おはようございます。
さて、今日は、退職事由による減額支給率の適否と退職金規程の不利益変更に関する裁判例を見てみましょう。
芝電化事件(東京地裁平成22年6月25日・労判1016号46頁)
【事案の概要】
Y社は、プラスチック金型等の設計・製作等を営む会社である。
X1は、昭和56年からY社の正社員として勤務してきた。
X2は、平成15年からY社との間で期間の定めのない雇用契約を締結していた者である。
Y社は、平成12年頃より経営状況が悪化し、人員削減を講じる必要が生じた。
Y社は、Xらに対し、退職の協力要請を行い、Xらは、最終的に、本要請に応じた。
Y社は、X1に対し、退職金と貸付金とを相殺することを申し出たが、Y社の示した退職金額が自主退職によるものとして計算されていたことから、Xは納得がいかず、この申し出を断った。
Xは、その後、産別労組を通じて、退職金を支払うよう求めたが、Y社は、退職金規程はすでに廃止されていることを理由に請求を拒絶した。
Y社は、Xらの退職はY社の退職金規程にいう自己都合による場合の退職金支給基準率を適用すべきである、X2は、退職金の支給がない「パートタイマー」であった、退職金規程は、平成12年に減額変更の改訂がなされ、平成19年に廃止されたと主張し、争った。
【裁判所の判断】
会社都合の場合の退職金支給基準率が適用されるべきである。
X2の退職金請求も認容。
退職金規程の改訂は無効
【判例のポイント】
1 Xらの本件退職の申出それ自体は、飽くまでも任意退職の意思表示という形式でもってされており、本件退職金規程2条3号にいう「解雇」には当たらないようにもみえる。
しかし、そもそも本件退職金規程2条3号の趣旨は、従業員の退職理由が専ら会社経営上の必要性(すなわち経営の簡素化、事業の縮小、不況による経営の悪化等による人員削減の必要性)に基因する場合には、これに理解、協力を示した従業員に対し退職金支給基準率の倍増という一種のインセンティブを付与し、その目的の達成(余剰人員の解消等)を容易なものにしようとする点にあるものと解される。
2 そうだとすると同条3号にいう「やむを得ない業務上の都合による解雇」とは、一般に上記のような会社経営上の必要性に基づく解雇のことをいうにしても、これに限定されるものではなく、会社経営上の必要性(余剰人員の解消等)から従業員が任意退職を余儀なくされたような場合についても、上記「解雇」に準じ同上3号が適用されるものと解するのが相当である。
3 本件退職金規程1条2項ただし書は、本件退職金規程の適用排除という重大な効果をもたらす例外規定である。したがって、同項ただし書にいう「パートタイマー」の意義については、同じく退職金規程の適用が排除される「勤続年数2年未満の者」「日雇その他の臨時職員」との関係も考慮に入れつつ、その意味内容を厳格に解すべきである。
そうだとすると、同項ただし書にいう「パートタイマー」とは、単に正規従業員(正社員)と格差のある待遇を受けている従業員一般を指すものではなく、飽くまで当該雇用契約上、当該企業において正規(フルタイム)の所定労働時間(日数)よりも少ない時間(日数)で働くことが予定された、本来的な意味におけるパートタイマー労働者をいうものと解するのが相当である(パートタイマー労働者の本来的な定義につき菅野和夫「労働法」(第9版)195頁参照)。
4 そこで以上の解釈を前提に検討するに、本件全証拠を子細に検討しても、Y社がX2との雇用契約の締結に当たって、上記のような意味におけるパートタイマーとしてX2を雇い入れたと認めるに足る的確な証拠は見当たらない。
5 本件改訂退職金規程については蒲田工場(事業場)の労働者であるXらに対し当該内容を知りうる状態で置かれていたことを認めるに足る的確な証拠は見当たらず、結局、本件改訂退職金規程への改訂変更は、周知性の要件に欠けるものといわざるを得ない。
6 本件改訂退職金規程は、・・・Xら労働者に対して重大な経済的不利益を生じさせるものである上、その変更後の規定は、いささか強引かつ恣意的なものであるばかりか、既発生の退職金の額を大きく減殺させるものであり社会的相当性の点でも疑義があるといわざるを得ない。
7 Y社が廃止されたものと主張する退職金に関する規定は、飽くまで本件改訂退職金規程であって、本件退職金規程ではない。したがって、本件退職金規程の廃止がXらとの関係で全部抗弁となり得るためには、その前提としてXらの退職金請求の根拠である本件退職金規程2条が、本件改訂退職金規程によって有効に改訂変更され、その効力が本件改訂退職金規程に引き継がれていることが必要であると解される。なぜなら本件改訂退職金規程への改訂変更の効力がXらに及ばないのであれば、本件退職金規程の廃止が就業規則の不利益変更として有効であったとしても、その効力は遡って本件退職金規程2条の効力まで失効させるものではないからである。
8 本件改訂退職金規程への改訂変更は、周知性の要件だけでなく合理性の要件も欠いており、その効力はXらに対して及ばないのであるから、本件改訂退職金規程を対象とする本件退職金規程の廃止によって、本件退職金規程の効力が遡って失効するものとは解されない。
本裁判例は、全面的に従業員側が勝訴しています。
実質論と形式論のせめぎ合いがよくわかります。
勉強の題材としてとてもいい判例です。
不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。