おはようございます。
さて、今日は、料理人の賃金減額と割増賃金に関する裁判例を見てみましょう。
ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件(札幌地裁平成23年5月20日・労判1031号81頁)
【事案の概要】
Y社は、北海道の洞爺湖近くで「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」を経営する会社である。
Xは、平成19年2月、Y社との間で労働契約を締結し、平成21年4月までの間、本件ホテルで料理人又はパティシエとして就労していた。
Y社は、Xの賃金を減額した。
Xは、賃金減額が不当である旨の抗議などはせず、文句を言わないで支払わせる賃金を受領していたところ、平成20年4月になって、Y社から、労働条件確認書に署名押印するよう求められた。
Xは、この書面に署名押印し、会社に提出した。
Y社は、その後、さらに賃金減額の提示をした。
Xは、長時間残業をさせているのに残業代も支払わず、一方的に賃金を切り下げようとするY社の労務管理のあり方に強い反発を覚え、平成21年4月をもってY社を退職した。
【裁判所の判断】
賃金減額は無効
【判例のポイント】
1 賃金減額の説明を受けた労働者が、無下に賃金減額を拒否して経営側に楯突く人物として不評を買ったりしないよう、その場では当たり障りのない返事をしておくことは往々にしてあり得ることである。しかし、実際には、賃金は、労働条件の中でも最重要事項であり、賃金減額は労働者の生活を直撃する重大事であるから、二つ返事で軽々に承諾できることではないのである。そのようなことは、多くの事業経営者がよく知るところであり、したがって、通常は(労務管理に腐心している企業では必ずと言って良いくらい)、賃金減額の合意は書面を取り交わして行われるのである。逆に言えば、口頭での遣り取りから、賃金減額に対する労働者の確定的な同意を認定することについては慎重でなければならないということである。
Xが供述する程度の返事は「会社の説明は良く分かった」という程度の重みのものと考えるべきであり、この程度の返事がされたからといって、年額にして120万円もの賃金減額にXが同意した事実を認定すべきではないと思料する。
2 なお、Y社が、平成19年6月支払分から平成20年4月支払分までの11か月間、甲第11号証に記載の賃金しか支払っておらず、Xがこれに対し明示的な抗議をしていないことも事実であるが、そういう事実があるということから、Xが平成19年4月時点で賃金減額に同意していた事実を推認することもできない。
なぜなら、まず、平成年4月支払分の賃金額をみる限り、Y社には、労働者が同意しようがしまいが、賃金減額を提案した以上、以後、自ら提案した減額後の賃金しか支払わないとの方針で労務管理を行なっている事実がうかがわれる。そうすると、賃金減額に対するXの同意があったからこそ平成19年6月支払分から減額後の賃金が支払われていたのだろうとの推認を働かせることは困難である。
3 また、賃金減額に不服がある労働者が減額前の賃金を獲得するためには、職場での軋轢も覚悟の上で、労働組合があれば労働組合に相談し、最終的には裁判手続に訴える必要があるが、そんなことをするくらいなら賃金減額に文句を言わないで済ませるということも往々にしてあることであり、そうだとすれば、文句を言わずに減額後の賃金を11か月間受け取っていたという事実から、経験則により、Xが賃金減額に同意していたのであろうとすることも困難である。
非常に参考になる裁判例ですね。
労働条件と不利益変更の論点における労働者の同意については、裁判所は慎重に判断しますので注意が必要です。
不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。