行使すべきで、裁量権を濫用することは許されず、使用者が公正に決定権限を行使することに対する労働者の期待は法的に保護されるべきであるから、使用者が正当な理由なく査定その他の決定を怠り、又は裁量権を濫用して労働者に不利な査定その他の決定をしたときには、労働者の期待権を違法に侵害するものとして不法行為が成立し、労働者は損害賠償請求ができるというべきである(土田道夫「労働契約法第2版274頁参照)。

3 Xは、本判決を債務名義としてY社の診療報酬債権を差し押さえて債権の満足を図る方法が想定されたところ、Y社は、和解協議を通じて、敗訴を予想するや、その事業をA理事長の個人経営に承継させることで、自らに診療報酬債権が発生せず、A理事長に診療報酬債権が発生する状態を作出し、その事実を当裁判所及びXに速やかに通知せず、人証調べ実施の直前に通知するという不意打ちをしている。Xは、その権利の実現のため、今後、A理事長等に対し、法人格避妊の法理、事業譲渡等による労働契約関係その他債務の承継、不法行為、医療法48条1項等に基づく損害賠償責任などを主張する別訴の提起を強いられると見込まれる。別訴では本件訴訟と重複する争点については効率的な審理が可能であるが、独自の争点もあるから審理に相当期間を要することが見込まれ、争点が継続してXの精神的損害はさらに拡大していくことが推認される。
他方、Y社との間の紛争の発生に関し、Xに何らかの落ち度があったことは認められない。
さらに妊娠を理由とする均等法9条3項違反の不利益取扱いとして有効な承諾なく平成20年に降格させ、その後、労働者が退職を選択した事案につき、不法行為に基づき慰謝料100万円を認容した裁判例(広島高判平成27年11月17日)があるところ、Y社は職そのものを直接的に奪っていること、Xには退職の意思表示とみられる余地のある言動はなかったこと、A理事長に故意又はこれに準じる著しい重大な過失が認められること、判決確定後も専ら使用者側の都合による被害拡大が見込まれることなどに照らして、上記裁判例の事案よりも違法性及び権利侵害の程度が明らかに強いといえる。いわゆるマタニティ・ハラスメントが社会問題となり、これを根絶すべき社会的要請も平成20年以降も年々高まっていることは公知であることにもかんがみると、Xの精神的苦痛を慰謝するための慰謝料には金200万円を要するというべきである。

この裁判例はとても重要です。

上記判例のポイント1の退職の意思表示の有無についての判断方法は是非、参考にしてください。

また、判例のポイント3では、本件事案の特殊性及びマタハラに関する社会的要請等から、かなり高額な慰謝料が認められています。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。