こんにちは。
さて、今日は、退職年金の減額に関する裁判例を見てみましょう。
松下電器産業(年金減額)事件(大阪高裁平成18年11月28日労判930号13頁)
【事案の概要】
Y社は、1966年4月、私的な福祉年金制度を創設した。
本件年金制度は、基本年金と終身年金とを支給する。
Y社は預かり原資を他の社内資金と区別した管理・運用はせず、利息相当分と終身年金はY社自身の事業資金から支給される。
本件年金制度の根拠である年金規程には、「将来、経済情勢もしくは社会保障制度に大幅な変動があった場合、あるいは法制面での規制措置により必要が生じた場合は、この規程の全般的な改定または廃止を行う」との定めがある。
Xは、退職時に本件年金の受給をY社に申し込み、本件年金規程の定めに従い、年金額、支給期間(20年間)、預かり原資、給付利率(8.5%~9.5%)、支給日等を定めた年金契約を締結した。
Y社は2002年4月、本件年金制度を現役従業員について廃止し、市場金利変動型の「キャッシュバランスプラン」を導入した。
本件改定を不服とするXらは、その違法・無効を主張し、本件改訂前の年金額と新年金額との差額分の支払等を求めて訴えを提起した。
【裁判所の判断】
請求棄却
【判例のポイント】
1 年金規程の加入者との間の福祉年金契約の内容となるという機能との関係では、具体的な権利義務がすでに発生しているから、その不利益変更は、本来信義則に反することであり、加入者の利益を代表する組織があるわけでもない。そうであれば、年金規程を改定して加入者の権利を変更する要件としての「経済情勢・・・の変動」は、改定の必要性を実質的に基礎付ける程度に達している必要があり、改定の程度についても、変更の必要性に見合った最低限度のものであること(相当性)が求められるというべきである。
2 年金規程23条1項の「経済情勢」には費用負担者であるY社の状況を含むと解すべきところ、1996年4月の本件協定締結以降の諸事情によれば、本件改定当時、Y社の業績は本件改定当時の予測を著しく下回って悪化しており、本件年金制度の従前通りの維持は困難と推認されること、2002年4月1日以後の退職者に対する本件年金制度の廃止によって、世代を異にする従業員間の公平の維持という本件年金制度の前提が失われたこと、本件年金制度を含む高いコストを製品価格に転嫁しているとの批判があったことに照らすと、Y社の総資産がなお大きいことなどを考慮しても、おおむね平成8年以降の経済状況からみて、本件改定当時、規程23条1項にいう「経済情勢に大幅な変動があった場合」との要件に該当すると解することができ、本件年金制度の給付利率を一律2%引き下げる必要性があったとも認められる。
3 本件改定後の給付利率は、原資である退職金を他の方法で運用するよりもかなり有利な水準であること、年金額の減額幅の大きさを考慮してもXらの生活が本件改定によってきわめて深刻な影響を受けるとまではいい難いこと、Y社が周知や経過措置の追加を行ったことにより、加入者総数に対する本件改定についての賛成者の割合は最終的には約95%になったことを総合的に考慮すれば、本件改定は、Xらの退職後の生活の安定を図るという本件年金制度の目的を害する程度のものとまではいえず、Y社は、本件改定の実施に先立ち、不利益を受けることになる加入者に対し、予め、給付利率の引下げの趣旨やその内容等を説明し、意見を聴取する等して相当な手続を経ているから、本件改定については、相当性もあったと認められる。
本件裁判例は、年金制度の不利益変更について、必要性と内容の相当性を考慮して、変更の合理性を判断しています。
変更の必要性の判断で、裁判例が考慮するのは、企業の経営状況、企業年金の財政負担と将来見通し、企業の経営改善策、経営改善策に伴う従業員・取引先・株主の負担、退職金・企業年金制度の見通し状況等です。
このほか、本裁判例では、現役従業員との不公平にも着目しています。
変更内容の相当性については、制度目的や受給者の期待度との関係で減額の程度、受給者の生活への影響の程度、改定後の給付利率の水準、受給者の大多数の同意などを考慮しています。
不利益変更事案は、合理性の判断がいつも悩ましいですね。顧問弁護士と相談しながら慎重に進めましょう。