おはようございます。
さて、今日は、競業避止条項による退職金不払いに関する裁判例を見てみましょう。
アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件(東京地裁平成24年1月13日・労判1041号82頁)
【事案の概要】
Y社は、外資系生命保険会社である。
Xは、Y社の日本支店において元執行役員として勤務していた。
Xは、Y社を退社後、競合他社へ転職したところ、本件競業避止条項により退職金を支給されなかった。
そこで、XはY社に対し、退職金の支払いを請求した。
【裁判所の判断】
Y社はXに対し、3037万余円を支払え
【判例のポイント】
1 一般に、労働者には職業選択の自由が保障され(憲法22条1項)ことから、使用者と労働者の間に、労働者の退職後の競業についてこれを避止すべき義務を定める合意があったとしても、使用者の正当な利益の保護を目的とすること、労働者の退職前の地位、競業が禁止される業務、期間、地域の範囲、使用者による代替措置の有無等の諸事情を考慮し、その合意が合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものであると判断される場合には、公序良俗に反するものとして無効となると解される。
そして、上記競業避止義務を定める合意が無効であれば、同義務を前提とする本件不支給条項も無効となる。
2 Y社は、優秀な人材が競合他社へ流出することを防ぐため、本件競業避止条項を置いたものであり、その背景には、Y社のノウハウや顧客情報等の流出を避ける意図があるものと認められる。
ところで、Y社の主張によれば、ここでいうノウハウとは、不正競争防止法上の営業秘密に限らず、XがY社業務を遂行する過程において得た人脈、交渉術、業務上の視点、手続等であるとされているところ、これらは、Xがその能力と努力によって獲得したものであり、一般的に、労働者が転職する場合には、多かれ少なかれ転職先でも使用されるノウハウであって、かかる程度のノウハウの流出を禁止しようとすることは、正当な目的であるとはいえない。また、不正競争防止法上の営業秘密の存在については、Y社は特に具体的な主張をせず、これを認めるに足りる証拠もない。
また、顧客情報の流出防止を、競合他社への転職自体を禁止することで達成しようとすることは、目的に対して、手段が過大であるというべきである。
証人Bの証言によると、むしろ本件においては、競合他社への人材流出自体を防ぐことを目的とする趣旨も窺われるところではあるが、かかる目的であるとすれば単に労働者の転職制限を目的とするものであるから、当然正当ではない。
結局、本件競業避止条項を定めた使用者の目的は、正当な利益の保護を図るものとはいえない。
3 ・・・以上から、Xの退職前の地位は相当高度ではあったが、Xの長期にわたる機密性を要するほどの情報に触れる立場であるとはいえず、また、本件競業避止条項を定めたY社の目的はそもそも正当な利益を保護するものとはいえず、競業が禁止される業務の範囲、期間、地域は広きに失するし、代償措置も十分ではないのであり、その他の事情を考慮しても、本件における競業避止義務を定める合意は合理性を欠き、労働者の職業選択の自由を不当に害するものであると判断されるから、公序良俗に反するものとして無効であるというべきである。
そして、上記競業避止義務を定める合意が無効である以上、同義務を前提とする本件不支給条項も無効であるというべきである。
Y社は、控訴していますが、おそらく控訴審でも結論は変わらないと思います。
「顧客情報の流出防止を、競合他社への転職自体を禁止することで達成しようとすることは、目的に対して、手段が過大であるというべきである」という点は、会社側としては参考にすべきです。
職業選択の自由という憲法上の権利を制限することから、あまり過度な制限は、無効になってしまいます。
兎にも角にも事前に顧問弁護士に相談する仕組みを作っておくことがリスクヘッジにつながります。