おはようございます。
今日は、うつ病を理由に退職した社員に対する損害賠償請求と反訴請求に関する裁判例を見てみましょう。
プロシード元従業員事件(横浜地裁平成29年3月30日・労判1159号5頁)
【事案の概要】
本訴は、Y社が、Y社に勤務していたXが虚偽の事実をねつ造して退職し、就業規則に違反して業務の引継ぎをしなかったこと(Y社主張の被告の不法行為)が不法行為に当たるなどと主張して、Xに対し、不法行為に基づき、1270万5144円の損害賠償+遅延損害金の支払を求めた事案である。
反訴は、Xが、Y社ないしその代表取締役によるXへの退職妨害、本訴の提起及び準備書面による人格攻撃(X主張の原告の不法行為)が不法行為ないし違法な職務執行に当たるなどと主張して、Y社に対し、不法行為又は会社法350条に基づき、330万円の損害賠償+遅延損害金の支払を求めた事案である。
【裁判所の判断】
Y社の本訴請求を棄却する。
Y社は、Xに対し、110万円+遅延損害金を支払え。
【判例のポイント】
1 訴えの提起は、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となる(最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁)。本訴は、Xが虚偽の事実をねつ造して退職し、就業規則に違反して業務の引継ぎをしなかったというY社主張のXの不法行為によってY社に生じた1270万5144円の損害賠償を求めるものであるところ、前記認定したXのY社退職に至る経緯並びに前記に認定したY社退職後の就労状況に照らすと、Y社において、Y社主張のXの不法行為があるものと認識したことについては全く根拠がないとまでは断じ得ないとしても、前記に説示したとおり、Y社主張のXの不法行為によってY社主張の損害は生じ得ない。
そうすると、Y社主張のXの不法行為に基づく損害賠償請求権は、事実的、法律的根拠を欠くものというべきであるし、Y社主張のXの不法行為によってY社主張の損害が生じ得ないことは、通常人であれば容易にそのことを知り得たと認めるのが相当である。
それにもかかわらず、Xに対し、Y社におけるXの月収(額面約20万円)の5年分以上に相当する1270万5144円もの大金の賠償を請求することは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くというべきである。
したがって、Y社による本訴の提起は、Xに対する違法な行為となる。
2 民事訴訟においては、裁判を受ける権利の行使として自由な主張立証活動が保障されなければならず、その主張立証行為の中に相手の名誉等を損なうような表現が含まれていたとしても、相手を誹謗中傷する目的の下にことさら粗暴な表現を用いた場合など、著しく相当性を欠く場合でない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。
これを本件について見るに、「XがY社を欺くために躁うつ病のふりをしている。」との準備書面の記載は、まさに、Xが躁うつ病であるという虚偽の事実をねつ造して退職し、業務の引継ぎを行わなかったとする、本件訴訟におけるY社の請求内容そのものである。また、「Xが躁鬱病という病を選んだ理由は他にもある。それは、①Xの母は、長期間に渡り鬱病を罹患しており、自殺未遂の経験もある。その母親をやはり長期に渡り間近で見ていたので、一番安易にマネが出来ること、②最近の社会現象ともなっているメンタル性の病であれば、簡単に業務から離れ易いこと、などが挙げられる。そして見事に鬱病を演じきっただけでなく、挙げ句の果てに、Y社やY社の顧客を納得させる理由(診断書の提出)の説明責任すら放棄したのである。」との準備書面の記載も、Xが躁うつ病のふりをしているとのY社の主張を裏付けるために、その主張内容に即して記載されたものであると認められる。
そうすると、後者の記載にはいささかX及びXの母への配慮に欠ける面があるにしても、著しく相当性を欠くものとしてXに対する不法行為を構成するに足る違法性を有するものとはいえない。なお、Xの母への人格攻撃に関するXの主張は、権利主体が異なるため、失当である。
上記判例のポイント1は、完全に返り討ちにあった状態です。
濫訴として訴えの提起自体が不法行為にあたることは労働事件ではそれほど多くありませんが、本件では必要以上に大きな金額を請求したこともあり肯定されています。
特に使用者が労働者を訴える場合には感情的にならず冷静に判断することが求められます。是非、顧問弁護士に相談をしましょう。