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さて、今日は、元料理人からの賃金減額分差額請求と割増賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。
ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件(札幌高裁平成24年10月19日・労判1064号37頁)
【事案の概要】
Y社は、北海道の洞爺湖近くで「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」を経営する会社である。
Xは、平成19年2月、Y社との間で労働契約を締結し、平成21年4月までの間、本件ホテルで料理人又はパティシエとして就労していた。
Y社は、Xの賃金を減額した。
Xは、賃金減額が不当である旨の抗議などはせず、文句を言わないで支払わせる賃金を受領していたところ、平成20年4月になって、Y社から、労働条件確認書に署名押印するよう求められた。
Xは、この書面に署名押印し、会社に提出した。
Y社は、その後、さらに賃金減額の提示をした。
Xは、長時間残業をさせているのに残業代も支払わず、一方的に賃金を切り下げようとするY社の労務管理のあり方に強い反発を覚え、平成21年4月をもってY社を退職した。
【裁判所の判断】
賃金減額は無効
【判例のポイント】
1 平成19年4月にY社がXに賃金年額を500万円にしたい旨の説明ないし提案をしたが、その提示額に関する具体的な説明はなされておらず、他方で、Xはこれに対して、基本給と職務手当の具体的な金額等について尋ねたりすることもなく、「ああ分かりました」などと応答したにとどまるところ、その言葉尻を捉えてXが賃金減額に同意したと解することは、事柄の性質上必ずしも当を得たものとはいえない。何故なら、賃金減額の説明ないし提案を受けた労働者が、これを無下に拒否して経営者の不評を買ったりしないよう、その場では当たり障りのない応答をすることは往々にしてあり得る一方で、賃金の減額は労働者の生活を大きく左右する重大事であるから、軽々に承諾できるはずはなく、そうであるからこそ、多くの場合に、労務管理者は、書面を取り交わして、その時点における賃金減額の同意を明確にしておくのであって、賃金減額に関する口頭でのやり取りから労働者の同意の有無を認定するについては、事柄の性質上、そのやり取りの意味等を慎重に吟味検討する必要があるというべきである。
2 その後、Y社が、平成19年6月25日支払分から平成20年4月25日支払分までの11か月間、減額後の賃金を支払うにとどめ、Xがこれに対し明示的な抗議をしなかったという事実はあるが、この事実から、Xが平成19年4月の時点で賃金減額に同意していた事実を推認することもできない。
何故なら、まず、平成21年4月25日支払分の賃金額からは、Y社について、労働者の同意の有無にかかわらず、自ら提案した減額後の賃金以上は支払わないとの労務管理の方針がうかがわれるところであって、事前に賃金減額に対する同意があったから減額後の賃金を支払っていたものと推認することはできない。
また、賃金減額に不服がある労働者が減額前の賃金を取得するには、職場での軋轢も覚悟した上で、労働組合があれば労働組合に相談し、それがなければ労働基準監督官や弁護士に相談し、最終的には裁判手続をとることが必要になってくるが、そこまでするくらいなら賃金減額に文句を言わないで済ませるという対応も往々にしてあり得ることであり、そうであるとすれば、抗議もしないで減額後の賃金を11か月間受け取っていたのは事前に賃金減額に同意していたからであると推認することも困難である。
したがって、Y社の上記主張は採用することができない。
3 ・・・このような無制限な定額時間外賃金に関する合意は、強行法規たる労基法37条以下の規定の適用を潜脱する違法なものであるから、これを全部無効であるとした上で、定額時間外賃金(本件職務手当)の全額を基礎賃金に算入して時間外賃金を計算することも考えられる。
しかしながら、ある合意が強行法規に反しているとしても、当該合意を強行法規に抵触しない意味内容に解することが可能であり、かつ、そのように解することが当事者の合理的意思に合致する場合には、そのように限定解釈するのが相当であって、強行法規に反する合意を直ちに全面的に無効なものと解するのは相当でない。
したがって、本件職務手当の受給に関する合意は、一定時間の残業に対する時間外賃金を定額時間外賃金の形で支払う旨の合意があると解釈するのが相当である。
4 本件職務手当が95時間分の時間外賃金であると解釈すると、本件職務手当の受給を合意したXは95時間の時間外労働義務を負うことになるものと解されるが、このような長時間の時間外労働を義務付けることは、使用者の業務運営に配慮しながらも労働者の生活と仕事を調和させようとする労基法36条の規定を無意味なものとするばかりでなく、安全配慮義務に違反し、公序良俗に反するおそれさえあるというべきである(月45時間以上の時間外労働の長期継続が健康を害するおそれがあることを指摘する厚生労働省労働基準局長の都道府県労働局長宛の平成13年12月12日付け通達-基発第1063号参照)。
したがって、本県職務手当が95時間分の時間外賃金として合意されていると解釈することはできない。
以上のとおりであるから、本県職務手当は、45時間分の通常残業の対価として合意され、そのようなものとして支払われたものと認めるのが相当であり、月45時間を超えてされた通常残業及び深夜残業に対しては、別途、就業規則や法令の定めに従って計算した時間外賃金が支払われなければならない。
高裁は、一審の判断を維持しました。
一審判決については、こちらを参照。
いろいろと参考になる裁判例ですね。
使用者側は、賃金減額をする際は、文書で合意をもらっておくべきです。
また、固定残業代の制度がこれだけ普及してくると、今までに検討されてこなかった新しい争点が出てきますね。
上記判例のポイント4については、使用者側としては頭に入れておくべきでしょう。
残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。