おはようございます。
今日は、有期歯科医長に対する適格性欠如を理由とする期間途中の解雇の有効性に関する裁判例を見てみましょう。
国立研究開発法人国立A医療研究センター(病院)事件(東京地裁平成29年2月23日・労判1180号99頁)
【事案の概要】
本件は、5年の期間の定めのある労働契約(以下「本件労働契約」という。)に基づきY社の運営する病院(以下「被告病院」という。)の歯科医長を務めていたXが、歯科医療に適格性を欠く行為があり、部下職員を指導監督する役割を果たしていないなどとして、期間途中に普通解雇(以下「本件解雇」という。)をされたが、やむを得ない事由はなく、本件解雇は無効であるとして、労働契約上の権利を有することの地位の確認を求めるとともに、未払賃金、賞与及び慰謝料並びにこれらに対する遅延損害金の支払を請求する事案である。
【裁判所の判断】
解雇無効
→Y社は、Xに対し、平成26年5月以降、本判決確定の日まで、毎月16日限り、93万1055円+遅延損害金を支払え。
Y社は、Xに対し、491万6000円+遅延損害金を支払え。
【判例のポイント】
1 Y病院は専門性・先進性を備えた医療行為を行うことを標榜しており、歯科の診療内容をみても、一般の歯科医院からの紹介患者を広く受け入れるなどして、治療困難な患者や症例等に積極的に対応して高度な治療行為を行っているほか、Y病院の他部門と連携を取りつつ入院患者や手術予定患者の口腔管理を行っているというのであるから、Y病院で歯科医療に携わる場合には、一般的な歯科医療機関に従事する以上に歯科医療に係る高度な知識や技術、他部門と連携して医療行為を行うための協調性やコミュニケーション能力が必要とされており、取り分け歯科医長の地位に就く者については、自身がこうした資質を備えるほか、こうした資質を備えた他の歯科医師その他のスタッフを指導し、統率する能力が求められているということができる。Y社が歯科医長を募集した際に掲げた上記の要件等や相応に高額の給与等が保障されていることにも、これらの点が反映されているものとみることができる。
他方で、歯科医療行為に係る知識や技術については、それ自体高度な専門性を有する事柄であり、当該患者の身体の状況について実際に得られた具体的な情報を基に、当該患者の意思・希望や、治療行為を行う際の人的・物的態勢等を踏まえつつ、その都度適切な治療行為を選択して実施すべきことからして、その治療行為の選択には担当する歯科医師に相当広範な裁量が認められることも論をまたないところである。Y社は、本件解雇の理由として、Xのした多数の治療行為について医療安全上の問題があったことを指摘するが、上でみたような医療行為の特性を踏まえるならば、治療行為が解雇の理由として考慮に値するようなものに当たるか否かは、当該治療行為が相当な医学的根拠を欠いたものか、実際に当該治療行為が行われた患者の身体の安全等に具体的な危険を及ぼしたか、治療行為に際して認められる裁量を考慮しても合理性を欠いた許容できないものといえるかといった観点からの検討が不可欠なものということができる。
2 本件解雇に至る経緯は前記のとおりであり、本件解雇理由については解雇理由書でその内容をある程度明らかにしているとはいえ、事前にはその内容の開示に応じていないし、そもそも本件問題行為については解雇時に考慮された事情として明らかにされていない。本件解雇理由や本件問題行為がXのした医療行為としての相当性を問題にしていることからすれば、当事者であるXに具体的事実を示さず、弁明の機会を一切与えていない点は、手続面で本件解雇の相当性を大きく減殺させる事情といわなければならない。
本件解雇理由及び本件問題行為はY社主張の事実自体認められないものが多くを占め、一部認められるもの(本件解雇理由21及び本件問題行為(14))もあるが、定められた期間途中での解雇を可能とする、やむを得ない事由に該当するとはいい難く、さらに、上記でみた事情も勘案するならば、本件解雇は無効という評価を免れ難いものというべきである。
したがって、Xは、Y社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあり、賃金請求権を有すると認められる。
3 解雇や退職勧奨を受けた事実が周囲に知られた場合に通常は不名誉を感じることを否定できないとしても、解雇された労働者が被る精神的苦痛は、当該解雇が無効であることが確認され、その間の賃金が支払われることにより慰謝されるのが通常であり、これによってもなお償うことのできない精神的苦痛を生ずる事実があったときに慰謝料請求が認められると解するのが相当である。
Xは、A病院長が退職勧奨の事実を言いふらし、歯科スタッフを通じてその事実がY社病院外へも流布されたと主張し、これに沿う供述をするが、情報がY社病院外に拡散した経過は定かではない上、XがY社から解雇を受けたことが公にされた場合に通常生ずる以上の精神的苦痛を被ったとまではにわかに認め難い。
よって,XのY社に対する慰謝料請求は理由がない。
上記判例のポイント1のとおり、歯科医師の専門性の高さから、解雇事由の判断について労働者に広い裁量を認めています。
このような規範からすると、よほどの重大な治療行為の瑕疵が認められない限り解雇は有効とはなりません。
解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。