Monthly Archives: 7月 2011

配転・出向・転籍8(帯広厚生病院事件)

おはようございます。

今日も昨日に引き続き配転命令に関する裁判例を見てみてましょう。

帯広厚生病院事件(釧路地裁帯広支部平成9年3月24日・労判731号75頁)

【事案の概要】

Y社は、農業協同組合法に基づいて設立された医療に関する事業及び保健に関する事業等を目的とする法人である。

Xは、昭和43年4月、看護婦としてY社に雇用され、以後帯広厚生病院において看護業務等に従事しており、昭和56年4月に副総婦長の発令を受けた。

Y社は、平成6年3月、Xに帯広厚生病院中央材料室で、同日の組織変更の結果、副総婦長を改めた副看護部長待遇として勤務することを命じた。

中央材料室は、医療材料、器具類等の供給管理、消毒、滅菌等を主たる業務とする部署であり、本件配転命令当時、看護助手のみが配置され、看護婦は配置されていなかった。

Xは、本件配転命令が人事権の濫用に当たるものであり、無効であると主張し争った。

【裁判所の判断】

配転命令は無効

慰謝料として100万円の支払いを命じた

【判例のポイント】

1 Y社の就業規則には、従業員は業務遂行上転勤又は担当業務の変更を命ぜられることがあり、正当な理由なくこれを拒んではならない旨定められていること、XがY社に看護婦として雇用されるに際し、特に勤務部署等を限定する旨の約定のなかったことが認められる。したがって、Y社は、少なくとも右範囲内において、同意がなくともXに配転を命ずることができ、業務上の必要性に応じ、その裁量によってXの勤務場所等を決定することができるというべきである。

2 しかしながら、Y社の配転命令権も無制限に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないのであって、Y社の配転命令権の行使が人事権の濫用に当たる場合には、当該配転命令は無効であるものと解される。そして、右人事権濫用の有無の判断は、労働力の適正配置、業務の能率増進、従業員の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など事業の合理的運営という見地からの当該配転命令の業務上の必要性と、その命令がもたらす従業員の不利益との利益衡量によって行われるべきである。そして、右業務上の必要性を判断するに当たっては、、当該人員配置の変更を行う必要性とその変更に当該従業員を充てることの合理性を考慮すべきであって、当該配転命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは従業員に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなどには、右配転命令は人事権の濫用に当たるものと解するのが相当である
なお、Xのように管理職の配置に関する業務上の必要性については、特に当該職員の能力、適性、経歴、性格等の諸事情のほか、組織や事業全体の運営を勘案した総合的見地からの判断がされるべきである

3 Y社は、Xの看護婦としての実務能力自体については大きな問題はないと把握していたこと、Xに職場秩序を大きく乱したり、職務上の指示命令を拒否したりするなどの問題行動もなかったこと、Xの協調性がないことや部下の管理ができていないことなどの問題点についても、これまでにY社の管理職等を通じての具体的事実関係の確認や是正を求める指示は限られた範囲で行われたにすぎず、Xに対して適切な指導、助言を行い、その管理能力について反省、改善を促すこともしていなかったこと、・・・Xが看護婦として副総婦長にもなり約13年間もその職にあり、また総婦長の候補にもなったことを考慮すると、Xの管理能力等の問題点が、看護部から外し、本件配転命令による権限縮小を要するまでの重大なものであったということはできず、また、その改善自体も困難であるとは認めることができないところ、Xを看護部の通常の指揮命令系統から排するまでの必要性があったものと認めることはできない

4 一方、Xの経歴、能力、従前の地位等に照らすと、その権限を大幅に縮小され、またXは病院内の情報に接することも困難な状況下に置かれるとともに、中央材料室における単純な職務に従事することを余議なくされ、これにより看護婦としてこれまで培ってきた能力を発揮することもできず、その能力を発揮することもできず、その能力開発の可能性の大部分をも奪われたばかりでなく、何らの具体的理由を説明されず、また弁明の機会を与えられないまま一方的に不利益な処遇を強いられた上、その社会的評価を著しく低下させられ、その名誉を著しく毀損されるという重大な不利益を被ったものと
いうべきである

5 以上の諸事情を総合考慮すれば、本件配転命令はその業務上の必要性が大きいとはいえないにもかかわらず、Xに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであり、人事権の濫用に当たるものであって、無効であるといわざるを得ない。

この裁判例は、総論部分が参考になりますね。

どのあたりの事実を重点的に主張していけばいいかというのは、過去の裁判例の検討からおおよそ推測することができます。

東亜ペイント事件だけおさえておけばいいというものではありません。

実際の対応については顧問弁護士に相談しながら行いましょう。

配転・出向・転籍7(ノース・ウエスト・エアラインズ・インコーポレイテッド事件)

おはようございます。

今日は、フライトアテンダント(FA)から地上職勤務への配転命令に関する裁判例を見てみましょう。

ノース・ウエスト・エアラインズ・インコーポレイテッド事件(東京高裁平成20年3月27日・判時2000号133号)

【事案の概要】

Y社は、アメリカ合衆国に本社を置く航空会社である。

Xらは、Y社のFAであったが、平成15年3月、地上職である成田旅客サービス部に配転を命じられた。

Xら5名は、(1)採用時に、職種をFAに限定する旨の合意があった、(2)Xらの所属する組合とY社の間で締結された労使確認書において、Xらの職種をFAに限定する旨の合意がされていた、(3)配転命令が、配転命令権の濫用に該当する、(4)配転命令が不当労働行為に該当する、などと主張して、配転命令の無効及び不法行為に基づく慰謝料請求をした。

【裁判所の判断】

配転命令は無効であり、不法行為に基づく慰謝料の支払いを命じた。

【判例のポイント】

1 Y社において本件配転命令当時、コスト削減のための方策の一つとして、人件費の節約、余剰労働力の適正配置などを行う一般的な業務上の必要性はあったが、本件配転命令を行う具体的必要性について、(1)配転案の根拠となったコンピューターソフトの試算結果の信頼性が薄いこと、(2)Y社の主張するFA人員の余剰は、外在的原因によるものではなく、乗務便総数の増加以上に契約社員の乗務便を増やし、FAの乗務便を減らすなどしてY社自身が短期間に作り出したものであること、(3)契約社員の積極的活用についてXらFA、組合から反発を受けることを認識していながら、FAの乗務する便は従前程度とするなどの案が具体的に検討された形跡がないこと、(4)本件配転により、決して少額ではない人件費削減が見込まれるが、Y社の企業規模からすれば、本件配転を実施して人件費削減を断行しなければY社の経営が危機に瀕するあるいは経営上実質上相当の影響があるとは認められない

2 Xらは、本件配転命令により、月額数万円の諸手当を得ることができなくなり、誇りを持って精勤してきたFAの仕事から外され、無視できない経済的不利益及び精神的な苦痛を受けた

3 Y社は、FAの職位確保に関する努力義務並びにこれを果たすために努力状況及び対象事項が達成できない理由を具体的に説明する義務があるところ、(1)上記1(2)のY社の行為は、努力義務の対象事項達成の障害となる事実を自ら作出し、積極的に維持したものであること、(2)労使確認書を取り交わしたことを本件配転命令を控える方向で勘案すべき要素として考慮せず、その条項を考慮して具体的な努力をしたと認められないこと、(3)労使確認書締結のわずか11か月後、Xらの内2名の復職のわずか5か月後に本件配転命令がされたこと、(4)本件配転命令の問題を明らかにしてから実施までの間の期間が余りにも短く、Y社の交渉態度は誠実性に欠けることなど、Y社には努力義務違反又は信義則違反がある。

4 以上の諸事情を総合考慮すると、本件配転命令については、Y社の有する配転命令権を濫用したと評価すべき特段の事情が認められるというべきで、本件配転命令は権利の濫用に当たり無効である。

5 Y社が行った本件配転命令は、Xらとの関係で労使確認書による合意を含む雇用関係の私法秩序に反し違法であり、かつ、少なくとも過失があると認められ、不法行為が成立する

会社の配転命令権は解雇権と異なり、広い裁量が認められています。

配転命令が権利濫用と認められるケースを検討することで、権利行使の限界がわかってきます。

なお、本件の第1審は、Xらの請求を棄却しています。

高裁は、Xが主張した職種限定合意や労働協約違反の主張、不当労働行為の主張はいずれも排斥しましたが、配転命令権の濫用について認めました。

実際の対応については顧問弁護士に相談しながら行いましょう。

退職勧奨2(ダイヤモンド・ピー・アール・センター事件)

おはようございます。

さて、今日は、昨日に引き続き、自己都合退職と会社都合解雇に関する裁判例を見てみましょう。

ダイヤモンド・ピー・アール・センター事件(東京地裁平成17年10月21日・労経速1918号25頁)

【事案の概要】

Y社は、ピーアール・パブリシティの計画及び実施等を目的とする会社であり、Aは、同社代表取締役である。

Xは、平成12年、Y社に入社し、主にグラフィックデザイナーとして、その業務に従事してきたが、平成16年5月、退職届を提出した。

Y社は、Xに対し、自己都合による退職を前提とした退職金を支給した。

Xは、Y社に対し、違法な退職勧奨を受けたことによる慰謝料請求及び退職金について会社都合による場合と自己都合による場合の差額分を請求した。

【裁判所の判断】

退職勧奨は違法。

本件退職は、会社都合の解雇に該当する。

【判例のポイント】

1 退職勧奨は、基本的に使用者が社員に自発的な退職を促すものであり、それ自体を直ちに違法ということはできないが、当該退職勧奨に合理的な理由がなく、その手段・方法も社会通念上相当といえない場合など、使用者としての地位を利用し、実質的に社員に退職を強いるものであるならば、これは違法といわざるを得ないAらによる退職勧奨は、女性は婚姻後、家庭に入るべきという考えによるものであり、それだけで退職を勧奨する理由になるものではないし、また、その手段・方法も、一貫して就労の継続を表明しているXに対し、その意思を直接間接に繰り返し確認し、他の社員の面前で叱責までした上、披露宴においても、Xの意に沿うものではないことを十分承知の上で自説を述べるなどし、結局、Xを退職に至らせているのであって、Aらのした退職勧奨は違法というほかない
したがって、Y社らは、民法709条及び同715条により、Xが被った損害を賠償する義務がある。

2 XがY社を退職せざるを得なくなったのは、Aらの違法な退職勧奨によるもので、Xに本来退職の意思はなかったのであるから、これをもって、Y社の給与規定22条6号に定める「自己の都合で任意退職する場合」ということはできず、同条4号に定める「事業の都合により解雇する場合」に該当するというべきである

よくあるケースとして、会社は、訴訟リスクを考え、解雇をできるだけせず、退職勧奨をすることが多いです。

そして、会社の退職勧奨により、従業員が退職願を提出した場合、会社は、「自己都合退職」という扱いにします。

しかし、本件のように、従業員が、会社の退職勧奨の違法性を争い、裁判所がその違法性を認定した場合には、退職理由についても当然、影響を与えることになります。

上記判例のポイント2のように、会社都合解雇と認定される場合がありますので、退職勧奨についても顧問弁護士に相談しながら適切に行う必要があります。

退職勧奨1(ゴムノイナキ(損害賠償等)事件)

おはようございます。

さて、今日は、自己都合退職と会社都合退職に関する裁判例を見てみましょう。

ゴムノイナキ(損害賠償等)事件(大阪地裁平成19年6月5日・労判957号78頁)

【事案の概要】

Y社は、各種ゴム製品及び合成樹脂製品の製造販売を主な業とする会社である。

Xは、昭和61年11月にY社に採用され、生産管理部門にて、得意先及び仕入先への商品の受発注、入出庫の管理等の業務に従事していた。

Xは、平成14年4月、Y社に対し、退職願を提出した。退職当時、Xは、45歳であった。

Y社は、Xの退職を自己都合によるものとして、各種事務手続を行い、自己都合の場合の退職金を支払った。

これに対し、Xは、自発的に退職願を書いたものではなく、Y社の強要によって書かされたものであり、その実態は会社都合退職であると主張し、会社都合退職の場合と自己都合退職の場合の退職金差額及び基本手当差額の合計の支払をY社に求めた。

【裁判所の判断】

会社都合退職にあたる

【判例のポイント】

1 Xは、Aから、頻繁に呼び出され、罵声を浴びせられ、反省文を何度も作成させられるなど、退職強要に向けた嫌がらせを受けたと主張する。しかし、前述のようなクレームがあるXに対し、上司であるAが厳しく注意し、指導するのは、むしろ当然のことであるし、本人の自覚を促すため反省文を作成させたことにも合理性が認められる
しかも、漫然と反省を求めるのではなく、問題点を個別に書き出させ、一定期間経過後に改善状況を確認するとともに、クレームごとに問題点とあるべき業務内容を整理した一覧表を作成し、これに基づき一つ一つ事実を確認しながら指導を行うなど、その方法は具体的かつ丁寧で、退職強要に向けた嫌がらせと評価されるようなものではない

2 退職願は、Xが自ら書面をしたため、持参したというものではなく、Y社から交付された定型用紙に、Bが見ている前で記載し、提出したものであって、Y社主導のもとで作成されたものにすぎないし、同僚に対する発言も、今後の見通しが付いていないのに、あたかも当てがあるかのように見栄を張っただけのものというべきであって、いずれもXが自発的に退職を申し出た証拠にはならない
かえって、一向に改善されない業務態度に業を煮やしたY社が、Xに今後の身の振り方を考えるように告げ、これをもって暗に解雇の可能性をほのめかしながら退職を勧め、決断を促した結果、Xは、解雇される前に退職する途を選んだものと考えるのが自然である

3 以上検討したところを総合してみれば、Xの退職は、Y社が、業務態度の不良なXに対し、懲戒解雇等の処分に代えて、あるいはそれに先立ち、退職を促した結果であるということができる
そして、Y社がXの退職願を直ちに受領し、翻意を促すことも引き留めることも一切なかったことからして、Xの退職はY社にとって利益となるものであったと評価でき、この利益のために退職金額を高く支払うことには合理性が認められる。
したがって、このようなXの退職は、会社都合退職にあたるというべきである。

4 そうすると、会社都合退職として処理すべきところを、自己都合によるものとして退職金を計算し、離職票を作成するなどの事務手続を行ったという限度で、Y社には過失があったという他なく、この点でY社の行為は不法行為にあたる。

自己都合退職か会社都合退職かという問題は、雇用保険との関係だけではなく、退職金の支給金額にも影響してきます。

一見すると自己都合退職ですが、法的に見れば、会社都合退職であることは少なくありません。

結局のところ、退職に至る具体的事情を総合的に判断して決められる問題です。

また、会社側としたら、適切なプロセスを経ないで、単純に従業員が自分から退職願を出したのだから問題にはならないと考えていると、この事案のように負ける場合があります。 

日頃から顧問弁護士に相談の上、対応することが大切です。

有期労働契約21(江崎グリコ事件)

おはようございます。

さて、今日は、雇止めに関する裁判例を見てみましょう。

江崎グリコ事件(秋田地裁平成21年7月16日・労判988号20頁)

【事案の概要】

Y社は、菓子、食料品の製造及び売買等を目的とする会社である。

Xらは、Y社に営業担当従業員として採用され、以来1年ごとに契約を更新してきた。

Y社は、平成20年4月、Xらに対し、契約期間が満了する同年5月をもって雇用を打ち切る旨通告した。

その後、Y社とXらとの間で雇用の打ち切りについて交渉が行われ、雇用契約は、2ヶ月間、2度にわたって更新された。

しかし、Y社は、Xらに対し、同年12月、雇用契約を更新せず、雇用関係を終了させる旨通告した。

Xらは、本件雇止めは無効であると主張し、争った。

【裁判所の判断】

雇止めは無効

【判例のポイント】

1 有期の雇用契約において更新が繰り返されたときには、期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になったと認められる場合、又は期間の定めのない契約と必ずしも同視できなくても雇用継続に対する労働者の期待利益に合理性があると認められる場合には、雇用契約の反復更新後の雇止めには解雇権濫用法理が類推され、合理的な理由のない雇止めは、解雇権の濫用に当たり無効となるというべきである

2 Xらは、Y社に採用されて以来、本件雇止めまで約15年間、合計16回にわたってY社から雇用契約を更新されているのであって、平成19年まではXらとY社との間で具体的な交渉もなく当然に雇用契約が更新されてきたこと、ストアセールスについて雇止めの前例はほとんどなかったことに照らせば、XらとY社との間の雇用契約は、形式的には期間の定めのあるものであったが、更新を繰り返すことが当然に予定されており、雇用継続に対するXの期待利益に合理性があると認められるから、本件雇止めの効力を判断するに当たっては、解雇権濫用法理が類推されるというべきである

3 Y社は、本件雇止めに解雇権濫用法理が類推されるとしても、本件雇止めは整理解雇が有効とされるための要件を具備している旨主張する。
整理解雇が有効とされるためには、(1)人員削減の企業経営上の必要性、(2)整理解雇回避努力義務の履行、(3)被解雇者選定の合理性、(4)労使間における協議義務の履行等の手続の妥当性が必要であると解される。

4 Y社の売上高は年々減少傾向にあり、平成20年度には過去15年間で初めての営業損失を計上するに至っているなど、Y社の経営状態は相当程度悪化している。また、「標準コール数」で示されるY社の秋田事務所におけるストアセールスの仕事量は、訪問すべき店舗数や各店舗における活動可能な業務内容の減少等を反映して、平成20年2月の時点で5名の合計値が319.3と東北管内の他の県と比べると4名分程度の仕事量しかなく、本件雇止めが行われた同年12月の時点では5名の合計値255.4と3名分程度の仕事量しかなかった。
こうした状況に照らすと、本件雇止めの時点において、Y社の秋田事務所におけるストアセールス合計5名のうち、2名については人員を削減する企業経営上の必要性があったというべきである

しかしながら、Xら3名の本件雇止めのうち1名については、人員削減の必要性が認められず、解雇権濫用法理が類推適用されてその雇止めが無効となると解される。

本件は、整理解雇の雇止め版です。

裁判所は、4要件のうちの1つ目の要件である「人員削減の必要性」について一部否定しました。

ストアセールス5名のうち2名については削減の必要性があったという認定です。

特徴的なのは、「標準コール数」という数値を根拠として、「一部」については人員削減の必要性を肯定し、「一部」については否定したという点です。

有期労働契約は、雇止め、期間途中での解雇などで対応を誤ると敗訴リスクが高まります。

事前に顧問弁護士に相談の上、慎重に対応しましょう。

賃金34(農林漁業金融公庫事件)

おはようございます。

さて、今日は、高次脳機能障害を負った労働者の退職と賃金請求に関する裁判例を見てみましょう。

農林漁業金融公庫事件(東京地裁平成18年2月6日・労判911号5頁)

【事案の概要】

Y社は、農林漁業金融公庫法に基づき設立された農林水産漁業及び関連産業に対して融資等を行う政策金融機関である。

Xは、平成5年、自宅で心肺が停止し、病院に搬送され蘇生したが、その間の低酸素脳症により、高次脳機能障害の後遺症が残った。

Xは、Y社の勧めにより、病院に通院中の平成6年3月、Y社に退職届を提出した。

Xは、本件退職は無効であると主張し、Y社に対し、退職届提出以後の賃金を請求した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 ・・・高次脳機能障害の特徴的な症状に短期記憶力の低下という症状があることを考え併せれば、ある時点で、通常の判断をしているようにみえる言動をXが取ったからといって、それをもってXの判断能力が常時そのような水準にあるということはできないから、Xが外形的には、通常の能力を有するようにみえる言動を取ったことをもって、Xが本件退職時に意思能力を有していなかったことを否定する根拠とはならない
以上のとおりであるから、Xの本件退職の意思表示は無効である。

2 労働契約は、労働者の労務の提供に対し、その対価として賃金を支払うものであるから、労働者が、使用者、労働者双方の責任によらず、労務の提供をすることができない場合には、使用者は賃金の支払義務を負わない危険負担における債務者主義の原則)。

3 本件退職時にXに就労能力はなく、その状態が大幅に回復することは期待できないのであり、現実に、平成15年10月にXの後見開始決定が確定している。
そうすると、Xが本件で賃金を請求している期間もそれ以降も、XがY社に労務を提供することは不可能であったこととなる。
そして、このような労働能力の喪失は、本件疾病によるものであるから、Xに過失はなく、また、Y社がXの就労能力がないと判断したことは相当であったのだから、Y社がXの労務提供を受けなかったことにも過失はない。
したがって、危険負担の債務者主義の原則により、Xは、本件退職以降の賃金請求権を有しないというべきである

危険負担の債務者主義の原則からすれば、こうなります。

新しい判断ではないので、コメントはとくにありません・・・

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

解雇52(神戸市職員懲戒免職事件)

おはようございます。

さて、今日は、先日に引き続き、公務員の飲酒運転に関する裁判例です。

神戸市職員懲戒免職事件(大阪高裁平成21年4月24日)

【事案の概要】

Xは、神戸市の職員として勤務してきた。

Xは、平成19年3月、酒気帯び運転をしたことを理由に、同年5月、地方公務員法29条1項1号及び3号の規定に基づき、懲戒免職処分を受けた。

Xは、本件懲戒免職処分の取消を求めて提訴した。

【裁判所の判断】

懲戒免職処分を取り消す。

【判例のポイント】

1 消防長は、Xの非違行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、Xの非違行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する懲戒処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分をすべきかを、その裁量により決定することができると解される。もっとも、懲戒権者が裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきであるが、決定された懲戒処分が社会通念上著しく妥当を欠いて苛酷であるとか、著しく不平等であって、裁量権を濫用したと認められる場合には、公正原則、平等原則等に抵触するなどして違法となると解される

 Xは、本件酒気帯び運転の事実を当日遅滞なく職場に報告しており、特段非違行為を隠蔽しようとしてはいないし、Xには前科前歴もなく、Xの消防局に採用後過去30年間に懲戒処分等の処分歴もなく真面目に勤務してきたものであり、Xの同僚など681名から人事委員会宛に処分軽減を求める嘆願書も提出されているところであって、これらの事情はXに有利に汲むべきものである。また、Xは、本件事故の翌日には、今後一切酒類を飲まない旨の誓約書を提出し、謝罪のため本件事故の被害者を訪れているのであるから、非違行為後のXの態度は決して非難すべきものではないということができる。さらに、Xは、消防車両を24年間にわたり運転していたが、その間、一切事故を起こしておらず、平成12年7月には、神戸市人事委員会から安全精励賞の表彰を受けているし、職場以外でも30年間以上無事故で運転を継続している

3 本件酒気帯び運転については、故意の点を除くと非違行為の外形的な性質、態様、結果の悪質性及び他に与えた影響の程度などは必ずしも軽微であるとはいえないけれども、他方で、懲戒処分の決定に際して極めて重要な要素を構成するXが酒気帯び運転の故意や認識を有していたことには大きな疑問があるだけでなく、本件酒気帯び運転の原因や動機、酒気帯び運転の前後におけるXの態度、懲戒処分等の処分歴、日常の勤務状況、国家公務員や他の地方公務員における処分との均衡、処分を受ける公務員の受ける不利益の程度などにおいてはXの有利に汲むべき点が多いことに照らすと、本件酒気帯び運転に対し、停職処分ではなく直ちに懲戒免職処分をもって臨むことは、社会通念上著しく妥当を欠いていて苛酷であり、裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したものと評価すべきである。したがって、本件処分は違法なものとして取り消されなければならない。

本件も、前回の裁判例同様、懲戒免職処分は裁量権の逸脱・濫用として違法と判断されています。

上記判例のポイント2のように、裁判所は、Xに有利な事情をしっかり考慮してくれています。

逆に言えば、Xのように有利に斟酌できる事情があまりないと厳しいのかもしれませんね。

日頃の行いが、いざというときにものをいうのでしょうか。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。

賃金33(神奈川信用農業協同組合事件)

こんにちは。

さて、今日は、選択定年制による早期退職の不承諾と割増退職金請求の可否に関する最高裁判例を見てみましょう。

神奈川信用農業協同組合事件(最高裁平成19年1月18日・労判931号5頁)

【事案の概要】

Y社は、農業協同組合である。

Y社は、定年年齢を満60歳としていたが、選択定年制実施要項を定めて、定年前に退職する者であっても、本人の希望により定年扱いとし、割増退職金の支払等の措置を講ずることとしていた。

Y社が本件選択定年制を設けた趣旨は、組織の活性化、従業員の転身の支援及び経費の削減にあり、同制度の適用に当たっては、事業上失うことのできない人材の流出防止などを考慮して、Y社の承諾を必要とすることとされていた。

Y社の従業員であったXは、退職することを希望する旨の申し出をした。

他方、Y社は、本件選択定年制を廃止することを決定した。

その後、Y社は、事業の全部をA信用農業協同組合連合会等に譲り渡して解散することを決議し、全従業員を解雇した。

そこで、Xは、本件選択定年制により退職したものと取り扱われるべきであると主張した。

【裁判所の判断】

請求棄却

【判例のポイント】

1 本件選択定年制による退職は、従業員がする各個の申出に対し、Y社がそれを承認することによって、所定の日限りの雇用契約の終了や割増退職金債権の発生という効果が生ずるものとされており、Y社がその承諾をするかどうかに関し、Y社の就業規則及びこれを受けて定められた本件要項において特段の制限は設けられていないことが明らかである

2 もともと、本件選択定年制による退職に伴う割増退職金は、従業員の申出とY社の承認とを前提に、早期の退職の代償として特別の利益を付与するものであるところ、本件選択定年制による退職の申出に対し承認がされなかったとしても、その申出をした従業員は、上記の特別の利益を付与されることこそないものの、本件選択定年制によらない退職を申し出るなどすることは何ら妨げられていないのであり、その退職の自由を制限されるものではない。したがって、従業員がした本件選択定年制による退職の申出に対してY社が承認をしなければ、割増退職金債権の発生を伴う退職の効果が生ずる余地はない

3 そうすると、本件選択定年制による退職の申出に対する承認がされなかったXについて、上記の退職の効果が生ずるものではないこととなる。

本件事案の高裁判決では、雇用主が承諾をするか否かは裁量に委ねられているとしつつ、裁量権の行使が不合理である場合には申込みどおりに制度適用の効果が生ずると判断し、事実認定の問題として処理しています。

これに対し、最高裁は、高裁判決を破棄し、雇用主の承認がなければ割増退職金債権の発生を伴う退職の効果が生ずる余地はないと判断しました。

「なんだかな~」という気もしますが、これが最高裁の判断です。

残業代請求訴訟は今後も増加しておくことは明白です。素人判断でいろんな制度を運用しますと、後でえらいことになります。必ず顧問弁護士に相談をしながら対応しましょう。

解雇51(加西市(職員・懲戒免職)事件

おはようございます。

さて、今日は、公務員の酒気帯び運転と懲戒免職に関する裁判例を見てみましょう。

加西市(職員・懲戒免職)事件(大阪高裁平成21年4月24日・労判983号88頁)

【事案の概要】

Xは、市の職員であったが、休日に行った酒気帯び運転を理由に、懲戒免職処分を受けた。

Xは、本件懲戒免職処分は違法なものであり、取り消されるべきであると主張し争った。

【裁判所の判断】

懲戒免職処分を取り消す

【判例のポイント】

1 地方公務員法29条1項は、地方公務員に同項1号ないし3号所定の非違行為があった場合、懲戒権者は、戒告、減給、停職又は免職の懲戒処分を行うことができる旨を規定するが、同法は、すべての職員の懲戒について「公正でなければならない」と規定し(同法27条1項-公正原則)、すべての国民は、この法律の適用について、平等に取り扱われなければならない(同法13条-平等原則)と規定するほかは、どのような非違行為に対しどのような懲戒処分をすべきかについて何ら具体的な基準を定めていないし、同法29条4項に基づいて定められた本件条例や本件規則にも、その点の具体的な定めはない。

2 したがって、加西市長は、非違行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、加西市職員の非違行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する懲戒処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分をすべきかを、その裁量により決定することができると解される

3 もっとも、その裁量も全くの自由裁量ではないのであって、決定された懲戒処分が社会通念上著しく妥当を欠いて苛酷であるとか、著しく不平等であって、裁量権を濫用したと認められる場合、公正原則、平等原則に抵触するものとして違法となると解される

4 本件の非違行為というのは、Xが職務とは無関係に、休日に行った本件酒気帯び運転であり、約400メートルを時速約40キロメートルで走行したもので、運転時間も走行距離も極く短く、速度も高速ではなく、酒気帯び運転以外の法律違反を犯したわけでもない。しかも、Xの呼気から検知されたアルコールの量は、道路交通法違反として処罰される最下限の水準(呼気1リットル中0.15ミリグラム)にすぎなかったのである。したがって、本件酒気帯び運転の非違行為の性質、態様、結果という点で、悪質さの程度が高いわけではない

5 非違行為の原因や動機についてみるに、Xは飲酒後に運転することが分かっていながら自動車を運転して出かけたとか、あるいは自ら積極的に飲酒を提案したり酒を注文したわけではなく、休日に知人の草刈りの手伝いをしたことをきっかけとして、たまたま当該知人に勧められて飲酒したにすぎないのであって、また、飲酒後すぐに運転するのを躊躇して店内で30分ないし40分程度時間を過ごして運転を開始したものであって、非違行為に躇して店内で30分ないし40分程度時間を過ごして運転を開始したものであって、非違行為に至った原因や動機について、重い非難に値するとか、破廉恥な事情があったとまではいえない

6 Xは、本件酒気帯び運転の事実を翌日直ちに職場に報告しており、非違行為を隠蔽していないし、Xには前科前歴もなく過去に懲戒処分等の処分歴もないのであって、これらの事情はXに有利に汲むべきものである。

本件は、一審では、懲戒免職処分は有効であると判断されました。

高裁は、上記判例のポイントにある事情等を考慮して、処分を取り消しました。

会社の従業員が、本件同様に、酒気帯び運転をした場合、いかなる処分をすべきか、会社としては決断しなければなりません。

なんでもかんでも懲戒解雇でいいのか。 会社として、モラルハザードを防ぐという観点と、訴訟リスク、敗訴リスクという観点の両方から、実質的な判断が求められます。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。

解雇50(日本ヒューレット・パッカード事件)

おはようございます。

さて、今日は、無断欠勤等を理由とする諭旨退職処分に関する裁判例を見てみましょう。

日本ヒューレット・パッカード事件(東京高裁平成23年1月26日・労判1025号5頁)

【事案の概要】

Y社は、電子計算機等およびそれらのソフトウェアの研究開発、製造等を目的とする会社である。

Xは、Y社に平成12年10月、雇用されたシステムエンジニアである。

Xは、平成20年4月以降、Y社に対し、Xに対する職場での嫌がらせ、内部の情報の漏洩等を申告し、その調査を依頼した。

Xは、B部長と電話で相談し、問題が調査されるまで、特例の休暇を認めるよう依頼した。

その後、B部長は、Xに対して、調査の結果、本件被害事実はないとの結論に達した旨回答した。

Xの有給休暇は、すべて消化された状態となったが、Xは、その後、約1か月間、欠勤を継続した。

Y社の人事統括本部のC本部長は、Xに対し、「貴職は、会社が認める正当な理由がなく、2008年6月上旬以降、勤務を放棄し、欠勤しています。理由なき欠勤は、あなたが会社に対して負っている労務提供義務についての著しい違反となり、このままの状態が更に続くと、最悪の事態を招くことにもなります。よって、会社として、直ちに出社し就業するよう命じます」とのメールを送付した。

XはY社に対し、明日から出社する旨をメールで伝え、翌日、出社した。

Y社は、その後、Xに対し、諭旨退職処分とする旨通告した。

Xは、本件諭旨退職処分の効力を争った。

【裁判所の判断】

諭旨退職処分は無効

【判例のポイント】

1 Xが欠勤を継続したのは、Xの被害妄想など何らかの精神的な不調に基づくものであったということができるから、Xは、Y社就業規則の「傷病その他やむを得ない理由」によって欠勤することが可能であったということができる。そして、Xが、B部長から調査をしても被害事実はなかったとの説明を受けながらこれに納得せず、倫理委員会調査チームに更なる調査を依頼して調査の継続を求めていたことからすれば、Xには、Y社に申告した被害事実について、Xがこれを自己の精神的な不調に基づく被害妄想であるという意識を有していないことを認識していたということができる。

2 B部長が、被害事実に固執し、休職しようとしていたXに対し、休職の申請についての質問に対して明確な回答をしていないばかりか、勧めていないとか必要ないなどと対応していたことなどを考慮すれば、Xが就業規則63条により、病気を理由として欠勤を事前に届け出ることは期待することができず、前示の事情の下では、上記就業規則63条の「やむを得ない理由により事前の届出ができない場合」に該当するということができる

3 さらに、Xは、B部長に対して休職届を出す方法を尋ね、調査結果が出るまでは欠勤を継続する意思を示し、6月4日には、Y社の人事部門に対して本問題の解決まで特例の休職を申請するなどしていることなどを考慮すると、「適宜の方法で欠勤の旨を所属長に連絡」したものと認めることができる。したがって、Xが有給休暇を消化した後に、申告した被害事実を理由に欠勤を継続したからといって、直ちに正当な理由のない欠勤に該当するということができず、これを無断欠勤として取り扱うのは相当でない

4 Xの欠勤に対して、精神的な不調が疑われるのであれば、本人あるいは家族、Y社のEHS(環境・衛生・安全部門)を通した職場復帰へ向けての働きかけや精神的な不調を回復するまでの休職を促すことが考えられたし、精神的な不調がなかったとすれば、Xが欠勤を長期間継続した場合には、無断欠勤となり、就業規則による懲戒処分の対象となることなどの不利益をXに告知する等の対応をY社がしておれば、約40日間、Xが欠勤を継続することはなかったものと認められる
そうすると、Y社が本件処分の理由としている懲戒理由(無断欠勤、欠勤を正当化する事由がない)を認めることはできず、本件処分は無効というべきである。

本件は、一審では、Xの請求を棄却しました。

つまり、本件欠勤を懲戒事由とする諭旨退職処分は社会的に相当な範囲内であると判断したのです。

上記判例のポイント4が高裁の考え方です。

正直、「なるほど」と納得ができません・・・。 よくわかりません。

どちらかというと、一審の方が理解できます。

解雇を選択する前には必ず顧問弁護士に相談の上、慎重かつ適切に対応することが肝心です。決して、素人判断で進めないようにしましょう。