おはようございます。
さて、今日は、退職勧奨に関する裁判例を見てみましょう。
日本アイ・ビー・エム事件(東京地裁平成23年12月28日・労経速2133号3頁)
【事案の概要】
Y社は、企業体質強化を目的とし、退職者支援プログラムを用意しつつ、一定層の従業員をターゲットにして、全社的に退職勧奨を実施した。
Y社は、平成20年10月頃から、Xらに対する退職勧奨ないし業績改善のための2回ないし7回にわたる面談を行った。
Xら4名の従業員は、Y社が行った退職勧奨が違法な退職強要に当たるとして、Y社に対して不法行為による損害賠償請求を行った。
【裁判所の判断】
請求棄却
→本件退職勧奨は違法ではない。
【判例のポイント】
1 退職勧奨は、勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるための説得活動であるが、これに応じるか否かは対象された労働者の自由な意思に委ねられるべきものである。したがって、労働者の自発的な退職意思を形成する本来の目的実現のために社会通念上相当と認められる限度を超えて、当該労働者に対して不当な心理的圧力を加えたり、又は、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりすることによって、その自由な退職意思の形成を妨げるに足りる不当な行為ないし言動をすることは許されず、そのようなことがされた退職勧奨行為は不法行為を構成する。
2 本件において、業績不振の社員が、退職勧奨に対して消極的な意思表示をした場合、それらの中には、これまで通りのやり方で現在の業務に従事しつつ大企業ゆえの高い待遇と恩恵を受け続けることに執着するあまり、業績に係る自分の置かれた位置づけを十分に認識せずにいたり、業務改善を求められる相当程度の精神的重圧(高額の報酬を受ける社員であれば、なおさら、今後の更なる業績向上、相当程度の業務貢献を求められることは当然避けられないし、業績不良により上司・同僚に甚だ迷惑をかけている場合には、それを極力少なくするよう反省と改善を強く求められるのも当然である。)から解放されることに加えて、充実した退職支援を受けられることの利点を十分に検討し又は熟慮したりしないまま、上記のような拒否回答をする者が存在する可能性は否定できない。また、Y社は、充実した退職者支援策を講じていると認められ、また、当該社員による退職勧奨拒否が真摯な検討に基づいてなされたのかどうか、退職者支援が有効な動機付けとならない理由は何かを知ることは、Y社にとって、重大な関心事となることは否定できないのであり、このことについて質問する等して聴取することを制約すべき合理的根拠はない。
3 そうすると、退職勧奨対象社員が消極的な意思を表明した場合でも、Y社に在籍し続けた場合におけるデメリット、退職した場合におけるメリットについて、更に具体的かつ丁寧に説明又は説得活動をし、また、真摯に検討してもらえたのかどうかのやり取りや意向聴取をし、退職勧奨に応ずるか否かにつき再検討を求めたり、翻意を促したりすることは、社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した態様でなされたものでない限り、当然に許容されるものと解するのが相当であり、たとえ、その過程において、いわば会社の戦力外と告知された当該社員が衝撃を受けたり、不快感や苛立ち等を感じたりして精神的に平静でいられないことがあったとしても、それをもって、直ちに違法となるものではない。したがって、当該社員が退職勧奨のための面談には応じられないことをはっきりと明確に表明し、かつ、Y社(当該社員の上司)に対してその旨確実に認識させた段階で、初めて、Y社によるそれ以降の退職勧奨のための説明ないし説得活動について、任意の退職意思を形成させるための手段として、社会通念上相当な範囲を逸脱した違法なものと評価されることがあり得る、というにとどまる。
4 以上に基づき検討すると、Y社がした退職勧奨には違法があるとは認められない。また、Y社がした業績評価及びそれに基づく面談における説明等についても、業績評価に係る裁量権の濫用又は逸脱の違法があるとは認められず、面談における説明等の方法や態様につき社会通念上相当と認められる範囲を逸脱するような違法があるとも認められない。
退職勧奨が有効と認められています。
この裁判例によれば、退職勧奨が違法となるには、前提として、従業員が退職勧奨のための面談には応じられないことを「明確に」表明することが求められています。
退職勧奨に関して「消極的な意思表示」をしているだけの場合に、翻意を促すことは許容されるとのことです。
退職勧奨の際は、顧問弁護士に相談しながら慎重に進めることが大切です。