おはようございます。
さて、今日は、引き続き、私傷病と解雇に関する裁判例を見てみましょう。
横浜市学校保健会事件(東京高裁平成17年1月19日・労判890号58頁)
【事案の概要】
Y社は、横浜市教育委員会から委託を受け、学校歯科保健事業を行っている団体である。事業の主たる内容は、市立の小中学校のうち希望する学校に歯科衛生士を巡回させて行う歯科巡回指導である。
Xは、歯科衛生士としてY社で勤務してきた。
Xは、頸椎症性脊髄症であり休業を要すると診断された。
Xは、私傷病職免および年休をすべて消化し終えても入院が必要で、業務に従事できない状態であったことから、診断書を添えて休職願を提出した。
Xは、約6年にわたり休職してきたが、Y社は、Xが「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」(Y社勤務条件規程3条3項2号)に該当すると判断し、Xを解雇した。
Xは、本件解雇は無効であると主張した。
なお、本件解雇当時、Xは、左上肢を一時的に上げることはできるものの、左上肢を上げたままの姿勢を長く保持することが困難であるばかりか、左上肢を上げ下げする動作を繰り返していると左手に震え等の不随意運動が生じてしまうという状態にあった。また、左手の握力は9ないし12キログラムと、小学校低学年の女子程度のレベルしかなく、特に左手母指の筋力が著しく弱い状態にあった。Xは、補助具を用いても自力で立つことができず、常時車いすを使用する必要のある状態にあった。
【裁判所の判断】
解雇は有効
【判例のポイント】
1 Xは、小中学校の児童に対する歯科巡回指導を行う歯科衛生士として、あらかじめ職種及び業務内容を特定してY社に雇用されたのであるから、特定されたこの職種及び業務内容との関係でその職務遂行に支障があり又はこれに堪えないかどうかが、専ら検討対象となるものである。
2 歯科衛生士が歯口清掃検査を実施するに当たっては「検査対象児童の歯、歯茎等、口腔内の状態を正確に把握することが必要であるところ、そのためには(1)歯科衛生士が、検査対象児童の口腔内をのぞきこむことができる適切な視線の位置(高さ)を確保する、(2)歯を覆っている唇あういは口付近の肉を検査の邪魔にならないよう押し広げるなどし、歯をむき出しにする、以上の2点が最低限必要である。
3 ・・・以上のような要請を満たす検査を行うには、歯科衛生士は、自分の両上肢の動きを自己の意思で完全にコントロールし、手指を用いて細かな作業を行うことができなければならないというべきであるところ、Xの左上肢の状況にかんがみると、Xの左上肢は、このような作業を行うには堪えられなかったことは明らかであり、結局、Xは、本件解雇当時、歯口清掃検査を行うことができない状態にあったというべきである。
4 Xは、Y社の業務中最も重要な意味を有することが明らかな歯口清掃検査そのものを行うことができないのであるから、本件解雇当時、Xが勤務条件規程3条3項2号「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」い該当していたものといわざるを得ないところである。
5 Xは、本件解雇は、単にXに身体障害が存在することを理由とするものであるから、介助者付きの原職復帰を認めずにした本件解雇は遠方14条1項、労働基準法3条違反である旨主張するが、左上肢の機能の背弦は、歯科衛生士としての資格を持つX自身が行わなければならない事柄に関する問題であって、介助者の有無によって結論に差異をもたらすものではないから、Xの主張は前提を欠いている。
本件のポイントは、上記判例のポイント2です。
裁判所が、歯科衛生士であるXが最低限提供すべき履行の内容を基準として示しています。
つまり、Xが従事すべき業務の中核的部分を遂行するに足りるだけの身体的運動能力が認められるか否か、という点で、「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」の該当性を判断したわけです。
職場復帰時に、従前と同様の身体的能力を必要とするか否かが問題となるところですが、あくまで「最低限提供すべき」業務を遂行できるか否かが判断の分かれ目であるわけです。
この点は、従業員側に大変参考になるものですね。
日頃から顧問弁護士に相談しながら適切に労務管理を行うことが大切です。