おはようございます。
今日は、退職合意の成立は認められないとされた裁判例を見てみましょう。
税理士事務所 地位確認請求事件(東京地裁平成27年12月22日・労経速2271号23頁)
【事案の概要】
本件は、税理士事務所を営むYに税理士業務の補助として雇用されていたXが、Yから既に合意退職していることを理由に労務提供を拒否されているとして労働契約上の権利を有する地位の確認、平成26年2月分以降の賃金+遅延損害金、並びに違法な退職強要による不法行為に基づく損害賠償金56万2353円+遅延損害金の支払を求めている事案である。
【裁判所の判断】
XがYに対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
YはXに対し、平成26年3月10日から本判決確定の日まで、毎月10日限り月額16万円の割合による金員+遅延損害金を支払え。
その余の請求を棄却する。
【判例のポイント】
1 Yは、平成25年12月4日に本件退職合意が成立した旨主張しているところ、確かに、Xは、同日の午前中にY事務所において、Yとの会話の中で、翌年1月末に退職する旨発言し、同じ日に同僚である他の事務員らにも同旨を口頭で伝え、帰宅後にはYに対して退職を前提にしたメールを送信し、同月5日、翌6日の勤務時間中は何事もなく推移し、同日の退職間際に退職しない意思を表明し本件退職合意の存在を否認しているため、外形的には同月4日に本件退職合意が成立して同月6日に退職の申出を撤回しようとしているようにも見える。
しかし、本件で確定的な退職申し出の意思表示があるか否かを検討するに、平成25年12月4日当時、XはこれまでYから退職勧奨を受けたことはなく、退職に関して全く問題意識がないままYとの面談を開始していること、面談中もX自らが退職を発言するまで退職の話題は全く出ていないこと、当時は正社員としてY事務所に勤務していたものであり、簡単に退職を決意するような動機も見当たらないこと、その発言に至る経緯を見ると、同日、Xは出勤した際にYから前日の電話保留時間の件や勤務態度の件で問題点を指摘され反省を求められ、これを素直に受け入れることができないでいる中で突如として退職の申し出を述べているのであり、熟慮の上で発言しているとは考えられず、むしろ自己の非を指摘されてその反発心から突発的になされた発言と理解するのが素直であること、発言後の経緯を見ても、同日午後、Xは他の事務員にも退職する旨を伝えているが、同時に、上記保留時間の件に関係するCに対して謝罪し、自分が退職するのはCが原因ではない、これから確定申告の時期で繁忙期なのに申し訳ないなど、他の事務員との関係を修復しようとする態度が強調され、また、同日帰宅後にYに対してメールを送信しているところ、その内容は、Yに対し、時間を割いてもらい感謝する意思を丁重に表明した上、Cを含む他の事務員にも迷惑をかけたことを謝罪する内容であり、XがYから指摘された問題点を反省して今後は努力する旨をあえて強調している様子が窺われ、この状況からは軽率に退職を発言したことを後悔しつつも自分からは退職申し出の撤回を言い出すことができず、周囲が自分を理解して退職を引き留めてくれるのを期待している心情も読み取れること、同日に退職する旨発言してから、翌5日は通常どおり勤務し、翌6日の夕刻に退職しない旨発言しているところ、その間に退職を前提とした手続が取られた形跡はないことに鑑みると、本件では、Yの発言をもって確定的な退職の意思表示があるとはいえず、本件退職合意の成立は認められない。
2 Xは、平成25年12月6日の退職直後にY事務所内で話し合いをしていた際、Yが突然席から立ち上がり、Xを室外に追い出すためにその身体に1回どんと突いた上、力ずくで押しやるという不法な有形力を行使し、これにより全治約10日間の右胸部打傷を負わせた旨主張する。
・・・この状況からすると、YはXに退職勧奨する中でかかる行動に出たというよりも、その日はXに早く退勤してもらいたいと思う中で、Xに対して言葉で懇請する際に付随する行為として多少身体に触れたものと推認され、それほど強い有形力の行使があったものとは考えがたい。また、右胸部打傷の診断書が提出されているが、上記会話を見ても、押された際にそれほど痛がっている気配はない上、それどころかその後もXとYの会話が継続している状況であり、上記診断書記載のとおりの負傷をしているとはにわかに考えがたい。したがって、YがXの身体を多少押した程度の有形力を行使したとしても、違法といえる程度の有形力の行使があるとは認められない。
確定的な退職の意思表示があったか否かが争われています。
ぎりぎりの判断ですので、担当する裁判官によっては判断が異なっていたと思われます。
また、有形力の行使がなされ、被害者が診断書を証拠として提出してきたとしても、それだけで当然に違法性や損害が認定されるものではありません。
なんでもかんでも不法行為とは評価されないわけですね。
解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。